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11.紙ほど恐ろしい物は無いと知る


 ビルの一室。夕暮れの光が窓から差し込み、街をオレンジに染めていた。昼間の喧騒はすでに消え、遠くのビル群のガラスが夕陽を反射して輝いている。だが、この部屋の中は静かすぎるほど静かだった。皇居ダンジョンから持ち帰った遺体や素材がテーブルや梱包箱に並び、まるで異世界の断片がそこに置かれているかのようだった。

恵は慎重に遺体を包み、汚染が残らないよう魔力の補助をかけながら作業している。ヒカルと詩乃は資料や素材の整理に追われ、手元を離さず黙々と作業を続ける。正利さんは遠くから指示を出し、必要な手配や確認を進めていた。表情にはわずかな曇りが見えたが、声は冷静で、指示は正確だった。

「……思ったより量が多いな」

俺は低く呟き、素材や遺体の整理を手際よく進める。リッチ戦での緊張感はまだ体に残っており、冷たく硬直した遺体を前にしても、戦闘中の感覚が頭をよぎる。だが、今は整理と準備が優先される。戦いは終わったが、次の試練への布石はすでに始まっていたのだ。

正利さんが淡々と説明を続ける。「回収した素材は全て倉庫に保管済みです。これからは汚染されたドロップは危険物扱いなので現金化はできませんが、ギルド内での貢献ポイントに変換可能です。装備貸与、情報優先権、など、使える場面は多い。全員の戦力を底上げするためのシステムとして使えるでしょう。」

ヒカルが軽く笑う。

「なるほど、現金じゃなくても価値はあるってことか」

「それと私たちのパーティーの給料も貢献度に応じて出します。ギルドの受付で何時でも引き下ろせます。これは他のギルドメンバーも同様です。」

いろいろと決まってにたなと俺は頷く。詩乃も資料を整理しながら静かに頷いた。

「次はどのダンジョンを優先しますか?」

俺は窓の外を見つめる。街は夕陽に染まり、遠くの車のライトが柔らかく点滅している。人々は日常のまま歩き、笑い、喋り、何も知らずに平和な時間を過ごしている。だが、その日常のすぐ裏側に、俺たちの非日常は存在しているのだ。

「皇居ダンジョンの異常発生を踏まえると、次も何か起こるかもしれない。できるだけ情報を集めたい。」

恵は真剣な顔で頷いた。沈黙の中で、それぞれが状況を消化している。戦闘後の疲労と緊張感が体に残り、目の前の整理作業も普段より重く感じられる。よし、決めた。

「まずはギルドの整備を進めよう。メンバーのレベルや装備、全体の運営も見直す必要がある」

「わかった」と恵。

「生産系は私が支援するから攻略頑張ってね」

ヒカルと詩乃もそれぞれの役割を確認し、作業に戻る。

俺は深く息をついた。リッチ戦で見た異常覚醒者の挙動やダンジョン内の汚染、原因不明の“Free”表示……解明できていないことは多い。だが、後ろを振り返る余裕はない。目の前の整理、計画、仲間との連携――やるべきことは山積みだ。

小さく息を吐き、窓の外を見つめる。夕暮れの街は美しく、赤く染まった空の下で車のライトがゆっくりと動く。平和な日常は続いている。けれど、俺たちはそのすぐ隣で、別の世界と関わっているのだ。

「……次の試練が来ても、準備は整った」

心の中で呟く。声に出す必要はない。覚悟はできている。仲間たちと、ギルドと、そして自分自身と向き合う準備はすでに整っている。

作業を進める手を止めず、俺は倉庫内の素材を再確認する。ヒカルが資料を差し出し、詩乃が整理したアイテムリストを手渡す。恵が遠くで魔力のチェックをしている姿に安心しながらも、胸の奥には戦闘後の疲労がじんわりと広がる。体は重いが、気持ちは引き締まっている。

「……よし」

俺は立ち上がり、もう一度街を見渡す。遠くでビルの影が長く伸び、街灯が光り始める。人々は何も知らず、平和な時間を過ごす。だが、俺たちの世界では戦いと準備が続く。夕暮れの光に染まる街を眺めながら、俺は小さく拳を握った。

「当分の目標は……レベル50か」

短く呟く。目の前の仲間たちはそれぞれの作業に集中している。誰もが無言だが、全員の心の中に覚悟はある。戦いはまだ終わっていない。次の試練が、すぐそこまで迫っている。

夕暮れの光が徐々に薄れていく。街が夜の闇に沈む中、ビルの中の俺たちは次の戦いの準備を静かに、確実に進めていた。今は整理と確認、そして計画――だが、この小さな動きが、次の大きな戦いの基盤になる。夕闇の街を見下ろしながら、俺は心の中で決意を新たにした。次の試練が来ても、俺たちは必ず乗り越える。ただ、今は目の前の書類の山を乗り越えなくてはならない...


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朝、目を覚ました瞬間――見慣れない天井が視界に入った。

一瞬だけ思考が止まり、次の瞬間に状況を思い出す。

(……ああ、ここギルドか)

体を起こすと、少し硬めのソファーが軋んだ。どうやらそのまま寝落ちしていたらしい。窓の外には朝の光が差し込み、静かな都会の景色が広がっている。普段の自宅とは違う空気に、ほんの少しだけ現実感が薄れる。

昨日は――正直、戦闘より疲れた。

「はぁ……」

小さく息を吐く。

皇居ダンジョンの件が終わった後、そのままギルドに戻り、そこからが地獄だった。書類、確認、承認、また書類。ギルマスの印がないと進まない案件が山ほどあるらしく、気づけば夜になっていた。

(……あれ、完全に罠だろ)

正利さんは「簡単な確認だけだから」と言っていたはずだ。絶対嘘だ。あの人、確信犯だろ。

とはいえ――

パーティーメンバー全員に部屋を用意してくれていたのも事実だ。

ただし。

(なんで俺だけギルマス部屋なんだよ……)

どうやら、どうしても俺をギルマスに据えたいらしい。逃げ道を一つずつ塞がれている気がするが、今さらどうこう言っても仕方ない。

軽く顔を洗い、部屋を出る。

廊下は静かで、まだ朝の時間帯だからか人の気配は少ない。エレベーターに乗り込み、5階――食堂のボタンを押した。

ゆっくりと降下する感覚。

その途中で――扉が開いた。

「お、仁じゃん」

ヒカルが乗り込んでくる。

「……おはよ」

「おはよっす~。いやー、昨日は大変でしたね~」

にやにやとした顔で言ってくる。

(こいつ、絶対分かってて言ってるな……)

「お前な……」

「ギルマス様、大忙しって感じでしたよ?」

「やめろ」

即答した。

ヒカルはケラケラと笑いながら壁にもたれかかる。

「でもまあ、あれっすよね。戦闘より書類の方が疲れるって、ある意味すごいっすよね」

「……否定できねえのがムカつく」

そんな軽口を叩きながら、ふと思い出す。

「そういや最近どうなんだよ、あれ」

「ん? あー、ミュージックレース?」

「それそれ」

ヒカルが少しだけ得意げな顔になる。

「いやもう、完全にハマってますよ。最近やっと高難易度フルコン安定してきて――」

そこからは、いつもの流れだった。

音ゲーの話になると止まらない。どの曲が難しいだの、譜面がどうだの、どうでもいいようで、でも妙に楽しい会話。

気づけば――

「お、着いた」

エレベーターが5階に到着していた。

扉が開き、食堂へ向かう。

中に入ると、すでに何人かが食事をしていた。その中に、見慣れた顔を見つける。

「おはよう」

恵が軽く手を上げた。

詩乃もこちらに気づき、小さく会釈する。

「おはよ」

俺とヒカルも軽く返し、カウンターへ向かう。

「何にする?」

「……唐揚げ定食で」

結局これに落ち着く。

食券を受け取り、席へ戻ると、ちょうど料理も運ばれてきた。揚げたての香りが広がる。

箸を取り、一口。

(……うまいな)

シンプルだが、それでいい。こういう時は、こういうのが一番いい。

しばらく無言で食べていると――

「仁君」

正利さんが口を開いた。

その声色で、空気が少し変わる。

「いきなりで悪いんだけど、少し話がある」

「……なんですか?」

箸を置き、顔を上げる。

正利さんは一瞬だけ間を置いてから、静かに言った。

「政府の人が、仁君と話したいそうだ」

「……は?」

思わず声が出る。

「政府……?」

「うん」

落ち着いた口調のまま、続ける。

「今回の異常事態についての確認が一つ。それと――」

一拍置く。

「第二の試練を迎えるにあたって、一般へ情報を公開したいらしい」

「情報公開……」

頭の中で言葉を反芻する。

ダンジョン。

試練。

それらが“公になる”ということ。

今までは、覚醒者の間では常識でも、一般人には知られていない世界だった。

それが、変わる。

「ダンジョンや試練については、覚醒者ならほとんど知っている。でも――」

正利さんの目が、まっすぐこちらを見る。

「君以上に理解している人間は少ない。試練の危険性を、実感として知っている人もね」

言葉が、重い。

確かに、俺は見てきた。

異常覚醒者。

汚染。

そして、“ルールが狂ったダンジョン”。

「もちろん、私も立ち会う」

正利さんはそう付け加える。

「無理にとは言わない。でも――話してみないか?」

少しだけ、考える。

正直、面倒だとは思った。

政治とか、政府とか、そういうのは得意じゃない。

でも。

(……逃げても意味ないか)

ここまで来た以上、関わらない選択肢はない。

むしろ――

関わらない方が危ない。

「……わかりました」

俺は頷く。

「話しましょう」

その一言で、場の空気が少しだけ動いた気がした。

恵が横で小さく笑う。

ヒカルは「お、マジで?」と面白そうにしている。

詩乃は静かに状況を見ていた。

そして――

正利さんは、少しだけ安心したように息を吐いた。

食堂の窓から差し込む朝の光が、テーブルの上を照らしている。

何気ない朝。

いつもと変わらない会話。

けれど――

確実に、次の段階に進んでいる。

そんな実感だけが、静かに胸の中に残っていた。



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