10."異常"
やっと修正が終わりました!
――探索者が戻ってきていないのに、ダンジョンの状態が“Free”になっている。
それがどれだけ異常なのかは、少しでもダンジョンを経験していれば分かる話だ。仕様はシンプルで、誰かが優先権を持っている場合は“Can't enter”。誰も持っていなければ、“Free”。
――つまり、中に人がいるなら“Can't enter”のはず。
「その通りです」
スタッフの言葉に、背中に嫌な汗が流れる。
「……じゃあ、何だよそれ」
「可能性はいくつかあります」
正利さんが静かに、しかし確実な口調で言った。
「一つは、内部の探索者が全滅したケース」
――最悪の想定。でも、それならまだ“普通”だ。
「もう一つは――」
一瞬間を置く。
「ダンジョン側のルールが書き換わっている可能性」
空気が凍る。
「……そんなこと、ありえるのか」
「本来はありえない。ですが、“異常発生”とセットなら話は別です」
つまり――システムそのものに干渉する“何か”が起きている。
恐怖は正直、あった。
でもそれ以上に――放っておけない。
「……行きます」
自然と口が動いていた。
正利さんが一瞬だけ俺を見て、ゆっくりと頷く。
「だと思ったよ」
隣で、恵も短く頷いた。
「どうせ止めても行くでしょ」
「当たり前だろ」
心臓がうるさい。足は止まらない。
「準備は移動中に説明する。今回は“調査”優先です」
「了解」
「それと――」
正利さんが少し顔を緩める。
「無理はするなよ。ギルマスが最初に死んだら、みんな笑えないから」
「……善処します」
苦笑しながら返す俺。
ビルを出て、さっきと同じはずの景色が違って見えた。
人々は無邪気に行き交い、車は走り、日常は続く。
ふと見ると小学生の頃に交通事故で死んでしまった妹に似ている子が親と一緒に歩いている姿が見えた。
そのすぐ隣で――俺たちは別の世界に立っている。
「この世界は壊させない」
誰にも聞こえない声。
“Free”のダンジョン。
中に人がいるはずなのに。もしかしたら世界が壊れて行く兆候なのかもしれない、ただそんなことはどうでも良いと思った。乗り越えるだけなのだから。
皇居前。
普段なら観光客や警備で賑わう場所も、今は一角だけ封鎖されていた。
黄色い規制線、立ち入りを制限する職員。
そして、空間に浮かぶ半透明の表示。
「……あれか」
俺は立ち止まり、表示を見上げる。
【Free】
「……本当にFreeだね」
恵が小さく呟く。
「中に人がいるはずなのに」
「……普通じゃないな」
理解はできても、目の前にすると違和感の質が違う。
まるで“誰もいないことにされている”ような錯覚。
「行くぞ」
俺は短く言った。
「……うん」
恵の声は少し硬い。
俺たちは、そのままダンジョンへと足を踏み入れた。
暗く湿った空気。冷たい静寂が全てを包む。
外の音は一切届かない。
まるで世界から切り離された場所。
「……っ」
恵が小さく息を呑む。
「大丈夫か?」
「……うん、大丈夫」
言葉とは裏腹に、手がわずかに震えている。
視界に広がるのは、石造りの通路。
壁には苔が張り付き、水滴が落ちる。
生物の気配はない。静謐という言葉がここまで似合う場所も珍しい。
――転すらっぽく言うなら、ここは完全に“誰も触れたことのない自然の箱庭”。
魔素の浸透した水面、静まり返った空気。
生物はおらず、時間さえ止まったかのようだ。
俺たちは、ただ攻略するために踏み込む。
「とりあえず――」
振り返ると、恵も見上げていた。
「……は?」
「え……?」
入口が、消えていた。
「ちょ、ちょっと待って……!」
パニックの色が彼女の声に混ざる。
肩が小刻みに震える。
「落ち着け」
俺は低く言う。
「でも――!」
「いいから」
少し強めに言葉を選ぶ。
「ダンジョンなんだから、“攻略すれば出られる”」
「……」
「逆に言えば、それしかない」
沈黙が数秒流れる。
「……うん」
恵は小さく頷いた。
完全に落ち着いたわけじゃない。だが、理性は戻ってきている。
「行こう」
前を向く。
少し進むと、空気が変わった。
「……来るぞ」
カタ、カタ、と何かが擦れる音。
曲がり角から、“それ”が姿を現す。
人型。だが歪んでいる。
関節の動きは不自然で、糸で操られる人形のようだ。
「……人形?」
恵が呟く。
服装は――探索者のものだ。
だが、明らかに中身が“いない”。
次の瞬間、距離を詰めてくる。
「っ!」
普通の人間の動きじゃない。
「避けろ!」
俺は恵を後ろに下がらせ、日本刀で腕を受け流す。
手応えは軽く、虚ろな感触。
「倒すしかないな」
踏み込み、一閃。
首を落とす。
体は崩れ落ちる。
「あ……やっぱり」
恵が顔をしかめる。
「異常覚醒者に似てる」
あの時の光景――理性を失った覚醒者たちが暴走した姿。
そして、“モンスターとして認識される存在”。
俺たちは、次々と現れる“人形”を倒し、最低限の遺体を回収する。
進む先には、百近い骸骨。
「……一気に来るぞ」
「任せて」
雷撃。閃光。
全ての骸骨が粉砕される。
ボス部屋。
禍々しいローブを纏った骸骨。
「……あれか」
禍々しい気配。
ただの敵じゃない。
「恵」
「……うん、分かってる」
鑑定――
「リッチ、レベル60」
「……ギリだな」
俺は深呼吸をひとつして距離を詰める。
視界の端で、恵が先手を取った。
「――雷!」
細い稲妻が一直線に走る。リッチの骨格を叩き、ひびを入れる。
だが、リッチは動揺しない。魔力のオーラが再構築され、傷はすぐに魔力で補われる。
「効いてる……けど、倒しきれない」
恵の声が緊張する。
リッチは骨格を軋ませ、杖を振り上げ――空間を裂く魔力弾を放つ。
弾は床を抉り、煙と粉塵が舞う。
「危ない!」
俺は咄嗟に恵の横へ滑り込み、魔力弾を寸前で跳ね返す。
部屋中に響く轟音と、ひび割れた床の軋み。
ここで一瞬の隙を作らなければ、互いに持たない。
「今だ!」
俺は念動力を集中。リッチの核――胸部奥の魔力中枢を探る。
ぎらりと光る赤いコアが見えた瞬間、息を止める。
「潰す」
圧縮。魔力の力で核を押し潰す。抵抗はあるが、押し切る。
リッチの体が悲鳴を上げ、杖を振り落とす。
その瞬間、踏み込み、日本刀で斬り裂く。
骨が砕け、魔力が爆散する。
部屋中に響く断末魔。
リッチの体が粉々になるまで叩き込む。
「……終わったか」
息を整える俺。
手はまだ震えている。だが、戦闘中の緊張は消え、達成感だけが残る。
「レベル、上がったな」
「うん、2上がってる」
宝箱には――召喚の巻物。
「……リッチ呼べるってことか」
「強いな」
ダンジョンを出る。
出口の光が眩しい。
「……帰ってこれたな」
正利さんの声が響く。
「何で二人とも無茶してるんですか!!」
でも――遺体を確認した目線に、理解の色が走る。
「回収班、急げ」
「やっぱり……ダンジョンって、危険の塊だな」
小さく呟く俺。
正利さんは黙っている。
少し表情を曇らせながら。
「……試練、か」
まだ第一の試練なのにこの先にあるものを乗り越えられるのかが不安になった。
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汚染
-主に異常覚醒者と呼ばれるモンスターがダンジョンに侵入した際に発生するもの、汚染は汚染された物ごと消し去るか、回復魔法などで浄化するしか対処法がなく、汚染は人にも移るため注意が必要。
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