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 曲を作れるのかはともかくとして、そんなことよりも朱里が自意識らしきことを持って行動しようとしたことが三人にとって非常な驚きであった。

 大地なぞは初めて朱里に出会った時のことを思い出す。

 ーー母親の趣味で髪をリボンで結び、フリルのついたスカートを身につけていた朱里は、その恰好よりも生気のない無表情によって人形さながらに見えた。

 でも、実は朱里はみんなと遊ぶことが好きなのだ、それは、わかる。感じる。

 初めて幼稚園のジャングルジムに登らせた時も、朱里は自ら進んで腕を伸ばし、大地の後をついてきたものだ。

 釣りをした時も、誰よりも遠くにタモをを飛ばしてあんちゃんの言ったポイントに着弾させてもみた。

 でもそれは一緒に遊んだことのある面々しか知らないことだ。今も両親や祖父母は、朱里には何か大きな発達上の問題が生じていて、感受性がほとんど死滅しているものと思い込んでいる。


 その朱里が、動いた。

 いつものように朝から蔵でドラムの練習に獅子奮迅しているルアンの腕を突然ぎゅっと握って、離れに連れてきたのは、たしか声ならぬ作曲宣言をしてから一週間ほど経った時のこと。

 離れの寝室でギターを弾いている大地と、音源に耳を傾け、何やらせわしなくペンを動かしスコア作りに勤しんでいた大河も、それぞれ同じように居間に引っ張ってきた。

 三人がそろうと満足したように、パソコンを起動させた。

 「どしたんで?」大地は好奇心いっぱいの目で、朱里とパソコン画面を交互に見つめた。「まだ、あんちゃんが何か言ってきたんか?」

 しかし、パソコンにはなんだか複雑怪奇した、見たことのない列が並びだす。

 「こりゃ、作曲用のアプリだっぺ。」同じくパソコンをのぞき込んでいた大河が頓狂な声を上げた。

 「おめ、作曲できぢまったんか? まさか(注:茨城弁では驚きの際用いられる)、ずいぶん早ぇでねえの!」

 作曲の依頼をしたのは(それを聞き届けてくれているも思わなかったが)、つい先週のことである。全く期待はしていなかったが、朱里は朱里なりにその依頼を真摯に受け止め、一人試行錯誤をしていたというのであろうか。

 そう思うと大地は歓喜の海に溺れそうになった。無論自分たちの依頼を聞き届けてくれたから、とかそういう次元ではない。物心ついた時からいつも一緒にいた朱里が、内側に熱い血潮を巡らせている一青年として自分の前に立ち上ってきたのが嬉しかったのである。

 出会った当初に見紛えた、ばあちゃんの部屋に飾ってあるフランス人形の類、ではなかった。この際曲の中身なんてどうだっていい。バンドだってどうでもいい。朱里が自らの意思で動き、表現し、立ち上がろうとしているその様があまりにも神々しかった。

 音楽が鳴り出した。

 ギターの低音を這うリフ。ベースがユニゾンで重なる。そしてバスドラム。本格的なヘヴィメタルである。

 三人は息を呑んだ。肝を抜かれた、と言ってもよい。

 誰一人声を出す者はなく、ただただ曲の進行に従ってじりじりとパソコンににじり寄る。

 ――ここは、俺が弾くんだな。――こっぢは朱里だ。――大地にはわかる。性質の異なる二種類のギターソロは、二人の関係性を体現している。

 ――ベースもこりゃ、きっちりきっちり刻まねえど曲が崩れっちまう。でもそれが大河の性格にぴったしだ。あいづはいっづもメトロノームさ持ち出して、こつこつ、こつこつ、やっでんだもの。――

 大地は泣きたくなった。朱里の一人一人の個性を生かそうという意志がはっきりと感じられて。朱里はこんなにも自分たちを見ていたのだ。解っているのだ。

 ――ドラムも同じだ。たまげだ! こんなに派手でシンバルさシャンシャン鳴ってて、一番目立ってんべな! ずいぶんバスドラムは速ぇが、ルアンはすぐに叩けるようになる。何せあいつは大好きな飯さえそっちのけで、誰よりもドラム引っ叩くごどに熱中してやがんだがら。かえって、こんな風な曲を作られたらあいづは燃えに燃えて一層ドラムを叩きまくるに決まってんだ!――

 曲はドラマティックなギターの掛け合いで終わった。

 その瞬間、大地は朱里の首に抱き着いた。

 「おめえ、凄ぇよ! 本当に、本当に凄ぇよ!」

 朱里はぐらぐら揺さぶられ、さすがに苦し気に目を見開く。

 「いんや、何でこんなごど出来んで? あんちゃんさ習ったが?」

 朱里の眼が細くなる。そんなわけないだろう、とでも言うように大地を見つめた。

 「おめ、ひどりでやっだんが? 悪ぃ。……でもな、」腕を離すと、「これ、凄ぇよ。あんちゃんもたまげっちまうど。」と改めて真正面から朱里の目を見据え、「ありがどな。俺らごと、よーっぐ考えて作ってくれでんのがよくわがる。俺らのために作ってぐれだんだな。」

 朱里も大地と同じ輝きを秘めた目で大地を見返した。

 「おめら」改めて大河とルアンに向き直り、「これを今日から練習すっかん。な。しみじみやれよ(注:しっかりやれよ)。」と力を込めて言った。

 朱里は振り向いて再びパソコンのキーボードを二、三操作した。すると、今度はギターのアルペジオが流れ出す。流麗でいて、それでいて悲壮感に期待感を漂わせる。

 「他にもあんのが!」大地は思わず仰け反った。

 計、五曲が完成していた。一週間で五曲である。ほとんど一日一曲の計算であるが、こんなことが可能なのか大地は考えるだけで頭がくらくらした。しかも非の打ちどころのない曲ばかりである。

 朱里でなければ、誰かの曲を拝借したのではないかとか、誰かに作ってもらったのではないかという疑惑も生じたろうが、朱里に限ってはそのようなことは一切考えられない。何も話さない分、目のわずかな動きに、頬のわずかな動きに、いささかの虚偽もなかった。話すことができないからこそ、他のどんなことであれできないことはできないものを堂々と受け止め得るし、そこから工夫が必要となれば試行錯誤を繰り返す。朱里とはそういう人間であった。

 何度か曲を聴いた後、四人はパソコンの前で朱里の作った音源に必死に耳を傾けていた。それぞれメモを取りながら、自分の奏でるべき音を拾い上げていく。

 一つの曲としての完成度は高いが、決して難易度が異様に高いわけではない。きちんとそれぞれの技量に見合った曲になっている。三人は朱里の観察眼に感服すること然りであった。

 採譜が終わったところで、ふと、

「ところで、これ、何つって歌えばいいんだぺ?」大地が尋ねた。

 朱里が瞬きをする。

 「朱里、歌詞はねえのが?」ルアンが聞いた。

 再び瞬きを繰り返す。――ない、ということらしい。

 「でも、朱里はここまでやってくれだんだど? 歌詞ぐれえおめ、作れや。」ルアンが大地に言い放った。「おめが歌やりてえっつうから歌んなったんだっぺ! あんちゃんだっで、自分の歌うどごは自分で考えて作ってんだど?」先日のライブ終了後にもらったCDには、全て作詞KAIRIと記してあった。

 「……ほっだらごど(注:そんなこと)言われでもなあ。」大地は考え込む。

 たしかにここまで朱里にやらせておいて、さらに歌詞を作れというのは酷だ。朱里はそもそも言葉を紡ぐのが根本的に不得手なのだから、そこは自分がフォローすべきである。自分だってバンドに寄与したい。自分のバンドに、したい。

 「わがっだ。ちっと時間もらえっか?」

 「早よしろよ。とっとと練習に入んだからよ。」

 ルアンにそう急かされ、大地は決意を込めて頷いた。

 しかし大地が本当に歌詞などというものを書けるのか、先だっての実力試験の国語の点数、20点じゃなかったかと、そのやりとりを聞きながら大河の胸は暗雲に包まれた。

 果たして、その暗雲は豪雨を降らせることとなる。

 

 「歌、できだべ。」

 晴れがましい顔つきで大地が朱里の部屋にやってきたのは、なんとその翌日であった。

 昨晩部屋で遅くまで明かりをつけてギターも弾かずに何かをやっているのかと思いきや、早速歌詞を作っていたのだと大河は今更ながら解した。

 テーブルの上に、ばしん、と勢いよく一枚のルーズリーフが置かれる。

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