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Children Of Sanuma  作者: momo
8/20

8

 生まれて初めて本当に自分のやりたいことに興じることができるようになったルアンの上達は、実に目覚ましかった。朝、牛乳配達を終え学校に行き放課となったら、脇目もふらず朱里の家の蔵に入っていく。だから大抵は朱里の帰宅よりも早い。


 練習を始める頃、天井近くの小窓から入る日光は、初めは蔵の真ん中に置いてあるコンバインを照らしている。それが夕方になるにつれ、そのすぐ隣のドラムセットを照らし出すのだ。それはまるで自分だけにスポットライトを当ててくるステージのようにも見えた。

 だからしばらくすると観客が見える。あんちゃんたちのバンドに向けられていた雄叫びと、歓声が聞こえ出す。いつかそういう場に本当に立てたら、全ての力量をかけて音を届けよう。怒りも悲しみも、絶望も全部全部包み込んだ音を。自分だけの音を。



 夏休みになると、一層練習量は加速していった。

 それこそ誇張なしに朝から晩まで、休みのない練習であったが、誰一人文句言うことはなかった。それぞれ既にほかの何にも代えがたいやりがいを感じていた。

 ルアンにとっての初めての楽しみ、朱里にとっての初めての自己表現、それを見ているだけでも十分だったが、大地は大地で、原付バイクを乗り回すよりも様々な工夫と熱量をささげられることが楽しくてならなかった。大河も大河で、今まで通りに単に兄大地の後を追うというよりは、兄とは違った形で兄を支えられることが嬉しかった。

 二つ上の兄はいつも突拍子のないことをしては、周囲を混乱か激昂か心配か、とかく痛烈な感情を植え付けるのが得意であった。幼少時にやったいたずらなんぞ、星の数より多い。学校では先生にもいつもこっぴどく叱られ、親が呼び出されたことも十や二十じゃきくまい。それを見ていれば、おそらくどんな人間であっても兄を支えなければ、という気持ちになるのではないか、と大河は思っている。

 別に自分がとりわけ優しく、兄思いであるとは思わない。ただ、周りの大人たちをなんとか鎮静させるにはどう振舞うのが適切か、それがいつしか自分の行動規範となっていった。

 まずは大地の宿題の肩代わり。これは意外な結果をもたらした。最初は二学年上の勉強が難しく感じることもあったが、小学校の高学年になる頃にはどの教科でも簡単にこなすことができるようになってきた。ゆえに、田舎の小学校で成績は一番である。他の誰にも譲ったことはない。でもこれは別に大河が企図したものではない。ただただ、大地の担任の先生を怒らせないため、母親を学校に呼び出されないため、いわば受動的な学びであった。でもそこから学力があるものと判断され、塾なんぞに入れられ、特に問題もなく日々をこなしているが、勉強が好きで、学校以外でも率先して勉強をしたかった結果なのかといわれると、それは肯んじえない。

 しかしこの新しく自分の手元にやってきたベースはどうだろう。

 低音響かせ、自身の体を震撼させて来る。そこに、兄と朱里のギターが乗ってくる。屋台骨。その感覚が嬉しかった。自分のためだけではない、みんなのために存在する。それは実際大河にとっては心身に沁みついた絶対的価値観であった。自分が頑丈であればある程、兄は、朱里は華麗に乗った。それを見上げることは恍惚さえもたらした。

 練習は毎日、毎日朝から夕まで続いた。


 大地と大河の母親は毎日のように世話になっている朱里の親に恐縮然りであったが、殊に朱里の母親は、朱里が音楽という手段で表現を始めたことが嬉しくて仕方がない。つい、子供たちの練習の頃合いを見ては食事だのおやつだのを差し入れしては大層喜ばれていた。

 そして今日は京都から取り寄せたあんみつ。

 「おい、おれらもさあ、あんちゃんみてえにライブやれねえべか。」

 大地が溶けかかったあんこを啜りながら、言った。

 「ほっだいなあ(注:そうだよなあ)。もうMetallica何曲もできんで? こいでステージ立てねえべか。」

 大河も続く。その隣で夏らしいノースリーブの白のワンピースに、ウェッジウッドのハンドタオルを首に巻いた朱里が、足元のエフェクターをがちゃがちゃと踏んでいる。兄が一式送ってきたものだ。もちろん大地の分もその隣にしっかと揃えられている。

 「でも下妻にあんな店ねえべ。」ルアンがハイハットを細かに刻みながら答える。「やんなら、水戸だの東京だのさ行ぐしかあんめよ(注:行くしかないだろうよ)。」

 「でもどうやったら出れんで(注:出られるんだ)? こんばんはー、出してくろよっづって出してくれねべ。お客さんも来ねべ。」

 朱里は目をしばたたかせしばらく考えた後、ポケットからスマホを取り出した。

 「ほだ(注:そうだ)、ちいとも(注:ちょっと)あんちゃんに聞いてみでくろよ。」大地が朱里の後方からスマホをのぞき込む。

 ーーあんちゃんが言ったメタリカのブラックアルバムはできるようになった。次はライブやりたい。どうすればいい?ーー

 返事を待ちがてら、あんみつを食べ終えると再び四人は一曲目から合わせ始める。一曲目はEnter Sandman、朱里の流麗なギターから始まるMetallicaの代表曲。

 朱里のギターは一言で言うならば、独特だった。大地のそれとはテクニック以上に、何か込められている魂が違っている気がした。静かでいて、落ち着いていて、それでいて誰よりも重い。どこまでもどこまでも響き渡るだけの重厚感を秘めていた。三人は、もし朱里がしゃべったらこんな風なのだろうか、と思いもした。

 Enter SandmanからSad but True、Holier Than Thou、弛みなく曲は薄暗い蔵の中で進行していく。ルアンはThe Unforgivenに来ると決まって泣きたくなる。どうにかしてこの音を通じて、自由を手に入れてやる、どこまでもどこまでも飛び立ってやる、突き上げる感情がおさまらなくなるのだ。ここでは終わらない。母親は、決して嫌いではないけれど、ずっといいなりにはならない。自分の人生だ。そしてその生は有限だ。そしてSo What。この最後の曲まで来ると、もうみんな解放感とも可笑しさとも、なげやりとも言える気になり決まって大地からふざけだす。コンバインに上って弾いてみたり、米袋の上をぴょんぴょん飛び跳ねてみたり。そして全てが終わると、四人は床に寝そべって心地よい疲労感を味わった。

 スマホの着信音が鳴る。

 三人は朱里を見た。

 朱里はスマホを取り出し、三人に見せる。

 ーーまだ早いーー

 「マジかよー、あんちゃん。」大地が情けない声を上げた。「俺らがちゃあんと弾げるようになったの知んねえだけだべ!」それに答えるように、次のメッセージが届く。

 ーー音源を作れ。まず五曲でいい。出来によってはつくばのライブハウスを紹介してやってもいい。ーー

 おお、と歓声が上がった。

 「自分らの曲作れっづうのが。ほらほーだいな。(注:それはそうだな)人様の曲やったってしゃあんめ(注:仕方がない)。」大地は顔を輝かせた。

 「あんちゃんごど、たまげさせる曲作ってみべよ! そんでつくば行ってんべ! な!」ルアンがそう言って順繰りに三人の顔を覗き込む。

 「どうやっで?」大河が顔をしかめる。「おめ、曲なんが作ったごどねべよ。音楽2だっぺよ。」余程兄の通信簿の成績が印象的であったと見える。

 その時、朱里がふらりと立ち上がって順番に三人を見下ろした。無表情ではあったが、大地はそこから確かな意図を汲んで、そして息を呑んだ。

 「……おめ、やんのが?」

 「え?」と意味がわからず大河が呟く。

 朱里はまぶしいものでも見るように、目を細めて窓の外を見つめていた。白いワンピースの裾が小刻みに震えている。そんな姿は初めてだったので、思わず三人は無言でしばしの間朱里を見上げていた。

 「……わがった。」沈黙を破ったのは大地である。「おめ、やってみろ。できなきゃできねで、みんなで作ったらいいべ。三人寄れば文殊の知恵って言っかんな(注:言うからな)。やっでみでえごとはやっでみだらいいんだ。」

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