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Children Of Sanuma  作者: momo
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7

 朱里の家の敷地には蔵が三つあり、その一つを朱里の兄たちが共有していたようであった。

 ライブが終わったその夜、四人は下妻駅に着くなり早々に解散したが、朱里は一人、兄の言いつけ通り庭の北側にある蔵の厳重そうな鍵を開け、手持ちの電灯を光らせた。

 古いコンバインに積みあがった米袋。空の梨袋もそこいらに散らばっている。精米機の隣には農具がぎっしりと並べてある。その暗がりの中で誇張なく光り輝いているように見えたーーそれは真っ赤なV字のギターであった。埃に塗れていたので、朱里は手のひらでそれらを拭き取ってみた。鮮やかに浮き上がる美しい木目。ーー朱里の胸は否応なしに高鳴った。

 これは昔兄と弾いたギターである。すっかり東京に持って行ったとばかり思っていた。ここで待っていてくれたのか。

 早速朱里は離れの部屋に持ち帰り、丁寧に誇りを拭き取って弦を切り、押し入れの中に入っていた新品の弦に張り替えた。チューニングマシンも、電池交換をすればすぐに使えた。弦高も調整済みである。しっくりと赤いJacson KingVは朱里の手になじんだ。思い出したフレーズを弾いてみる。それは夜のしじまに響き渡っていく。外で山鳩が歓喜の声を上げた。


 初めて蔵で披露された朱里のギターの腕前は、三人を瞠目させるに値するものであった。幼少時、母親から言語表現の代理を期して習わされていたことに加え、やはり兄海里と遊びがてら、直々に教えられていたことが大きかった。

 海里から宿題、として課された押し入れにぎゅうぎゅう詰めに並べられたメタルバンドの名盤とされるアルバムの中から、四人はあれこれ言いながら一枚を選んで、早速練習を開始する。

 それはMetallicaの通称ブラックアルバム。朱里が初心者にはなかなか骨に堪える課題ではあったが、それでも諦め得るにはあまりにもライブの記憶は衝撃的すぎた。


 砂沼の畔にある、ヘラブナ追悼の石碑に大地と朱里は二人並んで腰掛けながら、順繰りにギターをつま弾き合う。

 蔵や朱里の離れで練習をしてもよいのだが、大抵蔵にはルアン、離れには大河が練習に勤しんでいたので、ここがいつしか定位置となった。

 それに大地は家の中にいるよりも、外の方が好きである。砂沼と、その隣にある広々とした芝生の広場のある観桜苑、野球場、そんなところが物心ついて以来大地を育てし遊び場であった。

 「俺もあんちゃんに、ギター教えでもらいでがっだなあ。」

 弾けないフレーズが出てくるたび、大地はそう言った。

 「釣りだのバイクだのは教わっだが、ギターは教えてくんなかったかんな。……俺が落ち着かねえで、あんま家ん中いながっだからか。」

 それでもぎこちない手つきで、なんとか奮闘する。そして、躓いたところを無言で隣の朱里がゆっくり、弾いてくれる。

 「おめ、巧ぇなあ。たいしたもんだ。」

 砂沼の水面は初夏のまばゆい太陽に照らされていて、二人はギターのネックから視線を上げるたびに眼を細めた。ごぼ、ごぼ、と時折ヘラブナが水面に口を出す。

 「あー、難がしいなあ。はー、こんな指動かねで、せやけっちまわ(注:イライラするわ)。」

 朱里はまっすぐに前を見据えたまま、四人で全曲コピーすると決めたブラックアルバムの曲を一曲目から順々に奏でている。

 その歩みは着実であった。昨日できなかったフレーズは、翌日には必ず仕上げてくる。おそらく、大地と別れた後も夜一人練習に勤しんでいるのであろう。それを確信するからこそ、大地も負けてはいられないと思う。いつしか家でも夕飯を食らうなり、大河と競うように部屋に戻り、何度も何度も音を聴いてはそれを自分のものとするべく練習に勤しんだ。

 今までは同年齢ながらどちらかというと保護すべき対象のように見えていた朱里が、大地の先を悠々と歩んでいるのが、なんだか悔しくもあり誇らしくもあった。

 「大河もな、まいんち一生懸命やってっど? あいつ、今まで勉強ばーっかだったもんな。母ちゃんビビってら。」

 朱里はそんな話には一切お構いなしに、ピックを確実に、かつスピーディーに刻んでいく。

 「ああ? おめはそっぢじゃなくでええ。ソロさやれ。な。俺がそっちのドドドドドっつうやづやっがら。」

 朱里は一瞬指を止めて、そしてわかった、とでもいうように華麗にソロを弾き始める。

 ほお、とため息一つ吐いて大地も再びリフを刻み始める。

 

 練習を始めて早一週間。四人はあんちゃん目指し、それぞれの道を全力で駈けだした。今まではしょっちゅう朱里の離れでぶっ倒れていたルアンも然りである。毎日のように朝から晩まで蔵でドラム音を響かせるのに、さすがに朱里の母親も心配して顔を出すこととなった。

 「ルアン、ほっだら叩いてばっかで体大丈夫か? 疲れっちまうべ。」

 当然牛乳配達をしていることは知っている。だからこそ心配なのである。

 朱里の母親は朱里とそっくりな整った目鼻立ちをしていて、おまけに毎月東京の美容室に通い、いつも東京で買い込んできた最新流行の洋服に身を包んでいる。かつて嫁入り前は村一番の美人との誉れも高かったが、出身はここから田んぼ五反ばかりしか離れていない隣町であって、だからこそこの方茨城弁以外は口にしたこともない。

 「だいじだど。井戸で水もらっでっがら。」

 「水ばっか飲んでだってしゃあんめ(注:仕方がないでしょう)。ほれ、呼ばれでみろ(注:食べてみて)。」

 ルアンは差し出された盆の上を見て、目を見開いた。ルアンの大好物の赤飯の握り飯である。

 「あんれ、うまそでねえの! ありがとう。」

 ルアンの故郷であるベトナム料理にも同じく、お祝い事の時に出されるほとんど同じような食べ物があるとのことで、ルアンは大抵何でも好きだが赤飯は随一の好物であった。

 ルアンは満面の笑みで赤飯の握り飯を受け取ると、額ににじんだ汗を軽くぬぐって、それから掌を腰にこすりつけてから、早速大口開けて頬張った。

 「なんか、めででえごと(注:おめでたいこと)あっだんけ(注:あったのか)?」

 もごもご言いながら問う。

 「おめらも知ってっぺ? 海里の楽隊がな、CDさ出したがんな。それがな、あっちこっちのCDショップにも置いでくれんだちけ(注:置いてくれるんだって)。だから嬉しくってな。つい炊いちまったんだよ。まあ、父ちゃん怒ってだけどな。」

 そういってくすり、と上品そうにほほ笑んだ。

 「大事け?(注:大丈夫か)」ルアンはさすがに眉根を寄せて小声で聞き返す。

 朱里の父は地元で尊敬の念を集めている議員である。いつも黒いスーツの男たちに囲まれ、体躯も大きく威厳に満ちている。親友の父親とはいえ、外国人であるルアンにとっては遠い畏敬の存在であった。

 「だいじだ。おらじ(注:私)の炊いた赤飯三杯も食ってだもの。食いすぎでねえのって、じいちゃんにも魂消られてだわ。あんりゃ、怒ったふりでもしてねど周りに顔が立たねえんだっぺよ。海里はごじゃっぺ(注:だらしない)だったけんど、おめらも含めて人に好かれる子だったかんな。小学校、中学校、高校ど、誰とでも仲良くでな。誕生日会なんづって、何人来たかわっかんね。父ちゃんはでぎる千里(長男の名)より海里の方さ跡継ぎにしだがっだんじゃねえのがなーって、思うどごもあんだ。」

 ルアンは頷きながら、赤飯を飲み込んだ。

 たしかに海里は年齢の如何を問わず、誰にでも愛された。ルアンも大抵大地や大河、朱里といたが、そこに海里がいないと寂しさを覚えたものである。上京すると決まった時などは、たしか大地も大河も泣いていたものである。

 「こっちは母ちゃんとこ持ってけえれ。な。」朱里の母は別に持って来た花柄の包をルアンに手渡した。ずっしりと重たい。一体何人分の赤飯なのだろう。

 「こんなにいいんが?」

 朱里の母親はにっこりと頷く。「母ちゃんは元気してっか?」

 「うん。」

 「食いもんねぐなっだら、遠慮しねえでいいがら朱里に言うんだど? うぢは田んぼあっつにもこっつにもいっぺえあんだ。米だけはいっぺえあっかんよ。いぐらくれてやったっで、なくなりゃしねえんだ。」

 「ありがとう。」

 ルアンの家のことは朱里の母にとって心配の種でもあった。ルアンの母親は、言語の壁のためか性格のためか、あまり周囲とかかわろうとはしない。近所のベトナム料理屋で働いていると聞いてはいるものの、店は開いていないことも多く、客に至ってはほとんど入っているところを見たことがない。どうやって生計を立てているのか、男が出入りしているというような不穏な噂もある。だから家にも帰りたがらず、朱里の離れに居座っているのもやむを得ないのだと思うと、朱里と仲良くしてくれていることへの恩返しという意味を超えて、この外国人の少年に対し、小さなことでも良いから力になりたいと心から思うのであった。


 そんなルアンにとっては、海里とのバンドとの出会いはまさに僥倖であった。大地や大河、朱里と一緒にいることは楽しい。でもその時間は実は限られている。牛乳配達の仕事もある。それに、母親が病院だの市役所だのに出かける時には、通訳をするために学校を休んでついていかなければならないし、時には弟たちの保育所で保育士から話を聞いたり、銀行に行って手続きを行ったりと、少々日本語がわかるだけではとても対応しきれないようなことも自分がやらなくてはならない。おまけに家には金がないものだから、母親は牛乳配達以外にも働いてくれと顔を見るたびに言ってくる。日々の汲々とした生活にストレスを抱えているのかもしれないが、母親の恋人らしき知らぬ男も始終やってくる。2DKの団地に居場所はなかった。

 だから、学校でも勉強は全くできない。何せ日本語自体がまだ難しいのだ。本なぞ家には一冊もない。そもそも本を読もうなどとは、考えたこともない。だから授業の半分だって理解できたためしはないし、宿題だのと言われてもそれに取り組む場所もない。部活動なんかは身長が高いため、バスケ部だの、サッカー部だのにさんざ勧誘を受けたが、母親に中学入学早々禁止されたし、自身でさえ今の生活ではできるとも思えなかった。とにかく給食だけをたらふく腹に詰め込むために学校には通っているようなものであった。

 そのせいで放課後といえば、海里が教えてくれた砂沼の釣りの穴場に通って、食える魚を取ることが実利の見合った趣味となった。地元の釣り仲間のじいちゃんたちには魚のさばき方も教わり、おかげで毎日魚ばかりを食べるはめにもなった。それでもどうにか人並み以上の身長を手に入れられたのは、朱里に誘われて、度々豪勢な食事をさせてもらったためであるとルアンは朱里の母親には心から感謝している。

 朱里はああ見えて、実はよく人のことを観察している節がある。飯が足りているか否か、そんなこともよく見ていて、足りなさそうだと思えばすぐに母親に援助を求めた。そんなところは言葉は出なくとも、さすがに代々議員を輩出している家柄の血を一応引いているものと見える。

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