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Children Of Sanuma  作者: momo
6/16

6

 「はあ。……あんちゃん。」

 大地は客席の真ん中で呆然と呟きながら、目頭が熱くなるのを抑えられなくなった。

 「おらじにバス釣りだの、原チャだの教えてくれたあんちゃんが、あんな風にみんなを楽しませて。喜ばせて……。ああ、あんちゃん。」

 大河は大地の震える背を摩りながら、「大地、帰っぺ。最強にかっけえあんちゃん見れで良がっだなあ。もう、思い残すこどは、ねえべ。」と言った。

 「俺、帰んね。」背後でルアンがぷつん、と呟く。

 思わずぎょっとして大河はルアンを見つめた。

 「何言っでんだ。電車なぐなっちまうど? 水戸線終電早ぇんだど?」

 「あんちゃんに会いてえ。」ルアンは不機嫌そうに言った。

 「会ったっぺな!」

 「……俺、あんちゃんに会っでがら帰る。」

 それを聞いた朱里が白肌を興奮に若干赤く染めながら、ステージの方を静かに見やった。

 おそらくステージの奥にまだあんちゃんはいる。

 ルアンと朱里はまだ余韻に浸っている客の合間を縫って、楽屋へと急ぎ足で向かった。ルアンが問答無用でカーテンをめくる。

 そこにいたのは、受付で見たピンク色した髪の女性であった。

 朱里とルーカスの姿を見るなり、「あ、あなた海里さんの……?」と言いかけた。

 「こっちが弟。あんちゃんに会わしてくろ。」ルアンが言った。

 女性は思いのほか素直に、楽屋と思しき奥の扉に顔だけ入れると、「海里さん、弟さん来てる。」

 言い終わらないうちに、「朱里―!」

 先ほどまで師子王の如く振舞っていたあんちゃんが、飛び出してきた。思わずルアンはその勢いに仰け反ったが、朱里は動じずそのままあんちゃん、もとい海里にめちゃくちゃに抱き締められる。

 「おお、元気だったか。朱里。どうだった、ライブはだいじだったか? けがはしてねえな?」

 頭をぐしゃぐしゃに撫でられ、背を撫でられ、肩を撫でられ、それでも朱里はいつもの通りきちんと佇んで全てを受け入れていた。

 「ルアンも、悪がったなあ。蹴っ飛ばしちまって。だいじか? 背中さ痛ぐねが?」

 「大事だっぺよ。あんちゃん! あんちゃん!」ルアンは海里に抱き着いた。

 そこに恐る恐る後方から大地と大河がやってくる。

 「あんちゃん!」涙ぐんだままの大地が勢いよく走り出し、さらに海里に抱き着いた。

 「元気だったか、大地。大河。よぐ来だなあ! 元気そうじゃねえの!」

 「あんちゃん、かっけえなあ。すげえよ! 俺、俺、俺、めちゃくちゃ……」なんと言っていいのかわからない。興奮、随喜、感動、爽快。言葉を掴めず言いあぐねているところに、突然ルアンが、

 「あんちゃん、俺らもバンドやんだ!」

 そう興奮気味に叫んだ。

 大地も一瞬釣られ笑顔で思わずうなずきかけて、「はあ? 何言ってんで?」眉間にしわを寄せてルアンを睨む。

 「はあ? そうすっきゃあんめよ。(注:そうするしかないだろうよ)」ルアンは大地を睨みつける。

 「あんちゃんに蹴っ飛ばされて、俺わがっだ。俺もここにいぐんだ。こういうの、やんだ。」

 「お前楽器できねべよ。」大河が困惑したように言う。「音符も読めねべよ。」たしか、お互いに見せ合った通信簿で、ルアンの音楽の成績が2だったのを、大河ははっきりと覚えている。

 「……俺はやっど(注:やるぞ)。」大地がものものしく、それこそ意を決したように言った。

 海里は優しく微笑んで、叫んだ。「ほが! んじゃやれ!」

 その瞬間、いつも無表情の朱里がほんのわずかに目を見開いたのに、海里は気づいた。そうして海里はそっと朱里の頬に手を触れる。朱里はまっすぐに海里を見つめていた。それだけで海里はすべてを解した。朱里の情熱に。朱里の決意に。海里は再び朱里を強く抱きしめた。

 細い体に熱い血潮が滾っていた。


 ーー俺の離れの蔵には、下妻時代に使っでだ楽器がそのまんまそーっぐり残してあっがら、それを使うといいべ。もしねえものがあれば、馴染みの楽器店があっがらそっから買って送ってもらうからよ。このじいちゃんの祝儀があれば、いくら使ったって釣りが来る。朱里は遠慮しねえでいづでも連絡しろ。ーー


 あんちゃんは帰り際に三人にそんな説明をした。


 ーー音源が離れの押し入れに詰まってんの、朱里は知ってんな? まずはどれでもいいから引っ張り出してコピーしてみろ。でも一枚全部やんだど? はじめっから最後まで全曲だ。

 まだお前らは中学生と小学生だ。これからいくらだって楽器の腕は上げられる。でも毎日練習しねどだいだ(注:だめだ)。暑くても寒くても、疲れででも眠くでも。腹減ってても風邪引いてても。できっか? できねえなら始めるまでもねえ。辞めといた方が賢明だ。ーー


 そんな厳しい言葉でも弟たちには期待感を膨らませる種にしかなりはしない。大地、ルアン、朱里の心は既に決まっていた。


 帰りの車内では、大地とルアンの喧嘩にも等しい勢いでのひっきりなしの未来構想に、大河は一生懸命現実という名の氷水を投げ込み続けた。そうするしか、なかった。

 祝儀袋と引き換えに、四人の手にはしっかと大切そうにNeedled24/7の最新CDが握られている。

 「俺はあんちゃんになりでえがら、歌やる。」大地が有無を言わさずそう宣言した。

 「いいべ。」ルアンが早速承諾してやる。「俺は……あんちゃんみでえなギターもいいけんど、太鼓かっけえべ。あんなにいっぺえ積み上がってよお。俺だけの部屋みてえだ。」自宅に部屋のないルアンは、いつも居場所を欲していた。小さい頃、秘密基地作りに一番没頭していたのはルアンであった。

 「でもあんなすげえの、俺らには買えねえべよ。」と大河。

 「あんちゃんの蔵にあっかもしんねって言ってたど? なあ、朱里あんちゃんの蔵見だごどあっけ?」

 朱里はいつものように凝っと大地を見つめた。

 「……ほが(注:そうか)、ねえのが。じゃあ、帰ったらちっと見でぎで、明日にでも教えてくろよ。」

 言い終わらぬ内に朱里は素早く頷く。大地はそれを見て、朱里は朱里なりに実はバンド活動を始めることを楽しみにしているのではないかと感じた。これも珍しいことだ。朱里が何かに対して興味を持つというのは。自分の意思をはっきりと伝えるということは。ーーもしかするとついにしゃべり出すかもしれん。そんなことさえ思った。

 「お前もやんだど? わがっでんのか?」大地はイライラしながら大河を睨んだ。

 「俺できねえよ。あんちゃんはよお、ちっちぇえ頃からギターやっでだっぺ? だからできんだど(注:できるんだよ)? 俺らがそんなとっどどできるようになるもんか。」

 「でもあんちゃんはギターもやっでだけど、釣りもやっでだし、へんでごな暴走族もやってだでねえが。ギターばっかじゃねえど。今からだって間に合うべ。」

 海里は次兄が買ってもらった原付スクーターに勝手に髑髏の面を幾つも括りつけて、当時心酔していたJudas Priestにちなみ「ペインキラー号」と名付け、夜な夜な走り回っていたのである。しかし茨城の数ある暴走族の中でもそのデザインはあまりに奇抜に過ぎるので、地元一番のシェアを占めている暴走族には入れず、そこから零れ落ちた変人どもと新たに暴走族を結成して、田んぼの畦道を走っていた。髑髏のあんちゃんと、ガンダムだかなんだかを模した友達と、電車そっくりに仕上げた友達と。ちなみに、大地らが海里を真似しなかったのは、この一件のみである。

 「今がらちゃーんど腰据えでやれば、きっとあんちゃんになれる。俺は、そう思う。」

 大河はもう何を言っても無駄だと解し、すっかり閉口しきって黙した。

 「わがっだ。お前は最後だ。黙っとけ。……朱里、お前は何やる? ギターか、ベースか。」

 朱里は一応考えるような目つきで瞬きを繰り返した。

 「……あんちゃんと一緒が?」大地は微笑んだ。「ほだな。あんちゃんとおんなし血が入ってんだがら、朱里はギターがいい。おめ、それにあんちゃんにギター教わってたこどあんだろ? ちったあもう弾けべ(注:弾けるだろう)。おめはギターだ。」

 朱里がいつも以上に落ち着いているので、その選択が誤りではないことが知れた。

 「んじゃ大河、お前はベースだ。あんちゃんどごにあっか見っげでこ。」

 「ううん、できべか……。」

 そうしてバンドが始まったのである。

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