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Children Of Sanuma  作者: momo
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3

 朱里の家はここ近隣の中でもかなり裕福な部類で、なんでも江戸時代の末期からここ下妻に居を構えているとかで、広々とした敷地には母屋の豪邸、離れ、そして三つもの蔵があり、さらにそれに加え、全貌把握し難いほどの田畑を所有している。

 元はこの離れも朱里の一番上の兄のために建てられたものだが、長兄はとうに家を出て、二番目、三番目、四番目、と順々に兄たちが使い、今は末子の朱里のものとなっている。

 寝室と居間に加えトイレも簡単なキッチンも備えられており、そうして兄たちが残していった青少年にとっての必需品もあり、こうして悪童どもが集まるのにこれ以上ない好都合な環境をもたらしていた。


 朱里の家は代々議員を出しており、祖父が数年前に勇退し、現在は父親がその地盤を継いで議員をやっている。一番上の兄は神童の呼び声も高く、当然のように元旧制中学の高校を首席で出、東京大学法科へと入り、その際には紅白饅頭なんぞが近所にも配られたが、次兄、三兄、となるにつれて次第に風向きが怪しくなってきた。

 あんちゃん、こと四兄の海里は地元でもなかなかに悪名高いヤンキー高校にどうにかこうにか滑り込み、祖父、父の蔭なる尽力によって無理矢理東京の大学への合格を叶えたものの、それと同時に、本格的に友人らとバンド活動を始めた。海里がおとなしく、大学進学を前向きに考えているようなそぶりを見せつけていた狙いはそこだった。

 海里は幼少時、じいちゃんが懇意にしている骨董屋から高価なヴィンテージのGibsonのギターを買い与えられ、それを気に入ってよく家で弾いていたのである。釣りもバイクも色々やったが、一番気に入ったのはこのギターだった。音楽はあれこれ聴いた結果(当然CDは全てじいちゃんが買ってくれた)、ギターが一番上達する、そして一番目立つのはメタルであるとの認識に至り、以降生粋のメタル好きなので、下妻ではなかなか趣味の合うメンバーと出会うことができず、東京で初めて夢を叶えた形となる。

 そのせいでバンド結成と共に上京の目的は果たされたとばかりに大学の方はさっさとやめてしまったが、バンドは着実に動員を増やし、今ではメジャーレーベルとの契約こそないものの、インディーズとしてはかなりの知名度を誇っている。全国ツアーも何度かやっているし、大学を辞めた時点で父親による仕送りは止められたが、それで特に困っている風もないようである。でも実家に置いてきた、喋らない弟朱里のことは常に気にかけていて、だからこそ連絡をまめに寄越すのだ。


 握り飯を盆にのせた朱里が戻ってくる。それをルアンに押しつけ、ポケットからすっとスマホを取り出すと、画面を三人に見せた。

 ――みんな水戸来てくれんのか。気を付けて来いよ。俺の名前受付で出せばみんな入れるようにしとくから。――

 三人は笑顔で肩を叩き合った。


 「東京さは、生き馬の目抜かれぢまうって話だかんな。水戸だったらだいじだっぺ。」と大地。

 「それよりあんちゃん久しぶりだよなあ。楽しみだなあ。ライブってどんなことやんだっぺ。」とは大河。

 「歌うだってんだかんな。どういな歌だっぺ、楽しみだいな。(注:楽しみだよな)」ルアンが言って三人はしみじみとうなずきあう。

 朱里が知らん顔をしながら、自分の分の赤飯の握り飯を食べ始める。

 朱里だって兄との再会は喜ばしいものだろう。なんだかんだで、やはり海里に一番かわいがられていたのは実弟の朱里なのであるから。

 朱里は小学校の半ば程まで、言葉が出ないために学校のある時もない時も父母祖父母に全国あちこちの病院に連れまわされること数知れなかったが、それをやめさせたのは意外にも朱里自身なのである。

 ある時、病院に連れていこうとしたら玄関から一歩も動かなかったのだという。全身に力を籠め、押しても引いても動こうとはしなかったのだという。

 それからは、毎日のように海里と釣りしたりバイクに乗せてもらったり、ギターを教わったりしていたのだから、朱里は本当は大地や大河、ルアンと一緒に兄と遊びたかったのに違いない。五人はそれはそれは毎日楽しく過ごした。遊び場は決まって砂沼である。砂沼に行けばフナ釣りもできるし船にも乗れるし、木登りも虫取りもできた。あんちゃんは無限の可能性を教えてくれた。

 そんなそれぞれの思い出を胸に、ライブの日までを一日、一日と三人は首を長くして待った。


 そして、ライブの日がやってきた。

 下妻から水戸ヘは水戸線に乗っていく。このローカル線は朝と夕方に何人かの学生を乗せている以外には、ほとんど人がいない。それに加え、一つも変わり映えのない田畑ばかりを車窓に見せつけられ、どうにかしてもう少しスピードを出せないものか、原チャより遅いのではないかと大地がいぶかるくらいにはのんびりしたものであったが、四人は朱里の兄のライブを観られるという非日常的な経験に幾分高揚していた。

 「あんちゃんと会うの、いづぶりだっぺー。」大地は嬉しくて仕方がない。

 「あんちゃん、なっかなか帰って来ねえもんな。バンドっつうのは盆も正月もねえんだっぺ。」大河もそう言って笑顔で頷く。

 「なあ、あんちゃんのCDっていぐらすんで? 俺今朝配達でもらった3000円しか持ってこれでねえよ。」ルアンが薄っぺらい財布を開いた。

 今日はリボンでポニーテールを作ってきた朱里が、おもむろに膝の上に乗せたカバンを開いた。そこには見事な水引の祝儀袋が一つ、入っている。しかも外見からわかる程に、分厚い。

 「何だべ、こりゃ。」ルアンがそっとそれを取り出してみると、表には筆致も鮮やかに「御祝・鈴木万里」と書かれている。選挙ポスターでもよく見かけた朱里のじいちゃんの名だ。

 「じいちゃんから預かったんが?」

 朱里は頷く。

 「大学辞めっちまってんで、あんちゃんに表立っては小遣いやれねえがら、……じいちゃん、こうやってあんちゃんに小遣いやるつもりなんだべ。……なあ、これずいぶんたんまり入ってっと? あんちゃんに渡したらCD貰えるんでね?」大地が名案とばかりに目を輝かせる。

 「だべな。ルアン、だいじだ(注:大丈夫だ)。その財布ん中は、お前の飯代にとっとげ。」大河に言われ、ルアンは安堵の溜息をついた。

 朱里は再び祝儀袋をカバンに入れ、今度は背筋を伸ばしたまま、まっすぐに正面を見据えている。シンプルな水色のストライプ柄のワンピースを着ている、その姿はいつものように女の子そのものだ。

 

 このあたりでは嫁はいまだに男児を産むことが他の何よりも重んじられていて、五人もの男児を産んだ朱里の母はその意味でも非常に尊敬され、じいちゃんばあちゃんらからもお大臣か何かのように丁重に扱われているのだが、実際には女の子を欲していた。五人も産んだのも、次こそは女の子、との執念であったと、朱里の母は公言していたが、そんなことを言っても何も咎められる身分ではない。何せ既に男児を四人も産んでいるのだ。下妻のお大臣である。

 朱里の母は朱里の妊娠が判明した時、最初に、次こそは絶対に女の子であるから、女の子の名前以外は考えないと家族に言い放った。じいちゃんばあちゃんは当然、夫もいくら議員として十分な食い扶持があったとて、既に四人の男児を産んだ妻にはかなわない。

 江戸時代以来の純和風の家なのに、キッチン、寝室をそれぞれシャビーシック調にリフォームしたり、普段からどうにも下妻には不釣り合いなフリルだらけの服を着たりしていることからも、女の子を欲しているということはわかっていた。それで好きにしたらよいということになり、それで喜びを得た母は早速ピンク色の着ぐるみばかり買い集め、砂沼の畔の八幡神社に詣でては安産よりも女の子の産まれ来ることだけを強く強く祈った(上四人は看護師が瞠目する程の安産であった)。そしてついにその執念が実を結んだかに思えた。妊娠20週目を迎える頃、エコー検査で女子と判明し、その喜びたるや近隣に赤飯を配るや、紅白まんじゅうを配るや、大変な大騒ぎであった。

 しかしいざ出産してみると、神のいたずらか、朱里は男の子であった。紛れることなき、男の子だった。母は気を失った。


 家族は安産を喜ぶや否や、男児と判明し、母親がちゃんと育てられるか、どこかにやってしまうなどと言い出すのではないかとハラハラしながら意識の回復を待った。

 そして第一声、「……シェリーは(名前は朱里と決めていた。通称シェリーである。)、女の子だべ。」

 産後の妻の泣きながらの訴えを非難できる者など、世界中を探してもいるわけがない。

 「……ほだ(注:そうだ)。」夫は力強く妻の手を握り締める。まだほの赤い頬をいとおしそうに撫でながら、再び頷いた。「女の子だべ。シャーリーだ。」

 「シェリーだべ。」慌てて後ろのばあちゃんに背中を引っぱたかれ、訂正される。

 じいちゃんが言った。「……別嬪になんべ。かあちゃんにそっくりだかんな。」

 「んだんだ。」ばあちゃんも涙ぐみながら頷く。

 育児放棄するだの、どこぞにくれるだの言い出すよりかは遥かにましである。別に赤子が病気なわけでもない、母親だって健康だ。子供は宝。存在が宝なのである。

 そうして朱里は女の子として育てられることになる。

 さすがに言葉を発しないということは予想外であったが、それでも母親は母親なりに深い愛情を込めて朱里を育てた。フリフリの女の子の服を着せながら。リボンで髪を結いながら。


 お大臣相手にさすがに真正面から育児方法を否定できないながらも、見かねたじいちゃんばあちゃんが男児用の服も朱里のタンスに詰め込んではみたが、学校に通うようになっても朱里は母の選んだ服の方を選んだ。

 小学校入学時には30色もあるランドセルの中から選ばせても、ピンク色。入学式の服もワンピース。髪も肩下まで伸びていたが、短くしたいというそぶりを見せない。朝、学校に出かける前なんぞ、だまってリボン持って「付けてくれよ」とばかりに母親の前にたたずんでいることもある。

 あれは、本当に女の子だったのかもしんね、じいちゃんばあちゃんはさすがに納得して、それでも無口な孫を可愛がった。

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