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翌日早々、朱里に蔵に呼ばれ新曲を聴かされた時にはさすがに三人は瞠目した。
本当は既に作ってあったのではないか、どこぞより拝借してきたのではないか、あんちゃんに作ってもらったのではないかとも、一瞬脳裏を過らないでもなかったが、朱里に限ってそんな虚構をし得る人間ではないことは三人ともよくわかっていた。
だからこそ、朱里はいよいよ神がかってしまったのではないか、そう思ったのである。人外の存在になってしまうのではないか。大河なんぞは朱里が早死にしないように心配さえした。
大地は一通りその曲を聴き終えると、しばらく考え込んだ。
朱里は満足のいくできではなかったのか、と心配げに大地の顔を見つめる。
それに気づいて大地は言った。
「いや、ほでねど(注:そうではないぞ)。……俺らの代表曲だ。それは間違いねえ。問題は歌詞だ。」
そう言って立ち上がる。
「これはな、俺らが小っちぇえ頃からずっと今まで、砂沼のほどりでわっちゃわっちゃやっでる曲なんだ。」
何か見えぬものを見ているような眼差しで大地は続ける。
「そんでな、そこにはでっけぇキラキラしたあんちゃんがいて、俺らに遊びを教えてくれてんだ。俺らはそれらが楽しくてしゃあねえ。それがA、Bメロの2回目まで。でもその後、あんちゃんはここから出てっぢまう。」
「ほっだごと言われねでもわがっでら。」大河がつまらなさそうに言った。
「だからな、俺らがもう一回俺らの遊びを作り出すんだべよ。それが朱里のソロから始まってぐ。ほれ、そっからギターリフが転調すべ? ユニゾンもなくなってべよ。これは俺らがちゃんと自分らの脚で立ってぐっでことだっぺよ。」
朱里は驚いた。たった一度聴いただけで、自分の曲に込めたイメージをこの上なく的確に大地は読み取っていることに。
信じられないという風に朱里は大地を見つめた。
「こらいいな。」ルアンがうっとりを目を閉じて言った。「やっでで楽しくなりそうだ。」
「たしかにこういう曲が俺らには必要だったべ。朱里のお陰でよぐよぐわかっだ。」
大地は朱里に向かって満面の笑みを浮かべて言った。「ありがとう。」
「これ、最初にやっだらいいんでねの?」大河が言った。「ほしたっけ(注:そうしたら)きっと客は俺らのごど、すっと受け入れてくれっど。」
イメージの共有がほぼ完璧であったがために、作詞もかつてない速さで終えられた。今度は大河は英語に直訳しただけで、大地の歌詞を変えることはなかった。そんな必要はもう、なかった。
曲も他の曲がほぼ完成していたというのもあり、新曲だけに専念することができたため幾つかのパターンはあったが、納得のいく形で完成を見ることができた。
そうしてこの名刺代わりの新曲を引っ提げて、大地たちは東京へと出発したのである。
常総線から見えるいつもの田んぼばかりの風景も、なぜか彩鮮やかに見えてくるから不思議だ。
その時、大地のスマホにつくばのライブハウスのイダから、「頑張って来いよ」とメッセージが入った。「東京のやつら、驚かしてやれ」と。
思わずにやにやしながら三人に順繰りに見せる。
朱里は真正面を見据え、深々と息を吐いた。
ずっとあんちゃんとライブをやるのが夢だった。いつか自分たちに力が付いたら。楽器のテクニックは無論、魅力ある曲を多数作り、ライブパフォーマンスも巧くなり、集客数も増えたら……。ずっとずっと願っていたことだ。だから今回の僥倖ははっきり言って、自分たちの力が付いたから、というのではなく瓢箪から駒のようなものだったけれど、決して無駄にするわけにはいかない。あんちゃんに一歩でも近づく、その足がかりとしてみせるーー。
大丈夫だ。大地の喉もばっちりだし、あいつのステージングは観る者を否応なしに引きつけるものがある。あれは天性のなせる業だろう。
それに大河も、一見(特に大地と比較すると)地味なようでいて、でもバンドに必要不可欠な確実なプレイをものにしている。あれは常にメトロノームと向き合ってきた練習の成果だろう。音作りは苦手であったようだが、海里やらライブハウスの音響担当者やらのアドバイスもあって、ずいぶんヘヴィになってきた。だからこそルアンもそこに引っ張られてくるというものだ。当初金物ばかりを叩き派手さを求める癖があったが、大河とのリズム隊としての練習を重ねることで、音の粒、速度をきっちりと整える地味な練習にも精を出すようになった。そして練習時間は誰よりも多い。体力があるからだろう、日々見違えるようにドラムテクニックは上達していった。この中学三年間で一番体付きが変わったのはルアンだ。背も伸びて、筋トレの成果もあって音には重みを増してきた。今では他のどのバンドよりも重く速い音を出す。マシンガンの如くに。
——大丈夫だ。
朱里は自信を持って頷いた。
まだ昼前の時間帯に、四人は東京のライブハウスに到着した。東京のライブハウスは地下にある。まずそれが驚きだった。つくばのライブハウスは地上のホールであるので、一瞬四人は身構えたが階段から海里が上がってきたので、即座に走り寄った。
「おーおー、よぐ来たよぐ来た」海里は順繰りに頭を撫でまわしてやる。「迷わながっだがあ? 随分早ぐ着いたんでねの?」
「遅刻しっちゃ悪いがんな!」大地が笑顔で答えた。
「あんちゃんの顔に泥を塗るごどはしねど。」ルアンも言った。
朱里は早速もうぴったりと海里の隣にくっついて、満足げにしている。
「初めて観るお前らのライブだかんな。楽しみにしでだど。」海里は四人を見ながら言った。「今まで映像どが、音だけではおめらのライブ観で聴いてきだけどな。実際おめらがどんな空気さ出してライブやんのがわわがんねー。でもやってくれっと思ってからな、俺は。下手こくおめらではねえべ?」
「当たり前だっぺ。」大地が即答する。
「あんちゃんの客にもちゃあんとアプローチしてやっがら!」とルアン。
「俺らの客は耳肥えでっど? 国内外のメタル全般聴いでるやづらが多いかんな。いげんのが?」
四人は新曲を思い浮かべながら微笑み頷いた。
「ほれ、リハ終わったら飯連れてってやっがら。まずはリハしみじみ(注:きちんと)やってこ(注:こい)。」
四人は頷いて、やっぺやっぺと励ましあいつつ階下へと降りて行った。
既に本日出場予定のバンドのメンバーが数人と、それからブッキング担当の店員とが四人を待ち構えていた。
「In Your Faceの皆さん?」金髪を肩下まで伸ばしたライブハウスの店員は、四人を見てそう訊ねた。
「そうです。」ルアンがぬっと顔を突き出して答える。
「わあ、噂通り若いな! 会いたかったよ! ……KAIRIさんの弟さんたちだよね。」と言いつつ、誰がその弟であるか四人の顔を見比べる。
——まっさきに答えたこの子は外国人だから違うだろう。セミロングの清楚そうな女の子も違う。となると、こちらのギターを持っている元気そうな方だろうか。店員は大地に向き合って頭を下げた。
「弟は、こっちだべ。」
ルアンは朱里の両肩をがっしと掴んで店員の前へと突き出した。朱里はふらふらしながらも一応気を付けの姿勢を取って緊張の面持ちで店員を見た。
「え?」
冗談だろうと微笑みかけた先の四人はいたって真面目な表情であるので、慌てて店員は生真面目な表情に戻した。
「い、妹さん?」
「朱里は男めだど?」ルアンが念押しする。
店員は目を瞬かせた。半信半疑、ぐらいの表情にルアンはさらなる追撃を加えた。
「あんちゃんと一緒で、作曲だっでできんだど? ギターだって巧いしな。ひどづ今日はよろしくお願いします。」ルアンはそう言って頭を深々と下げた。
「とっとど、リハやらしちくろ(注:やらせてくれ)。リハやったらあんちゃんさ飯連れてってくれんだがら。東京の飯だ。楽しみだべ!」大地が元気いっぱいに両腕を上げて言った。
本日は順リハなので、In Your Faceは最初にリハを行うこととなった。いつもの音出しがルアンから順番に始まっていく。気合十分のルアンは、いつもにもまして強力な打撃の如き音を繰り出していった。客席に残っていた他のバンドのメンバーも時折顔を見上げ、この若い可能性に満ちたドラマーを羨望の眼差しで見上げた。
そして大河。決して派手ではないが正確無比であることはすぐに知れた。もうこのリズム隊の音だけで、ライブハウスの音響担当なんぞはKAIRIの実弟、などという肩書は不要だと確信した程である。
そこに朱里の流麗なギターが躍る。どこまでもどこまでも浮遊し続けるような突き抜けるような、爽快感あるソロ。これは確かにKAIRI譲りと言わざるを得ない。華麗なタッピング、唸るようなアームプレイも見事の一言。聴く者は誰もが圧倒された。
最後に大地の表現性豊かなボーカルが乗ってくる。太陽のさざめき、湖の冷たさ。何もかもを吹き飛ばす烈風。それからさらにバンドを地から支えんとするリフ。大河のそれと呼吸は完全に一致している。
——完璧だ。音響担当は舌を巻いた。
そしてその隣では、満足げに腕組みをしながら聴き入る海里の姿があった。
「こんなん食っていいんだべか!」
大地が豪勢な刺身定食を前に、目を輝かせる。ご飯は大盛り、熱々の味噌汁も美味しそうに湯気を立たせている。
ルアンも「すげえな!」と感嘆してみせた。
「俺の奢りだかんな、お代わりもしていいぞ。ライブに向けてたーんと食え。」と海里。
大河も朱里も頬を綻ばせながら御膳を見つめた。まぐろ、かんぱち、エビ、タラ、いくら、全てが宝石のように輝きわたっている。
「おめらのリハ見たら、こんぐれえ食わせてやらねどなっつう気になったわ。わはははは! 下手こいたらカップ麺にしてやろうと思ってだげどな!」
「カップ麺は酷かっぺよ」大地は情けない声で言った。
「いただきます」四人はそれぞれ食べ始めた。「うめえ、うめすぎる!」大地は米を頬張ったままそう叫んだ。「うぢで作った新米ぐれえうめえわ!」
「旨いべ。ここは俺もよぐ来んだ。茨城のコシヒカリさ使ってんだど? ほれ、その味噌汁も絶品だかんな。朱里もしみじみ(注:しっかり)食えよ!」
背を叩かれ、思わず咳込む。朱里はそれでも嬉し気に米を頬張った。
「あんちゃん、大河さ高校出だら東京さで本格的にやっでいぎでえんだけど。」ルアンが言った。
「おお、そうしろそうしろ。」他人事のような返事に少々気落ちしながら、「なじしたら(注:どうしたら)いいんだっぺ?」
「うん、ほだなあ……。まずは、しっかりそれぞれの力付けでがら、……ライブも回数重ねど、なんだかんだパフォーマンスは巧ぐなんねし、音源も作って、集客もできねどだいだ(注:だめだ)。」
「曲は朱里のお蔭でだいぶ溜まってっから、音源は出来んでねのが(注:できるのではないか)? なあ、朱里?」大地はそう言って唇に米粒を付けた朱里を見つめ、米粒を取ってやる。そのまま自分の口に入れた。
朱里はぼんやりと海里を見る。
「ほだなぁ。……今日のライブ次第では、俺らの馴染みのレコーディングスタジオ紹介しでやっぺが。」
「よっしゃ!」ルアンがガッツポーズをとる。その隣で朱里は目をしばたたかせた。
「こりゃチャンスもらったも同然だべ! なあ!」ルアンはそう叫んで三人の顔を順番に見た。
「でも、どの曲さCDに入れたらいいんだべが。朱里いっぱい作ってくれたで、かなりあんだど?」大河が慎重そうに呟く。
「ん、ほっだいなあ(注:そうだなあ)。俺がいいなって思ってる曲ももちろんあっけんど、おめのいいど思う曲にしろ。おめが作ってんだからよ。」海里は朱里に向かって言った。
「ほだ。」大地もうなずく。「今回だってよお、今日のために新曲作るってついこないだ言って、あっという間に俺らが魂消るようなのできぢまうんだもの。おめに任せれば間違いねえって、みんなわがっでる。」
ルアンも大河も頷く。
朱里は箸を止めてしばし考え込む。
「もしできだらよお、俺の知り合いのイラストレーターにジャケットの絵さ描いてくろっつって頼んでやっがら! 予約さ入れられたら早速レコーディングしてみだらいがっぺ!」
もう弟たちの成長ぶりと頼もしさには笑いしか出ない。始終上機嫌で海里は昼飯を済ませると、再びライブハウスへと戻った。




