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Children Of Sanuma  作者: momo
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 「ルアン、今日も休むちけ(注:そうだ)。」大地がスマホの画面を見つめながらぼそりと呟いた。

 何回目だろう、ルアンが練習に来ないのは。今まではそんなことはなかった。かのつくばの女に出会うまでは。

 「はあ、何考えてんで?」と怒りを滲ませながら大河が言った。

 「……今起きたんだちけど。」

 「あいづ、つくばさ行ってからだい(注:駄目)でねえが?」

 「だよな、ふざけてっぺ。」

 朱里の眼差しはどことなく寂しげに見える。

 「あいづ、女んどこ行ってから、やっぱおかしいべ。朱里んちで寝てばっかいた時の方が全然いがった(注:良かった)。すぐ起こせるしよお。」最早怒りは隠せない。

 「だいな。このまんまじゃせやけって(注:いらだって)しゃあねえ(注:仕方がない)。ライブ失敗こいてみろ、今までのぜーんぶ、水の泡だべ!」大地はギターをやったらめったら弾き始める。

 朱里は呆けたように立ちすくむ。

 「ドラムがいねぐちゃ練習にならねしよ。」大河が呆れて座り込んだ。

 「来月ライブだってあんのに、どうすんで?」

 大地と大河は互いに困惑しきった顔を見合わせた。

 その陰で朱里が意を決したようにスマホをいじり出した。

 

 ——とんでもねえ、ごじゃだべ(注:馬鹿者だ)!

 突如朱里のスマホから罵声が響いたので、大地と大河は驚いて朱里を振り返った。この頼もしさ、この安心感、紛れもなくあんちゃんの声だ。

 ——バンドさ何だど思ってやがんで、ルアンの馬鹿は!

 大地は味方を得た喜びに眼を輝かせる。朱里のスマホを奪い取った。

 「ほだよ、あんちゃん! あいづ女んどごずーっといてよお、バンド練習来ねえんだど? 俺ら練習になんねえんだど? ほっだの赦せっかよ!」

 ——ぶっ殺してやる!

 殺されては練習が二度とできないので困るのだが、その時ばかりは大地は「ぶっ殺してくろよ!」と応戦した。

 ——待ってろ。あんの野郎今もつくばにいんのが? 場所わがっが?

 大地は首をかしげる。「おめ、知ってっか?」大河も首を横に振る。

 ——何で? 知んねのが?

 「リサっつう女の家にいんのは知ってる。」大河が言う。

 ——リサぁ?

 しばらく何か考え込むような沈黙があった。

 ——リサって、あのリサだっぺか。

 「あのリサって何だっぺ?」大地が問う。

 ——ちいとこっちでやっから、おめらは練習しとけ。ライブも近ぇんだど? だいじだ(注:大丈夫だ)。それまでにルアンごどは俺が何とかすっから。まあ、任せとけ。

 そして電話は切れた。


 リサ。

 その名前に海里は聞き覚えがあった。

 茨城県内でメタルバンドをやっていれば、大概はメンバーもファンも見たことのある固定の面々ばかりになるのであるから、特定の名に思い当たりがあったとてそれは特段おかしい話ではない。

 リサの名は、しかしそういった当たり障りのない理由で海里の脳裏に残り続けていたのでは無論ない。忘れたくとも忘れられない、完全なる負の理由があった。

 リサの年齢は海里とそう変わらない。同級生らしい、という話もあったが、そこまで海里は直接親しくしていたわけではないのでわからない。そして、どこぞの立派な社長の娘であるとかで、金回りはその年齢には似合わぬ程良かった。

 彼女の名がどうして知られていたかというと、ライブ後の打ち上げにバンドマンたちに紛れてよく参加し、さらにその飲食代を気前よく全額支払うということを当然の如くにしていたことによる。その気風の良さ、金回りの良さに、バンドマンの中にはリサと積極的に連絡を取り、毎回のように打ち上げに呼ぶ者も少なからずいた。にもかかわらず海里がはっきり彼女を拒絶していたのは、海里もまた金回りは良い方で、特に金銭的に苦しさを覚えていなかったからというのも無論あるし、海里はもともとそういう金でバンドマンと関係を持とうとする、さらには関係者面するような女を毛嫌いしていたことによる。海里はできるだけリサとは距離を置いていただけでなく、リサを積極的に利用するようなバンドマンからも距離を置いていた。

 しかし、バンドマンの中にはアルバイト生活で、経済的にはギリギリの中バンド活動をしている者も少なくない。それでも機材は欲しくなる、ステージ衣装も欲しくなる、運搬用のバンも欲しい、飲み代も必要、となると女を頼りとするものも出てくるのである。

 でもそういう輩はやがてバンドからは去っていくことになる。これは面白い程必然であった。

 大体どうして女がそこまで身銭を切ってバンドマンに尽くすかと言えば、ゆくゆくは自分のものとするためである。いつまでもバンドをさせておくつもりは毛頭ない。ステージ上にいる自分の男という存在に優越感を覚えられる時期を過ぎたら、早速子供を作ることに精を出し始める。それで思惑通り子が出来たらバンドとは完全に縁切りさせる。ここまでが定石。

 海里は身近にいる女を利用しているようで利用されているバンドマンたちにさすがに面と切って助言こそしなかったものの、女でバンドを辞める、辞めざるを得ない人間を数多く見てきた。だからこそ自分の近くに打算的にバンドマンとかかわろうとする女にはあえて素っ気なく接したし、そこから無理に自分に近づこうとする女も減ったので、今ではバンドだけに尽力できているのである。

 ルアンに女かーー。

 海里は一応先ほど電話越しに罵声こそ浴びせかけてみたものの、内心では良い成長の機会だと思いなしほくそ笑んでいた。


 リサ、の家は思いのほか早く掴めた。未だリサと繋がっていたバンドマンがそこそこいたのである。海里は呆れつつも早速住所を手に入れ、つくば行きへの電車に飛び乗った。一時間半程でつくばには着く。まったく、手間をかけさせやがって、そう思いつつも久々に「弟」を教育できる喜びも一方で感じていた。

 

 「なあ、俺らもさあ、あんちゃんだけに任せでねえで、ルアンどこさ行ってみねべか?」ふとギターを弾く手を止め、大地が言った。

 「ほっだごど言ったって、ルアンがつくばのどこに住んでっかなんでわかんねべ? なあ?」と大河。

 大地は何かを思い出したように朱里を見た。

 「おめ、前スマホによお、ルアンの居場所出るようにしたこどあったっぺ? ほれ、ルアンが女の家に住み始めたばっかで、どっちさ行けばライブハウス合流できっかわかんね、どか言ってた時よお。俺らが行き方教えてやっがら、このアプリさ入れろっちってよお。」

 朱里は目をしばたたかせて、ああ、そんなこともあったっけとスマホを取り出す。何やら地図めいたアプリを起動させると、たしかに、そこにはルアンと書かれた点印が確認できたのである。

 「ほれ、あっだ!」思わず大地は手を叩く。「ルアンはここにいんだべ!」

 「ほれ、俺らも行ってみんべよ。あんちゃんだけに任せねえで、俺らもルアンごど、ぶっ殺してやっぺ!」

 三人はすぐに準備を整え、下妻駅からつくばを目指した。

 

 果たしてルアンの住まいはすぐに知れた。駅を出てすぐの高層マンションである。今までにもライブハウスに行く途中に、何度もこの前を通ったことがあった。ここに住んでいたのか、と大地はマンションを見上げる。高級車が幾台も停まり、ガラス張りの壁面は夕焼けを照らして恐ろしいぐらいに照り輝いている。

 「こんなすんげえどこいたっけ、帰りたくなんねえどなあ。」大地が呆れたように言った。とてもルアンの実家とは比較にならない。「でも」と、もう一度己を奮起させる。「バンド練習さぼるのとは別問題だべ!」

 「だな。ルアンはきっと騙されんだっぺ。世の中には悪い女がいるって聞いたことがあんだ。」

 「誰から聞いたんだべよ。」

 そう問われ、大河は思わず赤面する。

 朱里はその隣で、マンションを静かに見上げていた。

 「けんど(注:けれど)、ルアンはこの何階さにいんで?」大地が問う。

 朱里はスマホを凝視するが、ルアンの居場所を明示する点は何階かまでは表示されない。途方に暮れていると、突然後方から、

 「おめら、来たんが!」との大声に思わず三人は肩をすくめた。大声の主は振り返るまでもない。海里であった。

 「あんちゃん!」

 大地が飛びつく。

 「あんちゃん! 来てくれだんか!」大河も加わる。

 「何でえ? おめら来るって言ってねがったっぺよ。」

 「ほだけど、あんちゃんだけに任せとくわけにはいかねべ。だって」大地は言い淀んだが、「ルアンは俺らの仲間だかんな!」と言った。

 「ほだ。」海里は満足そうにうなずく。「おめらの大事な仲間だ。」

 「あんちゃん、ルアンはここにいんだけんど、何階かわかんねんだ。どうすっぺ。」大地が情けない声を出す。

 「1105ちゅう部屋だど。」

 三人は目を丸くした。

 「よぐわがっだな! なんだ、魔法でも使ったか?」大地が海里を凝視する。

 「ま、そんなもんだ。」

 否定することなく海里はエントランスを入ると、インターフォンに向かって1105を連打する。——出ない。もう一度。もう一度。……そう五度ばかり繰り返した後、遂に画面に女の姿が現れた。化粧っ気のない乱れ髪の若い女だった。

 「……誰? え? KAIRI?」

 女の声が上ずる。

 「何しに来たの?」

 「何しにでねえよ。そこにルアンいっぺ(注:いるだろう)?」

 女の顔が固まった。

 「……いっぺ? 知ってんだど?」

 「いない。」

 「いや、いんだよ。」怒りを押し殺したように海里は言った。

 女は黙す。このまま画面を切られてしまうのではないか、と大地は焦る。

 「おめ、自分が何やってんのかわかってんのが? 未成年略取だど?」

 「……何それ。」

 「ルアンはまだ中学生だ。家にも帰さねで自分どことちこめて(注:閉じ込めて)だら、そら立派な犯罪だ。」

 「……犯罪。」女は小さく繰り返した。

 「ほだ、犯罪だ。おめ、捕まっど?」

 「……でもルアンは自分の意思でここにいる。」

やはりここにいるのか、大地はほっと胸をなでおろす。

 「ほっだらごと関係ねえ。……大の大人が他所の子供連れ込んだら、警察が黙ってねえ。おめ、わがっでんだろうな? 身内から犯罪者出したら、おめんどごのおっ父の会社吹き飛ぶぞ?」

 息を呑む音が聞こえた。

 「俺んちも代々議員だ。どんだけ身内の言動が世間がら見られてっか、小せえ頃から厭っつうぐれえ叩き込まれてきた。おめんちもそうでねえのが? なあ? どうする? おめえの代でおっ父の会社吹っ飛ばすか吹っ飛ばさねえか。」

 がちゃり、とドアが開く。

 海里は勢いよくドアを開け放ち、エレベーターに乗った。

 海里のこんな顔を見たことはない。大地は横目で海里の怒りに満ちた眼差しを見た。背が大きいから威圧感がある。

 11階に到達する。

 海里は扉の前に出向いて、力の限りにどんどんと叩いた。すぐに扉は開かれる。

 そこにはルアンがいた。

 「ルアン」、そう大地が言い終わらぬうちに、ルアンはものすごい勢いで奥へと吹き飛んだ。

 海里が力の限り、それこそ全身全霊込めて、ぶん殴ったのである。しかし、そう理解するのに数秒の時間がかかった。

 「あんちゃん!」大地はようやく事態を飲み込みそう叫んだ。

 海里は土足のまま家の中に乗り込み、ルアンに馬乗りになるとさらなる一発、もう一発、次々に計十発近くを顔面に叩き込んだ。

 朱里が泣きそうになりながら海里の背に縋りついて、倒れこむ。

 「あんちゃん、もういい! もういい!」大河も泣きながら朱里の上に重なった。三人はルアンの上にべったりと倒れこんだ。

 大地は玄関で肩で息をしながらその様をただただ見下ろしていた。

 あんちゃんの下から、悲痛な声が漏れた。「……ごめんなさい」

 

 「帰るど。」

 海里はルアンを引き上げ、一通り上から下までねめつけた後、ルアンのポケットの中のスマホを奪い取ると、奥のリビングへとぶん投げた。次いでピカピカのレザージャケットを脱がし、同じように奥へと放り投げる。

 「リサ、もうこいつには二度と手ぇ出すんでねど。」

 そう吐き捨てるように言うと、ルアンを抱きかかえるようにして部屋を出た。

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