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Children Of Sanuma  作者: momo
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 海里のマンションは大学入学時に買ってやったもので、どうせ大学なんぞすぐ行く気をなくすだろうからと、大学に近いということよりも駅に近い立地で選んだの母親の勘は果たして正解だった。

 こうして流行りの美容院に行った帰りに立ち寄れるし、買い物に出た時にも立ち寄れるし、とかく何かにつけ便利である。


 朱里の母親は今月もまた海里の部屋を訪れ、物珍し気にリビングに並べられた何やらよくわからない機材を眺めた。

 「あんた、こらまた色々増えたんでねの?」

 「ほがぁ(注:そうか)?」海里はキッチンで曖昧にほほ笑む。

 海里は議員様が二人もふんぞり返っている家庭に育った割には家事も率先して手伝い、料理なども得意なところがあって、こうして時折母親が部屋を訪れるたびに何やら料理を拵えてくれるのである。

 「じっちゃんから、こないだ祝儀さ貰ったべ。」

 海里はまた曖昧に笑う。「朱里から聞いだが?」

 「朱里はなんも言わねえよ。じっちゃんが朱里にこっそり祝儀袋預けてんの見たでな。……良かったな。」

 「……まあな。」

 「ほんで朱里たちにこういなの、色々送ってやってんだべ?」と言って母親は再びリビングに並んだアンプだの、エフェクターだの、それからシンセサイザーだのなんだの機材の山を見やった。

 「いがっべ? あいづらも楽しんでるみてえだし。」

 「ああ、ありがてえよ。」

 母親の思いがけなく素直な返答に、海里はまな板から目線を上げた。

 「何でぇ? まいんちまいんちやっかましいことやらせやがってって小言言いにきたかと思った。」

 「まさか。」母親はそう言って噴き出す。「朱里がよ、まいんち生き生きしてる。あんな姿、産んでこの方見たこどねえよ。」

 「ほんじゃいがった。」

 「おめのお蔭だ。」

 「東京にいんのにか。」

 「知ってっから。まいんちまいんち朱里に連絡くれてやってんのよ。」

 海里は再びまな板に視線を落として含み笑いを漏らす。

 「知ってっか? 母ちゃん、あいつ作曲すんだよ。作曲。」

 母親はええええ、と声にならない声を上げる。

 「しかもよ、プロの俺から見てもなかなかの出来だべ。とでもとでも中学生のレベルじゃねえよ。」

 「本当か?」その声は若干震えを帯びていた。

 「嘘なんて言うかよ。身内の贔屓目っつうの取っ払ってもなあ、本当にいい曲だど? 母ちゃんが朱里に小せえ頃からピアノ習わしてバイオリン習わして、ってやってたのが無駄でなかったってことだ。」

 「そんなこともあっだなあ。」懐かしく思い出す。

 「俺もあいつにはギターさ仕込んだが、まあ、そん時はあいつもそんな真剣じゃながっだかんな。それより大地だのと釣りやったり、おれのバイクのけつ乗ったりしてる方が面白そうだっだがら、そこまでとは思わねがった。でも今は違ぇ。あいつ、そのうち音楽で食ってきてえとか言うぞ。たぶん直に才能に自分で気づき出す。」

 「楽しんで生きてりゃいいんだ。」それは母親の本心であった。「米ならいくらでも送ってやっから。」

 海里が作ったオムライスは、どこぞのレストランに出してもおかしくないぐらいに美味しかった。そうだ。海里は実家にいた時にもよく朱里に作ってやっていたっけ。そして食の細いはずだのに朱里は、いつでも完食して見せたっけ。

 「朱里のこと、お前に頼みっぱなしだな。おら、母ちゃん失格だ。」

 「んなことねえど。朱里はああ見えて、母ちゃんのこと大好きだかんな。」

 母親は半信半疑、ぐらいの口元だけの笑いを浮かべる。

 「信じてねえな? 何であいつが女の子の恰好してっか。」

 「そら悪いとは思ってっぺよ。でも朱里も朱里で、じいちゃんばあちゃんが男の子の服さ買って与えてやっても着ねえんだもの。呆れっちゃぁ。」

 「違うべよ。ありゃあ母ちゃんに憧れてんだ。母ちゃんみてえになりてえって前、言っでだごとあったもん。」

 「はあ?」

 「ほだよ(注:そうだよ)。父ちゃんから、母ちゃんは昔下妻一の別嬪で、男どもから引っ切り無しに求愛されて、嫁さ貰うのにどえれえ難儀したつう話聞いてでな。俺もそうなりてえなっつってた。笑うよなあ。」海里は耐えられず腹を抱えて笑い出した。

 「男に求愛されてえのかはいまちっと俺にもわかんねけんど、ま、そらともかく、母ちゃんみてえになりてえって思ってんだよ、あら。」

 「まさか。」

 「まさかでねえよ。あいづ、部屋に母ちゃんから貰った人形様だの、ぬいぐるみだのきっちーんと並べてあっから。触ると怒んだよ。怒る? つうか不機嫌になっちまんだよ。あははは。それも可愛くってなあ。」

 「何してんだべよ。」呆れたように言う。

 「まあ、だいじだ。普通の子どは違うかもしんねけんど、あいつはあいつなりにちゃあんと成長しでっがら。あいづらのライブ、結構評判はいいんだど? 結構客集めやがんだ。」

 「本当か。」

 「朱里だって人気なんだど? 最初は正直俺の弟っつうことで注目浴びたっつうのはあっけんど、今はあいづのファンだっている。相変わらず誰とも喋らねえけどな。それでもファンが付いてきてくるってある意味凄ぇよ!」

 母親はくつくつ声を殺して笑った。


 海里の見立て通り、大地たちのバンドは順調であった。猛烈な練習量、類稀な作曲センス、若さ、将来性、とりわけこれらの点においてこのバンドを凌駕するものはなかった。

  だからすべては順調であった。順調な、はずだった。

 

 ルアンの様子に異変が生じたのは、そんな頃合いだった。学校はともかく、朱里の家の蔵にもあまり顔を出すことがなくなった。いつも聞こえてくるドラムの音が、ぱたりと途絶えたのである。時間なんぞ決めずとも練習は勝手に始まっていたはずだのに、それができなくなった。大地も大河も朱里も、これには頭を抱える他なかった。

 その理由は、ルアンに、ファンの女がつくば市内のアパートの鍵を与えたことにあった。これは女の住まいであるが、防音設備完備で最新のドラムセットさえ搬入されたのである。ルアンは早速ほくほく顔でそのアパートに住み込んだ。

 ルアンの家は2LDKで、母親とその恋人、弟と妹の四人暮らしである。ルアンの居場所なぞ、あるわけがない。自分の布団一枚さえ持てぬ生活に、ルアンはほとほと嫌気を抱いていた。だからこそ朱里の家に入り浸っていたし、学校なんぞはもう足を向ける場とさえ思っていなかったようである。大地が心配して高校進学の話を持ち掛けても、

 ——どうせ高校に行くことはねえんだ、ルアンは口癖のように言った。俺には戸籍がねえから。

 大地たちはそこに不穏な空気を感じ取りつつも、どうすれば戸籍を取得させられるのか、一緒に高校に行き今までのようにバンド活動ができるのかはわからない。

 ——だいじだっぺ。つくばで生活するだけで、バンドはおめらと一緒だかんな。

 今まで自分の部屋もなかったルアンは心底嬉しそうにそう言ったが、やはりそれは三人にどこか不安を感じさせるものであった。そしていつしか、朱里の家にさえ姿を見せなくなったのである。


 幼少時から碧眼金髪のルアンは、その容姿によって注目を集めていた。母親はアジア人であるが、おそらく父親が白人系統の人だったのだろう。子ども同士なので大地や大河たちは普通に遊んでいたが、しばしばルアンは大人たちに声をかけられ、名を問われたり写真を求められたりすることが多かったのである。

 中学生になるとみるみる背が伸び、中学三年生になる頃には一見するとモデルのような出で立ちになった。ライブが終わると、女たちにあっという間に囲まれ、なんやかんやとプレゼントを渡されたり写真を撮られたりと、ある意味ライブよりも忙しいのもルアンである。

 その中で目立って金回りの良い女が、ルアンに交渉を持ちかけた。

 ーーあなたには才能もあり美貌もある。将来に期待をしている。だから支援がしたい。そのためにまず生活の面倒を見させてほしい、と。

 ルアンは飛び上がって喜んだ。もうあの家に帰らなくていい。旨い飯も食える。ベッドもある。脚を延ばせる風呂にも入れる。自由、を手に入れたような気がした。バンドをやっていて本当によかったと、身の震えるほど感じた。

 ルアンはよって、つくばから下妻に通いバンド練習をする生活を送ることになった。

 当初ルアンは楽しそうだった。見たことのないようなハイブランドの服装に身を包み(無論女が買い与えたものである)、最新のスマホも買い与えられた。駅から朱里の家まで通うための自転車も、ロードバイクとでもいうのか、何やら派手でかっこいい。

 「おめ、凄ぇなあ。」朱里の家の庭に置かれたロードバイクを見ながら、思わず大地が零すと、

 「リサが買ってきたんだ。」照れくさそうに答えた。

 「こっだの、下妻じゃ見だごどね。」

 「今度バイク乗れるようになったら、バイクも買ってくれんだちけ。」

 「なあに、バイクならすぐ乗れべよ。俺だって乗れら。」

 「大地、バイク乗んのには免許が必要だべよ。」慌てて大河が訂正した。

 「原チャでねえよ。でけえバイクよ。ハーレーっつう、すんげえのがあんだど。」

 「ほお。」大地はため息をつく。羨ましい、というのではないが、ずっと幼い頃から慣れ親しんできたルアンが遠くにいってしまうような、妙な疎外感、寂寥感を覚えたのである。

 「おめ、母ちゃんとこはたまにでも帰ってんのが?」

 「いんや。」即答する。「もう帰んね。おれの家はつくばだ。早く中学さ終えてえ。」

 「高校はどうすんで?」

 「だーかーらー、何度も言わすんでねえよ。行がねえって。つうが、行げねえの。」

 「でもよお、……先生さ相談してみればいがべよ(注:いいだろうよ)。」

 大地はやはりそこは諦めきれなかった。

 「いいんだ。おれ、元々学校さ好きでねえし。おめらとこうやってバンドやってる方が面白えし。」

 そう言ってもらえるのは嬉しいけれど。大地は口を尖らせる。これからも変わらない関係のまま一緒にいられれば。それはさすがに口には出さなかったけれど。


 高校進学を諦め、実家を捨てたルアンの生活はそれ以外にも一変した。女に甘えれば何だって食べられる。与えられる。所有物も一変した。朱里の兄が置いていったものとほとんど変わらない立派なドラムセット。音源だって聴き放題。勉強、だと言って立派なスピーカーも与えられた。

 他に欲しいものはないの? そんなことを問われても第一知識がない。想像力も働かない。

 欲がなくっていい子ね。決まってそう言われる。

 大丈夫、欲しいものは私が何だって買ってあげるから。

 そう言って最新のスマホも自転車も、それからクローゼットにしまい切れない程の服も、全部全部与えられた。

 体を作るためにはジムに通って、トレーナーを付けた方がいいわ。栄養のアドバイスも受けたら。いいサプリも紹介してもらって。そんな進言もあって、面倒見のよい個別トレーニング用のジムにも通い始めた。

 せっかく顔が良いのだから人気の美容院にも行って。予約入れておいたから。

 夜毎に当然の如く性的な満足も与えられる。

 これで変わらない、という方が無理である。ルアンはこの女に次第に依存度を深めていった。

 バンド練習に穴を空け始めたのはまさにこの頃であった。

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