12
そうしてIn Your Faceの初ライブの日が到来した。
四人は海里から初ライブ祝いとして送られた、揃いのNeedled 24/7のTシャツを身にまとった。あんちゃんは来ないが、これを着ていれば一緒にいてくれるようなそんな気もする、と四人は嬉しがった。
四人は下妻駅からたった一両編成の人もまばらな常総線の電車に乗り込み、他に乗客のいないことをいいことに、不安を紛らわせるように絶えることなく会話に興じていた。
「いやー、いよいよだっぺよ。」ルアンは早速スティックをリュックから取り出して意味もなく握り締めている。「緊張すっ時はな、『人』ちゅう字掌さ書いて吸うといいんだちけ。先生言っでた。」そんな古風な呪いにも頼らざるを得ない程、ルアンの胸中は高鳴っていた。
「おめ、緊張して曲のスピード上げんでねど?」大地が睨んだ。「こっちはリフ刻むの大変なんだからよ。あくまでもいづも通りに……」
「わがっだわがっだ。」
「ライブハウスさ着いたら、まずはリハちゅうのがあっかんな、そこで音を一人一人しっかり見定めて……」大河がこれからの予定を反芻する。
朱里はじっと背筋を伸ばし、既に刈り入れも済んだところのある田ばかりが延々と続く車窓に向き合っている。今日はいつものように髪にリボンも付けず、揃いのTシャツにデニムという極めて簡素ないでたちであったが、それは緊張ゆえに気を配れなかったためか、単に忘れただけかーー。
海里の実弟ということで注目されることに、プレッシャーを感じてはいまいか。大地は若干の懸念を覚えて、朱里の様子を伺う。
その視線に気づいて朱里は大地を見た。しかしその目線は普段蔵で練習をしたり、離れの部屋で皆でいたりする時と特に変わらないように見える。やはりあんちゃんの弟なんだな、と変なところで大地は感服した。
電車は路線と並行する、国道294号を走る車にも次々に抜かれていく。それでもようやく電車は守谷駅に到着し、そこでつくばエクスプレスに乗り換えるとあっという間につくばである。
降り立った町並みはビルディングやマンションが並び、とても隣町とは思えない程に都会的であった。いつか水戸駅に降り立った時と同じように、大地は感嘆してみせる。
「いやどうも。(注:茨城弁で感嘆全般を表す。ここでは凄いな、驚いたな、ぐらいの意)」
そして物怖じしないのもやはりルアンである。「さ、行ってんべよ。もたもたすんでねど! そら!」
ルアンはシンバルを担ぎ颯爽と先頭に立った。海里から教えられているライブハウスは、ここからすぐのはずである。
大河はしかし、つくば駅を降り立った瞬間からもはや緊張で手が震え、ICカードさえ何度も落としている。何分勉強こそできるがまだ小学生である。根拠のない不安がいくつもいくつも胸を去来している。
――小学生の分際で本当にメタルバンドとしてライブに出ていいんだべか。大人が聴きに来るちゅうのに。
――ベースさ始めてまだ5カ月だっちゅうのに、人前さ出て弾いて笑われねえべか。
――大地がまたふざけてライブを台無しにしねえべか。あいづは何やるがいづもわがったもんじゃねえし。
「……帰りてえ。」
思わずそう声を漏らした瞬間、後頭部に鈍い痛みが走った。振り返ると大地が拳を握り締めて睨んでいる。
「なあにふざけたこと言ってんで? あんちゃんの顔さ泥塗る気か、張っ倒すぞこの。」
大河は涙ぐんだ目で見返すばかり。
朱里がそっと大河の隣に寄り添った。
「朱里はそんなやづ優しくしてやる必要ねえべ。ったくよお、ライブの前だっちゅうのに水差しやがって!」
朱里は困ったような目で大地を見つめる。その目は「そんなこと言ったって、まだ大河は小学生ではないか。少しの弱音ぐら受け入れてやってよ」とでも言っているようであった。
「ふん、……わがっだ。でもしっかりやんだど? まだぴーぴー泣いてだら張っ倒すかんな! とっとと下妻さ帰っちめ!」
ライブハウスの看板はすぐに見つけられた。
ーーHexedーー
大きなホールのような出立に、先ほどまで威勢の良かった大地もルアンも一瞬足を止めて目を瞬かせた。看板の下には小さなブラックボードが置いてあり、In Your Faceと書かれている。ルアンと大地は再び元気を取り戻し、歓声を上げた。
競うように地下への階段を降りていくと、重厚そうな扉がある。二人して力いっぱい開くと、そこにはスキンヘッドの青年がいた。耳には無数のピアス。口にも瞼にもピアスが付いている。
四人は無言でしばしその店員の顔を凝視した。
「……こんにちは。おお! そのTシャツ! 今日出るIn Your Faceの子たちだね?」
「そうです!」ルアンが満面の笑みで答える。「よろしくお願いします!」
「あー、会いたかったよ! よく来たねえ! さあ、どうぞどうぞ。」
スキンヘッドの青年はHexedのイダ、と名乗った。海里と連絡を取りつつ、In Your Faceをブッキングしてくれた担当者であるということもわかった。
「初めてのライブは緊張するでしょう? 大丈夫だからね。いつも通りやってれば。海里さんから聞いてるよ。いい曲作ってるんだって? この若さで本当に楽しみだなあ。」
そんなことを言いながら四人を楽屋に案内する。
楽屋に入ると既に何人もの男たちがいて、入るなり四人は文字通り頭のてっぺんからつま先まで凝視された。
それもそのはずである。この茨城の地で、中学生だの小学生だののメタルバンドが出るなどということは、聞いたことがないのであるから。
金髪を背まで伸ばした一人の大男が、恐る恐る言った。
「もしかして、今日出るIn Your Faceの人、たち? だよね?」Tシャツのお蔭で自己紹介は不要である。
「そうです! よろしくお願いします!」握手さえ買って出たのは無論ルアンである。
大男は驚きつつも握手に応じた。
「あの、Needledの海里さんの弟って本当?」
少年が思いのほか社交的であるのに安堵して、別の、今度は赤髪の男が恐る恐る四人の前に顔を出した。
「そうです! こいつが朱里。あんちゃんの弟!」
ルアンは朱里の肩をつかんで赤髪の前に突き出した。朱里はさすがに体を強張らせる。
「……え、い、妹さん?」
「違ぇど。朱里は男だ。」
楽屋にいた男たちはこぞって目を真ん丸にして朱里を上から下まで眺め尽くした。Tシャツにデニムといういで立ちであるが、髪も長いし顔立ちだってどうしたって清楚な女の子にしか見えない。しかし男だと言い張るそれは戸籍上身体上のそれなのか、自認であるのか、初対面からあまり立ち入ったことは聞かない方が得策だと話題は一旦そこで打ち切られた。
「今日のリハは逆順だから、君たちは最後ね。リハが終わったら、機材のセッティングもそのままでオープニングを待つ形になるよ。片づけはいらない。いいね。」ブッキング担当のスキンヘッド、イダから改めてそう伝えられ、弦楽器の三人は手早くチューニングを済ませてギターを楽屋の隅に置くと客席へ出て、今日出場するバンドのリハーサルに見入った。
パートごとに順番に音を出していく。それから全員の音合わせ、音が厚くなる部分と薄くなる部分、ギターの音の種類によって音響を変えていく。いつしか大河は緊張を忘れ、新たな学びに没頭していった。
一方、――これならイケるかもしれない、と大地は最初のバンドのリハの段階から内心直観していた。たしかに慣れ、という点では劣る。これは否めない。ただし音の粒、その合致、息遣い、勢い、それらにおいては自分のバンドが劣っているとはとても思えないのである。自分たちに対するどうしたって拭えない、贔屓目めいた感情、もあるのかもしれない。
でもあんちゃんが残してくれた、数あるバンドのライブ盤を聴きこんだ自分たちである。毎日のように朝から晩まで蔵で練習に練習を重ねてきた自分たちである。
自分たちのバンドはここにいる誰よりも楽しみ、期待に満ち、そして可能性に満ちている。
――勝った。大地はある瞬間、無根拠にしかしそう確信した。朱里の曲を早く聞かせたい。早く聞かせてここに集うみんなの度肝を抜きたい。そればかりで大地は息苦しいばかりであった。
やがてIn Your Faceのリハが始まる。
まずはルアンがライブハウスの店員らにセッティングを手伝ってもらいながら、それぞれのドラムの角度や高さを決めていく。スティックも十分な本数を準備した。一つ一つ音を出し、返しの音量にOKを出していく。
大河もここまでのバンドのリハ風景で学んだとおりに、使用予定の音を一つ一つ出していく。リフとメロディーの双方を弾いてすぐに終了した。
その後は朱里だ。これは少々手間取った。音量、音質が良いのだか悪いのだか、朱里は言葉を発さない。だから大地がそこは代弁してやるのだが、最初は音響担当者もなぜ当人が返事をくれないのかやきもきした。
「朱里は喋んねえんです。」
「恥つかしがりいなんです。」
大地とルアンが必死にそう伝えるので、特別シャイなタイプなのだろうと納得しつつ何とかギターのチェックは終わった。
そして大地。まずギター。基本的にはリフを刻むだけなので、朱里程音の種類は多くない。持って来たエフェクターボードも誰よりも小さいぐらいだ。よってこちらはすぐに終了。あとは歌。グロウルにスクリーム、クリア、シャウトも入れて無事に終わる。喉は今日も順調だ。
リハが済むと、ライブ開場までは時間があったので四人はまず腹ごしらえ、とつくば駅前のラーメン屋に入った。
注文を済ませ、席に着くと朱里のスマホが鳴った。朱里はそっと卓上に出す。そこには海里の文字。
「あんちゃんだべ!」喜び勇んで大地が取った。「あんちゃん!」
――調子はどうで? 順調か?――今にも笑いだしそうな声で海里が尋ねる。
「当たり前だべよ。リハっつうの終わって、今からラーメン食うんだ。にんにくたっぷりだ!」
朱里は顔をしかめる。
――ほが(注:そうか)。んじゃいがった(注:よかった)。おめら、緊張しでねが?――
「俺はだいじだ。ルアンもだいじだが、……ちっと大河が心配だな。こいづ、つくば駅さ着いた途端『帰りでえ』なんづって泣くもんだからよ、ちっとぶっ叩いてやったんだ。」
――だい(注:だめ)だっぺよ。おめ兄貴なんだから、大河んこと優しくしてやんねえど。――
「そら、そうだっぺがよお。でもあんまり情けねえべ!」
――大河、だいじ(注:大丈夫)だ。おめ(注・お前)のベースラインは自信持っていい。バンドの立派な武器になっでる。正確だし、しみじみ(注:しっかり)しでる。メタルでベースは一見すっと目立たねえ気すっけど、そうじゃねえんだ。一番の屋台骨だ。おめだからできる。おめの性格にはぴったしだ。堂々とやってこい。――
大河は瞼の奥がじんわりと熱くなるのを覚える。
「朱里もだいじがー?」
かがんで野菜ラーメンを啜っていた朱里の背が伸びる。
「おめの曲はいい。おめが最初に作ったあれの、リフの展開なんざ神がかってらあ。誰にも真似できねぇ。俺よか才能あっかもしんね。おめも自信持でよ。今日はしみじみやってこい。」
朱里は眼をしばたたかせた。
「後でイダにおめらのライブの感想聞いておくがんな。しょうもねえのやったら、もう二度とライブの口きいてやんねえぞ。」
大地とルアンは大仰に抱き合ってみせた。




