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「そういや、バンド名はどうすんで?」直後に海里から入ったメッセージに四人は固まった。
ライブに出してもらうためには、当然のことではあるが、バンド名が必要であった。四人は今までそんなことを話題にしたこともなかった。ただただあんちゃんの真似をしたかったばかりで始まったバンド活動である。
「どうすべ……。」大地は途方に暮れる。「あんちゃんらみてえにかっけーのがいいんだけんどなあ。」
「あんちゃんあんちゃん言ってらんねえど。俺、ゆぐゆぐは(注:将来的には)あんちゃんに負けたくねえ。朱里置いでっでざまーねーなっちゅうぐらいになりてえ。」ルアンが言った。「おめ、何かいいの思いつくが?」こういう時に頼りになるのは、朱里と大河ばかりである。
朱里は瞬きを繰り返し、大河は大河で苦虫をかみつぶしたような顔をしている。しかしそこで大河がふと思いついて叫んだ。
「ほだよ(注:そうだよ)。あんちゃんにざまみろっちーてーなら、それをバンド名にすりゃいいべ。In Your Faceだ!」
「何で、ほら?」ルアンが眉根を顰める。
「『ざまみろ』ちゅう意味だ。調子こいておめらがよぐ言ってる感じだべ。」
大地とルアンの顔が輝いた。
「おお、そらぴったしだっぺ。」大地が手を叩く。
「いいな、それにすべ。」ルアンも心得顔に頷く。
それからまた海里の指示でバンドの楽曲を録音した音源、というものを送らなくてはならない、ということになったので、早速大地たちは出来上がった五曲を蔵で録音し、つくばにあるライブハウスへと決まったばかりのバンド名と共に送った。これで、どのライブに出るのかブッキングをしてもらえるのだという。おそらくは同じメタルバンドが集まるライブに、30分程度の枠をもらい演奏することになる。
それを考えると四人の胸はかつてなく高鳴った。
朱里の母親は夏休みに入って以降、息子たちが蔵に入り浸ってバンド練習に励んでいるのを一人母屋から毎日楽しみに眺めていた。
ーー朱里の様子がだいぶ、変わってきた。それまで食の細かった朱里が夕飯をやたら食べるようになり、相変わらず言葉は出ないが、何よりもまず目がきちんとこの世界を見ているような感じがしてきた。地に足が付いた、とでも言おうか。今まで朱里の何が心配だったのかというと、言葉が出ないということよりも、この世に興味関心というものがなく、いつどこかへ去ってしまうのかわからないとでもいうような、そのいで立ち、雰囲気、態度にあったのだということに改めて気づかされた。
しかし今は違う。夜な夜な真剣にギターを弾いてパソコンに向かって、朝は眠たい目を擦りながらも、どことなく楽し気にリビングにやってくる。四人分作っておいた握り飯の載った盆をそそくさと持っていって、昼過ぎに空になった盆を誇らしげにキッチンに持ってくる。追加、を作っておくとより蔵へ向かう足取りは軽くなる。
ーー朱里が、日々を楽しんで生きている。海里の影響が大きいのだろう。表立ってはいないが、義父が何やら陰で海里に支援をしているのもわかっていた。一体なんだ、先日の「祝儀袋はないか」というのは。しかもそれをこっそり朱里に預けていたのはさすがに見ぬふりをしたけれども、もうその宛先は決まったようなものだ。
嫁に来る時に議員の一家は大変だよ、と言われたものだが、何、議員の方が余程大変である。愛する孫やら子に表立って愛情表現もできないのであるから。
たしかに、高校の先生に散々世話になっておいて大学を早々に辞めたのは申し訳ないと思うが、そんなことは初めからわかっていた話ではないか。海里が一日も早く東京へ出てバンド活動をしたいというのは。親のくせにそんなことも聞いていないなんて、そっちの方が恥ずかしいものだ。
それに大学を辞めたからと言ったって、このご時世どうってことはない。やりたがっているバンド活動には何の影響もないどころか、何よりも本人が決めたことではないか。何も祖父母両親揃って世間様に義理が立たないからといって、縁切りしましたと公言する必要はなさそうなものである。
美容室なんぞだって本当であれば茨城県下に腕のいいところがいくらでもあるのだから、東京まで行く必要などない。それでも毎月東京の美容室に通っているというのは海里の様子を見に行っているのである。海里に駅に近い便利な立地に、十分な広さのマンションを与えているのも、いつか朱里が東京に行きたがるのを見越してのことである。あの子は海里を心底慕っていたから……。
海里も海里で、他の兄たちと比べるまでもなく朱里を大変に可愛がっていた。長兄なんぞは、言葉が出ない朱里を若干見下しているような風があったけれど、海里はそうではなかった。幼い頃から遊びには邪魔にもなったろうに何かにつけ連れ出し、あれこれやらせては誉め、親以上に大切にして育んでくれた。その恩はとてもではないが、忘れることはできない。
そうして上京してからもこうして朱里たちに夢中になれる「遊び」を教えてくれたことが、嬉しくてならなかった。
In Your Faceとしての最初のライブが、夏休み明けと決まった。
海里の弟、ということで直近のメタルバンドが集結するライブに入れてくれたのである。しかもメインは東京からのやってくる、なかなかの集客数を誇るバンドである。必然的に注目度も上がる。
大地たちはその吉報に喜び合い、すぐに海里にも報告しがてら来てくれるよう頼んだ。しかし海里はライブは来られない、と言う。
「しゃんめよ(注:仕方がないだろうよ)。あんちゃんはあんちゃんで自分らのバンドさあんだからよ。忙しいんだっぺ。」ルアンは一切気にする素振りはない。
「まあ、何度もライブさやってだら、いつかあんちゃんも来てくれっかもしれねえしな。」そう大地は想像するだけで、期待に胸が膨らむ。
「でも朱里は寂しかっぺ。電話じゃあ、褒めてもらったけどよ、やっぱライブでちゃんとでっけー音で聴かせてえよなあ。」大地が慮る。「だって、パソコンの音と蔵で出してる音じゃあ、全然違ぇもん。ライブハウスはもっともっとでっけー音出せるし。あんちゃん魂消させられっぺ。」
朱里はギターの手を止めて大地を見つめた。ーーそれはそうだけれど、あんちゃんに観てもらうレベルにはまだ達していないのだと、全てを受け入れている眼差しだった。
「いいから、さっさとよ。も一回合わせべよ。ライブは近ぇんだど?」大河がため息交じりに言った。
この子供たちのお遊びは、意外にも大きな影響力を持つこととなった。
――Needled 24/7のフロントマンの実弟のバンド、実弟は中学生ギタリストーー
そんな文字がネット上に躍ることになったのである。加えて、
――類稀な作曲センスに卓越したギターテクニックーー
というのは、集客を増やそうと苦心するライブハウスのブッキング担当者が言い出したものであった。そしてその思惑は的中することとなる。
初ライブ、しかも人生初のライブ、というタイミングで、In Your Faceの前売りチケットは地方ライブハウスとしては瞠目すべき数を売り上げたのである。
「こんで失敗なんて許されねえべ。」朱里の離れで、さすがの大地もその売り上げ枚数を聞いて震えあがった。
「下手こいたらよお、あんちゃんにまで迷惑かけることになんだべか。」大河も泣きそうである。
「だいじ(注:大丈夫)だっぺよー!」とはやはりルアン。「こっだに毎日毎日朝から晩まで練習してんだから、間違うわけねえべ。なあ、朱里?」
朱里は冷静にライブハウスからのメールを眺めている。
「まあ、朱里に限っては間違うことなんかねえな。」ルアンは独り言ちた。
朱里のギターの腕前は日々めきめきと上がっていた。相当の集中力をもって日々練習に勤しんでいることは、火を見るよりも明らかだった。朱里の中にこんなにも熱いエネルギーが秘められていることは、今まで誰一人として知らなかった。さらにはそこに作曲活動も加わって、今ではに十曲近くのオリジナルソングがある(作詞は大地を一応経由してからの大河だ)。朱里はバンドの屋台骨であった。バンドにおいて、朱里に寄せられる信頼は誰よりも厚い。
当初は海里に助言をもらっているのではないかとか、よもや海里に作曲をしてもらっているのではないかという疑念がなかったわけではない。しかし今やそれは完全に一掃されている。朱里は一人で海里の残したメタルの名盤の数々を聴きながら分析し、そこに自分が今まで表現し得なかったすべてを込めながら曲を作っている。しかもそれらは三人が言葉ならぬ朱里独自の表現によって、幼少時から感じ取っていたものであるのだから、朱里が表現したいと思うその少なくとも方向性はわかっている。ゴールは明確だ。誰もがそのゴールに向けて、努力を惜しまなかった。
ルアンは最近では自分の音をより大きくするため筋トレを習慣化しており、体つきさえ変わってきた。そのせいでスティックを折ったりシンバルを割ったりもしたが、朱里がすぐに海里に購入を頼み、補充されていく。
大地も大地で、声量を増やすべく毎日ルアンと競って腹筋を欠かさない。ちっと腹割れてきたっぺ、という割にはあまり見た目に変わり栄えはないようだが、でも確かにマイクのせいではなく声量は上がっていた。
大河も自宅ではあえてアンプを通さずにピッキングを行うことによって、音の粒を揃える工夫を凝らした。これができなければ、エフェクターだのアンプだのに頼っただけのまやかしの音になってしまう。朱里の曲では、しばしベースがメロディーラインをなぞることが多い。それは四人の人間関係においてブレーキ役となることの多い大河そのものを表しているようにも思えた。だからこそ期待には応えなければならない。最もバンドには消極的だったはずの大河でさえ、今や相当の熱意でもってベースに打ち込んでいた。




