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登場人物
大地→最初は中学一年生。幼馴染の朱里の兄である海里に憧れてメタルバンドを始める。担当はボーカルとギター。感情的。
大河→大地の弟で最初は小学五年生。成績優秀。兄に言われてベースを始める。真面目な性格。
朱里→大地とは幼稚園が同じ幼馴染。言葉を発することができない。女装をしているが男子。上に四人の兄がおりすぐ上の海里と一番仲が良く、密かに恋愛感情を抱いている。海里と同じギターを担当しつつバンドでは作曲を担う。娘が欲しかった母親からシェリーと呼ばれている。家は代々議員を輩出する名家。
ルアン→大地と朱里とは小学一年生からの幼馴染。出生はベトナムだが父親は白人。母親は不法滞在をしており貧困生活を強いられている。海里のバンドに憧れてドラムを担当する。性格は明るく前向きだが流されやすい部分もある。
下妻の子供たちは、誰もが地元のじいちゃん、ばあちゃんたちから、「こちら側が表筑波だ」と言われて育つ。
「ほれ、見でみ、山さてっぺんどこ二つさ分がれて、すーっとしで。あー、大したもんだ。おめもあんなになんなきゃだいだ(注:ダメだ)。」
しかしそんなものをいくら眺めたって、別に面白くもなんともないし、あんなものになれと言われたところで山頂が二つに分かれた山になれとはどう言うことなのか理解に苦しむばかりである。
むかし長塚節先生という偉い歌人がこのあたりで活躍していたそうだが、そんな風流な空気はとうの昔に消え去っている。筑波颪にでも吹き飛ばされたのだろう。だからといって、砂沼でブラックバスを釣ったり、ボートに乗って競争したりで満足できるのもせいぜい小学生までだ。
悪童どもは学ランに袖を通すころ、納屋に鍵もつけずにおいてある、じいちゃんばあちゃん愛用の原チャに眼を附け始める。大抵は、いつも畑に出る時に乗る50ccバイクだ。無論じいちゃんばあちゃんらはほっかむり一つ頭に乗っけて出動するので、ヘルメットなるものは家のどこを探しても、ない。そもそも免許だってない。交通法規なんぞ一つも頭に入っているわけがない。悪童どももそんなものは当然必要としない。特にこのような、田植え間近で、田には水の満々と満ちる春の夕刻には、そんなものに縛られることなく、バイクを飛ばしたくなるものである。
「大地、どこさ行くんで(注:どこに行くんだ)?」
夕方5時を知らせる防災無線の「夕焼け小焼け」が市中に鳴り響く頃、いつものようにもうばあちゃんは布団の中だったが、納屋の戸がガタガタと開けられる音を耳に、布団から起き出してきたものと見える。寝巻に半纏姿で、いつも可愛い孫の一挙手一投足全てを胸に焼き付けるのだとばかりに、ぎょろっと大地を凝視してくる大きな目玉は半分も開いていなかったが、この婆ちゃんにとって孫の大地は世界一聡く、またそれゆえに将来は大臣か博士になるものと本気で信じているところがあった。
「ああ、ちっと朱里んちさ行ってぐ。宿題でわがんねどこ、あんだ。」
「朱里……」と呆け始めた頭で少し考えて、「ああ、宗衛門のどごのばっちがぁ。(注:宗衛門というのは屋号であり、この辺りでは苗字よりもその家に先祖代々与えられた名、屋号で呼ぶことが多い。ばっち=末子)」
朱里とは幼稚園から一緒の幼馴染で、隣家と言えば聞こえはいいが、田んぼ三反分離れた家に住んでいる。
「てえしたもんだ。しっかり教えてやれ。」
朱里の方が宿題を教えられる側、と決めつけているのは、大地が手ぶらでいるからか、大地の賢さを信じ込んでいるからか。しかしこの可愛い孫は勉強ができないどころか、学校は友達と普段と趣向を変えて遊ぶ場であると思っているし、宿題とかいうものだってこの方一度も手に付けたことがない。ただ、その現実を老い先短い老婆に突き付けるのはさすがに気の毒だ、という人並の道徳心はあるので、大地はとっさに宿題、などという単語を口にしたのである。
「……腹減っでねえか? 朱里と食うのに干し芋、持ってぐか?」
「今はいんね。明日もらうべ。」
「そうが。ほだら(注:そうしたら)、気ぃづけていっでぎな。」
「うん、いっでぐる。」
大地はそう言って手慣れた風に原チャにまたがり出発する。ばあちゃんはこれに乗るのに免許が必要だなどということは知らないし、ヘルメットが必要なことも知らない。ちょっとばかり豪勢な自転車ぐらいに思っている。孫が自分と同じように乗っていてもなんの疑問もない。
大地はばあちゃんに手を振って、青田吹く風に髪を靡かせながらバイクを走らせた。夕日が水を張ったばかりの田に燦々と輝くのを、眩し気に大地は目を細めて眺めた。




