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4両目第3ドアから始まる物語  作者: 二城 望


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5/5

ナンバーオペラとグランドオペラ

浪速歌劇団の新人研修は、モーツァルトの主要作品でナンバーオペラ、グランドオペラの名作で音楽と歌が切れ目なく進行するスタイルの両方を二組に分けて半期ごとに発表する事になっている。

新人と言っても、音楽学部または大学院卒業生がオーディションで選抜されて研究生になるので、まったく未経験の人はほぼいない。


「フィガロの結婚」名場面集。一幕冒頭シーン、第一番二重唱。

ちなみにナンバーオペラというのは歌ごとに番号がついているから。

ミュージカルナンバーって言葉もあるね。


伯爵の召使フィガロが部屋の寸法を測りつつ歌う。

ベッドを置く場所を考えているらしい。

彼の花嫁になるスザンナは伯爵夫人の侍女。

結婚式でかぶるヴェールを合わせて、見てよ似合う?と浮かれている。

お互い自分の言いたいこと歌って相手のいう事に返事してない。

この新郎新婦大丈夫か?

早速揉め事の種が。

与えられた新居の部屋は伯爵に呼ばれた時も、奥様が呼び鈴を鳴らした時も、

すぐに駆け付けられる便利な場所。

それってさ、彼が用事で呼ばれた時に、スザンナが残る部屋に伯爵が来ちゃったらどうなる?!

そう、奥様は旦那の浮気に悩み、スザンナは自分が次のターゲットにされたことに薄々気付いている。

フランス革命前のパリで大ヒットした原作の劇は、賢い召使い達が伯爵の浮気を阻止してやりこめ、

伯爵夫婦の和解でハッピーエンドという旧体制では斬新な物語だったのだ。

オペラでは思春期の少年で伯爵夫人に憧れてるのに他の女の人にもコナをかけるケルビーノを女性が男装して演じ、劇中でその少年が女装するという展開があったり。

個性の強い人物が次々と現れては話を混乱させていく。

借金のカタにアタシと結婚しな、とフィガロに迫る年増マルチェリーナが、

実は赤子の頃に攫われた彼の実母と判明したり。

ハチャメチャ展開ながら下品にならないのは、モーツァルトの音楽のお陰?

もっとも作曲家本人は上品どころか下ネタワードを従姉妹との往復書簡に爆裂させ、のちの世に書簡集として出版されてしまったのだけど。

二幕終盤では奥様とスザンナが衣装を取り換えて変装して、夜の庭で伯爵を罠に嵌めようとする。

騙されそうになったフィガロが知らぬフリして、ふざけてスザンナ扮する奥様に迫って、カッときた彼女に扇子で殴られたり。

色々ありすぎた一日の最後に伯爵夫人が夫を許し、めでたしめでたし。


「ロココ様式のラブコメ」と斉藤氏は休憩中に感想を述べた。

「全然お堅くない。」浅井氏。

「なのに音楽は綺麗。」青木優花はピアノを習っていた頃、モーツァルトは地味に難しい割に技術的にスゲーって面がないので苦手だったことを思い出した。

歌詞は聞き取りにくいが、日本語訳で演奏されるので、全く解らないわけでもない、が彼女らの正直な感想。「これがイタリア語だったら字幕ないと困る。」

「伴奏が少なくてセリフをしゃべるように歌うところは、聞き取りやすいけど、

ソロは古めかしい言葉が多かったね。」

すると後ろから話しかけられた。

「その部分はレチタティーヴォ セッコというのです。こんばんは。」

「先生!」

聖歌隊指導の高柳先生が彼女らの話を小耳に挟んだようだ。

「旦那が子供たちを見てくれることになって、来れることになりました。」

「サプライズです。先輩喜んでくれますね。」

「夜のお出かけなんて何年ぶりかなぁ。」

お母さんが夜に劇場へ行くには協力者は欠かせない。

たとえ教え子の舞台であっても外出は簡単ではないのだ。

「前からご招待頂いてたけど初めて来られました。あなた方も口実に使わせてもらいました。」

お堅そうに見えて先生、実は話しやすいかもと感じた斉藤はペコリと頭を下げて話しかけた。

「青木優花さんと同じクラスの斉藤です。舞台芸術は詳しくないので質問よろしいですか。」

「はい、どうぞ。」

「あの、不自然にセリフを歌うのはナゼなんですか?」

あちゃ~そうだよね、という顔をしてこめかみを押さえる先生。

「日本語にすると不自然になるんんだけど、オリジナルのイタリア語だと自然な抑揚とリズムなんです。日本語をリズムに乗せると母音をのばしたり、急に早口になったり。」

「でもモーツァルトの母国語はドイツ語ですよね。あ、すいません。同じくクラスが同じの浅井です。」

「素敵なツッコミです。浅井さん。実はイタリア語は音楽界の共通言語なんです。

イタリアが音楽先進国だったのと、そもそもオペラがイタリア発祥のジャンルなので、モーツァルトの時代にはドイツ語圏でもイタリア語で上演されていたんです。

ちなみに彼は後にドイツ語でもオペラを作曲しました。

後宮からの逃走という異国もの。今流行ってる中華後宮ではなく、トルコのハーレムです。」

笑う三人の女子高生。

「この作品はセリフを歌わずに喋ります。

有名な魔笛、今風に言うとマジックフルート、もセリフで話が進行します。」

浅井氏、ふむふむと納得して、

「じゃあレチタティーヴォ?、やめてセリフにしたほうが良くないですか?」

「モーツアルトが作曲した部分をカットしていいのかな?著作権的に。」と斉藤氏。

「浅井氏、作者の死後75年で消滅するから、モーツアルトは著作権フリーでは?」

「そうなの?詳しいね、昆陽先生。」

誰?と高柳先生。

「あ、私です。青木‥‥イモ学者。」

先生は目の端に皺が増える、と呟きながらツボにハマって笑った。

「あなた達の感想を先輩に伝えたいですね。

休憩後のカルメンはレチタティーヴォ版と台詞版、両方ありますよ。」








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