気になるひと
青木優花のクラスは英数コースで真面目な生徒が多いが、それは皆が無趣味という訳ではない。
浅井ミカのような体育会系もいれば、アニメオタクもアイドル好きもいる。
「斉藤さん詳しいよ。聞いてみる?」
水曜に同じ電車で見かける長身の青年の事を浅井ミカに話すと、彼女の返事を待たずに
斉藤英美に手を振って呼ぶので焦る青木優花。
「私の推しの事務所に180近く背があって20代半ばは居ないなあ。どんな感じ?」
「顔は俳優みたいにきれいなんだけど、雰囲気が上品。優しそう。」
「伝統芸能かなあ。」
「京都線やったらそれも考えるけど、うちの沿線どっちかというと庶民。」
浅井ミカが突っ込む。
「いやいや、沿線に大学もあるし高級住宅街もあるやん。」
「ナガマサ、それ鋭いかも。関西歌舞伎の大御所の孫とか。」
「おおヨシタツどの、大いにあり得ますなあ。」
「ちょいちょい、何その呼び方。もしかして二人とも‥‥」
浅井と斉藤が手を取り合って叫ぶ。
「戦国オタク」
「‥‥良いわねえ、アタシなんかそれでいくと精々イモ学者。」
「昆陽先生。」ははーと頭を下げる斉藤と浅井。
青木のあだ名が爆誕したところで斉藤が真顔になる。
「気になる。」
「見たい。」と浅井。
「二人とも帰る方向違うやん。」
うーん、定期が使えないのは痛いな、と顔を見合わせる二人。
三度目があれば偵察に行くと決まって、次の水曜日。
聖歌隊の練習が長引いて、いつもの電車に乗り換えがギリギリ。
階段を駆け上がって乗り込むと、焦って手に持っていた聖歌集の冊子を落とした。
彼女が拾おうとする先に、ドア横に座っている人の大きな手が伸びた。
パンパンと埃を払ってパラっとページがめくれる。
青木優花は固まった。あの人だ。
「はい、どうぞ。」と差し出されて受け取る。
「ありがとう ございます。」
視線が合う。「歌やってるの?」
「はい‥‥あの、聖歌隊で‥‥」
「本当にサンスクリット語でグレゴリオ聖歌歌うんだね。」
何が起こったのかわからない。なんでこんなに詳しいの?!
声にしなかったのに顔に出てたらしく、青年は目を細めて笑う。
「同僚に同じ学校の卒業生がいて、聖歌隊の話を聞いてました。冗談かと思ってたら本当だった。」
同僚とは、一体何のお仕事を?と聞くのは失礼だろうかと迷ううちにタイミングを逃した。
青年は端正な横顔に微笑みを浮かべ、目線を左手に持っていた文庫本に落とした。
翌朝、浅井斉藤両氏に報告すると、
「お話したの!」と興奮。
「緊張して話が続かず不甲斐ない。」
「いやいや昆陽先生、そんなイケメンなら無理はない。」
「拙者来週の水曜は試合前で練習が長い、無念。」
「そういえば拙者も同志とオンライン会議がっ。」
武将女子高生が身悶えする。
彼女の心に引っかかるのは、なぜ一瞬見ただけでグレゴリオ聖歌と解ったのかということ。
仏教系の礼拝で歌うのは、一般にそんなに知られている事なのだろうか。
しかも数少ないグレゴリオ聖歌からの借り物の歌を。
中間テストの結果が出て、やっぱ高校は甘くないと思い知る者、外部生が入って順位が下がった内部生、思いはそれぞれ。担任はこう言った。
「3年になってからドタバタせんでもいいように、何をやりたいか方向性だけでも今のうちから考えておくように。その為に夏休み中に職業体験の制度があります。行先は基本的に自分で探すこと。」
ええーっと悲鳴が上がる。
「親兄弟、祖父母親戚、あなた方の使えるコネを総動員するなり、自分で興味のある分野に交渉するなら、学校はあなたたちの身元保証はします。どうしても見つけられない場合は宗門のお寺を紹介します。」
陽気なグループの中心にいる生徒が反抗する。
「ついこの前まで高校受験に全力投球だったのに、いきなり将来の仕事をイメージしろと言われても。」
担任は動じず、「よくあるお問い合わせの一つですね。今の時代、伝統校といえど良妻賢母教育じゃやっていけないんです。大学に入ってから、やりたい事と違う、というミスマッチを防ぐための制度です。
文学部に入ってから弁護士になりたいと思っても遠回りではないですか。薬学部に行くにはどの科目が大事とか、選択科目を決める為に将来の目標は必要です。」
「斉藤氏、何するの?」
「親の伝手で弁護士事務所。どうせコピー取りくらいしかさせてもらえないけど、裁判の傍聴もできるかも。ナガマサは?」
「剣道ガチでやると目指すのは警察なんだよね。ちょっと難しいから、従姉妹のお姉ちゃんに頼んで大学の研究室。フラスコ洗うわ。」
「えっ、二人とも伝手あるんや。どうしよう。」
浅井が青木優花の肩を叩く。「頑張れ。お寺で雑巾がけも良い修業。」




