錬金術師に中和剤を納品するだけの、土みたいに地味な女だったわたし。ある男性と出会ったことをきっかけにそれまでの仕事がすべて報われ、一躍有名になってしまいました
「悪いが、婚約を解消させてくれないか」
王都の一画にあるカフェにて婚約者のテオドールから告げられた言葉に、わたし――アリサ・ウェルチカは目が点になった。
しかしそんなわたしを気遣うこともなく、テオドールは早口でまくしたてる。いきなりの婚約解消に、多少は罪悪感があるのかもしれない。
「君の仕事は収入も低いし、この先一緒にやっていけるか不安になってしまったんだ。それに君は……ああ、いや、何でもない」
わたしをじろっと見て何かを言いかけたあと、わざとらしく咳払いをし、テオドールは居住まいを正した。
「とにかく話はそういうことだ……ここの代金は俺が払っておくよ。それじゃあ」
その言葉を最後にテオドールは去って行った。
久しぶりに会いたいと言われてやって来たら、待っていたのはこの仕打ち。
二人の最初の出会いからして、燃え上がる恋なんて言葉とは無縁だったとは思う。けれどやっぱり付き合っている間に、何かしらの情が湧いていたのはたしかだ。
でもそれがあっさり終わってしまった。わたしが頼んだコーヒー一杯を最後に。
わたしはしばらく椅子の上から動けなかった。
しかしそれ以上何も注文しないわたしの前に、物言いたそうな店員がやって来た時、さすがにのろのろと立ち上がる。
ありがとうございましたと礼を述べる店員の声を背に、わたしはどこかを目指すということもなく、顔を俯かせたまま石畳の上を歩きだした。
落ち込むわたしの事情とは関係なく、王都は賑やかな声に満ちていて平和そのものだった。ついつい、口からため息がこぼれてしまう。
でも、涙があふれてこなかったのがせめてもの救いだ。ここで涙までこぼしたら、これ以上ないくらい自分が惨めに思えてしまうから。
そんなくだらない自己満足にすら辟易しながら、目的もなく歩き続けた。
どれくらいの時間が経ったろう?
どこか見覚えのある場所に辿り着いたわたしは、ようやく顔を上げる。
目の前に建っていたのは、この王都で一番大きな、錬金術師を育成する学校だった。
見覚えがあって当然だ。かつてわたしが夢を抱き、でも結局外から見つめるだけで、挑戦すらできなかった場所。
錬金術師。
さまざまな素材の力を活かし、ポーションや解毒薬といった薬に加え、あらゆるマジックアイテムすら生み出すことのできる、一握りの人にしかなれない特別な職業。
その華やかさのためか、女の子から特に人気のある職業だ。
今、錬金術師の見習いらしき子たちが、おしゃべりしながらこの建物へと歩いていく。彼女らはみんな人目を引くような装いで、それに釣り合う美貌の持ち主だ。その笑顔は明るい。輝く未来が約束されているのだろう。
わたしも、錬金術師になりたかった……けれど。
家が貧しいこともあって受けられる教育にも限界があり、この学校に入ることは叶わなかった。
嫌な記憶にふたをするように、わたしは踵を返し、ようやく自宅がある方向へと歩き始めた。しかし、心の奥底から浮かび上がってくる物思いは止めることができない。夢の中の自分と、現実の自分とを、どうしても比較してしまう。
錬金術師になれなかったわたしが最終的に就いたのは、中和剤という薬品を専門で作るお仕事。
中和剤は、錬金術師がポーションやその他のアイテムを調合する際に必要とする素材のひとつ。
錬金術師から発注されたぶんの中和剤を毎日のようにせっせと作り、それをひたすら納品するのがわたしの役目だ。
錬金術師に比べると、華やかさの欠片もない職業。
去って行った婚約者があの時に何を言いたかったか、わたしには分かっている。
君は地味すぎる、みたいな言葉に違いない。
わたしは髪の毛も瞳の色も暗色系だし、衣服も目立たない色彩かつモノトーンのものを選ぶことが多い。
格好も派手な子が多い錬金術師に比べると、なにもかもくすんで見える。
錬金術師が美しい花のように注目されるのに比べて、わたしはまるで土のよう。
土がないと花だって枯れてしまうはずだけど、人の目を引くのは美しく咲き誇る花だけで、土になんて誰も注目しない。根っこから養分を吸い取られて、そのうちくたびれてしまう。
実際、中和剤を納める仕事は報酬も大してもらえない上に、求められる数も納期もきついもんね……。
そんなことを考えながら路地を歩いていたせいか、わたしは誰かにぶつかってしまった。
「あっ……ご、ごめんなさ……」
慌てて距離をとり、頭を下げるわたし。
「あだだだっ!! ちょっと姉ちゃん、腕が折れちまったんだけど?」
そんなわたしに降ってきたのは、聞くだけで警戒心を引き起こさせるような声だった。
顔を上げるとそこには大げさに腕を押さえ、にやにやと笑みを浮かべる粗暴そうな男の顔がある。
今日はなんてついてない日だろう!
自然に一歩後ずさったわたしを追いつめるように、男も一歩を踏み出し。
「おい、くだらない真似はやめろ」
そんな時、後ろから声がかけられたかと思うと、たちまち大きな背がわたしと男との間に割って入った。
「ああ? なんだおめえは? すっこんでぐぶっ……!?」
男は言葉の途中で悲鳴をあげ、お腹を抑えながら倒れこんでしまう。
早すぎて見えなかったけど、お腹にパンチを当てたみたい。
「君、大丈夫か?」
そんな声と共に振り向いたのは、金色の髪に青い瞳が印象的な男だった。
着ている服も、派手さはないけど仕立てがとても上品で、すらりと伸びる長身にとても似合っている。
今までわたしが過ごして来た人生の中に、一度も存在したことのない人種の男に見えた。
「は、はい……その、ありがとうございます!」
しばらくぼうっとしていたものの、我に返ったわたしは慌ててお礼を述べた。この人が助けてくれなかったらどうなっていたことか。
わたしの様子に安堵したのか、男はにっこり笑う。
「それは良かった。ついでと言ってはなんだが、ひとつお願いがある」
「は、はい! なんでしょう?」
ま、まさか……実はそこでのびてる男とグルで、助けたことの礼金を出せとか言ってこないよね!?
「実は私は方向音痴でね……ダイナク通りへの道を教えて欲しいのだが」
出てきた言葉を聞いて、どんな無理難題を言われるかとびくびくしていたわたしは、ほっと胸をなでおろす。
良かった、助けてくれたことへの恩返しができる! あと疑っちゃってごめんなさい!
「そ、それならこっちです! わたしが案内します!」
「いいのか?」
さすがに驚く男に対して、わたしは一も二もなくうなずいた。
「ええ。ちょうど、わたしの家もそちらですので……」
こんな素敵な男性と肩を並べて歩くのは生まれて初めて。
助けてくれたことへのお返しがしたいと思ったのは本当のことだけど、現実的でない時間を少しでも引き延ばしたかったのかもしれない。
二人はゆっくりとしたスピードで、わたしの自宅と、男の目的地であるダイナク通りへと向けて歩き出したのだった。
◇◆◇◆◇
楽しい時間はあっという間に過ぎ。
わたしと男の人はしばらくして、ダイナク通りが見えるところにまでやってきた。
名残惜しさを感じつつ、男の人に示すように前方を指さす。
「この先へ行けば、ダイナク通りに出ます」
「ありがとう。助かった……わざわざ案内してもらって済まない」
「いえいえ、さっきも言ったように、わたしの家と同じ方向でしたから……」
隣で歩いているわたしが足を止めたことで、男も足を止めた。そばには、小さな家がある。
「ひょっとしてここが君の家なのか?」
「はい! 家兼、仕事場ですけど……」
わたしの家を見ながら、男は鼻をひくひくさせて訝し気な顔をした。
「ふむ、何か薬品の匂いがするな……ひょっとして君は錬金術師なのか?」
そうだったら、どれだけよかっただろう。
わたしは彼の質問にあいまいな笑みを浮かべた。
「いえ……なんというか……錬金術師が用いる薬品を作る仕事といいますか……」
うう、胸を張って錬金術師ですと言いたかった。
でもそんな内心の落胆をよそに、男は目を見開いた。わたしの答えが好奇心を刺激したらしい。
「ほう……それはちょっと興味があるな。もしよければ、仕事場を見せてもらえないか?」
え、ええ!?
まさに青天の霹靂。
「さすがに駄目だろうか?」
驚くわたしを見て、途端に男は申し訳なさそうな顔になる。
条件反射のように、わたしの口は勝手に動いた。
「い、いえ! そんなことは……! どうぞ、上がってください! 散らかってますけど……!」
いつものわたしだったら、こんな大胆なことはしなかっただろう。
しかし、この男の人ともう少し長くいたいという気持ちが、わたしにそんな言葉を喋らせていた。
◇◆◇◆◇
入口の扉を開けるとすぐ、仕事場として調度を整えている一画がある。
本やらビンやら器材やらが乱雑とまではいわないものの所せましと並んでいて、洒落っ気なんてものは欠片もない。
一番目を引くのは、わたしが中和剤を作るのに利用する魔力窯だ。
仕事場と言うより、工房という表現の方がぴったりかもしれない。
中に入った後、室内をしばらく見まわしていた男の人が、感心したようにつぶやく。
「ほう……ここが君の仕事場なのか……詳しくない私の目には、錬金術師の工房と同じような環境に見えるな」
悪気のないであろうその言葉が、わたしの胸をチクリと刺す。
もちろんそんなことを悟られぬよう、わたしは笑顔で彼の疑問に答える。
「……そうですね。ものを創り出すという意味では、わたしがやっていることも錬金術師とそう変わらないと思います。ただ大きな違いは、わたしが作っているのは中和剤という一種類の薬品だけということです」
「中和剤?」
男の人は首を傾げる。やっぱり、わたしの仕事は誰にも知られるようなことじゃないんだね……。
「錬金術師はポーションなどの様々な薬やアイテムを作りますが、そのためには色々な素材を混ぜ合わせる必要があります。しかし中には危険な素材もありまして、失敗すると効果がないどころか、毒としか言えないようなものが出来上がってしまうこともあります。その様々な素材を、中和させて上手く混ざるようにするのが主な役割ですね」
かいつまんだ説明を聞いて、男は得心したようにわたしを正面から見つめた。
「つまりその中和剤がないと、ポーションも完成しないということか?」
「ええ、その通りです。わたしは錬金術師から依頼されたぶんの中和剤を作り、納める仕事をしています」
「なるほど。話を聞くだけで中和剤というものがとても大事な薬品で、君の仕事もとても重要なものだということが分かる。仕事柄、ポーションを飲む機会が多いのだが、私はポーションについて何も知らなかったのだな……恥ずかしく思うよ」
わたしは男の人の深刻そうな言葉にびっくりしてしまった。
錬金術師にすら軽んじられているように見えるわたしの仕事を、ここまで褒めてもらえるなんて。
「は、恥ずかしく思う必要なんてありませんよ! みんな知らないことですし……でもそう言ってもらえるのは、中和剤を作る者として光栄です!」
中和剤の必要性が分かってもらえたことと、わたしの仕事がとても重要だと言ってくれたことが、とても嬉しく感じる。
それと同時に、さきほどまでの彼の言動にいちいち傷ついていた自分を叱咤した。
最近は中和剤を納品するたびに、この報われない仕事がいつまで続くのだろうとかネガティブなことを考えることが多くなってたけど、中和剤がないとポーションを始めとしたアイテムは作れないもんね。
これからもしっかりと、中和剤を作って納品しなきゃ。
この人が、わたしの作った中和剤入りのポーションを飲むこともありえるし!
「そういえば自己紹介がまだだったな。私の名前はクロードだ。君の名前は?」
「わたしはアリサといいます」
「アリサか。良い名前だ。これも縁ということで、今度ともよろしく頼む」
「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」
今日は最悪な一日だと思ってたけど、最後の最後にそれを帳消しにするような素敵な出来事が待っていた!
予定通りダイナク通りに行くためかクロードさんは間もなくわたしの家を辞したけど、温かな気持ちはわたしの中にずっと残ったまま。
「よし、これからも中和剤づくり、頑張るぞ!」
さっそく、再び始まる明日からの仕事のために、下準備に取り掛かるのだった。
◇◆◇◆◇
「失礼する」
「クロードさん?」
久しぶりにわたしの仕事場……工房を訪れたクロードさん。
初めて会った日と変わらぬ金髪と青い目だけど、違うところがひとつあった。それは身に着けている衣服。
仕立てが良いのはもちろんだけど、どこかの貴族かというくらい意匠が施されていて、しかもそれが言葉に出来ないくらい似合っている。
ああっ……そんな格好でわたしの工房に来たら駄目だよ……汚れちゃったらどうするの?
内心慌てるわたしとは裏腹に、クロードさんは真剣な目でじっとこちらを見つめている。
「アリサ……アリサ・ウェルチカ。君のフルネームで間違いないな?」
「は、はい……なぜそれを?」
「そうか……そうだったのか……」
「ええと、あの……」
一人でうなずき、何か納得しているクロードさんに気後れしながら声をかける。クロードさんはふたたび青い瞳をわたしに向けた。
「いや、実はな。錬金術師たちから納品されるポーションの品質にずいぶんバラつきがあるものでな……私も部下も頭を悩ませていたのだ」
「は、はあ……」
クロードさんの言葉はわたしから見るとやっぱり要領を得ない。
クロードさんは何もかも分かっているという風情だけど、わたしだけピースの足りないパズルを手渡されているよう。
「そこで納品していた錬金術師たちに一人一人問い合わせ、作成されたポーションおよび使用した全ての素材、そして納品日を照らし合わせたところ……どうやら、君の中和剤が入っているポーションが明らかに高品質だということが判明した……中和剤の質だけでこんなに変わるのかと、私も驚いたよ」
「そ、そうなんですか?」
少なくとも、わたしが作った中和剤が褒められているらしいことは理解した。
「それは、すごく嬉しいです!」
「うむ。私も嬉しい。私はもちろん部下たちも、もう君が作った中和剤入りのポーション以外は飲みたくないと言っている」
「そ、そこまでですか!?」
「さっき言っただろう。高品質だと」
真面目すぎる顔でそう告げるクロードさん。ここに至り、ようやく先に尋ねるべきだった事項がわたしの口から飛び出した。
「というか、クロードさんと……部下の方? は、そんなにポーションを飲む仕事に就いているんですか?」
「ああ、そういえばまだ言ってなかったな」
クロードさんは居住まいを正すと、わたしをまっすぐに見据えた。
「私のフルネームはクロード・リーンベルグ……この国の騎士団長を務めている」
「え……」
きし、だん、ちょう!?
開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。
クロードさんが!?
騎士団長で!?
わたしが作った中和剤を褒めてくれてる!?
驚きから立ち直れないわたしに向けて、クロードさんの言葉は続く。
「実は今日、君に対して正式な申し入れがあってここに来たのだ」
「は、はい? い、いったいどのような……?」
「王国第一位の錬金術師と専属契約を結んでくれないか?」
え? ええええええええええええ!?
「君の仕事は素晴らしい。ぜひとも、王国騎士団のために上質なポーションを作る手助けをしてほしいのだ。もちろんその他のアイテムを作るときにも、君の中和剤は大きな力になるだろう」
「……」
わたしは、もはや一言も発せずに呆然としていた。
ゆ、夢じゃないの?
あ、こういう時はほっぺたをつねればいいんだよね……い、痛い!
「だ、大丈夫か?」
「ひゃ、ひゃい……大丈夫です……」
夢じゃないみたい……いまだに信じられないけど……。
えへ、えへへ……。
ようやく、笑いがこみ上げてきた。
「ああ、良かった。喜んでくれるのだな?」
「は、はい! さきほどの話、ぜひともお受けしたいです!」
「それは私も一安心だ。何やら心ここにあらずといった感じだったから、もしかして断られるのかと」
「びっくりして思考が止まってただけですよ! あまりに予想外のことばかりで……」
「そうなのか? 実は、もう他の錬金術師と専属契約を結ぶ予定があるんじゃないかと少し不安だったんだ」
「そんな専属契約を持ち込んできたの、クロードさんが初めてですよ。というか、中和剤を確保するために専属契約を結ぶという発想が、まずありえないです……わたしたちみたいなのは、いくらでも代わりがきくただの下請けですから……」
「しかし、君ほど誇りを持って中和剤を作っている者は他にいないように思える。それが品質への現れではないのか?」
その言葉を聞いて、わたしの口元に笑みが浮かんだ。さっきまで浮かべていたものとは別種の。
これは己の悲しみを隠すための笑みだ。もしくは己を嘲るための笑み。
「本音を言うと、わたしは錬金術師になりたかったんです……でも結局なれなくて……王都でも錬金術師を見かけるたび、彼女たちがとってもキラキラしているように見えて、夢破れた後も、ずっと、ずっと、憧れてました」
クロードさんは口を挟むことなくわたしの話に耳を傾けている。
「そんな錬金術師に比べて、わたしの仕事って地味だな、報われないな……って、いつも不満を抱えてました。でも、仕事なんだから報酬の分くらいはちゃんとやろうって。ただそれだけで。誇りなんて、立派なものじゃなかったです」
ヤケになったわたしの口は止まらない。止まってくれない。
戸惑ったようにわたしを見つめるクロードさんに耐えきれなくて、まだ何か言わなきゃとわたしの心が急き立てる。
「ほら、わたしって仕事だけじゃなく見た目もキラキラしてなくて地味というかなんというか……逆立ちしたって、錬金術師には叶わないですよね!」
ああ、なんでこんなおかしなことを喋ってるんだろう?
せっかく認めてくれたクロードさんも、わたしにがっかりするかもしれない。
錬金術師への劣等感にまみれたわたしの独白が止まったのを見て、ようやくクロードさんは口を開いた。
しかし、何も言わずにまた口を閉じて目も伏せる。
やがてクロードさんが再び開いた目の中には、わたしに対する失望も嘲りも怒りもなくて。
澄み切った青い瞳は、ただまっすぐにわたしを見ていた。
「……たしかに錬金術師は目立つ存在だ。そして君は目立たない下請けかもしれない。でも君のような人がいるからこそ、錬金術師は力を発揮できるとも言える。錬金術師が花だとしたら、君は土なんだ。土が根っこを支えて栄養を送っているからこそ、花は美しく咲き誇れるんだよ。だから……っ!?」
クロードさんの言葉は途中で途切れてしまった。
それはきっと、わたしが涙をぽろぽろとこぼし始めたからだろう。
「す、すまない……! 土臭いとかそういった意味ではなくてだな……!」
「ち、違うんです! 実はわたしも自分のことをずっと目立たない土みたいな存在だって思ってました……だから、クロードさんがわたしと同じ感性を持っていたことが嬉しくて……わたしという土の存在に気づいて誉めてくれたことがとても幸せに感じて……」
わたしはついに両手で自分の顔を覆った。その手をすりぬけて、涙はいくらでもあふれてくる。
婚約を解消された時にさえ一滴も出て来なかった涙。いったいどこに隠れていたのだろう?
わたしはいつの間にか、たくましい胸板の中に顔をうずめていた。
クロードさんが、わたしを抱きしめたのだ。
「ク、クロードさん!?」
さすがに驚き慌てるわたしの悲鳴のような声を聞いても、クロードさんは放してくれない。
それどころか腕にますます力がこもる。
「君が目立たないなんてとんでもない……私から見ると君は……とても魅力的だ」
え? え? え?
予想もしなかった言葉に顔が紅潮していくのを感じる。
「もし君さえよければ、私と交際して欲しい」
えええええええええええええええええ!?
今日で一番の、いや、一生で一番の驚きが、クロードさんの口から降って来た。
「だ、駄目だろうか?」
「だ、駄目なわけがないです……!」
「で、では……受けてくれるのだな!?」
その言葉と共に、クロードさんはようやくわたしを腕の中から解放する。
しかし完全には手放さず、両肩に手を置いたままわたしを見つめた。
その顔は、おかしいくらいに真っ赤だ。
といっても、わたしの顔もそう変わらないだろうけど。
クロードさんがそうするように、わたしも彼の瞳をまっすぐに見つめ……。
「は、はい……お受けします!」
わたしは嬉し涙で顔をくしゃくしゃにしながら、その申し出を受けたのだった。
◇◆◇◆◇
その後、わたしはクロードさんと結婚し、彼の妻としてそばに寄り添い続けた。
それと同時に、王国第一位の錬金術師の相棒として高品質の中和剤を作り続け、王国を支える者の一人として名を知られるようになる。
わたしの中和剤によって完成したポーションは、王国騎士団だけでなく、警備隊や冒険者たちの間でも使われるようになり、やがてはこの大陸一だという評判をも得るようになった。
中和剤という薬品に対しての、世間の目もずいぶんと変わっていき……。
わたしはいつしか、中和剤を作るスペシャリストとして、錬金術師学校の特別講師という待遇で招かれるほどにもなった。
錬金術師の卵たちが、わたしの一言一言を聞き漏らすまいと熱心に授業を受けている。
土みたいだと思っていた自分がまさかこんなに注目される存在になるなんて、夢にも思わなかった。
もう今では、花みたいだと感じていた錬金術師へのあこがれや嫉妬も綺麗さっぱりなくなって。
土だって花と同じくらい凄いんだよと、そう胸を張れるようになれたんだ!
これにて完結です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
花はとても綺麗で注目を集めるけれど、下でそれを支える土に目を向ける人は滅多にいない……と感じたことが、この作品を書くきっかけになりました。
ブックマーク、評価ポイント、感想等いただけたら今後の励みになります。




