戦場桜
無数の桜の木の下で、銃撃が舞う。花びらが舞う。
桜が散る。
紫電がパッと光る。
血が散って、肉が散って、命が散って、芽吹く、生える、咲く。
男はじっと桜の木の下で身を潜めていた。
手に持つはライフル。旧式。長年共にしてきた相棒だ。
首に下げるは懐中時計。祖父の時代からずっと動き続けてきた逸品ものだ。決して止まることはなく刻み続ける。
呼吸が荒い。
移ろう桜が視界に点滅する。気が散る。意識が散る。
それでも男はじっと耐える。懐中時計が刻み続けるその刻まで。
じっと、じっと、じっと。
桜が芽吹いた。生えた。咲いた。
背を預けていた桜が一斉に吹雪くと、男は走り出す。駆けだす。
ザァァァアと流れる桜吹雪を泳ぎながら、弾丸の嵐をすり抜けていく。
隣を走っていた仲間が血を散らした。後ろに倒れ、命が散って、芽吹いた、生えた、咲いた。
男は隣へ跳ぶ。桜吹雪に乗る。あふれ出た桜の花びらの階段を駆けるように、高く、高く、高く跳び上がる。
空に出た。一面下は、桜の大海原。
敵は見当たらず、けれど往って逝った仲間の位置だけはわかる。
だから、そこから逆算する。
次々に溢れる桜の標に従い、空に身を任せた男はライフルを構える。
撃ち抜く、撃ち抜く、撃ち抜く。
再び桜の大海原へ潜る前に、より多くの敵を殺すために。その血を、肉を、命を散らせるために。
そして潜る。
桜が、仲間がクッションとなって男は怪我一つなく着地した。
銃弾の嵐が襲い掛かる。
男は桜を、仲間を盾にそれをしのぎ切る。
チラリと横を見た。
少し遠くで、集中攻撃により桜が倒され、仲間が下敷きになったいた。
血肉が散り敷く。芽吹く。生える。咲く。
無数の桜が湧き起こり、花霞となる。
男はギュっとライフルを握りしめる。懐中時計を祈る様に額に当て、刻まれた時を見た。
三。二。一。
男が飛び出す。
それと同時に、銃撃の嵐が桜雲へと変化する。
儚く散り捨て、みすぼらしくなっていた仲間が再び美しくなる。返り咲く。
花屑が華々しく咲き誇る。横雲になり、壁となる。
男は桜雲を泳ぐ。突き進む。
進め、進め、往け!
怒声が、怒号が己を奮い立たせる。
髪の毛に、顔に、首に、肩に、手に、胸に、脚に纏わる桜たちが叫ぶ。
男は亡霊に呪われ、呪われ、突撃する。
激越に雄たけびを上げ、ライフルを構える。
撃つ、撃つ、撃つ、撃つ!
次々と返り咲く桜に目もくれず。
次々に咲き誇る桜に祈りを捧げ。
仲間が遺した標を頼りに、銃口を向け、引き金を引く。
みすぼらしくなった仲間を華々しくするために。
何度も何度も何度も引き金を引いて、敵を討つ。殺す。
その血を散らして、命を捧げる。
せめてもの手向けとして。
狂い咲く花嵐は乱舞する。
徒桜だ。
点滅させる閃光の数だけ、吹き返す。咲き返す。
仲間の残花を踏みしめ、踏み荒らし、踏み抜いて、戦場を駆ける。
一つの弾丸の命を賭け、一つの弾丸で命を吹き込む。
本能に身を任せ、一瞬に身を焦がした男は過ぎ去る思考をゆっくり眺める。
ああ、綺麗だ。
その仲間の屍に芽吹き、生え、咲く桜が。
その敵の屍で返り咲く桜が。
幾万、幾億もの血は、零れ桜として散り敷かれ。
幾万、幾億もの肉は、徒桜として叢生し。
そして、幾星霜の一つの瞬きが。
男が、撃たれた。
散った血は残花に吸い込まれ。
果てた肉はその地に取り込まれ。
命が散った。
そして桜が芽吹いた。
そして桜が生えた。
そして桜が咲いた。
笑む男の屍は、吹雪いて、散って、舞った。
仲間が桜に背を預け、じっと息を潜めていた。その桜は首から決して止まることのない懐中時計を下げていた。
その桜は戦場でしか芽吹かない。生えない。咲かない。
故に戦場桜という。
仲間が死して咲き、敵が死して返り咲く桜だ。
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