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花婿探しの王宮のパーティーで見知らぬバカ子息をぶん殴った結果、じつは王太子候補だったらしくて詰んだ 

「おやめください」

「いいじゃないか。どうせ子息目当てに来ているんだろう」


 大広間の中央で騒ぎが起こっている。


 王宮でのつまらないパーティーのただなかである。


「キャアッ! ひどすぎます」

「なんだと? 胸を触るくらいいいだろう? きわどく見せているんだ。ほら、見ろよ。いまにもこぼれ落ちそうなほどの露出具合だ。触って下さい、と主張しているようなものだ」

「そ、そんなことはありません。このドレスは、いまの流行なのです」


 どこかの子息が、どこかの令嬢に絡んでいる。


 その絡み方は、まさしくおじさんである。


 故郷の町の酒場にいるおじさんたちも、同じことをしている。


 高級な料理をたらふく食べたことだし、特等席で見学しよう。


 騒ぎの方に向った。


 王宮で開かれているパーティーは、談笑を終えた参加者たちがパートナーと踊り始めたところである。


 が、この騒ぎで楽団の音楽が止んだ。すると、参加者たちも踊りをやめて騒ぎに注目し始めた。


 突っ立って騒ぎに注目している参加者たちの間をすり抜けては近づいていく。


 だれかの横をすり抜けたり前を通る度、みんな鼻をひくひくさせたり歪めたりする。


 そして、わたしを見てヒソヒソ話を始める。


「あれって『狂犬令嬢』じゃない?」

「そうみたいだ」

「噂通りの臭さよね」

「ついこの前も大暴れしたらしい」

「辺境の地から、花婿探しに出てきたらしいわ」

「あの臭さと外見では、花婿なんて見つかるわけないわ」

「それにしても、よくこのパーティーに参加出来たものだ」

「というか、王都にいれるものよね」

「さっさと辺境の地に帰ればいいのに」

「あれが伯爵令嬢だというのだから、お笑い草だ」

「貧乏をつけ忘れているわよ」

「違うよ。貧弱伯爵令嬢さ。家も本人もね」

「いやいや。呼ぶならやはり、『狂犬令嬢』だろう?」


 だいたいこんなところかしら?


 誹謗中傷には慣れているから気にならない。


 だから、スタスタと歩き続けた。


(ふんわり匂うわ)


 動く度にふんわりと漂ってくる。


 家畜のにおいが。


 いいえ。ぶっちゃけクソのにおいが体にしみついている。


 その芳しいにおいが鼻梁をくすぐる度、故郷に帰りたくなる。


 家畜や畑が恋しくなる。


 それから、家族のことも。


 だけど、まだ帰れない。


『金持ちの結婚相手を見つけるまで帰らないから』


 そう啖呵を切って王都に出てきた。


 それをまだ成し遂げてはいない。それどころか、見つけるきっかけさえない。


 スタート地点さえ見えないでいる。


 そんなことを考えながらも、足は動き続けている。


 騒ぎはさらにおおきく、というかひどくなっている。


 どこかの子息に触られまくったどこかの令嬢はシクシク泣いているし、どこかの子息は調子にのってどんどんエスカレートしている。


 が、周囲の子息たちと令嬢たちは、バカ子息を制止しようとしない。


 そのとき、視界の隅に子息がひとりこちらに向ってくるのが映った。


(ふふん。わたしの方が一歩も二歩もはやいわね)


 彼は、この騒動を止めようとしているのかもしれない。


 すでにわたしの考えはかわっている。


 この騒動を見物するだけでは物足りない。だから、制止することにしたのだ。


「ちょっと」


 騒ぎの渦中の子息と令嬢の前に立った。


「なんだ? うおっ、くさっ!」


 バカ子息の鼻がひん曲がった。


「うわっ」


 ついでに令嬢の鼻も曲がった。


「彼女の胸から手をどけなさい。いやらしいったらないわね」


 腰に手を当て、やさしく遠まわしに注意する。


「なんだと?」


 バカ子息は、わたしの胸の辺りを見た。


 流行のドレスではないので、胸元は一分の隙もなく生地に覆われている。


「ははん。胸がないからやっかんでいるのか? それとも、おれに触って欲しいのか? まっそんな貧乳、触る価値はないがな。つんつるてんの胸など触ったら、性欲がガタ落ちしてしまう」


 バカ子息は、大笑いしている。


「ガツッ!」


 その瞬間、大広間内に小気味よい音が響いた。


 そのときには、彼に背を向け歩き始めている。


「あーっ、すっきりしたわ」


 心の底からすっきりした。


 クズ子息を拳でぶっ飛ばすことほどすっきりすることはないだろう。


 さっさと大広間をあとにした。


 

 宮殿を出たタイミングで、だれかが追いかけてくることに気がついた。


 さっき拳を食らわせたバカ子息か、あるいはバカ子息の関係者かと思ったので、立ち止まって迎え撃つにした。


「待ってくれ」


 が、追いかけてきたのはまったく知らない子息だった。


 訂正。知らないけれど見かけたことはある。先程の騒ぎでレディを助けようとしていたらしい、どこかの子息だ。


「やあ」


 彼は、追いつくとニッコリ笑った。


 月明かりの下、彼がそこそこの美しさだということがわかる。


「先程の対処は、お見事だったよ」

「そうかしら?」


(『お見事』という表現、気にいったわ)


 心の中で苦笑する。


 が、顔は愛想笑いさえ浮かべない。


 面倒くさいから。


「どこかで飲み直さないかい?」


 彼は、チラチラと周囲を気にしつつ尋ねてきた。


 飲むのはあまり好きではないけれど、ひと暴れしてお腹が空いてきた。


「飲むより食べたいわ」

「それならいいところを知っているんだ」


 周囲を気にしつつ、彼が言った。


 ここから見える大廊下のずっと向こうの方で、だれかが騒いでいる。


「行こう」


 彼は、わたしの手をつかんだ。


 家畜の世話や農作業や家事などで荒れたわたしの手を。


 それからひっぱった。


 都会の貴族らしいスラッとした体型なのに力強い。


 それが意外だった。


 彼にひっぱられるまま、ふたりで夜の王宮を駆けた。



 王宮を出てから街馬車を拾い、乗り込んだ。


 意外さは続く。


 街馬車が停まったのは、街の酒場の前だった。


 上流階級が行くようなサロンや高級なバーではない。


 街の人たちが一杯ひっかけるのに立ち寄るような安酒場である。

 カウンター席とテーブル席が数席あるくらいで、ほとんどが立ったまま飲む形式である。

 店内は、人で溢れ返っている。入った瞬間、酒と煙草とニンニクのにおいに包まれる。


 彼は、こういうところに慣れているらしい。迷わずカウンターに行き、主人に声をかけた。


「お酒よりもお腹がすいているの」

「わかった」


 彼は頷き、店主に「今夜のスペシャル」と酒を注文した。


「奥のテーブル席に行こう」


 店の入り口からは見えにくい奥のテーブル席についた。


「おれは、カーティス・ボルトン」

 

(ボルトン? なにかひっかかるわね)


 田舎者で世間知らずのわたしである。ボルトン家を知らなくて当然かもしれない。


 通常は「なんとか公爵子息」とか、これみよがしに告げるものだけど……。


(もしかして、隠したいのかしらね? ということは、これは火遊び? わたしと? いいえ。それはないわよね)


 王都に嫁ぎ相手を求めてやって来て、まだ一度もだれとも付き合えていない。


 というか、そもそも王都にだれも知り合いがいないし、あてがあるわけでもない。こんな状態で田舎から出てきて、いったいだれが相手にしてくれるというの?


 貧乏で没落状態とはいえ、一応伯爵家。上流階級の催し物への参加権はある。だから、いろいろ顔を出してみる。が、どれもこれもくだらない。自慢話や他人を見下したり、悪口を言ったり性質の悪い噂話があるだけ。それから、虐めやいびり。はっきり言ってくだらなさすぎる。だから、ついつい暴れてしまう。


 虐めやいびりをしている子息や令嬢に噛みついてしまうのである。


 あっという間に有名になった。噂された。上流階級の話題作りをしてしまった。


『狂犬令嬢』


 噛みつく様と家畜くさいことから、ついたあだ名である。


 そんなわたしと火遊び?


 だれも相手にしてくれないわたしと? たとえ火遊びでも、こんなわたしを相手にするわけない。


「カヨ・ビリンガムよ」


 とはいえ、名乗られれば名乗り返さねばならない。


「最初に言っておくけど、わたし、貧乏なの。ここのお代は……」

「大丈夫。おれが誘ったんだ。誘った方が払うべき。だろう?」


 酒場内の淡い光の中、彼の瞳が赤いことに気がついた。


 赤い髪に赤い瞳。


 不吉の象徴であるわたしの黒い瞳と黒い髪の色より、ずっとずっとあざやかで美しい。


「お待たせ」


 そのタイミングで、ウエイトレスがテーブル上に料理や酒を音高く置いた。


「きみの拳に乾杯」


 彼は酒で、わたしは水で乾杯をした。


 それから、わたしはナイフとフォークを手に取った。



 パーティーであれだけ料理をたいらげたというのに、まぁ食べるわ食べるわ。


 気がついたら、「今夜のスペシャル」を二人前。カーティスのおつまみを四、五皿。その上、デザートのケーキを六個。すべてお腹の中に消えていた。


 われながら驚きの食欲である。というか、驚異的な胃袋である。


 とはいえ、二日前からほとんどなにも食べていなかった。


「いっそ気持ちがいいな。パーティーでもひとりで食べていたよな?」


(なに? それってわたしのことを見張っていたの? なぜ?)


 疑問すぎるけれど、奢ってくれる人はいい人に違いない。


 気にしないことする。


「いまのはすべて別腹よ」


 ナプキンで口のまわりを拭いつつ、全力で微笑む。


 いまの微笑みは、満腹になって満足したという意味である。


「すごく空腹だったの。というか、いつも空腹なの」

「だろうね」


 彼は、なぜか頷いた。


「きみは、他のパーティーやお茶会などでもひとりモリモリ食っているよな?」

「なんですって? あなた、そんなことまでどうして知っているの?」


 つい地が出てしまった。ハスキーボイスがよりいっそう渋い声になってしまう。


「きみは、いろいろな意味で目立つからな」

「それは否定しないわ」


 納得である。目立ちまくっているわたしの行動を見ている人は大勢いる。


「でっ、今夜のことだ。先程のきみのやらかしだが、きみがぶん殴ったバカ野郎がだれか知っているかい?」

「知るわけないわ。もしかして、有名なの? わたしが知っておかないといけない男?」

「ああ。たぶんね。彼の名は、チェスター・ブラックモアというんだ」

「チェスター・ブラックモア? チェスターねぇ」

「そこじゃない」

「わかっているわよ。ブラックモア? ブラックモアって、まさかあの? 王族ってこと?」

「ああ。第一王子だ」

「なんですって? あれが? あのバカが……? 終ったわね」

「そうだな。きみは、終ったよ。それから、きみの家族もだ」


 椅子の背にもたれた。


 周囲の喧騒が耳に心地いい。


 お父様と三人の兄たちと町や村の人たちと、酒場で騒いでいるのとまったく同じで騒がしさである。


「違うわよ。もちろん、わたしや家族もだけど。それより、このフロックハート王国が終ったのよ。いえ、終わるわね。あんなのが国王になったら、この国はお終いよ」


 そうなれば、いずれにせよわたしも家族も終わる。


 飢えで死ぬか、反乱やそれに類するものに巻き込まれて死ぬか。とにかく、ただでは済まない。


 すぐ終わるのか、もうすこし未来に終わるのかの違いなだけ。


「だけどまぁ、家族に迷惑をかけてはいけないわね。家族は、生き抜く為に一生懸命働いているのだから」


 そう。家族は辺境の地で畑を耕し、家畜の世話をしている。


 わたしのビリンガム伯爵家は、辺境の地の領主だった。が、十年前に領地内で自然災害や疫病が重なり、以降税を払うことが出来なくなった。領民を守る為、お父様やお兄様たちは金策に駆けずりまわり、借金をした。しかし、すべてが裏目に出た。


 結果、領地経営は破綻。爵位こそ取り上げられなかったけれど、領地は王族に返した。実際のところ、没落したようなものである。


 わが家はすっかり落ちぶれ、疲弊した。


 そして、いま現在は必死に働いている。


 わずかな糧を得る為に。それから、家の再興を目指して。


 みんなで必死に働いている。


 そんなわたしたちにも夢や希望がある。


 それは、わたしが上位貴族子息に嫁ぐこと。


 が、現状はその期待をことごとく踏みにじっている。


「カーティス、あなたは? あなたは、あのバカ王子の取り巻きかなにかかしら? それとも、政敵かなにか?」

「どちらかだとしたら? とりなして欲しい? それとも、いっしょにギャフンといわせたい?」

「ぶん殴ったことは、そうね。人として、いけなかったわね。だけど、彼の行為も人としていけないことだわ。もしもバカ王子が絡んでいたご令嬢に謝罪するのなら、わたしも彼にぶん殴ったことを謝るわ。だけど、やはりそうはいかないでしょう? そうね。とりあえず、家族に迷惑はかけたくない。だから、このまま逃げようかしら? そうね。それしかないわね。あなたにも迷惑をかけたくない。ああ、奢ってもらうこと以外はってことだけど。というわけで、いまの発言はきかなかったことにして。いいわね?」


 彼に言いながら、われながらいいアイデアだと思った。


 逃げたところで家族にも類は及ぶ。


 が、聡明なお父様やお兄様たちのこと。うまくやりすごしてくれるはず。


 というか、わが家を貶めようにもこれ以上貶めようがないと思うけど。


「カーティス、ごちそうさま。ほんと、すべてが美味しかった。食事と情報、ありがとう。会えてよかったわ」


 立ち上がった。


 満腹になったら眠くなってきた。


 一刻もはやく間借りしている部屋に戻り、ぐっすり寝たい。


「カヨ、王都はいつ出発するつもりだい?」

「そうね。いま借りている部屋が、ちょうど今日で期限が切れるの。もう資金も底を尽きかけているし、明日にでも発とうかしら。というわけで、出会っていきなり『さようなら』ね」


 彼に全力で微笑むと、背を向けた。


 それから、カウンターの向こうにいる主人に手を振りつつ「美味しかったわ。料金は連れが支払うから」と伝え、酒場をあとにした。


 夜の街は、いつものようにうす暗くて物騒だった。




 半年間間借りした部屋は、ボロボロだった。当然、その部屋にある寝台と椅子と服掛けもボロボロだった。窓の開閉時にはギシギシ音がするし、扉は鍵が閉まらない。鏡は割れていて、壁には穴が開いているばかりか、ここでなにが起こったか想像するのもおぞましいほどのどす黒いシミが点々とついている。


 そんな部屋なのに、間借り料は高かった。わたしにとっては、だけれど。


 半年間すごしたボロボロの部屋。


 そこで最後の夜をすごした。ひたすら眠った。というか、部屋に入るなり寝台の上に倒れ込み、そのまま眠ってしまっていた。


 ちなみに、マットもボロボロで毛布はすっかり擦れて薄くなっている。しかも、トコジラミの温床になっていた。

 が、わたしは家畜や不衛生な場所の蚤やシラミやダニに慣れている。しかも、皮膚は強くアレルギーもない。それをいうなら、面の皮は厚く、腹は黒く、心臓は鋼のごとく強い。

 つまり、心身ともに頑丈。だから、トコジラミも早々に退散してしまった。


 目覚めたのは、なにかを感じたからだった。まだ夜が明けきっていない時間帯。


 いまのうちに姿を消そう。


 はやければ、就業時刻開始早々に憲兵たちがやって来るかもしれない。あるいは、近衛隊が。


 いずれにせよ、いまのうちに逃げだした方がいい。


 部屋の貸し主や他の間借り人たちに挨拶する気はない。交流はいっさいなかったのだから。


 寝台から起きだすと、パーティーで着用していた唯一のドレスが皺だらけになっていることに気がついた。


 このまま眠ったのである。当然のことといえば当然である。


 すぐに着替えた。動きやすい服装に。


 故郷で作業をするときの服装。兄たちのおさがりのシャツとズボンに着替え、共同の洗面所で顔を洗って歯を磨く。


 部屋に戻って荷物をまとめた。


 トランクひとつ。


 身軽すぎる。


 そうして、半年間すごしたボロボロの部屋をあとにした。



 捕まった。


 結局、王都から出ることが出来なかった。


 それどころか、途中あらたな騒ぎに首を突っ込んでしまい、それで見つかり捕まった。


 早朝にもかかわらず、貴族の乗る馬車が走行していた。その馬車が、路上で生活している母子をひきそうになった。さいわい、母子は無事だった。が、そのことで騒ぎになった。そこにわたしがその母子の助勢、もとい助けに騒ぎの中に飛び込んでしまった。


 その貴族というのが親衛隊の隊長で、ちょうど昨夜のパーティーの件で呼び出され王宮に向かうところだった。


 捕まったというのとは、微妙に表現が違うかもしれない。


 同乗するよう求められ、それに応じた。


 ただ、馭者台に乗せてもらうことにし、きき入れてくれて馭者台に乗った。


 わたしとしては、いかつい紳士と馬車内でいるより馬を御した方がいい。


 そもそも、わたしは広くない空間でいかつい紳士と並んでじっと座っていられるほど忍耐強くない。気の利いた言葉をかけたり微笑みを浮かべるほど、愛想がいいわけではない。


 なにより、親衛隊の隊長も家畜くさくて田舎者の「狂犬令嬢」とふたりきりになりたくなだろう。


 というわけで馭者台で馬を御させてもらい、馬と接することで心が落ち着いた。


 その馬車の馭者は、わたしが馬を一度もムチ打たなかったことに驚いていた。


 そうして、王宮に連れてこられた。



 てっきり書物の中の場面のように、バカ王子の前で跪かされ断罪されるのかと思っていた。


 まぁそこまでではなくても、一方的に責められて然るべき罰をくだされるのかと予想していた。


 連れて行かれたのは、謁見の間。正面の玉座には国王が座っていて、玉座の前では廷臣たちが左右にわかれて居並んでいる。


 例のバカ王子、もとい第一王子は、玉座の前でわたしが親衛隊の隊員二人に連れてこられるのを待っている。


 その左半面は青紫色に変色し、鼻は変な方向に曲がり、唇は腫れたり切れたりしている。


「こいつだ。こいつがこのおれをぶん殴ったのだ」


 彼はわたしを認め、指さして宣言した。


 趣味の悪いジャケットとズボンを着用している


「くそっ! レディのくせに殴りやがって。おれは、王子だぞ。おまえは、将来国王になるおれを殴ったんだぞ。この顔を見ろ。おれの美貌が台無しだ」


 彼はふらつきながら近づき、怒鳴り散らした。


 その口中に前歯がなかったような気がしたけれど、気のせいに違いない。


 どうやら昨夜、彼はあれからますます飲酒したのかもしれない。結果、二日酔いになった。だから、ふらついているのかも。だけど、もしかするとふらついているのは二日酔いのせいではないのかもしれない。


 酒精のきつい臭気が鼻にまとわりつく。


(故郷の町の男たちとまったく同じだわ)


 故郷の町の荒くれ男たちは、仕事もするけど飲む量も半端ない。とはいえ、どこの家庭もその日暮らし。めったに酔うほど飲めるわけではない。だから、祝い事とかがあればとことん飲む。その翌日、みんな二日酔いで酒精をまき散らしながら農作業をしている。


 またしても故郷が懐かしくなった。


 その故郷には、もう帰れない。


 牢獄に送られるのか、この国から追放されるのか、とにかく処罰は軽くないだろう。


「なんだその顔は? まずは謝罪だろうが。跪き、謝罪の上慈悲を乞え。話はそれからだ」


 バカ王子のもともとの顔は、そうね。そう悪くはない。まぁまぁといったところかしら? だけど、体に贅肉がつきまくっている。それが、趣味の悪い衣服の上からでもよくわかる。中身となると、もっと悪い。というか、最悪ね。


 贅のかぎりを尽くし、やりたい放題やっている。


 こんなのが国王になったら、この国はもうおしまい。いろいろな意味で終わってしまう。


「お断りよ。わたしよりも、まずあなたが愚弄したご令嬢に謝罪すべきじゃないかしら? 話はそれからよ」


 もう悪いことしか起こらない。さらにひとつやふたつやらかしたところで、おおきくかわらない。


 だから、堂々と言ってやった。


「な、なんだと? なぜ、おれが謝罪しなければならない?」

「バカじゃないの?」

「な、な、なんだと? バカと言ったか?」

「頭と性格が悪いだけじゃなく、耳まで悪いわけ?」

「な、な、な、なんだと?」


(いやだわ。わたしのやらかしは、ひとつやふたつどころじゃなくなったわね)


 まるで他人事のように苦笑してしまう。


「王子のおれを愚弄するな。クソッ! この場で、この場でおまえの首を落としてやる」


 さらにさらにさらに怒らせたみたい。まぁ、怒らせるつもりだったから当たり前だけど。


「だまれ」


 そのとき、玉座の国王が低く威圧的な声で言った。


「そうだ。その口を閉じていろ」


 父親の加勢で、彼はさらに調子にのった。


「さあっ、跪け」


 彼のブヨブヨした真っ白い手が、わたしの肩をつかんでおさえつけようとした。


「なんだ? こいつ、石みたいにかたいぞ」


 が、農作業や家畜の世話で鍛えているわたしの肩や腕は、男性に負けないほど筋肉がついている。


 訂正。控えめすぎた。男性以上に筋肉がつきまくっている。というか、筋肉だらけ。当然、力もある。強すぎる。


 非力なバカ王子が全力でかかってきてもビクともしない。しかも、いまのフラフラな状態ならなおさらのこと。


「では、謝罪してもらおう」


 そのとき、謁見の間の大扉が開き、その声とともにだれかが入って来た。


 静まり返る大広間内に、ふたつの靴が大理石の床上に小気味よい音を響かせる。


「そうね。是非とも謝罪していただきたいわ」


 ふたつめの声を背中で感じる。


 振り向いて確認するまでもない。


 そのどちらの声もきき覚えがあるから。


「さあ、チェスター王子。まずは、彼女に謝罪。話はそれからだ」

「そうよ。謝罪してもらいたいわ」


 入って来たふたりは、わたしの左右に並んだ。


 親衛隊の隊員たちは、なにも言わずにうしろへさがっている。


「カヨ、大丈夫か?」

「ええ、カーティス。大丈夫よ」


 そう。ひとりは、カーティス・ボルトン。


「昨夜はありがとう」

「いいえ。どうやらしゃしゃり出てしまったようですね」


 そしてもうひとりは、昨夜のパーティーでバカ王子に絡まれていた令嬢である。


 そして、たったいま思い出した。


 昨夜からひっかっかっていたモヤモヤの正体を。


 ボルトン。この名だったのだ。


(なんてことかしら。わたし、さらにやらかしていたのね。どれだけやらかしたら気がすむのかしら?)


 これ以上悪いことは起こらないと思っていたのは甘かった。


「カーティス、きみがなぜここに?」

「おいおい、チェスター。きみは、無礼な男だな。いくらきみがおれの学友でも、いまは立場が違う。それなりに敬意を表してもらいたいな。まぁ、そのことはいい。チェスター、きみが不謹慎かつ不適切な絡み方をしたご令嬢だが、おれの実姉なんだ」

「なんだって?」

「なんですって?」


 バカ王子と、驚きの叫びがかぶってしまった。


「つまり、ガラハー国国王の同腹の姉というわけだ」

「な、な、なんだと?」


 バカ王子は、ふらついた後に大理石の床に片膝をついた。


「嘘だ。嘘にきまっている」


 彼は、半狂乱である。


「だまれ。先程もだまれと言ったはずだ。これ以上、バカなおまえに言う必要はないな。チェスター、おまえはとんでもないことをしでかしてくれた。今回のことだけではない。これまでもだ。おまえを放置しすぎたわしにも責任はあるが……。とにかく、今回のことはなにがあっても見過ごすことは出来ん。チェスター、おまえはわが国から追放だ。とっとと出て行け」

「陛下、父上、どうかお許しを」

「ならん。見苦しいぞ。親衛隊、こいつをつまみ出せ」

「くそっ! おまえのせいだ。おまえのせいでおれは……」


 突然、バカ王子が立ち上がって向かってきた。


「カヨ」


 すかさずカーティスがわたしの前に飛び出し、わたしにかわってクズ王子と取っ組み合いになった。


「一発では足りないみたいね。元王子様」


 取っ組み合いをしているふたりの横から拳を繰り出した。


 全力の拳を、である。


 見事、バカ王子はぶっ飛んだ。そして、大理石の床上にドサリと音を立てて落ちた。


 今度は左頬にキメた。これで、昨夜の右の頬とほぼ均等の色になるはず。


「カヨ、さぁ行こう」


 大理石の床上でうんうんうめいているクズ王子を横目に、カーティスが右手を差し出してきた。


 その手は、大きくて分厚い。あとで知ったことだけど、その手は剣士の手らしい。


 ボルトンがガラハー王国の王族の名であることを、つい先程思い出した。


 彼は、ガラハー国の若き国王。ずいぶんと優秀らしい。そして、国民からも慕われている。


 昨夜、宮殿から逃げる際に彼が周囲を気にしていたのは、護衛や付き人たちの存在だったのだ。


 ガラハー国の国王とその実姉がお忍びで長期間滞在しているなんて、わたしが知るわけはない。


「行くってどこへ? ではないわね。行くってどこへですか?」

「カヨ、いままでのままでいいさ。きまってるだろう? ガラハー国へだ。おれは、ここには花嫁探しに来たんだ。カヨ。きみは、花婿探しに来たんだろう? これでふたりの利害は一致した。というわけで、おれたちはおたがい目的を達したわけだ。あとは、実行に移すのみ。あっ、実家のことは問題ない。さいわい、きみのビリンガム伯爵家の領地は、ガラハー国と国境を接している。今回のこの事件の代償として、フロックハート王国はわが国にビリンガム伯爵家の領地を進呈することになったんだ」


 カーティスは、唖然としているわたしにいたずらっぽい笑みを浮かべた。


 美貌にいたずらっぽい笑み。美しさより可愛らしさが感じられる。


「というわけで、おれはきみの家族や領民たちに出来うるかぎりのことをする。もちろん、きみの気持ちしだいだがね」

「なるほど。わたしがついて行かなかったら、この話はなかったことになるのね。ある意味、汚いわ」

「だろう? おれは、欲しいと思ったものはなんとしてでも手に入れたくなる性格なんだ」

「ねえ、カヨ。カヨって呼ばせてね」


 カーティスの姉がわたしに抱きついてきた。


「オードリーよ。レディ嫌いで偏屈で気が利かなくて頑固で意地っ張りで変わりすぎてる弟が、あなたに一目惚れし、あなたをずっと追いかけていたの。辺境の地でのあなたの噂をきき、あなたを花嫁に迎えたいとお忍びで長期滞在していたの。それももう限界。国では、閣僚たちがアップアップ状態だから」


 彼女は、わたしの耳にささやき続ける。


「バカ王子がわたしに絡んできたとき、わたしがぶっ飛ばしてもよかったんだけどあなたがやって来たから。ちょうどいい機会だと思ったの」


(わたしは、まんまとオードリーの策にはまったわけね)


 驚くのに飽きてきた。


「だから、お願い。弟にチャンスをあげて。向こうに行ってからでも遅くはない。彼としばらくすごして判断してくれたらいいわ。彼があなたのお眼鏡にかなう男かどうか、をね」


 彼女は、美貌にニヤリと笑みを浮かべた。


 家族や領地の人たちのことを考えれば、こんないい条件の申し出を断れるわけはない。


 というのはいい訳。


 わたしは、カーティスのことを気に入っている。


 このことは、自分の心に否定も隠すこともごまかすことも出来ない。


 いいえ。もしかすると、彼のことが好きなのかもしれない。


 昨夜会ったばかりで? しかも安酒場で食事を奢ってもらって食事の間会話を交わしただけである。たったそれだけで、彼のことがわかるわけがない。実際、なにもわかっていない。


 しかし、こういうことは付き合いの長さや親密さではない気がする。


 フィーリング? レディの勘? 本能?


 どうでもいい。


 とにかく、彼のような男性は初めてである。


 あらゆる意味で、このチャンスをいかさない手はない。


 もう二度と、わたしを好きなどと言ってくれるもの好きな男性はいないだろうし。


「カーティス、後悔してもしらないわよ。『狂犬令嬢』を飼い慣らす自信があるようだけど、そうはうまくいかないんだから」

「きみを飼い慣らすつもりはない。なにせおれはきみにベタ惚れだから。きみを溺愛し、甘やかし、言いなりになるだけだ」

「呆れた。じゃあ、王宮内に畑を作っていい?」

「もちろん」

「じゃあ、馬や牛や羊や鶏は?」

「あー、敷地は広大だから、大丈夫だと思う」

「肥料を作っていい? 自分メイドのものにこだわりがあるの」

「あー、それも大丈夫かな?」

「だったら行くわ。カーティス、あなたについていく」


 差し出されているカーティスの右手を握った。


 節くれだっているけど、あたたかくてやさしい手。


「カヨ。きみがひくほど愛し、大切にする」


 ひっぱられた。その力強さに、さすがのわたしもひっぱられるままになった。


 気がついたら、彼に抱きしめられていた。


「カーティス、望むところよ」


 そう答えるのがやっとだった。


 なぜかグッときたから。うれしさで胸がいっぱいになったら。



 わたしは、花婿を得た。


 家族との約束を果たした。


 希望よりもかなりいい条件の花婿を得ることが出来た。


 どうせしあわせになるのなら、わたしだけではもったいない。家族や故郷の人たちみんなでしあわせにならないと。


 とはいえ、わたしはやらかしてばかりいる。


 無事にしあわせになれるかどうか、はなはだ疑問よね。



                                (了)


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