きっと、恋をした-4
それに今、電話をしても藤野さんが出ないことは分かっていた。
彼は夜勤帯の勤務のため、昼夜逆転の生活をしている。私が大学で授業を受けている時間帯は、ほとんどの確率で眠っているのだ。
連絡先を交換して日は浅い、が彼の行動パターンや生活スタイルが想像できるほどには彼のことを分かり始めていた。
その日の最後の授業が終わり、いつも通りメールのチェックをすると藤野さんからのメールが届いていた。届いた時刻は、三十分ほど前だった。
私は構内を歩きながらメールを読み、返信するかどうか悩んでいた。メールは送らず、そのまま電話を掛けてしまおうか。有希や智美にどうしたらいいか聞いてみたかったけれど、それを聞けば二人の前で電話をするはめになる。
私は意を決して、一度も掛けたことのない電話番号を押した。
いっそ出てくれなくてもいい。掛け直してくれた方が、まだ気持ちは楽かもしれない。私の願いも虚しく、数回のコール音の後に「もしもし」という声が聞こえた。
「あ、もしもし……えっと、小野です」
「うん、表示されとるから分かっとるよ」
電話の向こうで藤野さんが笑っている。ゆったりとした話し方だ。少しだけ眠たそうな声にも聞こえる。
「もしかして、起きたばっかりでした?」
「ううん、三十分くらい前に起きたんやけど。まだちょっと眠くてぼーっとしてる」
三十分前という言葉で、メールが届いた時間を思い出す。起きてすぐ、私にメールを返してくれたのかと思うと、単純に嬉しいと思ってしまう。
「大学の授業は終わったん?」
「あ、はい。これからバイトに向かうところで――」
「そっか。今日シフト入ってるんや。じゃあ、交代のときに会えるんやんな」
あ、好き。
その二文字が頭に浮かぶ。年上でもフリーターでも、有希や智美が言うように将来性がないとしても、好きなものは好きだ。
「藤野さん」
「うん?」
そのまま素直に気持ちを言葉にしてしまいそうだった。さすがにそれは早い。自分でもよく分かっている。
「あの……映画、観に行きませんか?」
「うん、ええよ」
藤野さんは間を空けることなく、すぐに返事をした。あまりにもあっさりと了承され、誘った側であるはずの私が戸惑ってしまう。こんなにも簡単に「いいよ」と言われるとは思っていなかった。
「何か観たい映画でもあるん?」
「あ、はい。えっと……」
私は事前に調べていた二つの候補を挙げようとしたが、ラブストーリーの映画に誘う勇気は出ず、ヒューマンドラマの映画タイトルだけを口にした。
「あー……原作読んでるけど、それ、ちょっと重たそうだからなあ」
原作を読んだ限り、そんな風には思わなかった。
確かに余命三か月という過酷な運命を背負う主人公だが、原作の小説では限られた時間を精一杯生きようとする姿勢が軽快な描写で書かれていた。そのイメージは映画でも崩しておらず、映画の予告やキャッチコピーからも重苦しさは感じられなかった。