プロローグ-3
「藤野さん……背高いですね」
「そうかな? 百八十三くらいやから普通やない?」
彼はタバコの補充作業に戻る。撫でられた場所がほんの少し熱を持つ。
「藤野さん」
彼は作業する手を止めることなく「うん?」とだけ返事をした。素っ気なさではなく、温かさを感じられる声だった。
「連絡先、聞いてもいいですか?」
もっと藤野さんと話してみたい。彼のことをもっと知りたい。アルバイト先でしか会うことができないのは寂しいと思った。
藤野さんは、きょとんとした表情で私を見る。沈黙がやけに長く感じられ、私は「あの……えっと」とその場を繕う言葉を探した。その間に藤野さんは私から目を逸らした。
しまったと思うには充分だった。明らかに早まった。
これまで交代の時間に挨拶を交わしていたとはいえ、こんなに長い時間話をしたのは今日が初めてだった。ましてや店内に客がいないとはいえ、仕事中に連絡先を聞くなんてタイミングも悪かった。頭の中で様々な後悔と反省が押し寄せるなか「今の忘れてください」と言葉にすべきなのに、口がうまく動かない。
その間にも彼は何も言わず、レジ横に置かれたレシート入れから一枚、レシートを抜き取ると胸ポケットからボールペンを抜いてさらさらと何かを書き始めた。そしてペンを置くと、何かを書いたレシートを私に差し出した。
「携帯番号とメアド書いてあるから。いつでも連絡して」
「――え?」
「うん? 連絡先、いらん? 俺、聞き間違えた?」
藤野さんが首を捻る。
「いえ! もらいます!」
私は藤野さんの手にある紙を受け取ると「バイト終わったらすぐメールします!」と店内の奥にまで聞こえてしまいそうな声で言った。
もちろん、店内には私と藤野さん以外の人はいないので、それを聞いている人はいない。すると、藤野さんがくすくすと笑い出した。
「そんな力強く言わんでも。逃げたり隠れたりせえへんから、焦ってメールせんでもええよ」
そして、笑いながらタバコの補充を再開した。私の耳に「おもろい子やなあ」と呟く声が聞こえた。その意味を尋ねる勇気はなく、私は聞こえなかったフリをした。