近づく距離-4
「いや、そういうわけやないねんけど……」
「さっきから、そわそわしてる感じがするんですけど……何かありました?」
「いや、なんでもないけど。とりあえず出ようか。確かに結構、時間も経ってるし」
ダウンジャケットを羽織って、首にマフラーを巻いた藤野さんは、トレイを持って立ち上がると、ダストボックスへと向かう。そのまま店を出ると、駅の方へと歩き始めた。私もそれにならって隣を歩く。
「あのさ」
藤野さんが急に足を止めた。隣を歩いていた私も立ち止まる。
「はい?」
「気に入るかどうか、分からんのやけど……」
藤野さんがためらいがちに自分のショルダーバッグから何かを取り出した。
差し出された手にはリボンが巻かれたクリスマス柄の小さな袋があった。何が入っているのかは見えない。
「女の子って、何あげたら喜ぶか分からんし、そもそも小野さんの趣味が分からんくて……」
藤野さんが俯きながら、ぼそぼそと喋る。近くにいるのに聞き取りにくい。
「渡すタイミングも考えてたんやけど、クリスマスの話題出したら小野さんがプレゼントくれて、それ予想外で……そのときに渡したら良かってんけど、嬉し過ぎて自分が渡すん忘れてしもうて……」
私が、チャンスだと思ったあの言葉は、藤野さんが勇気を出したタイミングだったらしい。
嬉しいような申し訳ないような気持ちでいっぱいになりながら、私は藤野さんの手の中のそれを、両手で受け取った。
「開けても、いいですか?」
藤野さんが頷く。頬が少し赤くなっているのは、寒さのせいだろうか。
「ほんま、気に入るかどうか分からんし……気に入らんかったら捨ててくれてええから」
私はその言葉に返事はせず、ゆっくりと丁寧に袋にかけられたリボンをほどいた。袋の中からは、ワインカラーのリボンのバレッタが出てくる。
「……どうしよう」
「え? 気に入らんかったら捨ててええからね! それとも同じの持ってた?」
こちらが申し訳なくなるくらい焦っている藤野さんに、私は大きく首を横に振った。
「違う、違います! 嬉しいんです」
「え?」
「嬉しくて、どうしたらいいか分かんない」
藤野さんが用意してくれていたことが嬉しい。どこかの女の子向けのお店へ行って、悩みながら買ってくれたことが嬉しい。私のことを考えて選んでくれたことが嬉しい。
「いや、そんな喜ばれるほどのものやないし……ほんま安モンやし……」
「藤野さんだから! 藤野さんが選んでくれて、プレゼントしてくれたものだから……ものすごく嬉しい」
藤野さんは少しだけ驚いたあと、目を細めて「アホやな」と笑った。
「だって嬉しいんですもん」
「もう分かったから。俺が恥ずかしくなるから、もうやめて」
手で顔を覆って、笑っている藤野さんの首には、さっき私がプレゼントしたマフラーが巻かれている。外は寒くなる一方だったけれど、私の心は温かくなるばかりだった。