操Side「真実」
青森県を出発して、片道およそ12時間の走行。現在、高玉市内を駆けて、あと少しでDSGマリーナに到着する。何度か休憩しながら走行を続けていた小町だが、彼女も限界を感じているらしい。頗る疲労が顔に表出している。息も荒い。
「小町、本当にすまない。到着したら、ゆっくり車内で休んでくれ」
「うん、そうする。かなり、ねむっ、い」
国道8号線のセンターラインを割って、小町は答えた。事故にならないか何度か肝を冷やしたが、遂にDSGの建屋が視界に入る。
「あと少しだ! 開店まで1時間。大丈夫。間に合う」
車内の時刻は午前8時を示していた。この時間帯だとパチンコを打つ遊技者が、整理券の抽選を待っている状況だ。
1時間。この1時間で呪いを終わらせてみせる。手にした秘儀の札を見つめて、強く決意した。四所山さんや葛城さん。亡き中武氏や緑川さんが浮かんでくる。怪我をしたマリリンさんや、その娘の真凛ちゃん達の姿も。
いよいよ、車はマリーナの敷地内に進入した。整理券で並ぶ列を尻目に、事務所入り口から近い空車スペースに停車する。
「小町、本当にありがとう。ここからは、オレに任せてくれ」
「操ちゃん、後は頑張って。皆の為に、も」
小町は力尽きたらしく、運転席を倒して眠りに就いた。
「もちろん。皆の為にも、必ず。必ず!」
ドアを開けて駐車場に下りると、次々と小雨が頬に当たる。冷たい雨の中を駆け抜けて、マリーナの事務所に繋がる戸口まで着いた。扉を開けて、店長がいるであろう事務所まで歩く。ドアノブを回して開けてみると、いつものソファに店長が座っていた。彼は驚いた表情で、オレを見上げている。震える薄青い唇を開いた店長は「明才地さん?」と呼びかけてきた。
「店長、お待たせしました。これから、呪いを解きます」
「ほっ、本当ですか!? 明才地さん」
彼は叫びながら立ち上がる。瞠目する、その顔を見て「本当です」と頷いた。店長は両手を握りしめ「良かった。良かった」と、しわくちゃな表情で呟く。
「まだ終わってはいませんよ。恐らく呪いの元凶となっている札は、444番台の基盤にあるはずです。店長。どうか、扉を開けてもらえませんか?」
「もちろんです。断る理由なんて、どこにもありません」
壁に掛かっていた鍵束を彼は取り上げて、腰元のベルトに付けた。駆け足気味に退室して、ホール側へ向かう。ドアを押してホール内に入り、ギャグラーコーナーまで走った。一歩一歩、向かう足が重く感じる。緊張、不安、期待。様々な感情が胸に沸き立つ最中、オレは遂に、444番台の前に立った。
緊張しい顔で店長は、焦る手つきで腰元の鍵束を手にする。台に鍵を差し込み、扉を開放した。霊視で見た通りのギャグラーの基盤が現れる。表面には電子回線が繋がれている緑色の基盤しか見えない。裏だ。基盤の裏に呪符があるはず。直感を信じ、裏側に指を入れて探してみる。すると、折り畳んだらしい紙の感覚が、指の腹に伝わった。あった! 同時に夥しい負のエナジーが身体に流れてくる。なるほど。緑川さんが剥がせなかったのも分かる。エナジーが結界のように固着しているからだ。
一度、手を離す。基盤に向けて九字切りを行い「えい!」と叫び、オレのエナジーを飛ばした。すると、先ほどの気持ち悪いエナジーが身体に流れなくなる。消え去った。そう実感して再び基盤に手を入れる。札に触れた際、少し動いたように感じた。いけるぞ。札を摘まんで引っ張ると、基盤から離れた札が露わになる。目に入った物は、赤い字が透けて浮かぶ和紙だった。
「間違いない。呪符だ。あの女の……」
これに、これに藤子さんから頂いた儀礼の札を重ねて、解く儀式をすれば全てが終る。少し安堵したところで、折りたたまれた札を開く。鞄から遂に儀礼の札を取り出し、呪符に重ねた。
呪いが浄化するように祝詞を上げ、祈りを捧げていた、その時だ。
「うわっ!」
唐突に激しい頭痛が襲ってきた。さらに、まるで地鳴りでもしているような耳鳴りが鼓膜に響く。あまりの痛みと音に、膝が崩れ落ちる。
「明才地さん!?」
何が起きている? 深く息を吐いて、呼吸を整えた。薄っすらと霞んで見えるギャグラーコーナーの奥に、人の姿が見える。赤い模様の服? いや、違う。あれは血だ。半袖の白地のワンピースに鮮血が滲んでいる。間違いない。あの女性の霊だ。
儀礼の札によって、呪符から彼女の魂が解き放たれたのだろう。呪いの元凶である彼女を浄霊すれば、呪いの連鎖を絶てるはず。内心に呟いていると、こちらへゆっくりと近づいてくる。同時に、脳内で彼女の声が木霊して聞こえた。
――ご……い。
「貴女は、竹中さんに、依頼されていた方ですね?」
頭痛に耐えながら、声を絞り出して彼女に問いかける。
――ごめんなさい。
とにかく彼女の声に寄り添って、浄霊を試みる。
「大丈夫。今まで苦しかったね。全部、オレに言ってごらん。どうして謝っているの?」
――彼に、謝りたい。
「彼? 彼って誰のこと?」
――その人。あなたの鞄に入っている、イラストの人。
どういうことだ!? 彼女と緑川さんは知り合い? だとしたら。まさか、この女性が想い慕っていた相手が、緑川さんだったというのか! ということは、彼女はマリーナのトイレで自殺を?
「なっ、なっ、なんなんだ、あれは!」
「店長! 一つ教えてくれ。この店で昔、自殺した女性がいなかったか?」
彼の驚きを含む声が背後から飛ぶ。
「明才地さん! いまはそれどころじゃ!」
「教えてくれ。彼女を浄化させるのに必要なんだ。この店で自殺した人は?」
「えっ!? いやっ、そんな人はいない。この店は、まだグランドオープンして、2か月しか経っていない」
「その昔はどうだ? このDSGマリーナができる前は、別のパチ屋だったはずだ。店長は知らないのか。前の店の名前を」
「前の店は確かキーズという名前だったはず」
キーズ。そして、彼女の自殺した店名が――keys。この時、脳裏に緑川さんの走り書きされたメモがよぎった。
――綾。もうやめてくれ。
まさか。
「もしかして、貴女は、綾さん?」
――はい。
頭の中でガラスの割れる音がした。オレは、ずっと勘違いをしていたんだ。緑川さんがメモに書き残した綾という人物は、クレーマーの綾部さんじゃない。この女性が綾さんだったんだ。
同一人物だと思い込んでいたから、中武氏が事故で骨折した場所も、彼女から相談を受けた場所も、ずっと青森県だと――思い込んでいた。
でも、実際は違う。彼女はkeysのトイレで自殺した。緑川さんにフラれた失恋によって。けれど、成仏できない綾さんをマリーナで見た緑川さんは、彼女から逃れる為に失踪した。
そうなると、緑川さんを海に引きずり込み、溺死させた人物は彼女だ。信じられない! 呪符に彼女の魂が籠っていたのなら、普通は身動きできないはずだ。考えられるのは、類魂分裂。想念で仮の綾さんを作り出し、身動きを自由にしていたとしか。でも、そんな現象は極めて稀だ。あまりに危険な霊体でも、相当な想念でないと起きない現象だ。下手すると、オレの命の保証はない。死ぬこともあり得る。嗚呼、なんてことだ。それだけ、綾さんは危険な霊と化している! 慎重に彼女と会話を試みて、浄霊を続けた。
「どうして彼を殺したの? フラれた事を恨んでいたから?」
ふらつく足取りで彼女は歩く。遂にオレの目の前まで近づいてきた。生気のない青白い顔だ。近くで見合わせると、悲しい瞳を宿していることに気付く。
――死んでも彼を諦めきれなかった。私を見てほしくて、気付いてほしくて、手をかけてしまった。本当に、彼に、申し訳ない。
彼女の謝る言葉の意味を知り、オレは愕然とした。つまり、裏を返せば、寂しい。ただそれだけだった。自分の側に愛しい人がいてほしいから、殺したのだと。
「綾さん。あなた、その為だけに彼を殺したの? 寂しさから中武さんまで殺したのか?」
――中武さんは私と緑川さんの間に入って、邪魔になった。無理やり引き離そうとしてきたから。けれど、中武さんが死んで、邪魔者がいなくなったけれど、緑川さんの気持ちは変わらなかった。彼はずっと、付き合っている彼女が大事だって言うの。
あまりに身勝手な理由に、何とも言えない怒りが込み上げてくる。しかし、今、必要なのは彼女を浄化させることだ。
「貴女のしたことは、酷薄で身勝手な行為だ。緑川さんにフラれたことで自殺し、挙句の果てには彼を海に引きずり込んだ。亡き者にしても結ばれないことに気付き、貴女は後悔している。しかし、それは、決して許されることじゃない」
オレの言葉に彼女は顔を両手で覆い、泣き崩れた。
「今、貴女が一番にすべきことは、あちらの世界へ帰ること。そして、しっかりと自身の行いを反省して浄化に務めること。それが緑川さんや、貴女自身の罪穢れを浄めることに繋がるから」
徐に彼女は頷く。自身の犯した罪を反省して、霊界に帰ってほしい。祈りに専心して、浄霊を行う。大祓い祝詞。九字切り。そうした浄霊中にも関わらず、彼女は様々な映像をオレに見せてきた。
緑川さんとの出会いから、友達に至るまで。そして、夕陽の映える砂辺で告白したところ。忘れることのできない場所で彼を殺したかった。緑川さんが海で亡くなったのは、彼女に引き寄せられたからだ。
生前の緑川さんは、クレーマーを恨んでいた。彼の負のエナジーと、自殺した彼女の負のエナジーが波長を呼び、こうした呪いの連鎖を生み出したんだ。四所山さんを始め、皆は彼女らの愛憎劇に巻き込まれてしまったのだと悟った。
祈りを捧げた末、彼女の魂は負のエナジーから解き放たれ、ようやく霊界に帰っていく。御霊が清まる最中、緑川さんの魂や中武氏の魂も集まったのを感じた。各々が赦し合えたのだ。でなければ、あんな明るく心地よいエナジーを感じることはないだろう。きっと、全ての御霊が浄化されたはず。これで、全てが終わった。ようやく、この呪いは終わったんだ。ようやく……。
彼女達の霊魂を見届け終えた時、店長の焦る声が聞こえる。
「明才地さん、どうですか? あの女性の姿が見えなくなってから、暫く経ちましたが」
「ああっ、店長。すみません。彼女の魂は無事に霊界に帰りました。これで、呪いは解決したはずです」
「えっ! 本当ですか」
呆気に取られた表情でオレを見つめていた。無理もない。常人からしてみれば、気が付けば終わっていた感覚なのだから。
「明才地さん、ありがとうございました。本当に、なんとお礼を申し上げればよいか」
「いえ。彼女達が救われたのであれば、それでいいですから」
清々しい気持ちが胸いっぱいに広がり、自然と笑みが零れる。深く息を吐いてから、スマホを取り出す。画面を見遣ると、時刻は午前9時。えっ、9時!
気が付くと、店内で流れるBGMは大音量だった。なんてことだ。開店時間を迎えてしまうとは。そう驚いていると、奥の通路から台確保券を手にする女性が見えた。下敷きほどの大きさの券を手にしながら近づいてくる。
白いブラウスに青いジレ。丈が太ももくらいの赤いスカートを彼女は履いていた。短いツインテールに、ハットの形の髪留め。間違いない。真凛ちゃんだ。
オレと目が合った彼女は、驚きながらのけ反った。恐らく444番台を狙いに来たのだろう。明日で撤去されるから。真凛ちゃんの戸惑い顔を眺めていると、彼女はオレの名を呼んだ。
「めっ、明才地さん」
「真凛ちゃんだね。色々と葛城さんから事情は聞いたかな?」
「はい。今まで本当に、すみませんでした」
深く頭を下げて、オレに謝辞を述べてきた。
「よしてくれ。分かってくれればいいんだよ。それより、真凛ちゃん。444番台だが、もう大丈夫だ。呪いは浄化された」
言下、彼女は「えっ?」と首を傾げる。ちょうど、タイミングよく他の客がギャグラーコーナーに雪崩れ込んできた。真凛ちゃんの手にする台確保券を取り上げ、444番台の受け皿に置く。
「明才地さん!? あの、あたし、実は」
店長に聞かれないように彼女の顔に近づき、小声で会話する。
「ふふ。心配するな。オレも高校時代から打っていて、気持ちは分かる。だから安心しろ」
「そうなんですか!? それなら、よかったー」
「それより、実はさっき店長さんに台を解放してもらった際、バレないように設定をチラ見したら、6だった。前は設定1だと言ってたんだが、今日で撤去するから6に変更したんだと思う」
「本当ですか! それなら、打とう! 明才地さん、ありがとうございます」
真凛ちゃんは驚喜しながら席に座る。後姿から彼女のスロットを打てるという嬉しさや楽しさが、伝わってきた。つい頬が緩む。
やっと全てが終わった。目を閉じると葛城さんや四所山さんの笑顔が浮かぶ。と同時に身体全体に得も言えない疲労に包まれる。よし、事務所で仮眠でも取ろう。
真凛ちゃんのスロットを打つ姿を見届けてから、店長と事務所に移動した。そこで彼は「本当にありがとうございました」と丁寧に深く頭を下げる。店長から感謝の言葉を頂き、嬉しくなりオレも深々とお辞儀した。
「とんでもないことです。恐らく、緑川さんの夢を見ることも、これでなくなるはずです。彼も彼女と一緒に霊界に帰られたはずですから」
「明才地さんがいなかったら、この問題は解決できなかったと思います」
「何はともあれ、呪いが解決できて良かったです。今度は、スピリチュアリストではなく、ギャグラーとして遊びに来ますね」
洒落を利かせて彼に言うと、元気そうに店長は笑ってくれた。明るさを取り戻してくれて、本当に何よりだ。
事務所で彼と別れて、小町の眠る駐車場まで向かう。戸外に繋がる扉を開けて、外に出る。すると、久しぶりの光景。
「おおっ。清々しいほどの青空だ」
奇しくも、いや、必然だろう。小雨の降りしきる天候から、今のオレの胸中と同じくらいに、心地よい空が広がっていた。雲一つない、快晴だ。
ずっと降り続いていたあの雨は、きっと綾さんのメッセージだったんだと思う。降りしきる雨は彼女から噴き出る血を暗示していた。
綾さんは苦しみながら亡くなったが、緑川さんと一緒になりたいと願う気持ちは抱いたまま。それで死後、彼を殺めて一緒になろうと実行した。しかし、緑川さんの気持ちは変わらず、後悔の日々に苛まれて苦しみ続ける。
自身の行いを悔やみ続けた綾さんは、浄化を求めて雨を振らせたり、呪いを起こしたりして存在に気付いてほしかった。それが増長し、気づけば自分でも知らぬ間に魂を呪詛に宿して、一種の地縛霊のようになっていたのだろう。全ては彼女の気付いほしい。助けてほしい。償いたいといったメッセージだったのだと。
「よし。葛城さんと四所山さんに、吉報を伝えないとな」
小町には申し訳ないけれど、もう少し車の中で待ってもらおう。




