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操Side「真実の向こう側」

小町の言葉に甘えて、青森行き便の手配を依頼している最中だった。普段は、おっとりとしている彼女が、この時ばかり声を荒げている。「ちょっとどういうことよ!」「それじゃ、それしかないの!」といった具合だ。コーヒーを一口啜ったところで、小町に憤慨する理由を尋ねた。

「それがさー。今、どこの便も予約でいっぱいらしいんだよ。夏休みによる帰省ラッシュだとかで。普通、お盆にさ、実家へ帰るから人で込むのに、なんでこんな時ばっか」

「働き方改革による影響かもな。それはそうと、まいったな。新幹線による夜行列車は、ダメなのか?」

「残念なことに、青森行きのトンネルが、土砂崩れで工事に入っているみたい。ずっと続いた雨のせいらしいけれど。だから、今すぐ行ける青森行きの汽車がないらしいの」

 なるほど。小町が声を荒げたのも、分からなくはない。とはいえ、社員さん達が悪いわけではないのだから、そんな言い方しなくても、と内心思ったが。

「それでねー。飛行機のチケットは明後日でないと無理。新幹線は絶望的な状態でしょう。操ちゃん、ここから自分の出番だよ。あの軽四で行こう。青森まで」

「正気か! 小町」

 信じられない提案だった。小町が軽四で高玉から青森まで運転するとなると、どれほどの時間と距離になるんだ。流石に申し訳なくて、そんな負担を背負わせたくない。必死に断った。

「遠慮しなくていいよ、操ちゃん。距離について調べたら、片道9時間らしいけれど、途中で休憩挟みながら運転すればいいだけだから」

「しかし、ガソリン代や小町の身体に負担をかけさせるし……」

「もう、操ちゃん。だって、あと2日しかないんだよ! 明後日の飛行機じゃ間に合わないし、他にどうやって青森まで行くの? 歩くの? ぷっ、無理だよ。むりむり」

 良い意味で、小町は傲慢な態度で否定する。おちゃらけた様子から一変して、薄く笑う。

「操ちゃん、一緒に行こう。自分も、操ちゃんや皆の為にも、呪いを解決させたいからさ」

 申し訳ない。彼女の度量の広さに、頭が下がりっぱなしだ。

「そんな、いいって、いいって。面を上げい。でも、そうだな。一つだけ条件」

「小町殿、なんなりと」

「えへっ、このランチのお金、奢って」

 全く、本当に頭が下がるよ。


 小町のランチ代と一緒に支払いを済ませてから、戸外に出る。雨で歩道が煙っていた。空を見上げると、白い雲が漂い、青空の切れ目が一つもない。もう、随分と爽やかな空を見ていないな。そう情緒に耽っていると、背後から小町の「操ちゃん、行くよ!」と快活な声音が聞こえた。急いで、彼女の側まで走り寄り、駐車場まで向かう。

 白い車体に飛び乗り、ドアを閉めた。これから長い旅が始まる。そして、問題を終わらせる幕引きが近づいているのだ。意を決していると、小町の笑い声が聞こえた。

「なに、そんな怖い顔してるのよー。大丈夫だって。それじゃ、いこーう」

 エンジン音が唸り、車は青森行きへ発進する。時刻は18時。今から到着時間を逆算すると、27時だから、丑三つ時か。だが、動かなければ、何も始まらない。不安を表出させないように、オレは外の景色に意識を向けた。

 時刻が18時半を過ぎたところで、いきなりスマホが鳴り響く。手に取り、画面を見ると、葛城さんの名が表示されていた。

「はい、操です」

『先生! こんばんは。玲です!』

 この娘は小町とは違う、快活さがある。まあ、オレに対する恋慕からだろうが……。辟易とした様子を微塵にも出さないように、平生とした態度で接する。

「葛城さん、どうしましたか?」

『あー。いやっ、先生の声が聴きたくて、きゃは』

 彼女の発言に軽く笑って、その場をしのぐ。何気に小町の表情を窺うと、不機嫌そうな面持ちだった。葛城さんの、この性分を好ましく思っていないのだろうか。まあ、オレも好きじゃない。

『あっ、それで、先生。父の入院している部屋ですね。別の方が入院されてきたんですよ。しかも、父と同じく、あの444番台を打っていた方なんです』

「ああ、その件なら承知している。パチスロライターのマリリンさんだろう。ネットニュースで見知ったからな。でも、まさか同じ部屋とは」

『それだけじゃないんですよ。実は、私もびっくりしたんですが。そのマリリンさんの娘さんが、私の同級生の真凛ちゃんだったんですよ! こんなこと、あるんですね』

 誰だよ。と内心ツッコミを入れたが、彼女の次の言葉に、耳を疑った。

『いやー、あの帽子の髪飾り付けていたし、まさかと思ったんですが。とんでもない偶然ですね。あっ、すみません。スピリチュアルの世界では、偶然はありませんでしたね。すべては必然。先生の前で、失言でした。ごめんなさーい』

 髪飾り? 普通の髪飾りなら「あの」と代名詞は付けないはず。しかも、帽子の髪飾りだと言っていた。まさか。

「葛城さん、まさか、その帽子の髪飾りってカジノガールの被るような形の」

『そうです、そうです! 紅白の帽子です。えっ、先生、真凛ちゃん知っているんですか? それとも霊視で分かったんですか? 私、混乱しています』

 オレまで混乱している。そんな、マリリンさんの娘さんが、あの娘だったのか。444番台の呪い解決と関係ない情報だが、計り知れない衝撃を受けた。

「葛城さん、すまない。実は今、呪いを解くために青森に向かっているんだ。その話は、また後日、聞かせてくれ」

『分かりました! それじゃ、真凛ちゃんにも伝えておきますね』

 一瞬、胸がときめく。そうか、あの真凛ちゃんと、しっかり話ができるのか。いかんいかん。何を考えているんだ。そう理性を優先させようとしても、つい顔が、にやけてしまう。うん? 待てよ。葛城さんと真凛ちゃんが同級生ということは、彼女は未成年か。なるほど。マリーナで初めて対面した際、二人とも相当な周章ぶりだったが、あれはそういうことか。まあ、オレも高校時代に打ちに行っていたことがあったからな。ここは看過しておこう。

緩慢する頬を手で押さえながら、小町を横目に見ると、両頬を膨らませてハンドルを握っている。気付くと、円山市の高速インターチェンジの前に差し掛かっていた。ETC専用のゲートの前まで徐行し、そのまま高速道を走る。

『それじゃあ、先生。真凛ちゃんにも、先生が頑張っていることを伝えておきますので、どうか最後までお願いします!』

「わっ、分かった。ご連絡ありがとう」

 切電して、再び小町を見ると、かなりご機嫌斜めの様子だ。しかめっ面のまま、加速し続けている。速度は100キロを出していた。

「あっ、あの小町、さん」

 無言のまま、なんと彼女はギアをセカンドに切り替える。一気にスピードが増し、120まで針は振り切っていた。背中が座席に張り付き、恐怖心が全身を支配する。

「おい、小町! なにをそんなに怒ってるんだ」

「ふんっ。なにさ。デレデレしちゃって」

 おいおい。やっぱり顔に出ていたのか。

「操ちゃん、なに。そのマリンって娘が好きなの? その名前が出た瞬間、鼻の下伸ばしてたけど」

「いっ、いや。そんなんじゃないけど……。一体、何に怒っているんだ。教えてくれ」

「自分の胸に手を当てて、聞いてみれば。その薄いおっぱいに!」

 なんてことだ。車内は一気に険悪なムードに変わってしまった。小町が不機嫌な理由。なんだ? 小町は真凛と面識がない。どうもオレの対応に怒っているらしい。プロ意識が足りないという暗示なのだろうか。分からない。

「小町、すまない。本当に、申し訳ない。ここまでしてくれているのに」

「当たり前じゃない。でなかったら、好きで、ここまでしていないよ」

 どういう意味だ。呪いを解決させたくて好きで同行しているという認識なのだろうが。いやっ、それなら、なぜ怒りを露わにするのだ。ダメだ。考えれば、考えるほど、堂々巡りに陥る。この件は、呪いが解決したら、また別に考えれば良いだろう。

「あのさ、操ちゃん」

 正面を向いたまま、小町は質問を投げかけてきた。

「自分のこと、どう思っている」

 どっちの意味だ。何せ小町の一人称が自分だから、オレのことなのか小町のことなのか分からない。多分、この場合「わたしのこと、どう思っている?」という意味だろう。

「どうって。大事なパートナーだと思っているよ」

「うーん。じゃあ、好きか嫌いかで言ったら?」

 なんちゅう質問をしているんだ。その意図が汲めないが、とりあえず。

「それなら、もちろん。好きだ。小町のことは大好きだよ」

「好きでなく、大好きか。まあ、いいでしょう」

 そう言って、彼女は笑みをたたえた。どこか嬉し気な、純粋な笑顔だ。うーん。まさか、まさかと思うが、小町まで葛城さんと同じ気持ちなのでは。いや、それはあるまい。

 1時間が過ぎた頃。小町は車を蓮台寺(れんだいじ)PAで駐車させた。下車して、パーキングの建屋内に入る。なんとなく目についた、軽食コーナーでフランクフルトを二本、購入した。店先で待つ彼女に串を手渡し、一緒に並んで食べる。ふと、まだ道のりは遠いのだと悟った。

 それでも、隣で小町はニコニコと笑みを絶やさず、話しかけてくれる。どこか、この旅を楽しんでいるようにも感じた。もしオレ一人で、青森に向かっていたら、どれだけ心細かっただろう。むしろ交通機関がないから、小町無しでは、ここまで来られなかった。解決まで、進んでいなかっただろう。小町に感謝の念が絶えることはない。本当に、ありがとう。

 再び車に乗り込み、蓮台寺PAを後にする。もし、免許を持っていれば、交代で運転してやれたのに。そんな後ろめたさを感じる。次第に夜道と化し、小町がヘッドライトを灯す。光の中で雨粒が映し出された。流石に、高速とはいえ、猛スピードで走り抜けることは危険だ。スリップするかもしれないし、視界不良で事故が起きるかもしれない。青森に到着する時間が、紛れもなく伸びていく。

 車は米山SAに到着した。時刻は20時手前。エネオスのスタンドでガソリンを補給し、駐車場に停める。近場にスタバがあったので、そこで一服。

 小町と雑談をしながらキャラメルマキアートを飲む。が、青森に近づく度に不安が募る。果たして、中武氏は本当にいるのだろうか。もし彼がいないとなれば、この旅路の果てにあるのは、望まない新台入替となる。これは、スロットとは違う別の賭けだ。中武はいると信じて、青森に向かうしかない。それしか、道はないのだ。

「操ちゃーん。このチョコチップも美味しいよ。一口飲んでみて?」

 この天使を巻き込んだ以上、意地でも解決させるしかない。もう一日。明日ですべてが決まる。明日で。

 刈羽PAを過ぎて大積PAでトイレ休憩。次の黒埼PAまで距離は約52キロあるので、催すと一大事となる。トイレを済ませて外に出れば、辺りは闇に染まっていた。嫌な感じを抱きつつ、軽四に乗り込む。

小町の車が走っている高速は、北陸自動車道で、青森は上り方面だ。この高速の特徴としては、東京方面に向かうことを本来上りというが、東京に近い新潟方面に向かうことを下りという。そんな違いを車内で小町と話していたが、不満というか問題がある。それは、この高速道は、山の中に設けられているということだ。その為、視界が、かなり悪い。ヘッドライトを灯して走っても、半分は暗夜の中を走っている。また、野生動物である鹿や猪が現前して、目の前を横切る可能性まであった。もし、それで車が大破すれば青森行きは中止となる。下手すれば、ガードレールを突き破って、崖から落車する恐れだって否めない。だから、ここから先は慎重に走行しなければ。

そんなことを運転する小町に話したが「操ちゃん、心配性だなー。あははっ」と笑い飛ばされ、一蹴される。いや、これは笑い事ではない。現に、何人か見えている。岸に立つ4人連れの家族や、路傍で蹲る作業服を着た男性。みんあ、事故か何かで亡くなった方ばかりだ。つまり、この先、事故が起こりやすいという暗示を示している。

「小町、急がなくていいぞ。安全運転で頼む」

「分かってるよ。自分も、こんなジグザグなところ、怖くて飛ばせないから」


 さらに二時間が経過して、黒埼PAに到着した。山道を走っていた際は対向車と、すれ違う事さえなかったから、人のいる安心感が非常にありがたい。今のところ特段、険しい道路や野生動物と逢着していないのが、何よりの幸いだ。

現在、駐車している黒埼PAは新潟市西区にあり、街中に近い場所に立地されている。現在地からグーグルマップで高速道を確認してみると、山形県と新潟県の境目の近く、村上市までは街に沿った道路になる。

けれども、県境を過ぎると、再び山中のドライブになってしまう。このまま夜道の高速を走るなんて行為は、実に危ない。まして、到着予定時刻は丑三つ時。未練を持つ浮遊霊や、低級霊と遭遇する可能性や、それらに憑依された暴漢に襲われる危険性も十分ある。だから、人目の付く明け方に青森に向かうべきだ。

「よーし、操ちゃん、出発するよ」

 いや、やはり危険だ。小町を説得しよう。

「待ってくれ小町。今、高速を走るのは止めよう」

「えっ、なんで?」

 オレは彼女に理由を話した。山道や霊的事情などを伝えると、嫌な顔をせず「確かに」と首肯したらしく、頷いてから下顎に指を当てている。

「何かあったら怖いもんね。女の子二人じゃ、襲われたら抵抗できないよー。うーん。それじゃあ、どうする?」

「実は、このPAの近くにホテルがあるんだ。『ホテルディアモント』ってところなんだけど。車だと8キロくらいで着く。ここに電話して泊まれるか確認してみようと思う」

「オッケー。多分いけそうじゃない? ビジネスホテルなら家族連れも少ないだろうから、泊りやすいかも。それじゃあ、電話してみて」

 小町の了承を得たところで、ホテルに架電した。フロントマンが対応してくれて、宿泊の件を伝える。すると、ツインルームが一部屋空いているとのことで、直ぐに予約を入れて部屋を押さえてもらう。切電後、小町にホテルディアモントに向かうよう指示した。

 グーグルマップの案内に従い、車を走らせる。しばらくして、巨大な建物が見えて、一目でホテルだと気付いた。最上部には、ホテルのシンボルマークであろう5つ葉と、DIASMONTと書かれた文字が発光している。その敷地内に進入し、なんとか空車スペースに駐車した。

車から降りてフロントロビーに向かう。正面口を抜けて中に入ると、大理石の床が広がり、綺麗な内装に圧巻される。

受付前に赤いソファが置かれていて、そこに小町は腰かけた。彼女を横目に若いホテルマンの佇むフロントへ向かう。彼に「事前に電話で予約した明才地です」と伝えると、お待ちしておりましたとチェックインに入る。

手続きを済ませると、ホテルマンから部屋のルームキーを渡された。番号は、441号室。なんとなく444番台を思い出したが、まあ覚えやすくて良いかもしれない。

次に館内説明を受けた。チェックアウトは11時まで、食べ放題の朝食は明日7時から始まり、大浴場もあるらしい。突然「大浴場!」と小町の喜々とした声音が耳に入った。どうも、盗み聴きしていたらしい。そういえば、この案件を受けてからシャワーしか浴びていないな。ゆっくりと湯船に浸かって、英気を養うのも悪くなかろう。

チェックインを完了させ、後ろを振り向くと、小町がご機嫌な様子で立ち上がった。ロビー内に設けられたエレベーターの前まで歩き、上昇ボタンを押す。扉が開き、中に入って4階まで向かう。目的の階に到着し、ドアが開くと、そこにはゴミ一つ落ちていない綺麗な通路が現前した。感動しながら真っすぐ歩き、突き当りへ行きつくと、泊る部屋に到着する。

 ルームキーで解錠して、入室した。靴を脱いで奥に進むと、綺麗な白い壁の部屋で、ベッドや机やイスが整った状態で置かれている。我ながら宿泊して正解だったと思う。

「わーっ! 凄い! キレイなお部屋」

 そういって小町はベッドにダイブした。足をばたつかせ、水の張っていないプールで泳ぐ。彼女の姿を一瞥してから、壁に掛かるテレビの前に移動した。下に貴重品を入れる金庫があるので、そこに二人分のバッグを入れる。緊張の糸がほぐれたからか、疲れが一気に襲ってきた。

「小町、長い運転をありがとう。ゆっくり休もう」

 労いの言葉を彼女に伝えて、もう一つのベッドに腰かける。枕に顔を埋める小町は、顔をオレに向けて「ぜんぜーん」と子供みたいに笑った。その天使のような無垢な笑顔に、不覚にも胸が、ときめく。可愛い。

「よし! 小町、それじゃあ、温泉に行こう。旅の疲れを落とそうか」

「温泉! 大浴場! いいねー。早く行こう」

 うつ伏せの身体を素早く起こす。よっぽど、お風呂好きなんだなと微笑ましく思う。そういえば、小町と裸の付き合いをしたことはなかったな。なんだろう。変に緊張してきたぞ。

 それから、彼女と温泉に浸かり他愛のない話を交えていた。ミストサウナにも入り、じんわりと汗を流す。誰かと入る温泉というのは、とても心地よかった。が、その反面、オレの獣欲が疼き始める。

もう小町が探偵衣装を次々脱いで、見たことのない白い背中を露わにした時は、気がどうかしそうだった。また、この時間帯だからか客の数は少なく、ほぼ貸し切り状態だった。湯船に浸かって照明に反射する肩が、たまらなくセクシーだ。一瞬だけ、このまま勢いで、とも思ってしまった。が、それは倫理に反するので何かしら因果応報として返ってくる。スピリチュアルの世界で言えば「因果の法則」だ。我慢だ、我慢と自分に言い聞かせていた。

そして、歯を磨いて、ホテルで支給される半袖半ズボンの寝間着に着替える。小町に、おやすみと告げて消灯した。真っ暗にせず、部屋の四隅に電球色のランプを付けたが、なんとなく雰囲気がいやらしい。まあ、ここまでは良い。だが、なんで小町がオレの布団に入ってくるんだ。さっきダイブしたベッドで寝ろよ。オレが女豹になってもいいのか!?

「こっ、小町。あのさ、じっ、自分のベッドで寝ろよ」

 この左腕に両腕を絡めて、青い果実を押し付ける彼女に、ベッドへ行くよう催促する。正直、重なる肌の質感が、たまらない。

「えーっ、いいじゃん。今は、こうしていようよー」

 可愛い。えっ? 嗚呼、まずい。小町は大事なビジネスパートナーだ。それが、今は一人の女性として見てしまっている。あの真凛ちゃんより、心が、この天使に傾いていた。気候の暑さからくる汗に混じって、変な汗が噴き出ている。

「こっ、小町。あっ、あのさ」

 ええい、このまま言ってしまえ。

「もしかして、オレのこと、すっ、好き……」

 言い切る前に、左耳から彼女の細い息が入ってきた。首を横に向けると、子供みたいな寝顔でいる。寝息を立てているから、きっと、もう夢の世界に入っていよう。運転、任せっきりだったからな。

 最高潮に到達していた興奮が、穏やかに落ち着き始め、オレは彼女の頭に手を置いた。

「運転ごめんな。小町、ありがとう」

 愛しい我が子に触れるような感じで、頭を優しく撫でる。そして、オレも瞼を閉じて、眠りについた。


 翌朝を迎えて、腕に絡まる小町を、オレは起こさないようにベッドから抜ける。カーテンに向かうまでの間、ほとんど眠れなかったので、あくびを一つした。本当に一線を超えるかもしれないと思ったが、完全な杞憂である。しかし、最高の時間だった。あんな可愛い寝顔を間近で見られたのだから。そう満足な気持ちで、カーテンに手をかけて、朝日を全身に浴びた。

 その後、小町の身体を軽く揺すって、現実世界に連れ戻す。寝ぼけ眼で「おはようー」と挨拶する彼女に朝風呂に入り行くことを伝えた。もちろん小町も「行きたい!」と開眼して、一緒に部屋を出る。浴場の暖簾をくぐり、脱衣場で脱いでから温泉に向かう。横に並んで入浴するが、オレの体温で湯船が沸騰するんじゃないかと思うほど、小町の裸で身体が熱くなった。

入浴後。いかんいかんと頭を切り替えて、食べ放題の朝食バイキングに向かって、朝餉を済ませる。ここでの、小町の食べっぷりは凄かった。和洋中とある料理を、少量だが全ての一品を皿に取って、完食したのだ。悪く言えば、食い意地が凄い。というか、その華奢な身体で、どうしてあれだけの量が納まるのだろう。というより、食べ過ぎから彼女の下腹部は膨らみ「お腹いっぱいだー」と言って、その腹を撫でる。まるで妊婦さんみたいだ。いかん! しっかりしろオレ。

 私服に着替えてから部屋を片付けて、退室する。エレベーターを経由しフロントまで歩き、チェックアウトの手続きを行う。フロントロビーの壁時計は7時を指していた。良い時間帯だ。楽しい一時が終わり、これから青森まで向かうと思うと、気合が入る。もう、タイムリミットは今日しかない。何が何でも、青森に向かい、儀礼の札を手に入れて見せる。

 陽射しの差し込む駐車場まで歩き、車に乗り込む。彼女も気合が入っているらしく、凛々しい顔をしていた。たまらず「小町」と呼びかける。

「必ず、今日で解決まで導こう。だから、最後までよろしく頼む」

「もうっ、固いって操ちゃん。自分が好きでついて来たんだから、当たり前じゃない」

 お互いの気持ちを確認した。同じだと分かったところで、小町が車を走らせる。直ぐに黒埼PAに到着し、山形県に続く本線を駆けた。


途中で何度かPAに寄ったが、高玉市から出発して、ようやく青森中央ICに到着する。恐らく黒埼PAから8時間で着いたと思う。車は本線を下りて、市街を走り、近場のコンビニに駐車した。

ここまで運転してきた彼女は、すっかりと疲弊した様子で、ハンドルに凭れている。気の毒に思い、店に入って健康ドリンクを購入し、小町に手渡した。カラ元気のまま「ありがとう」と言って、ぎこちない笑顔でリポビタンを飲み干す。

「小町、すまない。疲れているのなら、少し休もう」

「ダメだよ。もう午後2時を過ぎてるんだよ。マズいって。はやく、その中武さんのところに向かわないと、マリーナまで間に合わなくなる」

 彼女の言う通り、時間の猶予はない。心苦しいが「分かった」と伝える。小町は運転を再開し、車はコンビニから離れた。中武の住所まで、休憩なしで向かうことにしたのだ。

 青森中央ICの本線を再度走り、下北半島縦貫道路を抜け、279号線まで出る。道の駅よこはま。そこを抜けた。ICから走り続けて2時間。遂に、ここが青森県むつ市。中武がいる街だ。

 奴の住処は、山麓の近くという。その麓というのが、日本三大霊山の一つ、恐山の界隈だ。中武が山麓に自宅を構えた、その理由が、今なら分かる。この恐山の道を走るにつれて、凄まじいエナジーを全身で感じるからだ。魂が震えるような、神のエネルギー。スピリチュアリストになって、初めて得る感覚だった。しかし、その反面、神の御光を求めて未浄化霊が集いやすい山でもある。

周りは樹木に囲まれ、広がる緑葉によって陽の光が当たらない。辺りは油蝉の合唱が木霊するばかり。グーグルマップのいう通りでは、この山道を直進すれば中武の家にたどり着く。細い道で、塗装がされていない砂利道だ。その狭小ぶりは恐ろしく、対向車が来たら道を譲れる状態ではない。一方通行の幅道だ。

「小町、頑張れ。あと少し。一キロもないはずだ。もう少しだから」

「うん……。うっ」

 突然、小町が急ブレーキを踏む。

「どうしたんだ、小町!」

 そのままハンドルに身体を預け、微動だにしなくなる。彼女の丸まった背中に触れようとした瞬間、忽如として負のエナジーが襲った。瞬時に、背後から窓を叩く音がして、後ろを振り返る。窓には、夥しいほどの無数の手垢。大小、大きさは様々だ。そして、車体が大きく揺れ、ボディを叩く鈍い音が響く。間違いない。オレ達は囲まれたんだ。救いを求める未浄化霊達に。

 助手席側の窓ガラスに張り付く手跡の間から、林の奥を見遣る。道中、夜中に目撃した家族連れの霊が、草むらに立ちすくんでいた。ふと前方から他のエナジーを感じる。直ぐにフロントガラスへ目を向けた、その瞬間、即座に息を詰まらせた。

 そこには、全身ずぶ濡れでこちらを睨む――緑川さんの姿が。その隣には……。

「そんな、そんな……」

 見間違えるはずは、ない。オレが話したかった中武氏が、隣にいた。

「どういうことだ。なんで、緑川さんも中武も、亡くなって……」

 僅かに残る理性で、自分を持ちこたえるのが、やっとだ。乱暴に車体を叩きつける音は一層と激しくなる。とてもじゃないが、一人で対処できる霊の数ではない。

「おい、小町! 逃げるぞ。車、出せ!」

蹲る背中を、何度も何度も揺するが、抜け殻のように静止している。

「嘘だろ。小町! しっかりしろ、小町!」

 恐らく憑依されているはず。人体で霊が出入りする脊髄の近くを押す。すると、小町は無言のまま身体を起こし、自身の手のひらを眺めた。

「大丈夫か、小町?」

 その言下、彼女は、自身で、自分の首を絞め始めたのだ!

「やめろ! 小町、しっかりしろ!」

 みるみるうちに小町の顔が青白くなり、土気色へ変化する。死に物狂いで彼女の手を掴んで、首元から離そうとした。でも、小町の力とは思えない強さで、引き剥がせない。

 このままじゃ、小町が死ぬ。その焦りと恐怖で、必死にできる限り、除霊を行っていた。その最中。

「くそっ! どうしたら、あっ! うわっ!」

 突如、身体がドア側に押しつけられた。目に見えない力で、強く押さえつけられ、身動きが取れない。とんでもない霊障が身にふりかかっている。と思った瞬間。

「小町、こまっ」

 信じられないことに、唐突に身体が水中にいる感覚となった。視界が霞んで見え、叫ぼうにも口の中が海水で満たされる。吐き出せない、抗えない、海の中にオレはいた。

容赦なく小町は自身の首元を締めているように見える。小町に近づいて手を引き剥がそうと身体を起こすが、あるはずのない水圧によって、思うように動けない。次第に意識が遠のき、始めていた。なるほど、分かった。これは緑川さんの最期だ。彼が濡れていたのは、海で亡くなったのだろう。だから、その最期をオレに伝えたくて、こんな幻覚を……。でも、このまま、じゃ、本当に死ぬ。オレも、小町も……。

「こまっ、ち」

 霞んでいたが、確かに分かる。絶望しきった顔だった。薄れていく意識の、中で、脳裏に走馬灯が浮かぶ。四所山さん、亡くなった方々、真凛ちゃん。嗚呼、小町、親父。みんな、ごめん……。


「大丈夫か! しっかりしろ、操!」

 誰だ。聞いたことある声。あれ? オレは――車内にいたはずでは。

 目を覚ますと、木造で作られた天井が視界に入った。眩しい。白く光る蛍光灯が見えて、どこかの住宅内なのだと悟る。オレは、生きているのか?

 横になっていた身体を起こして、周りを見回した。そこには。

「えっ、ええっ! 親父!? なんで、どうして」

 信じられない。白い短髪に、ふくよかな体躯。そして、茶色い和装を着た父らしき人物が目に入る。さらに、その隣で正座する黒スーツの男性は、絶対にそう。親父のマネージャーを務める江原さんだ。間違いない。本物の親父だ!

「操ちゃん、大丈夫?」

 親父の隣に小町が! 咄嗟にオレは「小町!」と、涙目の彼女を抱き寄せた。聞こえる心臓の鼓動も、耳にかかる息も、生きている証拠だ。腕の中で小町の体温を感じられて、嬉しかった。オレ達は、生きているんだ。

「小町、ごめん。オレ、何もしてやれなかった……。本当に、ごめんよ……」

あの時、彼女を未浄化霊から守ってやれなかったことが、申し訳なかった。自然と、目尻から涙が溢れ、声にならない声を漏らす。

 小町の細い肩と「操ちゃん」と呼ぶ声が、震えていた。彼女は、オレのことを本当に心配していたんだ。小町、本当にすまない。

 抱き合っている最中、親父の「あー」と伸ばす声が耳に入った。

「お二人とも、ごめん。ひとまず、、操。お前が大丈夫そうで良かった。心配したんだぞ」

 感動に浸っていたが、ここで理性的に脳が切り替わる。一旦、小町の身体を引き離し、親父に顔を向けた。

「ああ、ごめん。あっ、いや、違う。親父! 一体、何がどうなっているんだ。ここはどこなんだ。中武の家なのか? それに、何で親父が目の前にいるんだ?」

「落ち着け、操」

 オレの問いに父は膝を叩いて「実は」と理由を話し始める。

「ここはお前の言う通り、中武の家の中だ。で、なんで俺が居るのかというと、秋田で行われるスピリチュアリズムの前ノリで、昨日から来ているんだ。秋田にね。それで、リハーサルを進めていた時に昨日、、お前から連絡があって。話を聞いていると中武のことも気になって、今日の空いた時間、江原に運転してもらってここに来たんだ。彼と連絡がつかないから、こうなったら直接会って話そうかと」

「そうだったのか」

「そうしたら、どうしたことか! 家に近づくにつれて、頭は痛くなるし、吐き気も襲ってきた。これは只事じゃないと思って森を進んでいけば、遠目に白い車が見えて、室内で悶える女性二人が見えたんだ。それがお前達だった。これはマズいと思って助け船だそうと車を下りたら、周りには無数の未浄化霊達が遠巻きにいて、取り囲まれる。さらに、信じられないことに、その霊の集団の中に中武の姿も見えた」

 興奮気味に親父は、着物の裾から黄色いハンカチを取り出して、汗の拭きだす頭を拭く。手巾を手にしたまま、父は話を続けた。

「まさか中武が亡くなっているなんて思わなかったよ。だって、霊視しても事務所にいるエナジーしか感じなかったから、そこにいるものだと決めつけていたもんね。もう、パニックになりそうな状態で、浄霊をしたよ。あれには、いや、参った参った」

 なるほど。ということは前夜から親父は秋田県にいたのか。もし、親父が中武さんを案じて、ここに来てなかったら……。嗚呼、考えただけでも恐ろしい。オレ達は九死に一生を得たのか。

「親父。親父はオレ達の、命の恩人だ。忙しいの来てくれて、本当にありがとう」

 オレが父や江原さんに頭を下げると、小町も倣って首を垂れた。すると、親父は手を横に振って言葉を付け加える。

「いやいや。それより、操。お前に会わせたい人がいる」

「誰だ?」

 訝しんでいると、左の奥の襖から、若い女性の「失礼します」という澄んだ声が聞こえた。その声の方へ首を向けると、横に襖が移動し、正座をした和服姿の少女が顔を出す。

 赤い着物で、黒い短髪の女性だった。姿勢は鷹揚に構えていて、まるで茶道を嗜んでいそうな雰囲気が漂う、落ち着いた人物に映る。彼女に「貴女は?」と質問をぶつけた。女性は丁寧に一礼してから、薄い唇を開く。

「申し遅れました。わたくしは『中武藤子』と申します」

「中武藤子、さん。まっ、まさか」

 父を横目に窺うと、親父は黙って頷いた。彼女は翳りのある顔で、膝の上に手を重ねて頭を下げる。頭を擡げてから話を続けた。。

「さようでございます。わたくしは、中武二膳の娘です。実は、わたくしは全く霊感がないのですが、父の仕事の手伝いをしておりまして」

 この方が、中武氏の娘さん。思わず仰天して布団をはねのける。オレも正座して答礼した。

「失礼しました。お嬢様でしたか。私は明才地操と申します。そちらは探偵の小町です。この度は危ないところを助けて頂きまして、本当に、ありがとうございました。スピリチュアリストとして、申し訳ない所存です」

「いえ、操様のことは存じています」

「恐れ入ります。ただ、まさか、中武さんが亡くなっていたとは……。心中お察しします」

 藤子さんの弱々しい声音や、少し虚ろ気な瞳を見て、心が痛くなる。

恐らく中武氏が亡くなった日は、まだ浅い。しかも、未浄化霊として、この世に居残っていたのだ。きっと、彼は何か生前やり残したことがあるはず。成仏できないほどの大きな何かを。

 オレは藤子さんに、青森まで来た理由を話した。444番台の現状を伝え、その呪いを解きたいと告げる。すると、彼女は両手で口を覆い、驚きの表情を浮かべた。その後、悲しみを帯びた瞳を伏せて、唇を開く。

「まさか、そのような事態になっていたとは……。明才地さん。私は貴女に、その呪われたスロットの件で、伝えなければならない『真実』があります」

「藤子さん、それはどういうことですか?」

「まず明才地さんが霊視で見た、赤文字の札のことについてお話します。その霊視で見えた女性は、前に『父が相談に乗った女性』なんです」

 まさか、ここで中武氏と、あの女性との接点があったとは。その言葉に不意を突かれ、思わず生唾を呑む。藤子さんは詳細を話す。

「私は父の手元をしていたので、その相談内容をノートに控えたりしていました。それで、相談された内容ですが、好きな人ができたのでどうしたらよいかという恋愛相談でした」

「れっ、恋愛相談ですか」

 実は、こうした相談で来られるクライアントは少なくない。現にオレだって相談者から「片想いの相手がいるので成就するには、どうすればいいですか?」と相談されたことがある。しかしスピリチュアリストは魔法使いでも超能力者でもない。意中の相手と結ばれるかどうかは、その人の努力で決まる。オレ達に相談されても、どうしようもないのだ。この手の相談は、正直に言えば辟易する。

「優しかった父は話を聞いて、できるだけ対処していました。しかし、或る日その相談者から家に電話が掛かってきて、相手に振られたと泣きながら話していたそうです。相手はパチ屋の店員で、その同じ職場の方と付き合っていると言われたと。それであなたと付き合うことはできないと断られたそうです」

「なるほど。それで振られたショックからトイレで自殺した、ということですか?」

「その通りです。パチ屋で自殺したと地元ニュースで知りました。その後ですが、警察が一度ここに来まして、押収した札のことで父に相談していました。やはり血で書かれたもので、署内でも気味が悪いので、どうしたらよいかと。それで父が引き取ったのです」

 だから中武氏の元に、あの札が回ってきたということか。

「そうでしたか。しかし、藤子さん。一つ疑問があるのですが、なぜ中武さんは、その札を緑川さんに渡したのですか? 失恋から自殺した経緯を知っているのであれば、そんな危ない札を普通は渡したりしないはず」

 オレの問いに彼女は申し訳なさそうな表情のまま、伏し目になる。目の焦点をオレに向けず、畳を見つめて動機を話す。

「わたくしも、その点は重々理解しているつもりです。緑川さんが来られて、それから数日が経ってから札が無くなっていたことに気付きました。それで父に尋ねたら、彼に売り払ったと」

「なぜ、そんなことを……」

「恥ずかしながら、霊能力者として知名度を持たない為に、父はお金に困っていました。この家の外観を見てもらえば分かる通り、貧窮した生活を送っています。そこで、緑川さんから血塗られた札を30万で売ってほしいと言われたそうです。最初は父も断っていたそうですが、やはり人間です。大金に目がくらんだそうで」

 小町に視線を向けると、彼女は呆れた表情を浮かべていた。すぐに藤子さんの「すみません」と詫びる声が耳に入る。

「いえいえ、藤子さんのせいではありませんよ」

「明才地さん。実は、お渡ししたい物がありまして」

 そう言うと彼女は静かな挙措で立ち上がり、背を向けて視界から消えた。しばらくして、戻ってくると手許には、皺だらけの紙切れを数枚ほど持つ。

「まさかそれは、緑川さんの残した手帖の一部では」

「仰る通りです。あの札を購入してから数十日して、もう一度、彼が訪れました」

「もう一度、訪れた? その理由は何だったのですか?」

 オレの問いに藤子さんは「はい」と浮かない表情で答えた。

「札の呪いを解いてほしいと訪ねてきたのです。恨んでいた相手は亡くなったけれど、呪いは継続している。関係のない人まで死なせてしまい、助けてほしいと。それも、この紙に書かれています」

 恐る恐る手帖の断片を手にする。

「緑川さんには悪いと思ったのですが、メモの中を見させてもらいました。内容は呪いによる苦悩が綴られていました」

 霊視を行う前に、受け取った紙の中身を確認した。そこには、日付ごとに葛藤する緑川さんの心情が、殴り書きで吐露されている。


 七月二日。信じられないことに、あの綾部が心臓麻痺で死んだとニュースで知った。まさか、本当に、あの呪いの札のせいだとしたら。違う。俺のせいじゃない。ただの偶然だ。俺のせいじゃない。

 七月三日。常連から、444番台を打った知り合いが怪我をしたと聞いた。ただの偶然だろう。きっと。そう信じている。

 七月四日。一昨日、444番台を打っていた客が死んだと、別の常連から教えられた。あり得ない。あり得ない。

 七月五日。連日、444番台を打った客が、何かしら怪我をしたり交通事故に遭ったりしているとネットで噂になっていることを知った。俺が札を貼りだしてから一週間。その間に怪我をした人物が五名。死者二名いる。流石に、偶然なんかじゃない。俺のせいだ。

 信じられない。あんな出方をしているのに、設定は1だ。怖くなって札を剥がそうとしたが、紙とは思えないほど固く張り付いていた。呪いだ……。本当に、呪いの札だったんだ。

 七月六日。店内に綾がいた。そんなはずはない。あいつがいるはずない。俺のせいじゃない。だけど、そんな気がして、俺を恨んでいる気がして。ダメだ、怖くて行けない。あいつに会ってしまいそうで。

 七月十一日。最近、夢の中に奴が現れる。綾、そんなに俺が憎いのか……。

 七月一二日。444番台はメダルの数によって、怪我か心臓発作か呪いの種類が違うらしい。りょくりょくチャンネルに動画を上げたけれど、誰か呪いの解き方を教えてくれる人が現れてくれないだろうか。

 七月一三日。中武先生に全て任せよう。俺には、何もできない。

 七月一四日。怖い。許してくれ。出来心だったんだ。まさか、本当に、呪いが存在するだなんて……。

 七月一五日。夢じゃない。本当に、見えた。海の上に立っていた。綾。俺は。


 メモの内容は以上だった。そこで、改めて霊視を行う。見えてくる映像は、彼が何処かの海の中を歩く姿だった。腰元まで使っている様子で、必死に前へ前へ進んでいる視点だ。すると、あっという間に海中に沈む映像が映し出される。水中で必死にもがく光景が浮かぶ。暫くすると彼の動きが鈍くなり、動作を止めた。周りは漆黒に染まり、暗い深淵に沈んでいく。

以上の霊視から、どうも緑川さんは溺死したようだ。この映像から、彼は綾部さんに憑依されて亡くなったと推察した。緑川さんの遺体は恐らく、まだ海の底なのだろう。ただ、なぜ緑川さんは海に? その疑問が浮かぶ。

 そしてもう一つ分かったことが、彼がネットに呪いのスロットとして動画を載せたのは、広告収入の為ではない。呪いを解く方法を知りたかった。これに尽きるのだと。結局、自身ではどうすることもできず、中武氏に依頼した。

 遺族に質問するのは、心苦しい。しかし、オレは藤子さんに中武氏が、なぜ呪いを放置していたのか、問いかける。

「藤子さん。大変恐縮ですが、その後の中武さんについて教えてください。この呪いについて、どうしていたのですか? あの呪符は、呪いを解く為、対となる秘儀の札が存在するはずです。中武さんは、その事をご存じのはず」

「はい。父は緑川さんから依頼を受けて、呪いを解く為の準備を進めていました。秘儀の札を作る為に、三日ほど時間をかけていたと思います。札が完成して、緑川さんの元に持って

行こうと彼に連絡したのですが、一向に繋がらず……」

 そうか。この時点で緑川さんは亡くなっていたんだな。

「そうでしたか。藤子さん。このメモ書きから霊視した結果、緑川さんの様子を知ることができました。ただ残念なことに彼は、既に亡くなっています。何処かの海で溺れて、亡くなる光景を目にしました。これはあくまでも私の勘なのですが、溺死した理由は、彼が呪符で呪い殺してしまった、クレーマーの憑依からではないかと……」

「さようで、ございますか。とても残念でなりません」

 思い沈黙が寸時ばかり続く。藤子さんは口を開いた。

「父は、とても後悔していました。自分のせいで、呪いの連鎖を招いてしまったと。それで、緑川さんの元に届けようと準備していたのですが、突然、心臓麻痺で倒れてしまい」

 中武氏は心臓麻痺で亡くなっていた。彼の心臓麻痺と、444番台の呪いによる心臓麻痺と、関係性があるかもしれない。なぜこの444番台の呪いが続いていたのか、その理由は、次の藤子さんの言葉で分かった。

「そこからが問題でした。父がいなくなり、秘儀の札を持っていこうにも、緑川さんがどこで使ったのか分からなかったのです。彼の住所は知らないし、連絡先も繋がらない。どうしたらよいのか途方に暮れていた矢先、今日、明才地さん達に出会ったのです」

「藤子さんは、呪いを解きたくても解く為の手立てがなかった。そこに私達が現れたということですね」

なんという逢着なのだろう。もし葛城さんから依頼を受けず、また小町から緑川さんが、りょくりょくではないかという助言がなかったら。考えると、この藤子さんとの出会いの奇跡に、ただただ天に感謝するばかりだ。

「仰る通りです。今のわたくしは、明才地さん。そして、めぐり逢わせて下さった神様に感謝しております。きっと呪いを解く事ができれば、父も、安心して霊界に帰れるはずです」

 事件を追っている最中、別のところで事は動いていた。オレと藤子さん。この二つの点が、やっと線で繋がったんだ。互いに解決したい気持ちが生み出した奇跡だと言える。

 感極まるところで、藤子さんが「明才地さん」とオレの名を呼んだ。そして「どうかお願いします」と着物の裾から一枚の札を取り出した。まさしくそれは――呪いを解く儀礼の札だ。札の真ん中に解という字が書かれ、周りに細々とした字が綴られている。後は、この札を444番台の基盤に貼り、儀礼を行えば札の呪いは解けるはずだ。

「藤子さん……」

 儀礼の札を手にすると、自然と映像が脳内に浮かんだ。霊視はしていない。これは、一体。映し出された映像は、札に筆を執る光景だった。恐らく中武氏の視点だろう。それから、あの女性と会話する内容が見えた。音声は聞こえない。しかし、決定的な視点が映し出された。中武氏は、彼女に、無地の札を渡していたのだ。きっと、この筆を執っている間、彼女のことを気にかけていたのだろう。それで対話した記憶が映し出されたのだと考えられる。

 この光景に、オレは愕然とした。なぜ呪符の書き方を彼女が知っていたのか。それは、彼女に書き方を中武氏が教えていたからだ。どんな理由で教えたのかは分からない。きっと彼女が自殺する時に呪符を書き残すと、中武氏が知っていたのなら、書き方なんて教えなかったと思う。その後に、彼女は鞄から大量の札束が取り出し、それを受け取る中武氏の手が映し出された。

 きっと、中武氏は、この女性の自殺。また緑川さんから依頼された444番台の呪いについて、思い悩んでいたのだろう。あの森の中に現れた中武氏の霊は、その呪いを解けなかった未練から現前したと考えられる。

 中武氏が伝えたかったのだろう映像が終わり、気づけば札を見つめていた。この札には彼の想いが込められている。物量とは違う確かな重みを感じた。

「藤子さん。約束します。貴女のお父さんの代わりに、必ずこの呪いを終わりにします」

「お願いします。父の為にも。これ以上の犠牲者が増えない為にも」

 彼女の言葉に頷いてから、小町に顔を向ける。

「行こう。小町。時間がない」

 立ち上がって部屋を出た。玄関まで向かい、戸外を出て軒先で、藤子さんと親父に別れを済ませる。急いで車のドアを開けて乗車した。

「小町、最後のお願いだ。飛ばしてくれ」

「操ちゃん。もちのロンだよ!」

 ギアを入れて、アクセルを吹かして、マリーナへ向かう。呪いを終わらせる道具は、この手にある。後は開店前に儀礼を行うだけ。なにがなんでも、すべてを終わらせる。


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