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操Side「一縷の希望」

「小町、まだかな?」

 前夜。小町に打ち合わせを持ち掛け、タリーズ八ツ屋店で落ち合うこととなった。窓際の席に座り、彼女の到着を待つ。頬杖をついて窓越しから空を見上げると、通常通りの雨模様で、小さい粒が窓の表面に滴る。

 テーブルに放置したスマホを手にして、画面を覗くと、午前9時10分を示す。約束の時間から10分過ぎている。

「小町、仕事はできるけれど、こういう面は疎いよな」

 胸中に秘めていた言葉を零す。朝とはいえ、モーニング目当ての来客者で、店内は参集していた。それゆえ、室内は喧騒としていて、多忙に動く店員さんが目に付く。大変そうだな、と(もく)していた最中、戸口が開き赤いベストの女性客が入店した。お出ましだ。

 彼女と視線が合い、手を振る。無邪気な笑顔で近寄ってくる様は、まるで子供だなと心中に思う。結構、子供っぽいことを本人は気にしているから、そんな心中を表出させないよう気を付けねば。

「おっはー! 操ちゃん。待った?」

 小町は片手を上げて、笑顔のまま近づいてきた。

「ああ、待ってたよ。日が暮れるかと思うほどに」

「ええっ? もう、そこまで遅れたりしないよ!」

 そう言って小町は正面に座る。愛用していようチェック柄の帽子を小脇に置いて、机上に敷かれたメニューを覗き込む。

「とりあえず注文しよう。オレはアイスコーヒー。小町は?」

「自分は、苦いのヤダし……。バナナジュース」

 無垢っぽいところを尻目に、注文ボタンを押して店員さんを呼ぶ。品物を伝えて、飲み物が届くまでの間、オレは彼女に本題を切り出す。

「小町。一先ず、昨日電話で話した通り、この男の身辺調査をお願いしたい」

 手提げ鞄からクリアファイルに入れたイラストを手渡した。手を差し伸べて受け取る小町は「この人ね」と険しい顔つきに変貌する。

「ああ。DSGマリーナの444番台を霊視した結果、その男の顔が浮かんだ。なにかしら、台と青年との間に因果関係があったと思われる。先ずは、その人物が何者であるか突き止めないと、オレもどう動けばいいのか見当がつかない」

「タイムリミットは、あと4日だもんね」

「すまない。この絵で霊視ができれば、もっとスムーズに事を運べるのに……」

 どう考えても、身元を明かす時間に費やせる猶予は、明日までだ。正体が判然したら、残りの2日間で、何の呪いなのか。呪いの原因や解決方法は何なのか。そこまで紐解かないといけない。彼女を急かすことは言いたくないが、やむを得ないだろう。

「小町。悪い、時間がないんだ。この身辺調査にかける時間は限られている」

「期限は?」

「できれば今日、乃至、明後日までだ」

 苦虫をかみ潰したような面持ちで、小町はオレを直視する。本当に、すまない。

「まっ、マジで。操ちゃん。流石の自分でも、2日間だけの猶予は厳しいよ」

「分かってる。本来1週間ほど時間が必須なのは、重々承知だ。でも、他に頼れる探偵さんや仲間はオレにいないんだ。それに、今日も犠牲者が出てしまうと思うと、胸のつっかえというのかな? それが凄く重たくなって、息苦しくなるんだ。あの呪いを止められるのは、もうオレと小町しかいない。だから、頼む。小町、なんとか協力してくれ」

 机に両手をついて、全力で頭を下げた。平身低頭して協力を乞う。彼女なしでは、間違いなく解決までの糸目をつなげることは不可能だ。頼む、小町。この通りだ!

「操ちゃん……。わかったよ。やるだけやってみる」

 不機嫌そうな、くぐもった声が頭上から降り注ぐ。

「小町、本当にすまない。ありがとう」

「でも、条件が一つ」

「条件……。一体何だ?」

 彼女から条件を突きつけられるなんて、初めてだった。何を求めているのだろう。依頼料の全額請求だろうかと、悪い料簡が浮かぶ。況や、こんな無理難題な依頼を押し付けてきたのは、オレだ。払えと言われれば払う。そのくらいなら、良い。

「バナナジュース代、奢って!」

 机から前のめりになり、小町は笑顔を見せてくれた。

「なんだ……。そんなことか。もちろんだ」

「わーい! やった! 操ちゃん、やさしー」

 天真爛漫に両手を上げて喜ぶ姿に、再び心身共々、癒される。

「とんでもない。こちらこそ、無理難題を押し付けてしまって、申し訳ない。恩に着るよ」

「まあ、操ちゃんは大事な仲間だからね。とりま、全国の管轄事務所にイラスト添付したメールと、調査の件を書いて送信するよ。最初からクライマックスみたいに、捜索範囲を最大限に広げるね。ただ、できる限りはするけれど、必ず身元を明かせる保証はないよ。それだけ言っておくね」

「それでも構わない。今、大事なのは行動することだ。打てる手は全て打つ。亡くなった遺族の方や、葛城さん達のことを想うと、憖な対応で終わらせたくない。なんとかしたいんだ」

 少し熱く語ってしまった。微笑みを保ち、彼女は両手で下顎を支える形で肘をつく。その姿勢のまま、口を開いた。

「操ちゃんらしいなー。正義感が強いっていうか、他者のために頑張るというか」

「それはお互い様じゃないか」

 口角を上げて、無邪気に見つめてくる小町の様子を眺める。気が付くと、いつの間にか、店員さんが「お待たせしました」と注文した飲み物を運んできた。バナナジュースを彼女は手にする。

「よし、それじゃ操ちゃん。乾杯!」

「まだ問題は終わっていないぞ。乾杯するのは、解決してからだ」

「えー。ノリ悪っ」

 頬を膨らませて、文句を垂れるが、すぐにバナナジュースを口にした。そして「おいしー」と目を強く瞑って、美味しさを体現する。何とも微笑ましい姿に、見惚れていた最中、あることを気付く。なんとなくパチ屋で言い争った、あの少女と何か似ている気がした。気のせいかな。


 身辺調査を小町に任せ、店を出ようと会計を済ませる。その際、先日の支払い時に笑われてしまった店員さんとバッタリ出くわす。正面向いて普通に会計していたからか、含み笑いでレジを打っていた。まあ、笑いたくなるよな。それと、新聞の件、すみませんでした。


「あの店員さん、ずっと操ちゃん見て笑ってたけど、何かあったの?」

 会計を済ませ、戸外に出る。降りかかる小雨で歩道の塗装は濡れていた。

「いや、別に……。それより、小町。2日しかないが、頼んだぞ」

「あいあいさー」

 あの清掃好きな女の子みたいに、奇しくも彼女は敬礼する。お互いに手を振り、軒先で小町と解散した。

小町に委託した身辺調査だが、こちらでも調査を行う為に、オレはDSGマリーナへ足を向ける。444番台の霊視で映った男と、マリーナとの関係性は何かあるはず。鞄の中にはコピーしたイラストが入っている。それを店長に見せて、心当たりがないか突き止める計画だ。

歩いて6分ほどだろうか。駐車場に繋がる往来からDSGの客状況を眺望する。駐車スペースを探す車が何台か目に入り、すでに満場といった具合だろうか。ともなれば、ギャグラーコーナーは満員。他のスロットコーナーさえ座れるかどうか、といった混雑さが窺える。

自動ドアの前に立ち、ホールに入店した。すると、天井のスピーカーからか、女性の声が聞こえる。

『本日は午後3時まで実践取材予定です。見かけましたら、お気軽にお声掛けください。パチスロスリーセブン編集長、マリリンでした』

 なるほど。今日はライター取材の日か。そのライターさんが444番台の噂を知っているのなら、座ることは恐らくないだろう。ただ、胸の内にべっとりと張り付く不安を述べるなら――今日は死人が出る。可能性は非常に高い。

 ライター取材は基本的にイベントの日。パチ屋のイベント日というのは、基本的に客が勝ちやすいように高設定を入れてくるサービスのことだ。況や、444番台の噂と合わせてギャグラーコーナーに注力している恐れがある。次いで、444番台の設定を最上の設定6にしているかもしれない。設定6、あるいは5を入れているとしたら、5,000枚の放出は確定だ。そうなれば、遊技者は明日の深夜帯に心臓麻痺を起こす。マズい状況だ。

 ギャグラーコーナーに向かう道中、店内はイベントから遊技者で混雑し、迫りくる人波を潜り抜ける。何度も肩と肩がぶつかりそうになったり、足元に転がるペットボトルで転倒しかけたり、頗る困難な道のりだった。

ようやくギャグラーコーナーに到着したが、台は全て満席。視界が霞むほどの紫煙が漂い、鼻腔に煙草特有の匂いが直撃する。強烈な臭いから、むせ返し、通路に踵を返した。しかし通路側は紫煙の代わりに、汗くさい体臭で充満している。悪臭により意識が朦朧としかけるが、既に退路は断たれていた。行くしかない。ズボンからハンカチを取り出し、口元に押し当てて息を吸う。横隔膜が押し下がった感覚を得た直後、コーナーに突撃する。

煙で目が痛い。息苦しく、涙目で444番台まで進む。やはりイベント日だけあって、他の台を見遣ると、ドル箱にメダルを積んだ席が目立った。息を呑み、444番台へ。案の定、誰かが稼働させていた。眼鏡をかけた細い青年だ。稼働データに視線を向けると、本日の最高レンジはゼロ。ということは、まだボーナスが出ていない。一先ず、胸を撫でおろす。なぜか知らないが呪い台は出ていないようだ。現状に安堵して、本来の目的に移行する。

「よし、あのクソ店長を探そう。どこかにいるはずだ」

 奴を捕まえて、情報を吐かせよう。そう思い立ってギャグラーコーナーから抜け出そうと

した時だった。444番台の真後ろの台を、若い女性が打っている。どこか見覚えを感じた。少し近づいて見下ろす。黒い天然パーマで、白い花柄のワンピースの上から、薄いグレーのデニムジャケットを羽織っている。横顔を一瞥すると、あの娘二人の内の一人だった。確か、清掃のバイトをしていて、変な手の動きをするはず。名前が……アスナだったか、アスカだったか。ともかく、一昨日に出会った少女だ。ということは、あの娘が来ているということか。

 どうも彼女は、オレの存在に気付いていない様子だ。ついでに背後からスロットの打ち方を眺めるが、これは酷い。アマチュア感が丸出しだった。人差し指で徐にボタンを押す。鈍重な動作から回転数がもったいないと思った、その矢先だ。キュインキュインと少女の打つ台からボーナス確定の演出音が鳴り、驚きからか飛び跳ねる。GOGOランプが点灯し、1枚掛けボタンを押してレバーを引いた。赤7図柄を狙って、左ボタンから押していく。左リールには7が泊まった。次に真ん中のボタン、を押したが赤7は枠下に滑って消えてしまう。

 見かねて彼女に「ちょっとどいて」と伝えて、台に顔を近づける。

「えっ! あっ、あなたは」

「あんたはアスカって言ったかな? これを止めてあげるから、代わりに後ろの台は打つなよ。あの台だけで、もう3人が死んでいる」

「なっ、なんですって!」

 愕然とした少女を横目に、真ん中から中7図柄を狙い、上段にビタ押し。下段に滑ってきたので、あとは左、右と揃える。ビッグボーナスだった。久々に打てたな。

「アスカだったな? オレは、あの台で犠牲になった人達から依頼を受けている。冗談抜きで本当に死傷者が後を絶たないんだ。だから、あの娘もアスカも、絶対に打つなよ。死ぬぞ」

「はっ、はい! 瑞龍寺アスカ、しかと肝に銘じました」

 うん、やはり敬礼をした。どうも、この娘は純情らしい。忠告を聴従してくれれば、あの娘が打とうとした際に止めてくれるはずだ。少しでも犠牲者が出ないように防止できるのなら、苦心に思うが強く言わないとな。

「頼んだぞ。それじゃ、頑張ってツモって帰れよ」

「ツモる? はっ、はい。お心遣い、ありがとうございます!」

 強張った面持ちでアスカは、口角を上げる。そのまま正面を向いてボーナスを消化し始めた。彼女の今後が気になるけれど、店長を捕らえる為にコーナーを抜ける。

 DSGの店内を隈なく探した。アクロスコーナーや沖スロコーナー。ART機と呼ばれるスロット機種を集めたコーナーまで調べる。珍しく全国の設置数が少ないバラエティコーナーまで向かった。通路の真ん中に差し掛かるところまで歩く。すると、そこには先ほど店内放送で名乗っていたマリリンさんがいた。雑誌ではよく見かけるが、実物を目の当たりにする機会は初めてだ。

薄い紫色の髪で、毛先がカールになっていた。紫色の瞳をしている。どこか、あの気性の荒い娘に似ているような気がした。姉妹だろうか。まさか。仕事中でないのならマリリンさんに「雑誌読んでいます」と話しかけるのだが、急務である以上バラエティを後にする。

スロットコーナーに店長はいないようだ。いや、雲隠れでもしたのか。パチンココーナーにいるだろうと信じ、海コーナーから状況を確認しに行く。玉の箱積みされた通路を歩くと、幸先よし! 店長がオレだと気付かずに向かってきた。こちらから軽く頭を下げて、奴に目礼する。嫌気をさした表情に変化して、店長は会釈した。距離を縮めて、情報収集に入る。

「店長さん、お疲れ様です。明才地です」

「ええ、こんにちは。今日はアポイントの約束はありませんよね?」

「はい、仰る通りです。ただ、直ぐに終わる話がありまして、3分だけ時間をもらえませんか?」

 今すぐ、こいつを殴ってしまいたい。そんな衝動を必死に抑えながら、作り笑顔を浮かべて返答を待つ。依然、彼は辟易とした様子で口を開く。

「いいですよ。ここでは他のお客様のご迷惑でしょうから、事務所まで案内します」

「ありがとうございます」

 店長の後ろに付いて、関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を抜ける。遊技コーナーと反して殺伐とする、段ボールの積まれた小汚い通路を通った。突き当りまで歩き、事務所と書かれた扉を開ける。視界に飛び込んだのは、隅に佇立する黒服の男達だった。あの人達は、常に立っているらしい。

 以前のように、革張りのソファに座る。対面のソファに店長は腰かけた。足を組み、煙草に火を点ける。故意なのか知らないが、口から吐き出される煙を、顔に吹きかけられた。殺意が渦巻くこと夥しい。

「それで、どのような要件で?」

「実は、こちらの……」

 鞄からコピーした青年のイラストを店長に見せる。すると、彼は得も言えぬ愕然とした面持ちで、描いた青年を眺め始めた。片方の手で摘まむ煙草の灰が、店長のズボンに落ちる。今、計り知れない衝撃を彼は受けているのだろう。イラストを手にした腕が僅かに震え、なにか動揺している様子に見える。手ごたえを感じた。彼らを繋ぐ介在は不明だが、きっと顔見知りのはずだ。

 イラストを手にしたまま、店長は怖い顔をオレに向ける。微動であるが、唇が動いていた。微かな声で「あんた……」と呟く。彼の慄く姿に黒服たちも、それぞれ互いに顔を見合わせていた。

「あんた、なんでこの男を知っているんだ?」

「444番台を霊視した際、その青年の顔が浮かんだのです。店長さん、その男性に見覚えがあるようですね? どうか私に、知っている情報を教えて頂けませんか」

 重苦しい室内に、沈黙が続く。彼は黙座したまま、イラストを眺めていた。瞠目を保ち、身動きせず、生唾を呑む音が響く。暫時を経て、彼は沈黙を破った。

「知らん。話す事など、何もない。帰れ」

 声の震えから、知らないというのは歴々とした嘘だと見抜く。ここで関係性を明瞭にしておかないと、進展しない。気圧されないように彼の目を逸らさず、こちらも言い返す。

「いえ、それはできません。店長さんは知らないということでしたが、ではなぜイラストを見せた第一声が『この男を知っているんだ?』になるのですか。店長さん、何があったのか、教えてください。あの444番台と、そのイラストの青年と、あなたとの関係性を」

 前にかがみ、声に少し圧を加えて、言い放つ。逃がすか。444番台の呪いを解く為にも、情報を吐かせてみせる。

「知らんものは知らん! これ以上、444番台に関わるな。お前はウチの営業妨害をしに来ているのか?」

「いえ、私はただ、444番台で亡くなった方や……」

「うるさい、黙れ! お前は出禁だ。二度とウチにくるな!」

 突然、店長は左右の隅に立つ黒服に「つまみだせ!」と指示した。命令を受けた黒服達は、オレの両腕をそれぞれ掴み、無理やり席を立たせる。

「店長! あんた一体、何を隠してるんだ!」

「やめてくれ! もう、あの台のことは、よしてくれ」

 事務所から連れ出される間際、彼の表情を窺う。なぜか悲痛な面持ちを浮かべていた。前回、見た時と同じような悲しい表情……。なぜだ。なぜあんな顔をするんだ。

「ほら、きびきび歩け!」

 黒服達に両腕を拘束され、オレは否が応でも戸口まで歩かされた。


「店長の命令だ。二度と来るな!」

 駐車場まで、つまみ出されたオレは、細かい雨に打たれる。乱暴に投げ飛ばされ、受け身は取れたが、尻もちを付いて彼らを見上げていた。それが、とても屈辱だ。

 雨のせいなのか、それとも、悔しさからなのか。ホールに戻る黒い後姿が霞んでいた。ぼやける視界を眺めている最中、まだ7月なのに、それなのに。両頬にぶつかる雨が、凍てつくように感じる。そして、地をついた指先に、大粒の雨が降り注いだ。

 瞼を閉じると、四所山さんの奥さんや、葛城さんの姿が浮かぶ。亡くなった三人の顔や、あの二人の姿まで暗闇に往来した。

こんなところで、座り込んでいる場合じゃない。頭では分かっていた。でも、胸の中のつっかえが膨張していく。負のエナジーや感情が、胸の中で蓄積していた。次第に、雨は強くなる。けれど、今は、ただ震えるしかなかった。この雨を流すだけ流すしかなかったんだ。


 どれだけの時間が経ったろう。二つの雨は降るだけ降った。先ほどまで重たかった身体も、目下、軽々しく感じられるほどだ。立ち上がり、濡れた目元を拭う。今、オレにできることは……。

 指先をズボンで拭いて、スマホを取り出す。連絡帳を開いて、彼女に架電した。コール音が3回鳴り、受電する音と共に快活な声が飛んでくる。

「もっしー! 操ちゃん、どうしたの? まだ別れてから2時間しか経ってないよ。いくらなんでも、せっかちさんだよ」

 再び、雨が降りそうだった。しかし小町と言う太陽が直ぐに光を照らしてくれる。

「そんなんじゃない。一つだけ進展。さっきDSGの店長と事務所で面談ができたんだ。それでイラストの青年を見せたら、絵に描いたような慄き方だったよ」

「おおっ、そうなんだ。ということは、店長さんとイラストの彼との関係性を調べれば、なにか炙り出てきそうだね」

「ああ。念の念の念の為に、店長の身辺情報も調べたほうが、いいかもしれない」

 小町は賛嘆の声を漏らし「そうだねー。それも含めて調べるか」と調査の視野を広げることを告げてくれた。彼女に感謝の意を伝える。

「小町、ありがとう」

「なんくるないさー。あっ、そうだ操ちゃん。どうせなら一緒に調べようよ。まだマリーナにいるんでしょう? 近場にいるから、そっちに向かうね」

 頼むと伝えて小町の到着を待つことにした。切電して、もう一度DSGを見上げる。必ず裏を暴く。そして、444番台の呪いを食い止めてみせる。少しだけ晴れた心に、そう誓った。


 切電してから20分ほどだろうか。マリーナの駐車場に、小町の運転する白い軽四自動車が到着した。フロントガラス越しに、手を振る彼女の姿を確認して、助手席側のドアを開ける。車内に乗り込むと、優しいアロマの香りが鼻を包む。

「すまないな、小町。本当に助かるよ」

「いいってことよー」

 出口に向けて、彼女は車を発進させた。芳しい香りに酔いしれていると、小町から質問を投げかけられる。

「あのさ、店長さんの身辺調査のことでだけど。店長の写真とか持ってる? やっぱり名前とか写真とかないと、こっちも動けなくて」

「悪い。実は持ってないんだ。彼まで調査する予定はなかったから。ただ、最初のアポイントで名刺は貰ったから、名前は分かる」

「うーん。そうなのか」

 ワイパーが雨を払う。徐行して出口まで向かう間、右側に空いた駐車スペースを通り過ぎる。すると彼女はハザードボタンを押して、ギアをRに入れた。

「でも、やっぱり写真は欲しいなー。そうしたら、店長さんの特徴教えて。盗撮してくるから。出禁なんだもんね?」

「小町……。悪いが、頼む。奴の特徴だが、あらまし言うぞ。店長は短い黒髪でオールバック。中年の強面オッサンだ。男性店員で、オールの髪型は奴しかいないから、すぐに分かる」

 空きスペースに駐車した小町は、ギアをPに入れる。ズボンのポケットからメモ帳を取り出し、さっきの特徴を書きこむ。記入したメモを見せてもらい、記述に誤りがないか確認した。

「大丈夫だ。問題ない」

「オッケー。それじゃ、すぐ戻ってくるね」

 緊張感のない声音で小町は降車して、ホールに駆けていく。小さくなる後ろ姿を見送り、彼女が帰ってくるまで待つ。それから五分が経過した際に、見遣った先の自動ドアから小町が出てきた。帽子を手で押さえながら運転席まで駆け寄る。車のドアが開いて、彼女は乗り込んだ。閉めた直後、オレに立てた親指を見せて「ばっちり!」と報告してくれた。

「ありがとう、小町」

「全然。とりあえず、この人で合ってるよね?」

 スマホで撮影してもらった写真を確認する。映し出された画像は、ギャグラーコーナーを歩く店長の姿だった。

「うん、間違いないよ。佐竹店長だ。ああ、彼のフルネームは佐竹博史。年齢は分からないが、40代じゃないだろうか? オレの知る情報は、このくらいだな」

「よしよし、分かった。この佐竹さんも含めて、ウチで調査しよう」

 スマホを片付けた小町はギアをDに入れる。鼻歌を歌いながら発進した。

「操ちゃん、一度ウチの事務所に戻るね。店長さんの情報をメールしないといけないから」

「もちろん、拒否する理由はない。行こう」

 駐車場を出て国道8号線を走行する。事務所に近づく度、次第に小雨は勢いを増していた。雷鳴して空が光る。フロントガラスを叩きつける雨粒をワイパーで払う。果たして、これは浄化による雨なのか。それとも、これから起きる凶兆の暗示なのか。小町の「雨、酷くなってきたね」と言う問いかけに、不安を表出させないように「そうだな」と答えるばかりだった。


 彼女の事務所で作業が終了してから、オレ達はDSGの周りで聞き込みをする。周辺の近隣住民に青年のイラストと、店長の写真を見せて、情報収集に奔走した。しかし、みんな口々に「知らない」「なんとなく見覚えはある」と非力な発言が集う。マリーナのある八ツ屋から少し離れた(あお)祖父(そふ)で調査を行ったが、似たり寄ったりな情報だった。

気付けば、薄暗い景色に雨が溶けこむ。小町がヘッドライトを点けた際、車内の時計に目を遣った。既に午後7時を過ぎている。

「操ちゃん。今日は、ここまでにしよう」

「いや、でも今日と明日しか……」

「分かってる。だから、あとは自分たちで調査を続けるから……」

 下唇を薄く噛む。胸中で暴れる焦燥感を押さえ、小町の目を見つめた。彼女は微笑んでいたが、目は本気で笑っていない。きっと同じ気持ちでいるのだと感じる。

「分かったよ」

 どのみち、小町に頼るしかない。オレが出来ることはした。

「うん。なんとか死に物狂いで調査するから。約束する」

「小町……。信じてるよ」

 やりきれない想いを胸に、オレは今日の調査を断念する。近くのファミレスで小町と夕食を済ませ、それから誰もいない事務所まで送ってもらう。彼女と解散して、ビルの中へ入る。

 事務所に戻って、室内の清掃とパソコンのメールチェック。それらを終えて、今日の業務を終了させた。いつもの椅子に座り、大きくため息を吐き出す。ズボンのポケットから取り出したスマホ画面に目を向けると、時刻は午後10時を示す。終電を逃す前に出よう。

 事務所から高玉駅まで歩き、改札口でICOCAをかざす。自宅の円山市向きの普通列車を待ち、到着と同時に乗りこんだ。発車した「藍の風鉄道」に揺られながら、スマホで最高セブンを漁る。今日の444番台のデータが気になってしかたない。11時頃に見た時は、全く出ていなかった。だから、そんな放出しているとは思えない。

「今日の最高レンジは、2,100枚。ということは、あの最初に打っていた人が出したのか、別の人が出したのか……。今日、来ていたマリリンさんが打っていなければいいのだけれど。それに、あの二人と」

 このところ、降りしきる雨が凶兆に思えてならない。悪い料簡を起こさないように、オレは揺り籠のような車内で、少し仮眠をとった。まどろみの最中、右耳から窓を叩く音が聞こえ始める。どうにもならない。再びオレは目を閉じた。


翌日。雨に飾られた事務所の窓から、街中を見下ろしていた。カラフルな傘の河が流れている。最近、この光景を目にすることが多くなった。鬱陶しい雨だ。

こんな雨では鎮火できない不安の炎が、胸の深奥で盛んに燃えている。このままでは、奇跡でも起きない限り、呪いを解く道は開かない。そんな、やり場のない想いをため息に乗せて吐く。窓に白く、不安が張り付いた。

テレビ上の掛け時計は、朝の7時半を指している。捗々しくない現状に心が塞ぎ込む。その時、机上に置いていたスマホが震えた。着信相手は小町だ。

「もしもし、小町か?」

「もっしー! 操ちゃん! 朗報だよ朗報――あのイラストの青年の正体が分かったよ!」

「本当か!」

 まさに青天の霹靂とも言える、衝撃が駆け巡った。


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