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下駄箱の脅迫状

作者: 日立かぐ市

なるほど。全てわかったわ。全てというのは天地開闢、ビッグバンの発生から数百億年かけて生まれたアミノ酸がタンパク質となり、タンパク質の塊である君が朝食に何を食べたかという意味における全てではなくて、その箱がどうして君の下駄箱に入っていたのか、その理由も箱の中身も全てをわかったという意味においてね。


 君はその綺麗な箱を開けることもなく爆弾が入っていると断言したけど、いや確かに爆弾だと断言したわよ。たった一つの理由だけで。中からチクタクチクタクと1秒を刻む音がするって、ただそれだけの理由で。

 でもそれは間違い。ええ、全くの的外れで見当違い。あなたの自信のなさが被害妄想となって具体化した象徴みたいなものよ。


 もっとも、理由はそれだけじゃないわ。

 なるほど確かにこの小さな箱の中からは音が聞こえてくる、チクタクと私の耳にもしっかりと聞こえている。私の腕時計で1分間にきっちり60回音が聞こえたのだから、これは間違いなく1秒間を刻む音。

 でも、ただ1秒を刻むだけ。


 見覚えのない箱の中から、しかも小花を散らしたセンスのいい包装紙に包まれペールブルーの可愛いリボンで結ばれた、あなたの下駄箱にはおおよそ似つかわしくない箱からそんな音がすれば時限装置を備えた爆弾だと疑ってもおかしくないのかもしれない。

 けれども今回に限ってそれは全くの見当外れ。そう、全くのね。


 だってその箱の中に何が入っているのか私にはわかったのだから。君の話しを聞いただけでね。

 そう、わかってしまったの。

 安楽椅子探偵同好会会長、この江崎千代子が今からたった唯一の真実を聞かせてあげるから清聴なさい。


 結論から始めてもいいのだけど、それじゃあ味気ないでしょ。まずは事のあらましを確認しましょう。

 いつにも増してパッとしない君は授業が終わると誰にも気が付かれないようにそそくさと帰ろうと静かに下駄箱を開けるとそこには箱が入っていた。心当たりのない小さな箱に君は奇妙に思い慎重になった。

 何かの間違いじゃないか、間違いじゃなければ箱をいれた特別な意味があるんじゃないか、そんな風に君は怯えたんでしょ。

 でも君のその臆病さが気づきを与えた。中から音が聞こえてくることに気がついた。


 ここまでで何か間違ったことはある?

 うん、ないようね。じゃあ続けましょう。


 趣味のいいその箱の中から音が聞こえてくることに君はすぐに気がついた。気がついたというよりも勘違いをした。いえ、勘違いさせられたと言うべきね。

 そう、君は誘導されたのよ。その気の利いた箱を入れた犯人にね。

 君がB級映画の見過ぎるせいで勘違いをしてしまった。チクタクと音がするから箱の中身は爆弾に違いないと。脈略もない突然の爆発から物語が始まる三流映画の見過ぎでね。


 何よ、文句があるならはっきりと言いなさいな。どうして爆弾じゃないと断言出来るのか?それは今から私が華麗に解き明かすのだから焦らずに落ち着いて聞いていなさい。


 じゃあ、もしよ、もし仮にこれが爆弾だとして爆弾を下駄箱にいれた人は何が目的なんだと思う?

 君を殺すこと?違うでしょ。本当に爆弾の目的がわからないの?

 その愛らしい箱の中身が爆弾だとすれば目的はただ一つ、爆発させること。それしかないの。

 爆発の結果として君を殺すことを画策したかもしれないけれど、爆発しなければ殺すことは出来ない。爆弾は唯一爆発することでしか本懐を成し遂げないのよ。もっとも爆発する前に君が驚きすぎてショック死しても私は驚かないけれどもね。


 爆弾はあくまでも爆発させるために使うものだってことには同意してくれたみたいね。驚かせるためのものじゃないのよ。

 じゃあどうやって爆発させるのか。

 導火線に火を付ける、トラップ、遠隔操作、色々あるけれど君は時限装置を想像したのよね。


 箱の中からチクタクと音がするのはタイマーが仕掛けられているからと考えたのでしょうけど、爆発させることが目的であればそれはおかしいことに気がつくはず。


 なんでって、だって爆弾だって気が付かれたら爆発する前に処理されるかもしれないじゃない。いえ、処理されてしまうの。

 あなたの好きなB級映画に一つでもあった?、処理の途中で爆発してエンディングを迎える映画が。ないでしょ。


 そんな映画に出てくる爆弾は気がついた瞬間に爆発するか、爆発しそうなのに延々と引き伸ばして結局爆発しない、その二つに一つしかないものなの。

 つまらない映画とは違い殺意だけを込めた爆弾であれば、爆弾だと気がつくようなヘマはしない。

 手にした瞬間に爆発させるものなの。


 殺意だけが込められた爆弾は音を立てずに突然、無慈悲に、一方的に爆発する。それが正しい爆弾の使い方よ。

 だからチクタクと音なんて立ててはだめ。時限式にこだわるのであればデジタル式のタイマーを使えばいいのよ。わざわざ機械仕掛けのタイマーを使うなんて気がついて下さいって言っているようなものだと思わない?


 ここまで言えばわかるでしょ。まだわからないの?つまり犯人は殺意なんて何一つない。そもそも爆弾なんて入っていないのだから。

 つまり君に勘違いをさせたかったってこと。わざとらしくチクタクと音を立てて君に勘違いさせることが目的だったの。


 そしてその目的は達成された。見事なまでに。臆病でヘタレな君なら勘違いするって知っていたようね、聡明な犯人は。


 もちろん爆弾じゃないって断言する理由は他にもあるわ。

 簡単なのは重さ。


 例えば構造の単純な手榴弾でも重さは400gはあることは君だって知っているでしょ。時限発火装置を加えればさらに重くなる。

 だけどこの素敵な箱はせいぜい200g、いえ恐らく150g程度でしょう。

 時限発火装置、しかもアナログの時計を使ったものならそれだけで200gを超えてしまう。


 わからないの?火薬なんて入れたらもっともっと重くなっちゃうって話。

 もちろん箱を開けた時に爆発する簡素なトラップならその長い指を吹き飛ばすことは出来るかもしれないけれど、チクタクと音を立てることはないし君を殺すことなんて到底無理。


 どう、やっぱり爆弾じゃないようね。


 話を戻しましょうか。どうして爆弾だと勘違いさせたかったのか。

 簡単、爆弾だと勘違いした君の行動を誘導したかったからに決まっているわよね。


 そのオシャレな箱を見つけた君が実際にとった行動は相談するために私を訪れた。これも犯人に誘導されたっていうわけ。

 つまり犯人は君が頼るべき相手はこの私が相応しいと考えたってことになるでしょうね。


 そしてそれは正しかった。実際に私の元に来てくれたのだから。


 ところで君は授業が終わってすぐに帰ろうと思い下駄箱へ急いだのよね。下駄箱を開けた時間は覚えている?

 そう、いつもより15分も早かったの。その割に私のところに来るまで少し間があったようだけど。まあいいけど。


 でも、どうしていつもより早く帰ろうとしたの?何か理由があったんじゃないかしら。そうね例えばこんな理由はどうかしら。一年に一度、今日この日だけは教室の雰囲気に耐えられない。


 フフ、その顔、どうやら図星みたいね。

 武士の情けじゃないけれども理由は聞かないであげる。


 そろそろ君もその箱の中身に察しがついたところじゃないかしら。


 え、まだ爆弾だと疑っているの?ああ脅迫の可能性ね、確かにそれはあるかもしれないわね。爆発物だと思わせておいて脅迫だけで終わらせるヘタレな可能性が。

 でも脅迫するならわかりやすく脅迫状でも添えるんじゃない。何か要求があって初めて脅迫するものだからね。

 脅迫状もなしに脅迫される、身に覚えでもあるのかしら。君にそんな物語の主人公のような状況はないでしょ。


 そもそも脅迫状なんてなかったでしょ。

 え!?


 脅迫状があった?


 そんなの知らないわよ。なんでって……それは私は真相を見抜いたからよ。私が知っている真相に脅迫状なんてないんだから。

 その箱を下駄箱に入れたのは私なんだから。私が君の下駄箱にそれを入れた時に脅迫状なんてなかったのに。


 脅迫状の割りに妙に小綺麗な封筒に入っているのね。

 読んでもいいの?

 そう……。


 これのどこが脅迫状なのよ。

 だって、これを書いたの君なんでしょ。


 なんでわかるって、それは……それは私が安楽椅子探偵同好会会長だから。

 事件が起これば謎を解くのが探偵って決まっているように、バレンタインに告白するのは女の子って決まってることくらい君だって知っているでしょ。


 こんな恥ずかしい手紙で脅迫しなくたって私の気持ちはわかてるんでしょ。

 ……どうしても言わせたいなら、脅してでも君が聞きたいのなら言ってあげてもいいけど。

 一度だけよ、一度しか言わないからしっかり聞いてよね。


 好きだよ、君のことが。一緒にいて欲しい。


 私は伝えたんだから次は君の番だよ。君の気持ちを教えて。

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