第十二話
「マックの婚約者・・・ねぇ。よっと!!」
デモがボールを蹴る。アンリがそのボールを止める。
「驚きよね。でもあのマックがあそこまで言いなりみたいになってるなんてね。はいっと!!」
アンリがボールを蹴り返す。2人はマック達から離れたあと、武道館の倉庫の中でずっとボールを蹴っていた。他の人からの視線から逃れるために。
「もしかして、エーデルって子が一番強いんじゃないのか?」
デモが蹴りながら言う。アンリが笑いながら相槌を打った。
「あはは、そうかもね。」
ボールを蹴るのをやめ、そろそろ戻ろうと思ったとき、倉庫のドアが開いた。
「こんなとこにいたのか?なにしてたんだ?」
マックが訝しげな目で見る。デモが冗談っぽく言った。
「あれ?エーデルちゃんのとこにはいなくていいのか?」
アンリが続く。
「そうよ。1人にしちゃ可哀想じゃない。あんなに泣いてたのに。」
2人はニヤニヤと笑っていた。マックが渋い顔をしながら言う。
「お前ら2人にも参加してもらう話があるんだよ。さっさとこい。」
くるりと背を向けて、マックは出て行った。残った2人は笑いを噛みしめながら、マックの後についていった。
武道館の2階、武道館の中を一望できる部屋に、2人は連れてこられた。
縦長の机が四角く並べてあり、イスが10個ほどあった。
マックは適当なイスに腰掛ける。デモとアンリは入り口の近くのイスに座った。
部屋の中には、すでに10人ほど大人が座っていた。
「来たようだな。」
一番最高齢だと見える男が口を開いた。
「さて、今日来た人達よ。まずはお前たちがどこから来たのか言ってもらおう。」
3人は顔を合わせる。
「どこからっていってもなぁ・・・」
デモが答えに窮していると、アンリが言った。
「山の方からです。」
「山?途中にコンビニがあるところか?」
「そうです。あたしたち、そこからきたんです。」
「ではなぜ、ここにきたんだ?」
今度はマックが答えた。
「生き残ってる人がいると思ったからです。それでこの武道館にきたのです。」
「どうしてそう思ったんだ?」
「町の家の中を見ていればわかります。物を持ち去った後が残っていました。それも、多くの家で。なので、生き残った人が荷物を持ち、隠れられるところがここしかないと思ったのです。」
「なるほど。お前たちがここに来た理由はわかった。それでひとつ聞きたいんだが、お前らはエーデルとはどんな関係なんだ?あいつずっと暗い顔してたのに、お前らが来た途端明るくなったんだ。」
デモが答える。
「あぁ。そのエーデルって子とこいつが婚約者らしいんですよ。そうだよな?」
マックがデモを睨んだ。デモは舌を出しながらマックを見た。
「えぇ、まぁ。そうです。」
マックが渋々答える。質問をした男は驚いていたが、やがて頷き、次の質問をしてきた。
「お前たちが来る前に、ハエの集団が近くまで来たんだ。武道館の手前で引き返していったんだが、何か心当たりはないか?」
3人は驚いた顔をしたが、デモがすぐに言った。
「いえ、全く関係ありません。」
あまりに率直すぎる答えだったので、何人かの大人がデモを見た。アンリがデモの横腹をつつきながら、小声で言った。
「あんた、もうちょっと別の言い方なかったの?」
「仕方ないだろ。思い浮かばなかったんだから。」
はぁ、とアンリはため息をついた。マックが状況を変えるために説明した。
「あのハエたちはもともと武道館のほうに向かっていたんです。武道館の途中で引き返した理由は知りません。」
大人たちの間でざわめきが起こったが、年長の男が黙らせた。
「それならいい。さて、これで質問は終わったわけだが、お前たちはずっとここにいるのか?ここもそこまで安全じゃないぞ?」
3人はお互いを見て、頷き、マックが言った。
「それはこのあと3人で話してみます。」
「そうか。ならもうもどっていいぞ。時間をとらせて悪かった。」
「いえ、こちらこそ。」
そういうと3人は部屋から出て行った。大人たちも次々と部屋を出て行く。
みんなが部屋を出て行く中、1人、壁に寄りかかったまま動かない男がいた。男は話し合いの最中、腕を組みながら、じっとマックを見ていた。
男は部屋を出ながら、みんなが降りていった階段がある方とは別の方向に歩いていった。
ポケットから何かを取り出す。それに向かって二、三回何かを言うと、男は裏口から外に出て行った。
「なぁ、マック。」
歩きながらデモが言う。その次の言葉を言わせないように、マックが言った。
「わかってる。」
なんのことかわからない顔をしたアンリがデモに聞いた。
「なんのことよ?」
「お前、気づかなかったのか?」
「なにが?」
「あの大人たちの1人。壁に寄りかかっていた奴。」
「1人だけ立ってた奴?」
「そう、そいつ。」
「そいつがどうかしての?ずっと下向いてたじゃない。」
「あいつ下向きながら、ずっとマックのほう見てたんだぜ?」
「え?そうなのマック?」
先を歩くマックがしばらく経ってから言った。
「あぁ。」
「あぁって、あんた何かしたの?」
「俺は何もしてないだろ?あいつがずっとみてきたんだ。」
「どの道、ここに長居しないほうがいいだろ。明日の朝には出て行こうぜ。」
「ほんとにいってんの?ここ広いしキレイだし、おまけに食べ物もあるのよ?」
「でも、あいつの存在が心配だな。」
「そうだな。あいつが明らか怪しいんだ。」
それ以上マックは何も言えなかった。物陰に隠れて待っていたエーデルに捕まって、そのまま連れ去られてしまったのだ。
2人の後姿を見て、デモとアンリはため息をついた。
「なんかいいよな。」
「そうね。ラブラブよね。」
「一方的に見えるけどな。」
「あら。マックは別に嫌がってないじゃない。」
「顔見たのか?めちゃくちゃ嫌な顔してただろ。」
「あたしたちがいるからよ。きっと2人っきりのときはニコニコなんだわ。」
「あのマックがね・・・。想像できないな。」
「同感よ。」
そういいながら2人はまた倉庫の中に入っていった。しばらくして、倉庫の中から卓球の音が響いてきた。