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序章 滅んだはずの島

ワイルドウインド7,やっと上げられました!

楽しんでいただけたなら幸いです。

 助けて……助けて、またボクは、彼女を――

鋭い爪が、柔らかい肌に食い込む感触を、また味わっていた。傷つけられ、こちらを見上げた彼女の瞳が、恐怖に見開かれていた。

その瞳にズキリと胸が痛むものの、湧き上がってくる殺戮の衝動に抗えない。闇夜を切り裂いて、護るべき者のはずの、彼女の声が断末魔に染まる。

ああ、終わってしまった。

こんなことを、あと何回繰り返せば、こんな世界を作ってしまったボクは、許されるだろうか。

助けて。助けてください、風の王。

この閉ざされた場所を暴き、あなたの金色の翼で終わらせてください。

世界は、ボク達を忘れてしまったの?あなたは、ボクを見捨てたの?

ああ、意識がなくなる……次に目覚めるときは、もっと優しい――世界なら……


 止まった時の中で、泣き声だけが時を刻んでいた。

「どうして泣いてるんだよ?」

力強く温かい気配が舞い降りた。黒くうずくまる者は、その声に顔を上げた。

「あなたは……?」

「オレは、十五代目風の王・リティル。おまえは誰なんだ?」

「ボクは、指揮棒の精霊・セドリ」

「この変な空間、おまえの仕業なのか?」

リティルが見上げたその拍子に、左耳に飾られた、フクロウの羽のピアスが、かすかな音を立てた。

随分小柄で、華奢な王だとセドリは思った。ボクの知っているあの人は、もう?戦い続ける風の王は、いつ命を散らすかわらからない。そう、あの人は言って、豪快に笑っていた。

あの人は、ただ、風の王と呼ばれていた。今、目の前にいる彼は、十五代目――そんな長い年月が、この外では流れているのだと、セドリは知った。

あの人でなくても構わない。彼もまた風の王だというのなら、この地から、逃しはしない。

 セドリは、正体をなくした手を、リティルに伸ばした。リティルは、その手を受け入れてくれるようで、触れられるのを待ってくれているようだった。危機感のない王だと思った。この手に触れられれば、もう、逃げられないのに。

しかし、セドリの邪な手は、この小柄で生き生きとした王を汚せなかった。

始まりを告げる、この待機場所の砕ける音が、鳴り響いたからだ。セドリは耳を塞いだ。

「あああああ!ま・た、始まる……風、の王……!ボクから、彼女を守って――!ああああああ!音の――精霊……ミューリン!」

リティルは飛び退いた。正体のない黒い塊だったセドリの体が、大きく膨れ上がる。そして、異様に指の長い背の高い人影に落ち着いていく。希薄だった気配が、一気に実体を帯びた。

「これは、ゲームだ。彼女とボクの。ボクはジャック。逃げろ。ボクから。フハハハハハ!この爪の届かない場所へ!」

「ゲーム?その彼女が勝つには、どうすればいいんだよ?」

リティルは禍々しい影に向かい、少しも臆した様子なく、その金色の瞳に、燃えるような光を立ち上らせて睨んだ。

「この世界に別れを告げ、精霊としての心と願いを取り戻すことだ。なんだ、彼女を守るのか?フハハハハハ!無駄だよ。彼女はそれを望んでいないんだ。このゲーム、ボクが勝ち続ける!」

スウッと禍々しい影は、マントを羽織り、シルクハットをかぶったような姿に落ち着き、彼は踵を返した。光のその先へ。

「勝ってやるさ!それで、おまえを解放してやる!待ってろよ、指揮棒の精霊!」

リティルの声は、閉ざされた闇の中にこだました。


きれいに整備された石畳の道が、十字に都を切り裂いている。大通りを賑わす店々には、色とりどりの人工の光が灯り、夜遅くまでお客を取り合って活気に満ちあふれていた。

大通りの交わったところに、ひときわ目立つ巨大なクリスタルの球を掲げた塔が建っていた。ミューリンタワーと呼ばれる複数の塔からなるその場所から、この都中、大陸中にさまざまな音が届けられている。

 この大陸にとって『音』とは、特別なモノだった。人々は昔から、歌を愛し、曲を愛でてきた。その心は今日も薄れることなく『音』に関わる産業は、一度も落ち目になる事はなく発展を続けていた。

特に『歌い手』という職業は重要視されていた。それは、憧れという意味も持っていた。そしてこの都、歌う緑の魚大陸の都の首都・音々(ねおん)には、音楽を配信する企業であるミューリンタワー本社がある。ミューリンタワーは、人々がそうであるように歌い手や音楽家を貪欲に、日夜求めていた。

ミューリンタワーは、東西南北の主要都市に一つずつあるのだが、やはりその中でも一番『音』の発達したこの都に夢追う人々は集まってくる。首都・音々の賑わいは、今日も健在だ。

 そんな煌びやかな都の片隅に、その店はあった。

大通りの終わりに位置し、隣の花屋は昼間しか営業していないために、ここは都の雑踏にまみれることはない。大通りと住宅街の間で、いつでも、ひっそりと佇んでいる。

長い事雨ざらしにされた為にすっかり色褪せ、寂れた看板に光が灯っていなければ、ここに店があることなどわからないだろう。それほどに、目立たない店だった。

今夜の空は暗闇が支配し、太陽のもとに生きる者たちに、か細い道標の光を届ける月は、不在のようだ。『ダークムーン』と書かれてぶら下がっている看板には光が灯っておらず、飾り窓には厚いカーテンが閉められ固く閉ざされた扉には、クローズとかかれた看板がさがっていた。今日は休みのようだ。そのせいでさらに、ここいらの闇は一段と深くなっているようにも思われた。

 その店へ、大通りの雑踏を越えてやってくる一つの影があった。踝まである長く黒い上着を羽織った青年だ。輝く街に目もくれずただ黙々と、人々の間をすり抜けて歩いていたが、ふと、足を止めた。

それは、大きなショーウィンドの前だった。いくつもの、映像を映し出す水晶球が展示されている。それらはすべて、ある歌う娘を映していた。少し茶の入った黒髪を短くした娘が、軽快なリズムに乗せてガラスの鳥かごの中で踊っている。

彼女はエリュフィナ。鈴を転がすという表現の似合う可愛らしい声で、ダンスが得意な、安定した知名度のある人気歌姫だった。

青年は、瞳にかかる長い黒色の前髪を掻き上げた。赤くくすぶる、マグマの様な亀裂の走る黒い瞳が、その少女を見つめている。言っては悪いが、その瞳は禍々しかった。

 歌の終わりとともに、映像が変わった。

次に映し出されたのは、キラキラ輝く金色の髪の、女性のような顔立ちの男だった。白に青と緑の混じり合った、不思議な色の、柔らかい切れ長の瞳に、微笑みを浮かべ、明るい声で歌っていた。彼の後ろでは、腰まである金色の髪の、中性的だが男性寄りの容姿の青年が、ピアノで伴奏していた。彼等は兄弟で、弟のインジュが歌い手、兄のインファはピアノという、数年前急に現れて、順調にランクを上げているデュオだ。名を、インサーフローと言った。

青年はしばらく歌を聴いていたが、インサーフローが消えると同時に、スッとショーウィンドを離れ、目的地へと足を速めた。

 青年は、静まりかえるバー・ダークムーンの扉に手をかけた。開くはずのない扉はあっさり開き、突如、中からざわざわと楽しげな人の声が静かな道に流れてきた。青年が深い青色の色あせたカーテンをめくると、クリームイエローの柔らかい光が、石畳の道に落ちたが、すぐに消え、中のざわめきも消えた。

 青年は店に入ると、木製の丸いテーブル席に座り、酒を飲んでいる人々の間を縫って、奥のカウンターまできた。

木製の作り付けの棚には、酒瓶が所狭しと並べられ、棚とカウンターの間に、中年の男が立っていた。身長二メートルはあるかと思われる大男で、だがその茶色の双眸は優しかった。彼は、音もなく近寄ってきた青年に、フッと微笑んだ。

「ラスティ、遅かったな」

ラスティと呼ばれた青年は、長い前髪をそのままに、バーテンの男を見上げた。

「?ボクを待ってたのか?連絡くれればよかったのに」

そしてラスティは、バーテンをボスと呼んだ。ボスと呼ばれた男――ハーディンはフフフと笑った。ボクは下っ端だと思っているラスティは、ただボスに挨拶しにバーカウンターに寄っただけだった。首を傾げつつ、ハーディンの次の言葉を待っていると、突然隣から声がした。

「ハーディン、オレ達に、引き合わせたい魔道士というのは、彼なんですか?」

気を抜いていた。ラスティは、突如増した存在感に、咄嗟に二、三歩引いていた。ハーディンに声をかけながら、こちらに視線を向けた者を見たラスティは、驚いた。彼は、紛れもなく、先ほどショーウィンドの中の映像球に映し出されていた、インサーフローのインファだったからだ。

なぜ気がつかなかったのだろう。こんなに、目立つ容姿をしているのに!

インファは、金色の切れ長の瞳を細め、暖炉の火のような温かな眼差しで微笑んだ。映像で見るよりも遙かに、華やかでいい男だった。年齢は確か、二十五才だったなと、思わずプロフィールを思い浮かべてしまった。

「彼の事は、さすがのおまえも知っているだろう?インサーフローのピアノの方、インファだ」

いつもはインジュの後ろにいて、ライブでも後方で――と突然の遭遇で大いに動揺しながら、ラスティは慌てて平常心を心がけると、尋ねた。

悔しい。貴重な、貴重すぎる遭遇なのに、顔が、まともに見られない。

「……それはさすがに、知ってる。けど、なぜボクに?」

そもそも、現在音々の注目の的である歌い手が、なぜここに?しかも、今日は――

「それはな、おまえが強えー魔道士だからだよ」

ラスティは背後から聞こえた声に、慌てて振り返った。彼の姿を認めて、ラスティは思わず姿勢を正すと一礼していた。苦笑が、とても近い位置からして、恐る恐る顔を上げると、彼が目の前にいた。ラスティは、心の中で「恐れ……多い!」と悲鳴を上げながら、失礼のないようにと、何とか目を逸らさずに見返した。緊張で、心臓が高鳴っていた。

 半端な金色の髪を、黒いリボンで無造作に束ねた、童顔で小柄な少年のような青年。二十を超えているラスティよりも年下に見えるその容姿。

この魔道士の組織・ダークムーンでも彼の正体を知る者は少ない。年を重ねても容姿の変わらない彼を、誰も不審に思わない。彼は、そういう魔法を自分自身にかけている。年を取らない魔法を、使っているのではない。そういう彼自身を、不審に思わせない魔法だ。

ラスティはその魔法に気がついて、彼から正体を明かされた者の一人だった。

「ラスティ、おまえのこと見込んで、頼みがあるんだよ」

「リティルが……ボクに?」

声がかすれた。出会ったころから畏敬の念を抱いている彼の目に、止まるなんて思わなかった。

ダークムーンのボスは、ハーディンだ。だが、裏のボスは彼――リティルだった。

この夜の闇に紛れる組織である、ダークムーンは、満月と新月の夜に会合を行っている。

裏のボスは新月の夜に姿を現す。そして今日はその新月だった。

 リティルは、頷いて人好きのする笑みを浮かべた。

「インサーフローを隠れ蓑にして、ミューリンタワーで人捜ししてもらいてーんだよ」

「人捜し?インサーフローを隠れ蓑ってことは、護衛を装って?誰を捜すんだ?」

リティルがそっと、耳元に顔を寄せた。そんなことをしなくても、聞かせたい者にしかこの会話は聞かれないのに。それも、リティルの魔法だった。

「人間に転生した、音の精霊。ミューリンの生まれ変わりの女の子だよ」

音の精霊・ミューリン?この島の神にも等しいその精霊が、人間に転生してる?ラスティは耳を疑って、リティルを見た。

 リティルは、風を統べる精霊の王だ。彼が長年、何かを探していることは知っていた。だがそれが、人間に転生している精霊だなんて、思いもよらなかった。まして、ダークムーンに所属してまだ数年の、言わば下っ端のボクが、リティルの手助けをすることになるんてと、ラスティは狼狽えていた。

「やってくれねーか?ラスティ」

ダークムーンの裏のボスに直々に言われてしまったら、断ることなどできなかった。ラスティは、頷くしかなかった。


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