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大罪の後継者  作者: 灯乃
第一章 旅立ち

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想定外のお仕事

 何はともあれ、無事に仕事を終えたことを農場の管理人に伝えなければならない。リヒトは、最後に倒したキメラタイプの砕けた核の中で、一番大きな欠片を拾った。仮面をつけ直したアリーシャが、興味深そうにそれを見つめる。


「そんなに大きな核だと、装飾品にするのは難しそうだね」


 彼女の言う通り、壊れる前は赤子の頭ほどの大きさがあった核である。仮にすべての欠片を拾い集めて元の球体に戻したとしても、腕輪や指輪といった装飾品に加工するのは不可能だろう。


 とはいえ、討伐した蟲の核は、依頼主に所有権がある。これをどうするかは、向こうの勝手だ。しかし、少女があまりにもまじまじと見てくるものだから、リヒトは首を傾げて彼女に問うた。


「欲しいのか? この蟲を討伐できたのは、あんたのフォローがあったからだ。もし欲しいなら、その旨を向こうに伝えて融通してもらうが」

「へ? いや、別にいらないよ。そんな蟲の死骸。ただ、これだけ大きいと、やっぱり迫力があるなあと思っていただけ」


 あっさりと応じたアリーシャは、楽しそうに小さく笑う。


「そういう義理堅いところ、いいね。きみは、嘘をつくのが下手そうだ」

「まるで褒められた気がしないが、師匠からは『下手な嘘をついても、あとでごまかすのが面倒になるだけだぞ』と言われている」


 よってリヒトは、基本的に嘘は言わないことにしていた。そうだねえ、とアリーシャがうなずく。


「わたしも、嘘は上手につくべきだと思うよ」

「……そういう解釈もあるのか」


 下手な嘘が駄目なら、上手に嘘をつけばいい。たしかに、言われてみればその通りなのかもしれないが――それはそれで、なんだかものすごく面倒くさそうである。


 そんなことを話しながら管理事務所に戻ると、そこには先ほど挨拶した管理人だけでなく、なぜか鍬や鎌で武装した屈強な男たちが大勢顔を揃えていた。彼らが身につけている揃いの作業着からして、どうやらこの農園で働いている者たちのようだ。


 何やら、やたらと熱気に満ちた彼らの様子に、リヒトはアリーシャと顔を見合わせた。相手が自分と同じように困惑していると知り、なんとなく安堵しながら、こちらに気づいて駆け寄ってきた管理人に声をかける。


「どうかしましたか? 管理人さん」

「どうもこうもあるかい! おまえさんたち、なんともねぇか!? よく無事に逃げてこられたなあ! さっきのとんでもない地響き、ありゃあうちに出た蟲の仕業だろう!? 畜生、どんなデカブツが出やがった!」


 彼の言う地響きが、先ほどの戦闘中に発生したどれのことかはわからない。だが、どうやらこの農園の者たちは、その地響きで想定外の強大な蟲の存在に気付き、リヒトたちがそれとの交戦を避けて撤退してきたと思ったようだ。


 リヒトは、思わずまじまじと農具で武装した男たちを見る。太陽の光を受けてギラリと弾く鍬や鎌は、さぞ丁寧に手入れされているのだろう。実に、殺傷能力が高そうだ。……相手が、魔力による攻撃でなければすべて無効化する蟲でなければ、ではあるが。


 強大な蟲の発生に対し逃げ出すのではなく、せめて一矢報いんとするその心意気は立派なものだ。完全なる無駄死にではあるが、自分の命をどう使うかは本人次第。他人がどうこう言う筋のことではない。ただ、彼らの見事に鍛え上げられた筋肉が、そんなことで無為に失われてしまうのは、世界の損失である気はする。

 リヒトは、手にしていた蟲の核を管理人に見せて言う。


「逃げられそうになかったので、地方監査官代理殿の力をお借りして討伐してきました」

「……へ?」


 裏返った声を零した管理人が、リヒトの顔と蟲の核を交互に見る。それから、ひくりと顔を引きつらせた彼は、掠れた声を絞り出す。


「おまえさんが……討伐したってのか? 地方監査官代理殿と、たったふたりで?」

「とどめを刺したのは自分か、という意味でしたら、そうです。ただ、監査官代理殿の助力がなければ、不可能でした。なんにせよ、こちらのキメラタイプの討伐に関しては依頼をいただいていたわけではありませんし、報酬は用意していただかなくて結構です」


 前もって報酬額が定められている依頼以外の蟲殺しについて、師のジルバが金銭を受け取ることはない。たとえどんな状況であろうと、それが想定外の事態である以上、あくまでも契約外の話であるからだ。


 当然ながら、弟子であるリヒトもそれに倣おうとしたのだが、蟲の核を手渡され、その重みに驚いた顔をした管理人は、血相を上げて飛び上がった。


「いやいやいやいやいやいや! これはもう、領主さまのところの魔術師さま方にお出まし願うしかねぇってんで、親方にそうお伝えしたばかりなんだぞ!?」

「はあ。それは、早く取り消しの連絡をしないと、先方に無駄足を踏ませてしまうことになりますね」


 無駄に騒いでいる暇があったら、さっさと通信魔導具でその旨を報告したほうがいいのではないだろうか。こちらとしては、早く仕事ぶんの報酬をいただいて引き上げたいのだ。


 なのに、管理人はむむむ、と眉間に皺を寄せて唸ったかと思うと、深々とため息をついて言う。


「それがな……。タイミングがいいのか悪いのか、領主さまのところの魔術師さま方が、ちょうどここいらを巡視中だったらしくてなぁ。もう、すぐにでもいらっしゃるとのことだったんだ」


 なんだか面倒くさいことを言い出したぞ、とリヒトが顔をしかめたところで、それまで背後で黙っていたアリーシャが、つんつんと上着の裾を引っ張ってくる。いったいどうした、と振り返ると、仮面をつけた少女がこっそりと囁いてきた。


「その魔術師たちが近くにいたのは、たぶんだけれど、わたしがここに来ているせいだと思う。あちらさんにしたら、地方監査官代理に『自分たちはしっかり領地をお守りしていますよ』ってアピールは、一応しておきたいところだろうからね」

「なるほど。じゃあ、あとのことはアンタに任せた」


 納得したリヒトが同じく小声で返すと、瞬きをしたアリーシャの視線が剣呑なものになる。


「面倒ごとをわたしひとりに押しつけて、自分だけさっさと帰るつもりかい?」

「悪いか? おれは元々、ここには泥タイプの蟲討伐に来ているんだ。それ以外のことは、こっちの仕事じゃない」


 リヒトとしては当然の主張だったのだが、アリーシャは一拍置いてにこりと笑った。声を通常の大きさに戻して、彼女は言う。


「たとえ仕事以外の蟲の討伐であろうと、それが依頼者の敷地内で発生したものである以上、きみには依頼者への報告義務があると思うよ」


 いかにももっともらしく言われると、そういうものなのか、と思わされる。

 ジルバの仕事にくっついて回っていたときも、こういったパターンに遭遇したことはない。明確な判断基準がない事態に遭遇したとき、リヒトの決断力は著しく低下する。

 困ったリヒトが、年長者である管理人に意見を聞こうと思ったときだった。


「大型のキメラタイプが出たと言われて来てみれば……。まさか、こんなところで彼の大罪人の関係者に遭遇しようとは」

「ぐ……っ!?」


 そんな声と同時にリヒトの体を拘束したのは、罪を犯した魔術師の捕縛に用いられるという網型魔導具だ。発動と同時に、対象を光の網で覆い、地面に張り付くものである。まさか、なんの警告もなくこんなものを使われるとは、想像もしていなかった。リヒトは、光の網で地面に押さえこまれたまま、声のしたほうをきつく睨みつける。


 そこにいたのは、蟲の討伐に従事しているとは思えない、線の細い体格をした中年の魔術師だ。動きやすさを重視しているらしい戦闘服が、まるで似合っていない。その背後では、彼と同じ戦闘服を着た屈強な体格の魔術師たちが、驚愕の表情を浮かべている。そのうちの、リーダーと思しき若い魔術師が、はっと我に返った様子で中年の魔術師に詰め寄った。


「エーミール殿! これはいったい、どういうおつもりか!」

「どうもこうもない。これは、私が姫さまから直々に賜ったお役目だ。田舎者は黙っていろ」


 中年魔術師が、突然同僚に喧嘩を売った。しかし、見るからに頼りがいのありそうな筋肉を持つ若くて立派な魔術師と、わけのわからないことを言って善良な少年を拘束する貧相な魔術師ならば、前者が正義に決まっている。

 リヒトは、鬱陶しい光の網を掴んで、悪役認定した中年魔術師に言う。


「……おい、そこの×××野郎。悪いがおれは、緊縛ぷれいに興味はないんだ。そういった変態的な行為は、同好の趣味嗜好を持つ連中と楽しんでくれないか」


 以前、ジルバの美貌に目をつけた変態からの依頼で、彼に網型魔導具を向けた阿呆な魔術師がいた。そのとき、敬愛する師が言っていたセリフをそのまま繰り返しただけなのだが、周囲が不自然なほどに静まり返る。どうしたんだろう、と思っていると、アリーシャが不思議そうな声で問いかけてきた。


「ねえ、リヒトさん。×××野郎とか、緊縛ぷれいって、どういう意味なんですか?」

「知りません。ただ、以前おれの師匠が同じような状況で誘拐されかけたことがあったんですが、そのとき誘拐犯たちにそう言ってたんです。だからまあ、あまりいい言葉ではないとは思うんですが……あ、管理人さん。×××野郎とか、緊縛ぷれいってどんな意味か知っていますか? もし知っているなら、教えていただけると嬉しいです」


 地方監査官の格好をしてはいるが、声からして若い女性であるアリーシャと、どこから見ても未成年の少年であるリヒトの会話に、周囲がますます奇妙な雰囲気になっていた。さすがにちょっと気になってしまった彼の問いに、管理人が「ヒェッ」とひっくり返った声を零す。


「おおお俺の仕事は、この農園を管理することなんでな! えぇと、あー……。うん! そういうことを教えるのは、坊主と同業の魔術師さまにお任せしまさぁ!」


 その何やら必死な様子の視線を向けられたリーダー格の魔術師が、突然の指名に声を荒らげる。


「なぜ、そうなる!? おまえが指名されたのだから、おまえが教えてやればいいだろう!」

「……魔術師さま。俺には、この坊主と同じ年頃の娘がいましてね……。こんなことが娘に知られたら、俺はもう胸を張ってあの子の父親を名乗れなくなっちまいます……」


 やけに哀愁漂う管理人の言葉に、リーダー格の魔術師がうっと詰まる。そして、だらだらと脂汗を垂らしはじめたのを見て、リヒトはなんだか悪いことをした気分になってきた。


「あの、すみません。そんなに言いにくいことなんでしたら、今度自分で調べますんで、結構です」

「そうしたほうがよさそうですね、リヒトさん。ですけど、せっかくですから、わたしも×××野郎や緊縛ぷれいの意味を知りたいです。よかったら、今度一緒に図書館にでも行きませんか?」


 アリーシャの申し出に周囲が固まったが、リヒトは気にせずうなずいた。


「はい。手分けして資料を探したほうが、効率的――」

「い……っいい加減にしろ! この大バカの痴れ者が! 言うに事欠いて、この私を生殖器が極めて小さな男だの、性行時に相手を縄で縛り上げることに興奮を覚える嗜好の持ち主だのと! まったく、見当違いの無礼にもほどがある!!」


 そう大声で喚きながら、血走った目でリヒトを睨みつけたのは、彼に向けて縄型魔導具を発動した中年魔術師だ。大きく肩で息をしている彼を見る大人たちの生暖かい目からして、どうやら本人がぶつけられた単語の意味を解説してくれたらしい。

 だからといって、まったく感謝する気になれないリヒトは、軽く首を傾げて言う。


「師匠が言っていたんだが、人間というのは図星を指されると怒り出すらしい。つまり、おれがアンタに言ったことは図星だったということだな。――だが、いくら本当のこととはいえ、女性の前で言っていいことではなかったようだ。アリーシャさん、悪かった」


 アリーシャに向けて軽く頭を下げると、彼女は困った様子で小さく笑った。


「悪気があったわけではないので、結構ですよ」

「ありがとう。無礼を許していただけたこと、感謝する」


 そんなことを話している間に、ようやく光の網全体ををリヒト自身の魔力で覆い終えた。ジルバならパチンと指を鳴らすところだが、残念ながら、リヒトは指を鳴らすのが下手だった。よって、黙って自分を拘束している光の網を分解すると、膝を払って立ち上がる。


「な……っ」


 驚愕の表情を浮かべて後ずさる中年魔術師に、リヒトはがんばって作った笑みを向けた。


「それじゃあ、おっさん。キリキリ教えてもらおうか。……おれの師匠が、なんだって?」

主人公は 純粋無垢な子どもの眼差し攻撃を繰り出した!

効果は 抜群だ!

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