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逆さ招き

作者: トミヤン

 『逆さ招き』、通常のものとは違い肉球を隠すようにして手を上げた招き猫のことである。

 これが作られたのは戦国時代、領土拡大を目論む地方の大名、奏助が敵対国への贈り物の品として作らせた呪いの置物である。逆さ招きには地元でしか取れない貴重な粘土を使用し、耳や肉球に必要な赤色は大名自身の血を塗りたくられた。猫の形が出来上がる直前に地元の僧に頼み込んだ奏助は、呪言の書かれた御札を招き猫の中にこれ以上入らないくらいまで詰め込み、焼窯の中に招き猫を放り込んだ。

 出来上がった猫の耳と肉球は血を使っていたせいで赤黒く変色しており、職人はおろか作るように指示をした大名ですら招き猫から禍々しさを感じ取った。

 予定通り敵対国に送られた逆さ招きは想像以上の効果を発揮した。敵国に到着して1週間で敵対する大名の領地で雨が降らなくなり、2週間で作物が枯れ果て、3週間目には原因不明の疫病が蔓延した。そして1ヶ月が経った頃にはその国に人はだれもいなくなった。

 気分上々で逆さ招きを回収した奏助は「次はどの国を滅ぼしてやろうか」などと考えていた。しかし逆さ招き猫は奏助の意図に反して彼の領地にも干ばつや作物の不作、疫病の蔓延とその猛威を振るい始めた。

 幸い奏助の家臣には内政に長けたものが多く在籍しており、被害の拡大を防ぐことに成功した。

 朝目を覚ました奏助は屋敷が静かなことに気がついた。不審に思った彼は最も愛する妻子の部屋に行くが、部屋は奏助が地獄かと錯覚するほど血の池ができていて、部屋の中央には小刀を持っている妻と子供が横たわっていた。

 自殺だった。既に息をしておらず、誰もいない屋敷では助けを呼ぶことすらできない。途方に暮れながらも誰かいないのかと家臣の伊之助の家に向かった。ようやくここで今日はじめての人に出会ったものの、どうやら伊之助の様子がおかしい事に気がついた。

 伊之助の背中には何かが包まれた大風呂敷が背負われており今にもどこかに行ってしまう、そんな雰囲気を感じさせた。奏助は伊之助に自身の妻子について説明し速やかに医者を呼ぶように言うが、この日の伊之助はうんともすんとも言わない。それどころか「拙者はこれにて失礼つかまつる」と言い残すとそそくさと自宅を出ていってしまった。

 妻子の自殺の次は全幅の信頼を寄せていた家臣に見捨てられるという状況に陥って奏助はようやく「これは逆さ招きの仕業か」と抜けていたものを思い出す。

 即座に屋敷に戻って逆さ招きのある倉庫に行き、それを脇に抱えて馬小屋まで行くと一番の早馬に乗って屋敷を飛び出した。「どこでもいい、これさえ自分の領地になければ。そうすれば倒れている妻や子供、出ていった家臣も帰ってくる」と信じて最短距離にある隣国に馬を走らせた。

 馬で駆けている間にいくつも村を横切ったが、どこの村も人が死体のように動かなくなっていて、立って喋っている人は一人もおらず、今回の呪いの激しさと残忍さがうかがい知れた。

 数刻の後、国境付近まで来た所で山に登る必要があったため奏助は馬を降りて自分の足で山を登り始めた。時間もかなり経っているせいで気づけば空が鮮赤に変わっていた。山を進めば進むほど、森をかき分ければかき分けるほど空から色が失われていき、とうとう真っ暗な世界になった。

 それでも歩みを止めずに進んでいくと、森の奥から明かりがあるのが見えた。それも一つではなく何十、何百もの松明の明かりが行列をなして森の中を進んでいた。

 「ようやく隣国に到着したのか。よしそれなら」と松明を持った人々にかかえて持ってきた逆さ招きを渡して自分は屋敷に戻る。そうすれば何もかもが元通りになると思い、行列の一人に話しかけた。

 話しかけられた人は突然現れた奏助の姿に驚いた様子だったが、その顔をジーっと見つめると大声で「いたぞー!」と周囲の人間の注目を集める。あっという間にワラワラと人が奏助を取り囲むとその中のひとりが彼の前まで来て「まさか大名直々に来てくださるとは」と言い放つ。

 さっぱりわけのわからない奏助はその者にこの場所が隣国なのかと問いただした。すると、周囲の人達は大笑いし始め、奏助を卑下するような目つきで見た。

 「ここはお前の領土で俺たちはあんたの首を貰い受けに来たんだ。まあようするに国を奪いに来たんだよ!」

 どうやら逆さ招きは奏助から親しいものだけでなく、何もかもを奪いさるつもりだったようだ。ろくな装備もしていない奏助にこの包囲を突破する術はなくまるで戦場の雑兵のごとく切り捨てられてしまい、彼の首だけが国盗りの証明として持ち帰られた。

 奏助の国がなくなった後、彼の領地だった場所には塗りつぶすかのように様々な国が奏助のものだった領地を取り込んでいくが、たとえ飛ぶ鳥を落とすような勢いのある国でも、内政に力を入れて安定していた国でも例外なく国が滅んでいった。

 「その結果、奏助の忘れ形見である逆さ招きがある山を領土にすると国が滅ぶという噂が立ち、天下が統一された後もその山は誰のものになることはありませんでした、とめでたしめでたし」

 「いや、全然めでたくないよ!むしろバッドエンドじゃん!それにしてもその逆さ招きって本当にあるんだろうか。山のなかってことは日本の領土になるわけでしょ?」

 「それはないでしょ。もし本当にあるんだったらとっくに日本無くなってるって。それより聞いた?猫払寺のじいさんが面白い置物見つけたんだって。3組の真希ちゃんが言うには変なオーラみたいなのを感じるって」

 「真希ちゃん今度は霊能力にハマってるの?この前なんか超能力とか言って給食用のスプーン曲げてたじゃん」

 「そうそう、あの後校長先生に呼び出されたんだって」

 「ああいうの好きなんだねー。あ、私これから塾あるから行かなきゃ。さっき言ってた面白いやつ、明日見に行こうね。バイバーイ」

 「バイバーイ」

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