第五話 高嶺早希
おまたせしました 悪役令嬢が出てきます
※なろう運営からの警告によって一部分黒塗り措置を施しています。
「約束を破りましたね?」
ゼティアはガルムに向かって話し始める。決して人と、その家畜を襲ってはならないと、ガルムはゼティアと約束した。しかしそれを嘲笑うかのように、ガルムは悪徳の限りを尽くして来た。
「だから何になると言うギャ? それに思い返してみろ、俺は、約束したとは一言も言ってないギャ。貴様の一方的な思い込みに過ぎん」
「貴方の主張など聞いていないのよ」
「ふん。なら話が早えギャ! 俺もお前の主張など聞いてねえ!」
命乞いをする少年を見て、一度緩めた短剣を今度はギュッと握りしめ、ガルムはゼティアに飛びかかる。
刹那。
「うっゴハッ!」
腹部に鈍い痛みがほど走る。
口から胃酸が飛び出、後から血の味がガルムの口に広がった。
「お怪我はございませんか? ゼティア様」
ゴブリンの腹を殴る男は令嬢に声をかける。
「ご苦労様、フォルグ。私は平気よ」
――この状況、どこかで。
「また……お前ギャ。カハッ」
胃液を手で拭いながらフォルグを睨む。
「俺を殺す気ギャ?」
「貴様がそう望むなら、ゼティア様を傷つけてみるがいい」
――死など、誰が進んで望むものか。
「イヒヒヒ」
ゼティアの笑いが間に入る。
「何をそんなに慌てているの? 私は取り立てに来た訳では有りませんよ」
「な?」
「そんなに種の繁栄を望むなら、好きなだけ励んで宜しくってよ。私はそれを告げに此処に来たの」
意外な言葉にガルムは拍子抜けた。
「物件は返さんギャ。あれほど良い巣は無いからな」
「結構よ」
「雌ゴブリンも渡さんギャ。アイツには███████████」
「結構よ」
ガルムは何故か腹が立った。
何を言っても反論しないゼティアの態度が、まるで自分を挑発しているように見えたからか。或いは、幾ら横柄な態度をとってもまるで動じないからか。女は悲鳴を上げ、泣き、喚き、「嫌だ」「殺せ」と懇願するものだ。
ガルムはフォルグに向けた短剣を少年に向けた。
「ああああああ!」
まだ声変わりもしていない、幼き声の断末魔。
完全な殺意を持って、人間の急所を無慈悲に刺す。その小さな体から、想像できない程に血が吹き出した。少年の体温が残る鮮血が、ゼティアの顔にビシャッとかかる。辺りを紅の海に変え、少年はあっさりと絶命した。
――これでどうだ?
と、反応を確認するようにゼティアを睨む。
「気が済んだかしら?」
それでも令嬢は動じない。
「では、私はこれで失礼致しますわ。御機嫌よう」
そう言うと、クリスタルを地面に叩きつけ、フォルグと共に姿を消した。
――食えない女だ。
ガルムはモヤモヤしながらも、壊滅させた村を後にした。
日が落ちる。
少年の遺体が、やおらむくりと起き上がる。勿論、遺体そのものが動き出した訳ではない。少年の遺体の下には彼の弟が身を隠していたのだ。弟は少年を押しのけ起き上がる。兄は身を呈して弟を守ったのだ。弟は、これから一人で生きて行くことになる。
空と、そして弟は茜色に染まっていた。夕陽に照らされたからか、それとも兄の返り血の故なのか。あれほど温かかった兄の血は、今度は弟の体を冷やした。
程なくして、名もなき小さな村の惨劇は冒険者の知るところになる。
アーエール城下町。冒険者が集まるギルドの掲示板に、破格の報酬と共にゴブリン退治のクエストが張り出されたからだ。
依頼主は『ゼティア=アーエール』
† † †
ギルドが騒がしくなっている頃、令嬢は竜騎士を城内のティータイムに誘った。
「紅茶よりも……ねぇどうしよう? 早希」
フォルグが不安そうに問いかけた相手は確かに『ゼティア』だ。
しかし彼はそのゼティアのことを『早希』と呼んだ。
「ほぇ?」
ゼティアは好物のスコーンを頬張り、すっとんきょうに返事をする。
「ほぇ? じゃないよ! だって、人間を襲わないように仕向けたゴブリンは村を壊滅させるほど凶悪なゴブリンに育っちゃったし。最後に襲撃された村では早希がゴブリンと話をしているところを少年に目撃されちゃった。やる事なす事、全部が裏目に出てるんだよ? ああ困った」
――う、イケメンが困ってる姿……鼻血が出そうだわ。イヒヒヒ!
ゼティアは初めてフォルグに出会った時……いや、フォルグがあのフォルグであるとわかった時に『令嬢と近衛兵』との関係に加え『元OLと見届け人』という関係が追加された。
それは『ゼティア=アーエール』として十八歳を迎えた誕生日の朝だった。
突如『高嶺早希』という、前世の記憶が蘇ってきたのだ。
――と言うより、『高嶺早希』が『ゼティア=アーエール』に転生した――と説明した方が理解が早いだろうか。
早希は東京で働く、冴えない二十四歳のOLだった。憂鬱で変わり栄えのない毎日。それでも、趣味のゲームを買ったり、課金したり、グッズを買ったりするためには、嫌な仕事も仕方ないと自分に言い聞かせていた。
早希は、乙女ゲーム『クレッシェンド・クレセント』にハマっていた。
通称C・Cと呼ばれるそのゲームは『剣と魔法』の世界が舞台となる。多数現れるイケメン貴族や王子たち。それぞれに個性が立っていて、登場人物すべてが魅力的に描かれる。
なかでも幼馴染で俺様キャラの騎士はナンバーワンの人気を誇る。人気はゲームに止まらない。彼のグッズは発売後、即完売するのは当たり前。あまりの入手困難さにネットオークションでは高額で取引される事が常態化、
「買えないファンと転売屋」
という構図は社会問題に発展した程だ。とはいえ大半のプレイヤーはそれぞれの推しキャラを攻略し、各々のストーリーを楽しんだ。
もちろん早希にも推しキャラは存在する。それがゼティアを献身的に支える近衛兵フォルグなのだ。
早希はフォルグを攻略する――つまり、フォルグと結ばれる――ために、全てのルートを徹底的に調べていった。早希のみならず、ファンによるフォルグへの熱い視線はゲーム開発陣も想定外だったようだ。ゲーム攻略雑誌に
「これほどまでに人気が出ると思っていなかった。フォルグエンドは用意していない」
というコメントが掲載され、正式にフォルグ攻略ルートは存在しない事が明白となった日などは、トレンドワードに『フォルグ』がランクイン、なんてことも有った。ある意味、誰も攻略した事がない難攻不落のそのフォルグが、早希の目の前で困り果てる。それはまるで仔犬のように。
「フォルきゅんは心配性だなぁ。ん……まあ、何とかなるよ。全部私の計画通りっていうかぁ? あはは」
と、弁明するも、ゼティアはフォルグの目を見ない。
「本当? それ前も聞いたけど……」
早希はフォルグと一緒に居るだけで幸せを感じていた。
だが唯一、避けがたい大問題があった。
それはこの世界が『クレッシェンド・クレセント』そのものだという事だ。
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