第二十話 人知れず、悪意は根を下ろす
長くはないけど、内容は濃いめ
「やあやあ皆さん失礼しました。一つ、大切なことを伝えますね……僕は裏切り者です」
まあ、予想通り。
マレマレの兵士達は心臓の止まったような顔をし、リープ何某共和国とやらの兵士──すまない、騎士と言った方がよさげだ──は剣を構えて、こちらを凝視している。
「疑問を呈する人々はたくさんいることでしょう。では、共和国の皆さん。今回のーなんでしたっけ?……ぁそうそう、臨時、第二王女護衛隊でしたかな。そう、それについてです。……まさか本当にそんなことを信じているのですか?」
すると、俺達を取り囲んでいた騎士の一人がユラリと歩み出て、「私は神聖リープクネヒト騎士団団長ティオーネ・ユリンゲルだ」と断った上で、おもむろにフェイスアーマーを取り払った。
その瞬間、ハラリと長い髪が下に垂れ、ウェーブを描くワインレッドが端正な顔を彩る。
いや、綺麗だな……
と、場違いに見とれそうになったのは正直計算外だった。努めて顔面筋がひきつらないように抑え、何事も無かったかのように話始める。
「ええ。貴女がですか、そう……。では、そんな貴女はどう思いますか?」
すると、「ふむ」と前置きをした上で、とてもシンプルに返してくれた。
「そんなの信じるわけがないだろう」と。
これはこれは予想通りの答えを返してくれた女騎士団長にニコリと……けっこう頑張ったが……笑い掛けた。
「ふふふ、そうですよね。護衛隊?そんなわけがありませんよね?そうです、そんなことはないのです。ご名答」
「おま、言ってることが……」
「黙れよ」
「……」
ガジアッドの次か、下手したら同じくらい体格がいいだろう男──こいつは脳筋じゃないから使えない──を一睨みで黙らせると、話を再開させた。
「仲間が殺られた?王女様の身の安全?正直怪しいと思いませんでしたか?」
「まあな」
「そうですそうです。何がおかしいのか?その原因は単純明快、彼等が平気で嘘を付いているからなのですよ」
沈黙。
「彼等は愉快にも、自分達で王女様誘拐をしでかしておいて、あまつさえ彼女を人質に、外交にでも利用しようとしているのです。こんなにずけずけぬけぬけと他国に侵入したのが良い例でしょう」
「……」
「そうですよね。第二王女様?」
「……ぇえ、私は確かに誘拐されました」
マレマレの兵士達は、水を失った魚のようにパクパクと口を開け閉めするだけで、何一つ意味のある発音は聞こえてきやしない。
しかしそれとは対称的なのが、共和国の騎士団で、憤りが体中を駆け巡ったかのように震えている。その様は、今にも剣を振り上げ、マレマレの兵士達をミンチにせんとする勢いだ。
「ではでは皆さん。私は何をしているのでしょうか?……言ったでしょう?裏切り者です、と」
「……」
「それでは今。そう、たった今から裏切りたいと思います……騎士団の皆さん?王女様は私とこの女で精一杯護らせていただきます。なんで……」
ウハハハ!そうだ、パニックなんだろ?突然の襲撃─突然の王女の発覚─撃退不可能─入国!
パニックの渦中で!精々俺に踊らされろよ!!
「殺っちゃってください」
たったそれだけで分かるだろう。向け場の無かった憤りが─今、解放される。
怒号と悲鳴が織り成す協奏曲。
無垢な命がまた一つと散っていく。
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「ウフフフフ……さあ好きなだけ彼等を使ってください。そして……殺っちゃってください」
駐屯地に一人残る少年。
──その顔は、とてもとても……無邪気だった。
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辺りはまるで地獄絵図だった。
隣のシエルは分かってはいたものの、それでも嫌悪があるようで、顔を真っ青にしていた。ラジーナにしては言わずもがな、顔面筋はピクリともしていない。まあ、それは俺も同じか。
「皆さん、お疲れ様でした」
「……」
奇異な視線を大量に当てられるものの、めげずに拍手まで送ってあげる。空しく響いただけだったが。
「さて……僕達は王女様を助けるためとはいえ、このようなゴミ共の作戦に一助してしまったことは、否定できませんね」
「……」
ラジーナは何も言わず、ただ隣で佇んでいる。
「しかしですね。流石にこの場で死刑というのは……少々気に食わないのが本音です」
さて、ここからが今回の作戦の大一番。さっきの?……準備に決まっているだろ。
「ですので、ここは僕達が自首します。それで懲役でも課されてしまってはどうですか?それが最も平和的な解決方法です」
すると、暫しの沈黙があったが、先程のティオーネさんが一歩進み出て、俺の言葉に返すには、
「いや、王女様に伺おう。急にお前が態度を変えたとも限らん」
フハ、なんとも思考が読みやすい奴なんだ。そんな質問をしたって意味がない。なぜなら、シエルの中には既に模範解答があるからだ。
「……ぇえと、お二人とも道中私に気を遣ってくれました、マレマレの怖い人に脅されそうになったときも……そっと助けてくださいました。なので、お二人は信用に足る人物だと思います」
「……左様で……」
「自分で言ってはなんですが、かなり第二王女様には手を尽くしましたよ」
悩んでいるような素振りを見せていたティオーネさんだったが、遂に「……自首というのなら、殺しはせん」と口にした。他の騎士やいつの間にか集まっていた兵士達──こりゃバリスタ撃ってた奴等だな──は、特に何も口にしないので、このティオーネさんに全権があるのだろうと、当たりを付ける。
「連れていけ」
ティオーネさんの言葉に騎士達がこちらにやってくる。
ラジーナと二人、両脇を抱えられて連れ去られていく仲、シエルからアイコンタクトが送られてきた。
〝また後で〟
***
さて、この後俺とラジーナは牢屋にぶちこまれたわけだが、明日には釈放されるだろう。
なぜか、それは簡単だ。シエルが釈放金を払ってくれる手筈だからだ。彼女は腐っても王族、その権力と金で俺達を買収するなんてことは朝飯前だとさ。
「ふう……疲れた」
隣で溜め息をこれ見よがしと付くラジーナであったが、この時ばかりは同意する。事前に話を合わせてあったのでそこまで難しいことではなかったが、やはり尋問というのは疲れるものだ。俺だって上司の説教を嫌でも思い出されたらいい気分じゃなかったさ。
「ま、上手くいったけどな」
「うーん」と少し首を傾げて不思議そうにするラジーナだが、言いたいことはわかるぞ。
ここまでやる必要あったか?ってことだろう。
まあな、今回俺がやったことは決して人様に誉められたことじゃない。一つ一つは何の意味も無いことだが、全て集めると悪意の塊が見えてくることは自明だ。そして、それがとても大きなことも。
まず、ゲートにわざと隙間を設けて、いや、その前から矢の襲来をわかっていたのに教えていなかったな……などとやったのにも、きちんとした理由がある。
その理由とは、あいつらに言った通り、「犠牲者を生むことで、第二王女護衛隊としての交渉を有利に進める」……ではないことは、恐らく誰でも理解していると思う。正確には、奴等にそう思わせることが目的だったのだ。
ようは第二王女護衛隊なんてはじめからウソっぱちだったのだが、それを悟らせないための作戦と言えようか?
誰だって、人を見殺してそいつを交渉に使うなんて言ってやったら、当然交渉は存在する→第二王女護衛隊は本当だ、と信じるだろう。もしこれを信じないやつがいたとしたら、それこそ人格異常者の烙印を押してやる。人の命を何だと思ってやがる。
そして二つ目、濡れずの氷結晶をギリギリまでシエルに付けさせなかった。これにはもちろん相手方のパニックを誘う……という狙いもあったのだが、それ以上に事後処理の場面で役立つことを期待しての作戦だった。第二王女としてそれなりの立場は持っている彼女だろうが、俺達の事後処理では恐らく苦労することもあるだろう。そのときに、今回の件が上手く作用する。まあ、端的に言えば、彼女に攻撃したとも取れるわけだから、そこら辺の落ち度が彼女に対する一種の引け目となり、彼女はこれを利用してこれまで以上に大きく出ることも可能になるというわけだ。俺達を牢屋から出すだけでなく、その後も俺達の立場を確実な物とできるように、今回このような恩恵をもたらしてやったのだ。もしも俺達を裏切ったならそれは高くつくだろうなぁ。
「ここまで思慮遠謀しないと入れない国……もとい『村』、か……。たまったもんじゃないな」
「ほんとね」
──狂人は我々を理解出来ないが……いや、ありがたくもしてくれないが、その上に立つ者達は別である。彼等の前で我々が服を着ていられると思うのは余りに傲慢である──
急がば回れ──というパラドックス