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5億年ボタン押したら異世界だった件  作者: 伏見ナリヤ
逃亡編
23/36

第七話 身勝手とサイコパス

 前回までのあらすじ。


 無事にナイフを新調した柴田達だったが、なんと剣の勇者シャルルに見つかってしまう。

 しかも、その正体は会社の同期!?

 波乱の遭遇からなんとか逃げ切った柴田達は、ホッと一息つくのだった。


 今回は回想編です。

 二年前、日本にて


「おはよーございまーす」

「……」


 俺の間延びした朝の挨拶に答えてくれるやつなど一人もいない。

 だが、それが当たり前。

 俺、柴田詔矢がこの会社に入って五年ほどたった今の現状。

 変わらない日常。

 そこに何の私情も挟まず、ただ淡々と自分の席に向かう。

 入り口から端っこにある俺の席まで結構な距離がある筈なんだが、これと言って特に話しかけられることもない。

 事実皆俺なんかに興味はない。


 俺の仕事はとある大手の文房具メーカーの支店の事務営業。

 特にこれといって特筆することはない、普通の事務所。

 そう、ただひとつを除けば。

 それは、異常な程の男女比。

 事務員50人ほどに対して、男の人数はたったの2人。

 真面目に何者かの陰謀でも働いたんじゃないかってくらいの男の少なさが際立っている。

 

 これはある意味ハーレム状態に見えるかもしれない。

 だが、そんなことは断じて全くない。

 何故ならその理由はもう一人の男にある。

 そう……


「こんにちは、皆さん」


 入り口でにこやかな笑みを称え、その男が入ってきた。

 この男こそが残る男子勢の一人、小野寺写楽。

 そう、こいつが全ての元凶なのだ。


「キャアア!小野寺さま!!」

「お、小野寺さまのご出勤よ!」


 急に色めき立つのは女子勢諸君。

 俺に対しての態度はどこ行った?て感じの急変ぶりである。

 仕事などもちろんほったらかしに、女子達は次々に小野寺の元へと群がっていく。

 蝿のように。

 

 キャイキャイと黄色い声がこっちまで飛んでこようが、どうなろうが。

 とがめるやつはもちろんいないんだなー。

 何故なら女子全員が既に彼の虜だからだ。

 うっとりと眺めるか、駆け寄るかの二択で、そこに咎めるという選択肢は存在しない。

 皆の脳内選択肢はこの二つでキャパオーバーらしい。

 ポケベルかよ。

 最早選択機能すらあるのか怪しい。

 ただけたたましくなるだけの装置だろ。

 あ!だったら、言えてるかも。


 そんなことはどうでもいいんだ。

 とにかく、小野寺写楽は絶世のイケメンなのである。

 事務所は事務所でも芸能事務所と間違えたんじゃないかってぐらいのイケメンレベル。

 マジで。

 実際スカウトがしょっちゅう来るらしいが、全て断るそうな。

 本人いわく事務仕事がなにより楽しい、らしい。

 そんな、頭イッタとしか思えない回答を寄越したイケメン王子様は俺の同期であり、この会社にも2週間前に入社した。

 給料だけが自慢のこの会社で、奴はルックスの高さもコミュニケーション能力も備えてやがる。

 当たり前だが、むちゃくちゃモテる。

 異常なほどに。


「おはよう、柴田くん」

 

 そんなイケメン王子様の机は俺の隣で、こちらに来るときにはいつも挨拶をしてくれる。

 だが、それができる男としての慈悲だということは十分に理解している。

 なので、そこに感情を交えることはせず、こちらもあくまで事務的に、外向きに「おはようございます」とだけ口にする。

 あら?ラブコメみたいなセリフだな?

 気のせいか?


 そんな俺をほっといて、俺の隣では正に茶番劇が始まったようだ。

 本人達にその自覚はなかろうが、俺にとったら茶番劇以外の何物でもない。

 これがシリアスだというなら、俺の私生活など地球崩壊三秒前だ。


「写楽様、お茶を!」

「ありがとう、気が利くね」

「キャアア!」 


「写楽様、こないだの旅行のお土産です!」

「まあ、ありがとう。僕のために用意してくれるなんて!」

「キャアア!」


 な?茶番劇だろ?

 ってか、この会社一体なんなの?

 どうして毎日旅行のお土産を持ってくるやつが絶対何人かいるの?

 どんだけ旅行行ってるんだよ。

 まさか俺以外には旅行手当てとか出てんの?

 ねぇ?もしかしていじめ?

 

 っていうのは冗談なんだがよ。さすがに疑えよ。

 と思わずそんな突っ込みをいれたかくなるのだが、いれたら絶対零度の視線で視殺されるのだろう。

 だから、俺はそんな様子を視界の端に捉えながら、黙々と仕事をこなすだけにとどめるのだ。


 もしかしたら嫉妬してるんじゃないかと思われるが、そんなことは全くない。

 大半を占める女子勢の目の保養になってくれているんだから、そこに文句はない。

 そこには、ね?


「柴田さんこれお願いします」

「これも」

「あ、この議事録チェックしておいてください」

「ここの計算お願いします」……


 ほらきたよ、これだよ。

 これだから……。

 

 そう、彼女達は全くといっていいほど仕事に手がついていない。

 まさに事務所崩壊の危機である。

 真面目に。

 これが嘘なら、天動説すら信じてやれる。

 そのレベルなのだ。

 

 今のところ、俺が死ぬほど仕事してごまかしごまかし何とかやっているが、確実にもう少しでこの事務所はコラプスだ。

 お陀仏だ。

 もちろん彼女達に危機感という三文字はないのだろう。

 ないんだろうなぁ?

 出来るもんなら頭にねじ込んでやりたい。

 

 にしても全く、奴等はここが少女漫画か何かの世界だって勘違いしてないか?

 お前らの一人が仮にもヒロインなんだったら、俺は最早最強最大のスーパー黒幕位にはなれる自信があるぞ。

 

 まあ、とにかくそろそろほんとにヤバイんだよ。

 冗談抜きでな。

 俺が落ち着いているせいで何ともなさそうに聞こえるかもしれないが、実際はか・な・りヤバイ。

 ロトシックスの最高額が三円になったくらいヤバイ。

 だから今日俺は初めて行動を起こそうと思うんだ!

 理不尽な現実に立ち向かう時遂にが来たんだよ!

 ……っていうのは冗談で。

 そろそろ嗜めないと、ほんとにいろんな人の迷惑になっちゃうんだよね。


「ここの企画書作っておいてください」


 おい。それはちょっとどういうことだ。

 流石に聞き逃せない。

 どうやらこれを皮切りに、少し注意を喚起するべきのようだ。

 取って付けたような理由だって?

 五月蝿いな。

 ハエでも叩いとけ。


「それは、あなたの企画じゃありませんか?自分でやるのが筋かと」

「は?」


 ほんとに訳がわからない、とそんな感じの態度でこちらを見つめる同僚α。

 いや、分からなくはないぞ。

 流石に。

 お前の引き受けた仕事なのに、なんで俺がしなくてはならない。

 これは至ってまともなことを言っている自信がある。

 これまでが異常だったんだよ。

 ということでさらに追撃をかける。


「そうそう俺は今日用事があるから定時で帰ります。なので、これ以上の仕事は受け付けませんがご了承下さいね」


 いきなりの定時帰宅前宣言を叩きつける!

 バシーンという効果音付きで!

 おおっと!これは効いた!

 

 現在時刻はまだ早いが、押し付けられた仕事の量を考えたらこのままでも定時までに終わるかどうかすらあやしい。

 なので、これ以上の仕事を引き受けるのは避けておいた方が良いだろう。

 だが、どうにもそれを許してはくれないらしい。


「は?いや、この企画書明日までなんすけど」

「これも」

「これもですけど」


 いや、知らねぇし。俺の担当でもなんでもないし。

 勝手に怒られとけよ。俺の知ったことか。

 そう言いたくなるのを堪えて一言。


「そうですか。それはご愁傷さまですね」


 皮肉たっぷりにそんなことを宣ってやる。

 堪えているようで、全く堪えてませんね~

 だって?

 うるせぇ。モンハンでも使うんだぞコレ。

 仲間がおつったらこれかけてやればオールオッケーなんだよ。

 最早蘇生呪文なんだよ!

 

 だが、俺の蘇生呪文は儚く散っていった。


「はぁ?なに言ってるんですか?同じ事務所の仲間としてそれはどうなんですか!?」


 何故かキレ出した同僚はどんどんヒートアップしていき、代表として同僚αが俺に詰め寄ってくる。

 

「大丈夫ですか?そんなにカリカリして。食物繊維不足してませんかぁ?」


 ガタン!

 

 すると、突然俺の机がまあああの勢いで叩かれる。

 カタカタとメトロノームする机。

 現状を把握した瞬間。

 オフィス内はしーんと静まりかえった。

 そして、


「なにやってくれるんですか?」


 思わず俺は立ち上がり、同僚αを冷たく見下ろした。

 どうやらそれがさらに癇癪を買ったらしい。


「はっ、なんなのよあんた。ダッサイのになんでそんなに生意気なの?」

 

 とか一言余計な事を言いながらドンっと肩を人差し指でどついてくる。

 当然その場で踏ん張ってやると、指を痛めたらしい女は恨めしい視線で俺を突き刺してきた!

 

 いや、知らないから。自業自得だから。

 だが、そんな常識はこいつの前では通じないらしい。


「ふざけないでっ!」


 攻撃は諦め、口撃師にクラスチェンジしたらしい。

 なんとも堅実な判断ではあるが、俺にとってはどうでもいいんだよな。

 俺は物理耐性も精神耐性もとっくにカンスト済みだ。

 まあ、冗談だが。

 いや、やっぱり後者は割りと本気であり得るかもしれん。


「ふざけてるのはどっちですか?いい加減自覚しては?貴方だけではありませんよ?貴方達全員です。下らんことにうつつを抜かすのは結構ですが、最低限の仕事はこなしてほしいかと。でないと、この事務所潰れますよ?」


 皆がぎょっとこちらを見る。

 何のことについて言っているのかわかってはいるようだが、まさか注意されるとは夢にも思っていなかったのだろう、顔。


「はっ?あんたなんなのよ、先輩に対する態度なの、それが」


 ところがとある先輩α′は果敢にもしゃしゃり出てきたのだ。

 その勇姿を称えて真っ先に地獄に落ちてもらおう。

 シーユー、フォーエバー。 

 精々鬼さんズと仲良くやるんだな!


「貴方が先輩なんだったら、私は大統領か何かですかね?あっ、それと小野寺にアピールするときの猫なで声正直キモイっすよ」


 完全にぶちギレた先輩α′。

 その目には殺意すら感じる。

 だが、さらに畳み掛ける。


「貴方達って、ホンットに清々しいくらい仕事してませんよね。最早清々しい通り越して、清々(きよきよ)しいレベルですね。でも、逆にそれがありがたかったんですけどね。だって、適当に仕事をのらりくらりやられてたら、ここまで証拠を集められなかったですから。正直それが一番ウザいです」


 そうやって見せつけたのは、一式の資料。

 そう、誰がどれだけの課題をこなしてきたのかを記してあるのだ。

 言い方を変えれば誰がどれだけサボったか、という証拠でもあるんだな。

 

 奴等は俺に仕事を押し付けすぎたせいもあって、俺の手にある資料はある意味神がかってるほど正確なのだ。

 出鱈目ではないということは、ある程度の攻撃力を有するということ。

 ならば、このようにも使える。

 

「これで、人事異動を要請しに行きます。上への報告も僕へ任せっきりにしたのは間違いでしたね。まあ、最早手遅れですが」


 突如広がる動揺。

 顔を互いに見合わせ、焦り始める。

 なら最初から真面目にやれよという俺の心の叫びは当然ながら聞こえないんだがな。

 聞こえなくてもいいが。

 だが、そんな中でただ一人立ち向かって来る奴もいた。


「ねぇ、あんたひょっして嫉妬してんの?」


 何を言い出すかと思ったら、さっぱりワケわからんことを訊いてきたのは、最早名前も覚えていない同僚の一人?怪しくなってきた……だ。

 もっぱらそんなことを訊かれてもしょうがないことを俺は今絶賛実行中なのだが……


「ねぇ、やっぱりそうなんでしょ!」


 ……、確かにな。


「ああ、嫉妬にまみれた俺が小野寺ばっかりに構うお前達に復讐をしたかった」

「やっぱりそうなん……」


「っていうのが普通なのかもな」


 勝手に納得しかける奴に謎の割り込み。

 ますます、奇妙な目で見つめられるのは、どうもこんにちは俺です。

 

 何がしたいのか伝わらなかったのだろう。

 そんな彼女達に一言一言噛み締めるように言い放ってやった。


「嫉妬。出来ればどれ程良かったか。お前らが嫉妬の対象として最低でも人間として見れればどれ程良かったか。だが、実状は猫の手よりも役に立たない無能なゴミより酷い迷惑しかかからない黒カビどもが湿気と温暖な気候で絶賛大繁殖中なのをあくまで衛生上の理由で仕方なく休日のかったるい気分をノリノリにロックビートくらいにあげてトイレの棚の奥からカビキラーを引っ張り出してきたけどやっぱり進行具合を見てガックリ来たレベルだよこれ。付け加えるなら水気を含んでどろどろになってやがってさらにピンクの水垢も今だけ付いたお得なアンハッピーセットだったことで俺の気分がもう一段階下がったくらいだぞ。クーポン付きでな。最早どうしようもないだろ。はっ!どうしろってんだよ。マジで教えてくれる奴がいるなら教えて頂ければ幸いだね」


 しーん。

 最早誰も何も言うことすら出来ない。

 それほど俺の言ったことは恐ろしいほど正確に、そして、皮肉に奴等の現状を突いていた。

 だが──。


 ガン!


「柴田、流石にその言い方は訂正しろ!!」


 先のセリフに怒りを表し、胸ぐらを掴んで俺に詰め寄るのは他でもない小野寺写楽その人。

 俺はそのまま壁に叩きつけられる。

 

 何?壁ドンならず、胸ぐらドン?

 より近い距離で攻められ、地面から足が浮き気味になることでパニックを煽り、告白成功率をあげる効果でもアンの?

 後で聞いてみようかな?

 

 まあ、流石にそれは冗談で小野寺写楽は本気で怒っているように見える。

 当然その瞳の奥には燃えたぎるような焔が……


「やっぱりそうか。はっ!そうなんだな!フハ、フハハ、フハハハハハ!」


 突然笑い始めた俺を小野寺は若干引き気味に見つめていた。

 だが、それも……


「お前と俺はやっぱ似てるんだよ。だが、やっぱりちょっと違う。でも、これだけは断言できる。

 お前は俺より酷い。よっぽど酷い。酷すぎる。見てられない。なんでかって?」




「お前さっきから全く怒ってないだろ」


 沈黙。

 誰もが俺と小野寺に視線を向ける。

 最早そこには怒りも何もない。

 無理解の視線だけが冷たく突き刺さる。

 それでもなお語る。

 否、語らなければならない。


「お前は今、一見怒っているように見える。だがな、それこそ間違いだ。お前はさっきら全くといっていいほど怒ってはいなし、この話にだってなんにも興味を抱いちゃいない。それどころじゃない。お前は何にだって興味を持っていないし、何とも思わっていない」


 一拍。


「お前が今怒ったのも、その場で最適な行動を選んだからだろ?わかってんだよ。いい加減認めろよ。お前はあれだ。そう」



()()()()()だ」


 いつの間にか緩くなっていた小野寺の手は、遂にゆるゆると俺の襟から外れてしまう。

 そのまま、小野寺はゆっくりと一歩また一歩と引き下がる。


「そうやって計算違いの事が起きたら計算し直すんだろ?そうやって感情の揺れ、困惑を装って再計算し直すんだろ?わかってんだよ。テメーらみたいな人種は」


 冷たくどこまでも感情を排して言い放つ。

 そして、止めの一言。


「お前の解答は()()、か。賢い選択だな。ほんとどこまでもな」


 「何あいつ。絶対ヤバイやつじゃん」「小野寺様は悪くないよ」「あいつは本気でダメな人間だ」とかなんとか。

 そんな声が聞こえたが、きっぱり無視して入り口から去っていく。

 こうなった以上人事異動の要請が最優先事項に繰り上げだ。

 

 ()()、しなくちゃな。



 こうして、営業事務所崩壊事件は幕を閉じた。

 何故なら、大規模な人事異動が行われた末に、小野寺写楽はなんと行方不明になってしまったからだ。

 その後俺は完全に嫌われるようになったが、仕事はちゃんと回るようになったし、俺は未だに会社に残れている。それどころか、皆嫌そうながらも同僚、後輩は俺の指示には絶対従ったくれるようになったし、先輩もいちゃもんつけてきたりはしなくなった。やはり、主格を殺菌したのが効いたのだろうか?

 問題は行方不明になった小野寺写楽だけだが、俺に関しては全く気にしていない。

 いや、正確には気にする必要すら全くない。


 何故なら。


 奴はただ、今より勝算の高い何かを見つけたのだ。

 という、そんな根拠もない確信だけが何故か胸に残っていたからだった。

 回想編終了です。


 ちなみに、第一話の冒頭を大分改編致しました。

 だけど、内容は全く変わってません。ただ、描写が変わっただけです。

 2019、3/31日以前にお読みになられた方は第一話を再度訪れてもらったらちょっと嬉しいかと。

 

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