第一話 新たな価値観に慈悲などない
ぐわぁぁぁぁああああああ!?」
俺、柴田詔矢は絶賛落下中である。
などと、すでに大分使い古されてセカ○ドストリートでさえ三割引になっていそうなこんなセリフを、常人と少なくとも名乗る奴が好き好んで使おうとするはずも勿論なく、俺も一般人と俗に称される輩と同等程度の脳ミソの持ち合わせが今し方、確かにあったはずなのだが、こんなことになってしまったのは俺が悪いのだろうか?
いや、違う、断じて違うな。
俺は至極全うなな思考回路を依然として保っており、実際俺の脳内では円周率が十八桁まで列挙されている。
なら、俺のせいではない。
世界が悪い。
異世界が。
それもこれも、こんなことになったのはあの大天使の仕業が八割で、残りの二割はこれから出会う人々にな擦り付けていこうと思う。
だが、それすらも叶わないかもしれないと、俺の脳内には原始的な恐怖が沸き上がっている最中だったりして、これは軽くPTDを罹患するやも知れん。
まあ、それも現状を見ればしょうがないわけで、冗談抜きで死ぬ。
もう一度言う。
死ぬ。
風圧に当てられ、すでに人様には見せられなくなったあられのない様相をさらす顔に、全く機能しなくなった三半規管。
まるでもてあそばれるように落下する俺は、ただただ落下のその瞬間を、極限まで目を瞑むって待つしかなかった。
そして……
「おわぁ!」
ボフッ
「ぐほっ」
間抜けな音の三重奏。
遂に走馬灯が俺の頭でくるりくるりとし出したかと思ったら、超強引に減速し始め、なんとか俺は平均寿命の外れ値となって長寿大国日本の名を汚すことだけは避けられたようだ。
けれどもその仕様は、物理法則を死ぬ気で見つけた過去の偉人達に謝罪会見を開けと弾劾したところで、人口の六割が許容してくれるぐらいには、くそがつくほど適当だった。いや、マジで。
ピロンッ
「スキル【雲隠れ】を 所得しました」
突然なり響く音。
鼓膜を通して俺の脳に干渉し、新たな世界であることを強制認知させるのだ。性格悪っ。
世界の声って奴か……
そうなると、あれがさっき言ってたスキルつて奴のお知らせかな?……と幼稚園児から依然として保ってきた物分かりの良さで、スラスラと理解していく俺ヤバイ。
というのは二割冗談で、実際は合成音声─そのような感想を抱くなんとも言えない声だったかどうかに関わらず、余りにも言ってることがファンタジック過ぎたので、疑問を抱く必要すら無かっただけなんだけどな。
なんとも分かりやすくておよろしいこと。
さて、どんなチートスキルなのかな?、と俺の胸は期待に高鳴ることこの上なし。
一応だが、チートスキルと言うのが俺の異世界セカンドライフ許諾の最低条件だったと、俺の海馬体が健気にも記憶してくれているのだから、その辺りはきちんとクリアされているのだろう。
では、早速拝見しますか……って言っても、開き方が分からないのであった……
チャンチャン、には死んでも成りたくないね。
「システムコール!……違うな。んー、【ステータスオープン】!」
ピロンッ
「現在のステータスを表示します」
よし、当たりのようだな!
ぬはははは。伊達にうん十年ラノベリーダーを勤めあげただけのことはある。
人生何が役立つか分かったもんじゃないよな!消費者としても、これほど有用に使いのけたのはたぶん俺くらいだ。消費者として誇れるね。
そう考えると、剣とかの扱いを学びたかったような気がしてくるが、日本というお国に生まれてしまった以上とんだ無理な願いだったとすぐに気づいたので、思考を停止する。
余計なことには時間を取られないのが俺のささやかな流儀のひとつであるのだ。
アナウンスに続いて、半透明のモニター画面みたいなのが出てきた。
空間にいきなり出現したような不思議仕様だが、いちいち突っ込んでいくのはナンセンスに過ぎる、と俺は学習したのだ。
この短時間でここまで理解できるって俺、顔回の生まれ変わりなのだろうか?
やだこわい。
色は薄い紫、タッチ式で見れるようだ。
どちらかと言えば、S〇Oとかに出てくる奴に近い気がするが、どちらかのもう片方はなんなのだろうか?、と言われればわからない。
日本人は言語の誤用が多いと聞くが、その一環を自分で体験できるなんてホント優秀すぎんだろ俺。
戦えば戦うほど強くなる仕様なのかな?
それにしても、スキルの仕様としては非常にシンプルでおよろしいこと。
てか、今日仕様って言葉を使いすぎているような気がする。
まあ、新世界なんだからしょうがないよな。
【ステータス】
名前:シバタ・ショウヤ──?
種族:人族──?
スキル保有数:1
コスト合計:100/100──?
スキル名:【雲隠れ】──?
→詳細
すぐに画面には俺の【ステータス】が表示された。
Now Loading すらなかった。
あれ、うざいんだよな。
そういえば前に、Now Loading を訳さなくてもいいのに「読み込みゲーム」とか訳しちゃう可愛い外国版ゲームがあったような気がするわ。
話しはそれたが、おおよそ予想通りの表示である。──?以外はな。これはさっぱりわからんから、後で考えておこう。
だが、ステータスパラメーターとかはないみたいだな。
書いてあるのは【種族】と【スキル】、【名前】だけだ。
えーと……、現在のスキルの保有数は1なのか。
そしてスキル名は【雲隠れ】、と。
大和な名前だな。
コストは100/100……
って、 全部じゃねぇか?
このスキルが俺のキャパ食尽くしてやがる状態なのか!?
ってことは、さぞかし強いと言うことなのだろう。
詳細っと
すると、なんなく表示された。
スキル名:【雲隠れ】
コスト:100/100
レベル:1
属性 :無
【主要能力】:【異空間】に繋がる【ゲート】の創造。
つまり逃げ放題。
【第二能力】:【精神強化零拭】、【自由之徒】、≪【絶対ナル存在】≫
……は?
何だって?……つまり逃げ放題?
………
……
…
いや、適当すぎんだろ。説明杜撰過ぎんだろ。こんなん【ゲート】とやらが作れること以外、何にも分からねぇじゃないか!運営出せやコラァ!
もしこれが創作物なら、余りにも酷すぎて涙が出るね!こんな中途半端なスキルで作品が売れるとでも思っているのなら、そんなラノベ作者は今すぐにでも、職転換をするべきだろう。いや、しなくてはならない!
なんせ、分かってなさすぎる。
俺は男だ。魔力無限とか超速成長とか欲しすぎる。で、それで選ばれたのが【雲隠れ】、ね!
いやぁ、なんだよそれ?聞いたことないんだけど?くそぅ。
……まあ、でもグズグズばかりしていても仕方ないよなぁ。そろそろ何かを始めなければならない。
そこで辺りを見渡せば、草、草、草原、森、草、草、草原……と、ある種の回文的な感じのする景色だった。
水資源も豊富なようで、草木が若々しく生い茂っている。
前の世界に比べて自然は豊かだし、生き物は多い。
良かった、生き物はまともそうだ。
モンスター何て居なくていいからな。
このまま自然の恩寵に身を浸していても良いのだが、とりあえず人に会いたい、と俺は思うのだ。
自分の人生、これからどうするのかもこの世界の常識とやらを知ってからでも遅くなかろう。
そのためには、町だよな……。
どこにあるんだろ?
とりあえず、ぷらぷらしてたら見つかるのかな……?
というわけで。
***
その後小一時間ほど歩いたは良いんだが、森に入ってしまい、そこからはなんにも見つからなかった。
さっぱり何にもだ。
手掛かりぐらい見つかっても良いんだがな……。
まあそんなこともあって、俺は少し開らけたところで休憩をとることにしたのだった。
森の真ん中にぽっかりと空いた、木々がすっぽりとなくなっているスペース。
そこそこ大きさのある岩もゴロゴロしていて、休憩に丁度いい。
はぁー、とにかく疲れたって感想しかないわ。
やっぱりあてもなく探しても町なんて見つかるはずないかぁ。
町なんてすぐ見つかると思っていた自分をしばき倒してやりたい。
それにしても、ほんとになんにも教えてくれなかったなぁ。
あの天使。
あーあ。
と暫く独りごちていたら、突然後ろの草むらが揺れた。
そちらに視線を向ければ……
「にいちゃんよ、金目の物全部置いてきな!」
とさ。
にしても、へんてこな服装だよなぁ。
毛皮に草鞋とかどこの民族だよ。
もっとファツションセンス磨けよな。
これで銀髪ワイルドなクールフェイスならお許しが下るものの、なんたって金髪チンピラ顔だからな。
似合わないことこの上ない。
でも……
でも……
でも……よぉ……
これってよぉ……
やっぱり!?……
来ましたぁ!!!
盗賊イベントォ!!
これがなければ、異世界ものは始まらなーいぃ!!
俺TUEEは当たり前、道も丁寧にお聞きできるお得なセットつきだ!!
何て美味しい種族なんだ君達は。どうぞウェルカムだぁ!!
(えぇ!?)
俺のテンションが急激にはねあがるのだ!!
「金目のものを置いてけってかぁ?それは聞けないんだなぁ。何故なら俺はなんにも持ってないからなぁ」
「なんだてメェ。気持ち悪いずらしやがって。……まぁ、取り敢えずその高そうな服を置いてきな。そしたら許したるよ!」
「お前そんな趣味だったのかぁ?それはちょっとお断りだなぁ!」
「お前いい加減にろよ。はぁぁぁ、めんどくさいけど痛い目あってもらうしかないなぁ!アァん!?」
「おおっと!」
いきなり殴ってきやがった!こいつ。
なんとかよけれたが、マジで危ないだろ!
お巡りさん呼ぶぞ!
っていうのは冗談で……。
折角なんでスキル使って撃退しときますか!
これぞ、俺TUEE!
初陣だぁ。
オーオオー!!
「【ゲート】オープン!」
そういいながら、手始めとして、自分の斜め前にゲートを開いた。
大きさは大人一人分ぐらいで、色は濃い紫。
よいしょっと、……おお!
急いでゲートに転がり込むと、すこしグニャリと視界が歪んだあと一気に明度が下がり、謎の空間に飛び出した。
これぞ5億年ボタンって感じ。
うん?ちゃんと出れるよな?
少し心配になったのは内緒だ!
と、一連の下らない思考を完了させ、回りを見渡しながら観察を開始する。
大きさは少し走り回れる程度となかなか広い。
学校の教室、それくらいだらうと思われるその空間は一面を暗い紫の壁で囲われており、天井もそこそこ高い。
幻想的な空間だが外の様子が全く見えないため、ある種の不安的な心情を引き起こすかもしれない。
そんな空間において、ことさら強い存在感を主張するものが一つ。
もちろん【ゲート】だ。
【ゲート】は端的に言うとガラスのようで、暗い紫色の壁にそこだけ無色透明なのでえらく目立っている。
ジェル状のガラス、果たしてそんなものが存在し得るのかは分からないが、そんな感じだと思ってくれればいい。
少し手を押す力を強めたら、指先があっち側に飛び出す仕様。
そして、なんといってもその大きな特徴はそこに映る物だろう。
すなわち、ゲートの前で呆けている様子の盗賊だ。
そう、このガラスのようなゲートは現実世界の紫色のゲートと視界までもが繋がっており、ゲートの前の盗賊がキッチリと見えているのだ。
たくさんゲートを作れば、それだけ見える範囲も広がるのだろう。
そんなことを長々と考えられるのも、ひとえにゲートの異常な防御力の高さにある。
既に放心状態から回復し、盗賊は渾身の力でショウヤが消えたゲートをナイフで叩きつけるが、割れもしなければ揺れもしない。
苛立った盗賊は、殴る、蹴る、タックル、その他いろいろとゲートへの攻撃を与え続けるが、その破壊活動の尽くが徒労に終わった。
全く干渉を絶っている。
そう言わざるを得ない、異様な光景。
それでも諦めないのは、さすが盗賊。
執念だけで生きる種族なのだ。
滑稽……。
そう、ショウヤがニタリと笑ったかと思った次の瞬間には……
ヒュッ
盗賊の背後に一瞬で現れ、容易く背後を取ったショウヤはこっそりと盗賊の腰に挿してあるナイフを抜き取り、背後にあった【ゲート】で再び異空間に帰還した。
そして、気配に気づいた盗賊が振り向く前には既に【ゲート】を閉じていて、とっさに振り向いた盗賊に新たにできた背後には、再び【ゲート】が開く。
全体俯瞰用の【ゲート】を作り、一体の空間を把握していたショウヤがニタリとした笑みを張り付けたまま、その【ゲート】からニュッと出現したのに盗賊は気づくこともできない。
そして……
「……シュッ!」
無言で盗賊のアキレス腱を切り裂くショウヤ。
なんのためらいもなく、完全に不意打ちを打つ形で、確実に仕留めに掛かるかのように全力でナイフを振り抜く。
金がなかったのか、盗賊が草鞋しか足に履いていなかったことも幸いし、驚くほどよく切れた。
大量に噴出する血。
やつはとっさのことに訳も分からず、膝をかガクンと折りながら崩れ落ちた。
あれ、拍子抜けするほど簡単だったな……。
ん?俺TUEEなのか?これって。
なんか思ってたのと違うな。
などと、ふざけたことを思いながらもショウヤは一切の慈悲を感じさせない追撃を開始する。
「グハッ」
グサッ!グサッ!グサッ!……。
崩れ落ちた盗賊に馬乗りになり、素早く四肢を含めた10数ヵ所を切りつける。
今から話を聞く以上、反撃を考慮してのことだ。
しかし、専門的な知識がないゆえにその切り口は必要以上に抉られ、耐えきれないとばかりに盗賊は甲高い悲鳴を上げるが、空に吸われていくばかりでどこにも届かない。
しょうがないんだ。
ショウヤはそう、自分を誤魔化し、ボロボロになった盗賊を冷たく見下ろす。
そして、お金らしき硬貨も荷物の中に発見。
他にも何か色々と中に入っているだろう皮で出来たベルトポーチ的な物を、抜け目なく瞬時に回収しておく。
「さて、盗賊。質問がある。一番近い町はどこだ。別に嘘を言ってもいいが、困るのはお前だぞ?何故なら、お前が持ってるその金で止血薬を買ってきてやるからだ。早く答えるほど生き残る可能性は高いかもなぁ。刻一刻と君の死は近かづいてきているが、どうするかね?」
突然のショウヤの質問に一瞬痛みを忘れたかのようにこちらを振り向く盗賊だったが、すぐに激痛がその身体中を走り回り、堪らず蹲る。
「ハァハァハァ……、痛てぇよ、ハァハァハァ……、畜生!」
「俺は君の痛いですアピール何てどうでもいいんだが。死にたいのか?」
そんな盗賊に冷たく、嘲笑するように死を告げるショウヤ。
その瞳の中に本気を見た盗賊は慌てて、口をごもらせる。
激痛をこらえ、漸く出てきた言葉を一言一言噛み締めるように進めていく。
「っ!……分かった……分かった……から。……話すよ……なぁ。だから……助けて……くれ」
静かに続きを促すショウヤ。
「……一番近い町は……西だ。西の……まずは……北に……少し行ったところ……に、街道に……続く……道が……ある……。あとは……それ……を……ずっと…………西……だ……」
やつはそういいながら、右をさす。
次第に間隔が長くなっていくことから、盗賊の限界がそれなりに近いことを悟るショウヤだが、気にすることもなく、盗賊の言葉を吟味していく。
「太陽は前方真上に見えるから、もとの世界と方角に変わりなし、か。では、有益な情報をくれた素敵な盗賊さん、……君には残念ながら、ここでアデューしてもらう」
……と、まるで人間とは思えない非情なセリフをペラペラと、おおよそ同じ人間に向けるには無表情過ぎるその顔で吐き出していくショウヤ。
だが、当然それが行動に移らされることは……
「ヒッ!どうしてこっちにくるんだよ!町はあっちだぜ。な!」
ないと、信じていた。
しかし、その考えは幻想だったと思い知らされる。
グサッ!グリリリ……。
「グッ!ゴホッ!ゴホッ!どう、して……ゴホッ!ッ!」
血を吐き出す。
「まぁ、心臓を刺せばそんなものか」と興味無さげに呟きながら、左胸に深々と刺さるナイフに体重を掛けていく。
その度にビクンビクン、と痙攣していた盗賊の体からゆっくりとナイフを抜いたショウヤは、その場でナイフを一振り、二振り、血脂を飛ばす。
そのあと、ごっと鈍い音を響かせながら盗賊を蹴りあげた後、生死を確認したのかすぐに目をそらした。
いずれ復讐を企むようなやつを生かしておいても、こっちの命が脅かされるだけ。
早々に処分できて良かった。
と、一連の惨劇を肯定的に捉えるショウヤ。
しかし、スキルの実用性があることも証明され、皮肉にもショウヤの思った通りのイベントになってしまった。
「これで、心置きなく旅立てるな。まずは、西の町を目指すか……」
こうして再び歩き出した彼に
特に思うことは
無い。
彼の瞳は、時々青く光っていた。
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*世界百科辞典*
file2 「神」
おお神よ、ただただ無情であれ。