番外編 第一話 少年バルバトス
番外編といいながら、けっこう重要な話です。
本編はしっかり継続中です。
時間は遥か彼方に遡る。
彼女の名前はアリエル。
この世界の大天使、歴とした最高権力者である。
そんな彼女には今、悩まされていることが一つあった。
それは、高度な文明を持つ人類が定住化出来ていないことである。
原因は、モンスターという獣にある。
彼らは獣でありながらもスキルを駆使するだけの知能があり、人間達をいとも簡単に屠ってくれる。
全てのスキルを使えるゆえに最高戦力を誇る自分が直接出向いて殲滅してやってもいいのだが、これからも獣の数が増えるに従ってモンスターも増え続けていくため、根本的な解決には到底至らない。
これらの問題が、末永く彼女を悩ませていたのだった。
特に定住に最も適していて、人類繁栄の拠点となるであろう候補地が「邪龍バルトニア」に支配されていることが重大な問題であった。
どうしようかな……。
バルトニアを倒しても、彼らが倒さなきゃすぐに私を頼ってしまう。
だからと言って、彼らにあのトカゲが倒せるとは思えない。
そんな永遠の思考のループにまたもや嵌まりそうになっていた、その時だった。
「【超人】の出現が確認されました」
聞き逃しても不思議はないほど一瞬で終わったその一通の世界の声によって、運命の歯車が回りだす。
それは、大天使アリエルと世界のあり方すらも変えることになる、大事件の始まりであった……
***
彼の名前はバルバトス。
唐突に出てきたこの少年だが、これからの大事件を語る上で必ず紹介しなければならない、超、重要人物である。
そんな彼だが、今日人生の大転機を迎えていた。
いや、迎えさせられていた。
事件は唐突に起こった。
少年は何も知らないし、何も分からない。
ある日目を覚ませば、集落の者がまるごと居なくなっていたのだ。
その中には、当然家族もいた。
まだ小さかったバルバトスだが、唐突として放り出されて無事なはずもない。
モンスター、彼らにとってひとりぼっちの少年は狩りやすい獲物でしかなかった。
少年が事態を呑み込むよりも早く、モンスターが彼に襲い掛かった。
はじめはどんなモンスターだったか?
そんな物はどうでもいい。
なぜなら、彼のもとには既に数十匹のモンスターがよだれを滴ながら歩み寄ってきていたのだから。
「ハァハハァハァハ……ガルルッ……」
「あ、あ、あ、うわぁぁぁああ!!!」
彼は、ひたすら逃げるが、いとも簡単に追い詰められる。
必然の結果。
後ろは岩場。
ガクガクと彼の膝が笑いだし、下がれもしないのに必死に後ずさろうとする。
そんな彼を見詰めるモンスター達の目は、完全に捕食者のそれだ。
そんな少年の脳裏に、スキル、その単語がよぎる。
だがこの時代であっても、スキルは子供にとって危険なため、大人になるまで使用、果ては認知さえも禁止とされていた。
村の掟、その最上級にも達するその掟は、いささか少年の決断を先延ばすには十分過ぎる。
少年の脳内には、何度もその危険性を訴える大人達がフラッシュしていくのだ。
今はもう、居ない大人達が。
だがそんな逡巡も、次の瞬間には絶ち切られざるを得なくなる。
「ガゥアルッ!」
「ひ、ひゃァァぁああ!!」
先頭にいた狼らしきモンスター、血走った赤い目に全てが紅に染まる歯を持つその狼が少年に飛びかかる。
個体名【グレイウルフ】
スキルコスト合計は30に達する強力なモンスター。
村の戦闘職が五人係りで倒せるかどうかというモンスターである。
ガチンッ!
強烈な恐怖を感じた彼は咄嗟に生存本能に従って横回転をし、その強力な顋から逃れることに成功する。
しかし、少年は後ろにあった岩が簡単に砕けるのを見てしまった。
沸き上がる恐怖、焦燥。
その全てが生存本能に働きかけ、理性をぶっ飛ばした。
それゆえ少年の行動は速い。
村の掟、そんな物は死に逝こうとする少年を生かそうとする生存本能には無意味で無価値だった。
「スキルオープン!!!」
どこからか漏れたかは知らないが、知ってはいるその呪文。
しかし、唱える勇気はなかった。
だが、少年は唱えた。
そして、運命は変わる。
スッと何の問題もなく現れたのは確かにスキルプレート。
少年はその事に感慨を抱く暇すらない。
血走った目を急いで走らせる。
もう、グレイウルフはこちらを向いているのだ。
愉しげにこちらを追い詰めるような足取りで、此方に向かってくる。
恐怖、恐怖、恐怖。
その全てを押さえつけ、必死に頭のなかに情報をインプットする。
そこに書いてあったのは、【聖剣】という文字だった。
もちろん、どんなスキルかも知らないが、彼にとってはどうでも良かった。
自分の命を救ってくれさえすれば、どんなスキルであろうと良かった。
スキルの説明は一切読んでいないが、何故だか基本的な使い方は理解できる。
これがスキルなのか、と彼は理解した。
そして
ただ、叫ぶ。
ここに暴力が権限する。
「【聖剣】!!」
その瞬間、眩しい光に包まれ、手には一振りの剣が握られていた。
美しい、刀身。
シンプルながら、高貴さを感じるデザイン。
まさに、聖剣であった。
「どりゃぁ!!」
一閃。
型も何も成っていない無茶苦茶な振りであったが、そんなことは全く問題ないとばかりに、剣から放たれた光の奔流が全てを蹂躙し尽くす。
モンスター共々、辺り一体の地面が大きく抉られる。
【聖剣】の力の顕現であった。
そして、彼は悟った。
強力な力というものを。
その後もモンスターが次々と湧いてきたが、全てを屠った。
屠って屠って屠り続けた。
そしてやがて、粗方のモンスターが死に絶えたとき、一体の返り血で染まるモンスターが姿を現したのだった。
緑の皮膚は疣だらけで、その体格は優に5メートルにも届く。
鋭い牙に、紅の眼が燃えているようだ。
今までのモンスターと格が違うことは、少年の目から見ても明らかであった。
そのモンスターが口を開く。
「まだ、残っていたか。穢れた者よ」
その声はおぞろおぞろしく、少年の恐怖を感化した。
だが、次のモンスターの言葉を聞いて、それは怒りへと変わることとなる。
「ここに住んでいた穢れた者達は全て殺したはずだと、不思議に思いながらも惹かれるままに、ここに来たのは正解だったようだな。まだ残っていたとは」
「今、なんて言った!!」
「ここに住んでいた者達は殺したということか?お前も知っているのだろうよ。お前の仲間の一人に赤い矢を刺しておいただろう?」
「テ、テスさんのことか!テスさんは崖から落ちたんじゃなかったのか?
……違ったのか。お、お前がやったんだな。『穢れ殺し』!!」
「やっと、我が誰かわかってくれたようだな」
「おんのれ!殺してやる『穢れ殺し』!!」
「掛かって来るがいい!!」
「どりゃぁ!」
上段からの一閃。
光の奔流が『穢れ殺し』を襲う。
そして、少し反応が遅れた『穢れ殺し』の腕をさらっていく。
「ぐはっ!」
少年は尚も振り回す。
光が辺り一帯を破壊し尽くしていく。
高い身体能力で逃げ回っていた『穢れ殺し』だが、遂に身の危険を感じて反撃に出る。
光の隙間を縫って少年に迫る『穢れ殺し』。
光を避けるために姿勢を崩しながらも、その太い腕で少年を払い飛ばす。
「ぁぁぁぁぁぁあ!」
吹き飛ばされる少年。
岩場に身を打ち付ける。
だが、奇跡的に意識を失わなかった。
それが少年を生かした。
少年は、油断しきって近づいてくる『穢れ殺し』の足をいきなりふりかぶり吹き飛ばす。
崩れ落ちる『穢れ殺し』。
地面に手を着き、起き上がれなくなってしまう。
そんな『穢れ殺し』は、
「こんな無様なことがあるか……ハハハハ……さっさと殺せ」
少年の躊躇は一瞬。
「うわぁぁあ!」
振り下ろした。無造作に。思いきって。
その瞬間、
轟音!!
地面を大きく抉ったその一撃で、「穢れ殺し」は跡形もなく消え去ったようだ。
「はぁ、はぁ」
こうして少年は生き延びたが、ただただ強くならなければならないと、謎の焦燥に刈られるようになるのであった。
***
そうして時が経った。
彼はとにかく殺しを続けた。モンスターを屠り続けた。
実際、後生で強力なモンスターがほとんどいないのは、彼の功績に帰するといっても過言ではない。
彼は、才能があるにも関わらず鍛え続けた。【聖剣】を持っていながら、ここまで鍛え上げた人間は前にも後にも彼一人である。
そのため、最強レベルの強さになっていた。
だが、彼は自分よりも強い存在が確かにいることも知っていた。
邪龍バルトニア。
その名を世界に轟かせ、最強の座をほしいままにする龍。
これを越さなければと正体不明の使命感に刈られ、モンスターを狩り続けた。
とにかく彼は手当たり次第でモンスターを屠っていく。
ターゲットなどない。
モンスターが密集するところに突撃しては、全滅させることを繰り返す。
そして、ある日【狂戦士】のスキルを手に入れた。
【聖剣】と短期最強のこのスキルの組み合わせは、自分をとことん追い込むスタイルの彼にはピッタリだった。
この【狂戦士】がこんなにもコストが低い理由は、故にその使いにくさにある。
その能力は自分の残り体力全てを消費することで、それに応じた身体強化を三分の間だけ自分に施せるというものだった。
確かにその強化率は異常に高いが、あまりにコスパが悪すぎるということで、もし手に入れたとしても誰も取りたがらないスキルであった。
だが、彼は気づいた。
自分の体力の総量を上げ続ければ、このスキルの強化率も果てしなく上がっていくと。
スキルの持ち合わせによって全ての強さが決まるこの世界で、即効で最高の攻撃力を誇ると思われる組み合わせは他にもたくさんあったが、ここまで強くなってしまった自分を強化し続けられるのはこのスキルだけだとも。
最高と思われる組み合わせだろうとその時は最強であるかもしれないが、成長の余地の無いスキルではいづれこの【狂戦士】に追い抜かれるということは彼は十分理解していた。
たがら、彼は残りコスト15ピッタリで【狂戦士】を取った。
端的に言えば、彼の勘は当たった。
彼は体力が底を着いてからも闘い続け、自分の体力を確実に増やし続けていった。言うはやすしだが、実際は果てし無い苦行であった。
しかし、それに応じて狂戦士の強化率は確実にぐんぐんと上昇し、とっくに最強の組み合わせだと思っていたものは抜いていた。
それでも、さらに闘い続けた。
そして、ある日異変に気づいた。
【狂戦士】を使っても自分の体力が残っていることに。
他のスキルはとうに足元にも及ばないので、その日から二回使うことにした。
新たにスキルをとるという選択肢は端から無かった。
そして、またも気づいた。
自分の体力が残っていることに。
そして、またも…………
というのを繰り返し続けた結果、九十九回使っても自分の体力が残っているようになった。
そしていつからか百回に増え、今日も今日とて百回目の【狂戦士】を発動させながら乱舞していた。
「せりゃぁ!」
次々と湧いて来ては吹き飛ばされるモンスター達。
青年はその中心で舞続ける。
そして、モンスターはいずれ消滅する。
いっそモンスターがかわいそうになるほどの大虐殺の果てに、【狂戦士】の効果は消えた。
計算の内だ。
そして、体力がまるごとなくなった彼はその場にぐったりと倒れふす、筈だった……
だが、遂にその時は来た。
彼は、気づいた。
百回目を終えても体力の残っている自分に。
そして、
自分の体が光で包まれる。
光が晴れたとき少年の体は何も変わっていなかったが、自分の中の何かが変わったと確信した。
そして世界は伝える、
「能力値が【人族】の限界を突破しました。従って種族が【超人】へと進化します……完了しました。スキルコストの上限が10000へと上がります」
続けて、
「【超人】の出現が確認されました」
彼はあわてふためいた。
スキルを手に入れた時によく聞く声だが、言っていることが信じられなかった。
【超人】、スキルコスト10000、全てが信じられなかった。
だが、彼に容赦ない追撃が掛かる。
「スキル【絶対切断】を得ました」
彼は驚いたが、すぐにスキルプレートを開く。
聞いたこともないスキルだったので、相当驚いた。
名前:バルバトス
種族:【超人】
スキル保有数:2
コスト合計:100/10000
スキル名:【「聖剣」】
→詳細
【狂戦士】
→詳細
獲得中スキル:【絶対切断】
→詳細
詳細を震える手で押す。
スキル名:「絶対切断」
コスト:10000
属性:武
能力:どんななまくらの剣であろうと、このスキ
ルを持つ者が振るえば如何なる物をも切断
する刃を生むであろう。
訳がわからない。
だが、【聖剣】と違って剣がいることはわかった。
スキルの強さがわかるのはそれからだ。
これは十年ぶりに人に会わなくてはならないかも知れない。
幸い、この近くに仮住している部族が作った集落があるのは知っている。
そこに行けば良いだろう。
青年は思考を終えた。
そして、少年は集落に行くため、開けた方へと歩を進めだす。
少年が部族を取り残されてから、十年の月日がたっていた。
運命の歯車が人知れず回りだす。
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*世界百科辞典*
file8「穢れ殺し」
正確に言うと、ゴブリンロード(ゴブリンが【賢獣】を手に入れた)の進化した姿である。
だが、最早ゴブリン族でもなんでもないオリジナルモンスターとなっている。
モンスターはスキルプレートを見なくてもスキルの存在がわかるため、スキルプレートを見ることは無いが、強いて言うなら次のようなスキル構成になっている。
【穢れ殺し】 65
スキルを認知した人間をひたすら求め続け、皆
殺しにしようとする。
身体能力が大幅に上がる。
【覇気】 10
覇気を放ち、相手を恐怖に陥れる。
【生命力】 10
生命力が高くなる。
【賢獣】 15
賢く、話せるようになる。
御伽噺にも登場し、一度狙った集落の大人達はどこまでも追いかけ皆殺しにすると伝えらているが、実際はスキルを認知している者を追いかけている。
大人しかスキルプレートを見てはならないという風習が重なって、このような誤解が起こっているようだ。
また、恐怖をより引き出すために赤い矢を集落の大人の一人に突き刺し、そこの集落を襲うという趣味がある。
よって、そのおぞましい姿も合わさって多大な恐怖の対象となっている。
何話か続くことになりそうです。