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管理官と王女様  作者: しろもじ
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7.戦闘

 容とフェリスは車両連結部を通って、客席に戻ろうとしていた。デッキのひとつ前の車両に入ると、向こう側から兵士がやって来るのが見えた。容とフェリシアが連れ立っているのを見られてしまう。兵士が何か声を上げて、こちらに小走りで向かって来た。


 容はフェリシアの腕を掴むと「逃げるぞ」とデッキへと戻った。連結部の扉を閉め「ちょっと押さえてろ」とフェリシアに言う。「え、私が?」と戸惑いながらも、必死で引き戸になっている扉の取っ手を掴む。


 先程ふたりが入っていた洗面所の隣、小さな無骨な扉。それを開く。中に入っていたデッキブラシを掴むと「下がれ」とフェリシアに言う。扉の向こうまで迫ってきている兵士の姿が、小さな窓から見えた。


 とっさに思いついたものだが、この作戦しかないだろう。容はデッキブラシの柄の部分を先端にし構え直すと覚悟を決めた。兵士が勢い良く扉を開ける。狙いすましていたかのように、容はデッキブラシの先端で兵士のみぞおちを突く。


 狭い車両の中でも特に狭くなっている連結部分。ここなら複数の兵士相手でも、1対1で戦うことができる。小さい頃から叩き込まれて、警視庁に入庁しても定期的に剣道を行ってきた容にとっては、竹刀とブラシの柄という違いはあっても、充分な武器になり得る。


 他の格闘術も心得ているが、相手は銃を携帯している兵士だ。できるだけもみ合いにはなりたくない。確実に倒せる方法で倒す。


 みぞおちを突かれた兵士が、口から形容し難い声を上げて、崩れ落ちた。その後ろにいた別の兵士は一瞬、何が起こったのか理解できずに、唖然としている。そこへ容は再びブラシの柄を引くと、2撃目を放つ。


 同じようにみぞおちを突かれた兵士が泡を吹きながら、前に倒れた兵士の上に崩れ落ちた。連結部が狭いことを利用した作戦は上手くいった。その分、容もデッキブラシを自由に振り回せないが、突きは剣道で容が得意な技のひとつだった。


 3人目の兵士はホルスターから銃を抜こうと慌てている。容はすかざす踏み込んで喉仏の少し下を突いた。思っていた所とはやや逸れたが、兵士は膝から崩れるように倒れて、少しもがいて動かなくなった。


 それを見た4人目は銃を引き抜いた。容が警察で使っていたものと比べると、やや大型。しかし銃身は細く、どことなく古く見える。兵士がそれを構えた瞬間、小手を狙った。ほとんど振り上げることができなかったため、兵士から銃を落とすことはできなかったが、多少の効果はあったらしく、苦痛に顔を歪めている。


 そこへすかさずみぞおちへ一撃。


 あと一人。そこにきて容は息が切れ始めていることを実感した。そして自分が17歳くらいの身体になっていることを思い出した。瞬発力では、27歳の身体と変わらないか、もしかしたら勝っているのかもしれない。だから、この世界で目覚めた時、違和感を感じたのだ。


 そしてあの時、なんだか身体が軽いと思った。足を一歩踏み出す動作でも、自分が思っている以上に早く軽く動いた。その時はそれどころではなかったので、深く考えていなかった。しかし戦闘になり実際に身体を動かすと、10年間で培った技術と若い肉体とで、思っている以上に「戦えていた」のだった。


 それを過信していた。そしてこれは剣道の試合ではない。命のやり取りがかかっている真剣勝負なのだ。必要以上に力を込めて、必要以上のスピードで身体を酷使した。その結果、あっという間に持久力を失い5人目――最後の兵士が飛びかかってくるのを目の前に捕らえながら、腕が上がらなくなっていた。


 まずい。


 なんとか腕を上げようとするが、間に合わない。兵士が目の前に迫る。銃床で頭を殴られ、デッキになだれ込むように転倒する。すかさず兵士が馬乗りになってマウントを取られた。後頭部が床に激突して、衝撃が走る。眉間に冷たい感触を覚えた。兵士の銃が突きつけられていた。


 兵士が何かを叫んでいる。殴られた衝撃からか、倒れた時に頭を打ったことからか、何を言っているのか聞こえない。その向こうには車両の天井に備え付けられた照明の明かりが滲んで見えた。


 俺は死ぬのか……。


 そもそもコンビニで俺は死んだのか。そして今度は列車の中で死ぬのか。コンビニでは店員を守って死に、列車では王女様を守って死ぬ。警察官としては良い死に方かもしれない。しかし、店員は守れたかもしれないが、王女様は……。


 ぼぉっとした頭でなんとかしようと、手で兵士の頭を掴む。


 駄目だ、力が入らない。ここまでか。


 諦めかけた瞬間、容の視界がふっと暗くなった。一瞬、死んだのかと思ったが、身体の感触は残っている。照明を何かが遮っていた。何だ……何か白いものが……。


 ゴンっという鈍い音が聞こえた。馬乗りになっていた兵士の頭が容の胸へと落ちてきた。とっさに目を瞑ってしまった。何が起きた? 俺は……生きている?


 そっと目を開けた。


 眼の前にフェリシアが立っていて、容を見下ろしていた。両手にはカウンター席に置いてあった、木製の椅子が握られていた。状況から察するに、この椅子で兵士の後頭部を叩き、倒してくれたようだ。兵士は容の胸の中で伸びていた。


 フェリシアは肩で息をしているのか、一定のリズムで身体が揺れている。銀色に輝く長い髪がゆらゆらと揺れていた。王女にとって、このような行為は慣れていることではないのだろう。容を助けようと必死でやったのだ。表情は曇っていて、今にも泣きそうになっている。


「フェリシア……」


 容は力を振り絞ってその名を呼んだ。それを聞いたフェリシアの瞳に涙が浮かんだ。


「ヨウ、大丈夫……? 私、本当に……もう駄目かと思って。必死で……」


「ありがとう、君のお陰だ」


 少し頭がしっかりしてきた。まだ痛みは残っているが、小さく消えそうなフェリシアの声もしっかり聞こえるようになってきた。


 フェリシアは持っていた椅子を降ろすと、両手で涙を拭った。容は彼女にそれを言うべきか、言わないべきか悩んだ。まだ打った頭が正常に戻っていなかったのかもしれない。正常な状態であれば、あんなことは言わなかったはずだ。


 後日、容がその時のことを思い出した時に、自分にした言い訳である。


 しかし、その時はなぜか気がついたら口から言葉が出ていた。


「フェリシア……」


「ん、何? ヨウ」


「パンツ、見えてるのだが」


 仰向けになった容の視線の先にちょうどフェリシアのスカートが。


 一瞬言っている意味が分からなかったフェリシアだったが、すぐに理解すると、真っ赤になってスカートの裾を手で押さえつつ、1歩下がる。


 容は上に乗っている兵士をなんとかどかし、ヨロヨロと起き上がる。床に腰を降ろし、壁にもたれかかった。頭は随分マシにはなってきていたが、まだぼぅっとする。そのせいもあってか、ついさっき自分が何を言っていたのか、よく分かってなかった。だから、フェリシアが「この、変態!」と言って、自分の顔面に蹴りを入れてきた時、それがどういう意味か理解出来ず、そのまま崩れ落ちた。

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