006 地下牢獄
王宮の地下牢獄の中に、黒髪の少女は捕らえられていた。
意識を失った彼女が、騎士団に拘束されて王宮に連行されてきたのは夕刻の出来事で、目を覚した彼女は簡単な事情聴取を受けた後、この牢獄に幽閉され、現在時刻は既に天辺を回っていた。
現在彼女は、囚人服に身をやつし、牢獄の隅っこで小さく蹲って、時が過ぎるのをじいっと待っていた。
「おい。お〜い!」
そんな彼女に声をかけるのは、騎士団の証である白い正装に身を包んだ赤髪の男―――ゼータであった。
廃工場調査の任務を終えたゼータは、一度家に帰った後、もろもろの用事を済ませ、騎士団の正装に着替えて王宮へと赴いた。
―――そして、現在に至る。
彼は硬く閉ざされた鉄格子の外から、中で微動だに動かない黒髪の少女に懸命に声をかける。
「もしも〜し。もしもし?」
「・・・むにゃむにゃ。」
「・・・・・・。おい起きろ。おいってば!!」
「―――はにゃ!?」
ハッと目を覚した少女は驚いて飛び起きるも、体勢を崩してそのままぺたりと尻餅をついた。
つなぎである囚人服は丈が短く、M字に折り曲げられた少女の両脚の付け根を覆い隠す白い布地を、無防備にも晒していた。
「え?何???」
何が起きたのか理解出来てない少女は、辺りを見回して状況を確認する。
自分は今牢獄の中にいて、鉄格子の向こう側には見知った赤い髪の男がいる。
その男はこちらを凝視していて、自分は今あられもない格好をしていて―――
「―――ッッ!!」
状況を把握し顔を真っ赤にした少女は、足を閉ざして内股になり、囚人服の裾を引き伸ばして、ゼータに背を向ける。
「・・・何しに来たのよ?」
半べそをかきながら振り向いた少女は、ゼータにそう尋ねる。
「お前を助けに。」
「あなたの助けなんて要らないわ。」
「そう言うなよ。さっきは俺が悪かった...。ちゃんと鍵も持って来たからさ。」
ゼータはそう言って、持って来た鍵束を少女に見せる。
今や魔法や魔道具で何でもやろうとする世の中ではあるが、鍵を使って鉄格子を開けるなどの、アナログじみた文明も未だに広く世に残っていた。
「お前がどこの国の出なのかは知らないが、この国の制裁を甘く見ない方がいいぞ。『疑わしきは首ちょんぱ』っていうのが国王が決めた鉄則だからな。何の罪も無くても只じゃ済まされないだろうし、まだ素性がはっきりしていない今のうちに逃げちまうのが吉だ。」
「・・・看守にバレるわ。」
「その点ならご心配なく。さっき俺がそこにいた看守をボコし―――じゃなくて、見張りを代わるように言ってきたからさ。あくまでも騎士として正式な手続きを踏んで、合法的に。」
「またそれかしら。―――そうね、じゃああなたの気持ちは有り難く頂く事にする。でも心配要らないわ。鍵なら既に持ってるもの。」
「―――え?」
少女は何処からともなく、隠し持っていた鍵を取り出し、ゼータに見せ付ける。
「私にはまだやるべき事が残ってるの。それまではひとまずここで待機するわ。悪いけど、あなたが私に出来る事は何もないわね。」
「そ、そうか...。―――じゃあ、この服も必要無かったか。」
「―――あぁーッ!それは、私の服ッ!」
ゼータが取り出したのは、囚人服に着替えさせられる前に、少女が身に着けていた服であった。
「返してよ〜!」
慌てて鉄格子まで走ってきた少女は、ゼータが手に持ってすんすんしていた自分の服を奪い返す。
再度顔を赤く染め上げた少女はゼータを睨みつける。
「何であなたが私の服を持ってるのよ?・・・まさか、何かした訳じゃないでしょうね?」
「いや〜服が無かったら困るだろうなと思ってね。別に何もしてないって。ただ良い香りがするなぁって、気持ちがちょっと満たされただけさ。」
「―――ッ」
愕然とする少女を目の当たりにして、感極まったゼータは、更に少女に追い打ちをかけ、絶望の淵へと叩き落として満足する。
「ったく冗談だよ。―――それで、やるべき事があるって言ってたけど一体何をするつもりなんだ?」
「――――――。わ、わたしは、このくにゅッ...」
「何て?」
「・・・私はこの国の王を殺す。そのためにこの国にやってきたのよ。」
―――少女は先ほどとは打って変わった真剣な表情で、物騒な一言をゼータへと告げた。