005 妹
「―――ラムダ。これは違うんだ!」
何だかあらぬ誤解を招いてる気がして・・・いやおそらく厳然たる事実を正確に認識しているであろう妹に対して、一応否定の言葉を投げかける。
「何が違うって言うのよ。はぁ...どうせこんな事だろうとは思ってたわ。」
ため息交じりにそう呟いたのは、先ほどゼータの事をぶっ飛ばした張本人であるラムダである。
兄のゼータと同じく青い瞳に赤い髪。今は騎士としての任務中なのだろう、髪はやはり頭頂部の少し後ろ側で縛っていて、フォートレス騎士団だと分かる白い正装で、腰には剣が携えてあった。
「お前の方こそ、こんな所に何しに来たんだ。」
どうやら誤解を解けそうも無いので(というか事実だけど)、ゼータは話題を変えてみる。
「私?私は任務で来ただけよ。テロ組織の拠点とされている根城を発見したから殲滅してこいって、団長の指示で。」
「あぁ...なるほど...。」
最初からそういう話ではあったが、そんな事実すらゼータはすっかり忘れていた。
「そう思って選抜隊を率いてやって来たら、何もない寂れた廃工場があるだけ。そしたら何やら激しい物音が聴こえて、嫌な予感がしたから、魔力感知してみたら隠された地下通路があって、階段を下りて来てみれば、ぐう畜があどけない少女を汚してる場面に遭遇したっていう訳なんだけど―――」
ラムダの怒りのボルテージが上がっていく。
「―――どうやら殲滅しなくちゃいけない対象が一人増えたみたいね!!!」
(うーわ、めっちゃ怒ってるよ。)
生ゴミを見るような目でゼータを睨みつけ、嫌悪感を顕にするラムダ。
でも怒ってるそんな姿も可愛いと思えてしまう、そして実の妹に本気で罵られているにも関わらず、何故だかちょっと喜びの情を感じてしまっているゼータであった。
騎士であるはずのゼータが、こうして裏で汚れ仕事をしている事は基本的には秘密であり、同じ騎士団の仲間であっても知っている者は少ないが、もちろん妹のラムダにはバレている。
というかそもそも妹に隠し事なんて通用しないのだ。
「で、この子は一体何?」
―――そう言ってラムダが指差したのは、先ほどからベッドの上で呆気に取られている黒髪の少女だ。
少女が唖然としているのは無理もない。
突然の出来事に驚いたのもあるだろうが、国の英雄とも呼ばれるラムダの出現に声を失っていた。
「ん、俺もよく分かんねぇ。いきなり襲ってきたんだよ。」
「襲ってたのは兄貴の方でしょうが。」
「だから違うってば。」
「まぁいいわ。とりあえずこの子はテロ組織の関係者かもしれないから、王宮に連行して事情聴取する。」
「え、連行するのか?」
「そうね。何も無ければすぐに釈放されると思うわ。それと、そっちにあるのは魔法石?それも押収していくわね。」
ラムダはそう言って、懐から緑色の魔法結晶石を取り出すと、無抵抗の黒髪の少女に向けて魔法を発動させる。
目も眩むような緑色の閃光が飛び出し、少女に命中したかと思うと、大きな魔法陣が現れて少女の身体を拘束し、意識を飛ばした。
「兄貴はいつまでそんな格好してるの?今日は非番なんだからとっとと着替えて家に帰りなさい。誰かに見られたら妹の私が恥ずかしい思いをするのよ。」
「へいへい。」
言うだけ言うと、ラムダは少女を抱えて帰っていった。
地上に出て他の騎士団員たちと一旦合流するのだろう。
おそらくその後、この地下部屋の調査と魔法結晶石を回収するために戻ってくるはずなので、その前にここから出た方が良さそうだ。
「痛つつ...。」
ゼータは少女たちに殴られて、未だにズキズキと痛む頬に手を触れる。
思えばあの黒髪の少女は、最初にゼータの顔を見たときに"お兄ちゃん"と言っていた。
「少し気になるけど聞くの忘れてたし、まぁ次に会った時に聞けばいいか。」
ゼータはそう言い残してフードを被り直し、地下施設を後にした。