004 お兄ちゃん
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
ゼータは頭が真っ白になった。
少女は決して聞き捨てならない一言を言っていた。
ゼータの顔を見て"お兄ちゃん"と、彼女は間違いなくそう呼んだのだ。
「いやいやいやいや、ちょっと待て!俺が、お前の!お兄ちゃん!?あり得ない!絶対にあり得ないね!!」
「―――。」
ゼータは思わず憤慨して目の前の少女に掴みかかるも、彼女は既に戦意を失い、顔を赤くして目を逸してしまった。
その反応にも納得がいかない様子のゼータ。
それではまるで本当に兄妹であるみたいじゃないか。
「―――確かに、俺には妹がいる。だが俺の妹は世界一可愛くて花のように可憐で星のように綺麗で月のように儚くて太陽よりも輝いていて愛おしくて尊くて、そして世界中の誰よりも強くて気高くて美しい俺の妹は、決してお前みたいなクソ○ッチじゃない!!!」
「―――ッ」
ゼータの事を"お兄ちゃん"とそう呼んでいいのは、この世でたった一人の存在だけだ。
ゼータはひどく興奮して、怒鳴り声を上げた。
しかし落ち着け。一旦冷静になれ。
ゼータには確かに妹がいた。
そして妹は変身魔法が得意でもあった。
ならばこの少女は変身した俺の妹なのだろうか、という考えも一瞬頭をよぎったがそれはない。
何故なら、例え妹がどんな完璧な変装を施したとしてもゼータにはそれを見透かせるだけの確固たる自信があるのだ。
ゼータはその嗅覚を持ち合わせている。
それに、妹が出会い頭でいきなりゼータをど突いてくるなど絶対にあり得ない。
そう結論付けたゼータは、目の前にいる少女の顔を観察する。
先ほどまでは暗くてよく見えなかったが、近くで見ると、なるほど確かにこの少女も目を見張る程可愛らしい。妹の次くらいに。
年は17歳であるゼータと同じか少し下くらいだろうか、とにかくこの少女はとても可愛い部類に分類して良さそうだ。
と、ここで一旦冷静になったゼータは、いつの間にか少女を押し倒していた事に気付く。
先ほどとは逆で、今度はゼータの方が馬乗りになっていた。
そして、先ほどから掴んでいた、少女が纏う黒いローブから手を放した。
すると―――
―――ローブの前部分がはだけて落ちて、隠されていた少女の全身が露わになった。
裸、では無かったが、肌の露出が極めて多く水着の様な格好をしている。
控えめの胸には黒い晒しのような物が巻かれているだけ、下は赤いチェックのミニスカートに黒いニーソックス、お腹周りはヘソ出しで大きく露出されていた。
「―――ッッッ!!!」
今にも火が出そうなくらい顔を真っ赤にした少女は慌てて身体を覆い隠す。
この状況はまずい、とゼータは思った。
傍から見たら今の状況は、薄暗い地下部屋のベッドの上で少女を押し倒して馬乗りになり、無理やり上着を剥いでニヤニヤしている青年という構図になる。
ゼータはゴクリと唾を飲んだ。
だが待てよ、今この場にいるのは2人だけだ。
一体誰に見られようと言うのだ。
警戒する必要なんて全く無いし、むしろこれは千載一遇のチャンスだ。
「確かお前、俺が勝ったら好きにして良いって言ったよな?」
「―――ッ!違ッ、あれはそういう意味じゃ―――きゃあ」
ゼータは少女の手首を掴んで拘束する。
「問答無用ッ!これは仕方がないんだ。騎士として合法的にこうしなければならないんだ。」
「―――あっ」
ゼータは一度息を呑んで、少女の全身を舐めるように見つめると、そのまま覆い被さるようにして前に倒れ込み、少女に顔を近づける。
そして今にも唇と唇が触れそうになって―――
「―――何、やってんのよ!!!」
「ぶふぉ!!」
ゼータは突如現れた何者かに思いっきり顔面を殴打され、ベッドの上から数メートルは吹き飛んで、床を2〜3回バウンドして壁に激突した。
ゼータは痛みでその場にのた打ち回り、絶叫する。
突然の出来事に頭が混乱し、目を白黒させる。
そして、自分が先ほどまでいたベッドの方へ目を向けると、そこには―――
「―――バカ兄貴。」
世界一可愛くて花のように可憐で星のように綺麗で月のように儚くて太陽よりも輝いていて愛おしくて尊くて、そして世界中の誰よりも強くて気高くて美しい―――この国最強の騎士にして英雄と呼ばれる、ゼータの実の妹であるラムダがそこにいた。