001 魔導士《ウィザード》
(何か嫌な予感がする...。)
煤けた廃工場の暗がりの中を一人の青年が歩いていた。
彼の名前はゼータ・アルファース。
国を守る騎士であり、由緒ある家系に生まれ育ったはずの彼ではあるが、丈の長い黒マントに身を包み、フードですっぽり顔を隠しているその姿は、まるで闇の売人のようであり、騎士とは到底思えない格好をしていた。
(やっぱり何もねぇじゃねぇか...。)
現在ゼータはテロ組織の拠点とされている、廃工場の調査を行う任務に就いていた。
彼は騎士として活動する一方、その裏で諜報活動などの汚れ仕事を任される事も多く、今回もその限りであった。
調査の依頼主である"情報屋"のバイザーの話によると、『何やら怪しげな集団があそこの廃工場から出ていくのを目撃したんすよ〜。あれはテロ組織に間違いないっす〜。』と宣う善良な一般市民からの通報を受けた王国軍が、騎士団の選抜隊の派遣を決定。
その前に先行して調査をしてくれとバイザーからの依頼があり、本来なら非番であったはずのゼータは急遽駆り出されてしまったのだ。
「何が善良な一般市民だよ。悪意のあるイタズラとしか思えねぇ!これでもし報酬が無かったら、バイザーの奴絶対に許さねぇからな...。」
汚れ仕事をするのは厭わないが、金にならないのなら話は別だ。
事あるごとに面倒事を押し付けてくるバイザーではあるが、何かと理由を付けては報酬を見払いで済ませる事もしばしばある。
本来ならメリットの少ない不明瞭な依頼は受けたくないのが本音だが、彼はゼータの恩人でもあるのだ。
端くれとはいえ一国の騎士として、恩人に頼まれた依頼を断る訳にはいかなかった。
ゼータは理不尽な依頼に頭を悩ませながら、動力源を失い機能しなくなっている大きな機材を調べる。
この工場では兵器か何かを作っていたのだろうか。
ゼータたちの暮らすサーン王国は軍事力に優れた大国で、兵器開発なども盛んに行われている。
実用性のある兵器を開発した企業には、国が莫大な資金を投資しているので、この工場はおそらく開発に失敗して潰れてしまったのだろう。
壊れて動かなくなった機材がズラリと並んでいるだけだ。
こんな場所に人が出入りしていたとも思えないが、
「魔力感知も一応やっておくか。」
この世界に暮らす人々は、誰しもが魔力を有している。
とは言っても各々が有する魔力量には差があり、魔力の乏しい者は基本的に魔法を使うことが出来ない。
逆に魔力に恵まれいる者は魔法を使うことも出来るが、簡単に扱えるものでもなく、制御するにはそれなりの努力が必要である。
―――そして魔法を扱うことが出来る者を"魔導士"と呼ぶ。
ゼータもまた魔導士であり、生まれつき多大なる魔力を有してはいるものの、扱いがあまり得意ではなく、魔力の放出や身体強化、そして魔力感知といった簡単な魔法しか使えないのが現状であった。
騎士としての剣術には確かな自信があるのだが、こういった汚れ仕事をする時は剣を置き、騎士としてではなく魔導士として活動するという彼の中での線引きが一応あるらしい。
ゼータは目を瞑って集中する。
自身の身体の中の魔力の流れを感じて、その流れを一度塞き止める。
深く深呼吸したのち、止めた魔力の流れを一気に開放させると、ゼータは再び目を開けた―――
すると、本来見えるはずのない魔力の流れがゼータにははっきりと可視化出来るようになっていた。
人は誰しもが必ず魔力を有している。
即ち人が動けば魔力が動き、その痕跡が必ず残る。
故に魔力の流れを可視化する事で、人の動きの流れを読み取る事が出来るのだ。
ゼータは辺りを見回すと、
「むむ。確かに人の出入りがあったみたいだな。」
この廃工場に窓はないが、出入り口はいくつかある。
しかし魔力の流れた痕跡がある出入り口は1つだけだった。
「これを辿っていけば何か分かるかもしれないな。」
出入り口から流れている魔力は1つだけではなかった。
廃工場だけあって建物内はかなりの広さがあるが、魔力の流れはどうやら同じ場所に向かって流れているようだった。
ゼータはその魔力の流れを辿っていくと、
「む、行き止まりか。」
―――そこには何の変哲もない壁があるだけだった。
「この壁の向こうはおそらく外。隠し扉がある訳でもなさそうだしな。何がなんだか分からねぇ...。ま、どうでもいいか。」
考えるのも面倒くさくなってきたので、ゼータは思考を放棄して、その場に寝そべった。
すると、
「お、見つけた!」
―――ゼータは地下通路への隠し扉の真上にいた。