010 国王暗殺計画
王のいる根城の内部は、王宮内部とは打って変わり静まり返っていて、守衛の騎士などがいる気配はなかった。
根城には王と王妃が2人で暮らしていて、王の側近である従者や世話役である執事等を除いて、それ以外の人間は基本的に立ち入る事を許されていないのだ。
しかし侵入者がいると分かれば、すぐにでも騎士たちが駆け付けて来るであろう。
従者たちになるべく鉢合わせしないように心掛けて行動する必要がある。
少女は現在、根城をぐるりと一周するように設けられている、回廊の曲がり角の内側の壁にピタリと背をつけて、その先の通路の様子を伺っていた。
内通者からの話によると、この先の通路の一番奥にある部屋が王の寝室であるようだ。
(通路には誰もいないわね。――このまま一気に行く!)
少女は、王の寝室部屋がある通路へと飛び出し、目的の部屋を目指して足を向け、目にも止まらぬスピードで、一直線に駆け抜ける。
寝室の扉の前へと辿り着いた少女は、慎重にドアノブに触れて、鍵が掛かっていないかを確認する。
扉自体に魔法がかけられていて、触れた瞬間にトラップが発動する――という可能性も考えていたが、どうやら問題なさそうだ。
少女は静かに扉を開け、ゆっくりと部屋の中に入る。
この部屋は寝室専用なのか、部屋自体はそこまで広くはなく、目的のベッドはすぐに見つかった。
天蓋のカーテンに隠されていて、彼女の標的である人物の姿は見えなかったが、おそらく中で眠っているのだろう。
ここまで来てしまえば、計画を遂行するのは簡単だ。
――ついにこの時がやって来た。
ここまで辿り着くのに2年もの歳月を費やした。
少女は戦争によって家族を失い、友を失い、絶望に明け暮れていた。
そんな彼女を見兼ねて、家族として迎え入れてくれたのは、見ず知らずの青年であった。
その青年は、血の繋がりのない彼女に、まるで本当の妹であるかのように接してくれた。
そんな、優しかった兄もまた、戦争が原因で2年前に亡くなってしまったのだ。
――その戦争の発端であり、元凶であるとされている人物は今、少女の目の前にあるカーテンの向こう側にいる。
彼女の目的はこの国への復讐であり、テロ組織に加入したのもそれが理由である。
組織に国王暗殺の依頼が舞い込んできた時に、我こそはと真っ先に名乗りを上げ、仲間を募ってこの国へとやって来た。
念入りに計画を立てて、策を講じて、周到な準備を重ねてきた。
――そして今日計画は実行へと移されたのだ。
この国の王を殺して、少女の悲願は成就される。
全てはこの瞬間のために。
(確実に殺す。そして全てを終わらせる。)
少女は心臓が激しく揺れ動くのを感じていた。
終わった後の事は考えていなかった。
もはやそんな事などどうでもいいのだ。
彼女は覚悟を決め、目の前にあったカーテンを手で掴むと、それを一気に開け放った―――。
そして―――
~~~
「うーわ、何だこれは――!」
ゼータが王広間を抜けて、王宮の外に出てくると、そこは戦場と化していた。
敵襲の知らせは聞いていたが、それはゼータの想像を遥かに超えるものだった。
辺り一面は火の海となっていて、炎に包まれる中、魔法が飛び交い、砲弾が飛び交い、剣が振り下ろされ、爆音が鳴り響き、次々と人が倒れていく。
敵の数はあまりにも多く、その数はざっと見ても数百人、下手すると数千人にまで及んでいて、波のように押し寄せて来ていた。
防衛のラインがジリジリと押し下げられていく。
技量で勝るはずの騎士団員たちも、数の暴力には敵わずジリ貧であり、敵が王宮の内部にまで到達するのも、時間の問題だった。
「状況は?」
ゼータは王宮の入り口付近で、王宮の守りを固め、他の騎士団員たちに指示を飛ばして指揮している、騎士の1人に声を掛ける。
「うむ。現在は敵側が若干優勢であるな。数があまりにも多過ぎる...。彼奴らめ、こんな夜中に奇襲してきおって!」
歯噛みしてそう答えたのは、白髪混じりの年配の騎士だった。
「こちらの陣形は大きく分けて3つ。1つ目は前衛で敵を殲滅している者たち、2つ目は中衛で防衛線を張っている者たち、そして3つ目が後衛の私たちで、王宮の守りを固めている。中衛がやや押され気味のようだ。」
「なるほど了解した。で、俺はどうすればいい?」
「敵がここまで来るのも時間の問題。君も我々に加勢して守りを固めてくれ。」
「こんな所で黙って見ていろって言うのかよ?――俺にはそんな事出来ないね!」
「――おい、待てッ!」
年配騎士からの制止を振り切って、前衛に加勢するためゼータは走り出した。
中衛の騎士たちは確かにほとんど機能していなかった。
防衛線を越えて来た敵を、後衛の騎士たちが魔法で仕留めている形だ。
この国の騎士たちは本来、剣で戦うのが主流であり、魔法に特化している者は数少ない。
なので彼らは、魔法結晶石を媒体とした武器を使用して、魔法を発動させていた。
ゼータの走る横を、雷のような魔法が後ろから通り過ぎていった。
敵を狙った攻撃なのだろう、しかし攻撃は外れ、その先の地面に命中し、爆音を響かせて土煙が蔓延する。
ゼータは走りながら、腰に携えてあった剣を引き抜くと、攻撃を掻い潜って抜きん出てきた敵の1人に斬りかかる。
ゼータにとっては軽いほんのひと振りであったのだが、敵にとってはそれが決定的な一撃となり、致命的なダメージを負ってその場で倒れ伏した。
「――あらよっと。」
ゼータはその後も流れるような剣さばきで、次々と敵を薙ぎ倒していく。
そして戦場と化した王宮の広い庭園の中腹までやってくると、防衛線を張っていた騎士たちの頭上を一気に飛び越えて、前衛へと進み出る。
そして―――
「悪りぃ、遅くなった。」
「――遅かったじゃないの!こんな時に一体どこに行ってたのよ。」
―――前衛で1人戦っていた、国の英雄ラムダと合流した。
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「―――残念だったな、テロリスト。ここに王はいない。」
そう言い放って、少女の目の前に腕組みして佇んでいたのは、見るからに屈強そうな中年の男であった。
「―――ッ!」
少女は驚きのあまり目を見開いて言葉を失い、その場で固まっていた。
「よもやテロリスト風情がここまで辿り着くとは思いも寄らなかったが、いやはや万が一に備えておいて良かったわい。」
少女はこの男を知っている。
実物を見るのは初めてであったが、間違いない。
泣く子をも黙らせる"鬼人"の異名を持ち、その名を各国にまで轟かせるこの男は、国王直属の最高幹部の1人にして、現フォートレス騎士団の団長であるグラマスだ。
「守衛に気付かれずに一体どうやってここまで来た?内通者がいるのか、はたまた高等な魔法を扱う魔導士なのか。いずれにせよ、貴様はこの私が始末する!」
そう言ってグラマスは、背中に背負っていた大きな剣を引き抜き、目の前の少女に渾身の一撃を叩き込んだ―――