009 渡り廊下
地下牢獄から上へと伸びる螺旋階段は、王宮の1階部分である大広間へと繫がっていた。
黒髪の少女が階段を登って大広間へと出ると、夜中であるにも関わらず王宮内は大変騒がしく、急な敵襲を受けた騎士たちが、敵を迎え撃つために慌ただしく動いていた。
王宮の外ではおそらく防壁を突破したであろう、彼女の仲間である組織のメンバーたちと、王宮を護衛する騎士団のメンバーが戦っているのだろう。
その戦いの余波だと思われる爆音が、王宮の中にまで届いていた。
組織のメンバーが王宮の内部にまで到達するには、まだ少し時間がかかりそうだ。
(作戦を決行するなら、王宮の内部が手薄になっている今がチャンス。何でもいい、何か武器が必要ね。)
少女は騎士たちに見つからないように物陰に隠れて、状況を冷静に判断する。
先ほどゼータに渡された服には、彼女自身が元から所持していた小型のナイフは無かった。
なので、代わりとなる武器が必要であった。
(それと服は着替えておきたいわね。時間はあまりないから、急がないと。)
少女はひとまず武具倉庫を目指す事にした―――。
~~~
ゼータは地下牢獄の通路で、ただ呆然と立ち尽くし、先ほどまでの黒髪の少女とのやり取りを考えていた。
テロリストを自称していた彼女は最後、騎士であるゼータに対して一言『ありがとう』と、間違いなくそう言い残していったのだ。
「あー、もう。何が何だか分っかんねぇよ。俺は一体どうしたらいいんだ・・・。」
ゼータは困惑し、頭を抱えて髪の毛を掻き毟る。
ゼータの心にはトゲのような物が刺さっていて、モヤモヤとした感情だけが残っていた。
「分かんねぇ。分っかんねぇけど、俺は騎士だ!それだけは間違いない。だったらやるべき事は分かってんじゃねぇか!」
ゼータはこの国を守る騎士である。
そして現在、王宮はテロ組織からの襲撃を受けていて、ゼータはいま王宮内部の地下にいる。
この状況下においてゼータのすべき事は何であるか、その答えは明白であった。
「この王宮を守る。それが今の俺に出来る事だ!」
ゼータは見失いかけていた本来の役目を思い出し、自分を鼓舞するように気合を入れて叫び、前を見据える。
少女の事は少し気になるが、彼女は混乱に乗じて逃げるとそう言っていた。
ゼータは、一足先に地下牢獄から出ていった少女を追うようにして走り出し、王広間へと向かった―――。
~~~
武具倉庫から武器を調達して、服を着替え終え、再び黒いマントに身を包んだ黒髪の少女は、王宮の2階部分にある玉座の間のカーテンの後ろ側に、息を潜めて隠れていた。
彼女がカーテンの隙間から覗き込むようにして様子を伺っているのは、王広間のある正面口の方ではなく、その反対側にあって、王の根城と王宮とを繋ぐ、渡り廊下がある通路の方だ。
渡り廊下の入り口前には、守衛の騎士が2人佇んでいて通路を阻害していた。
内通者に教えて貰った情報によると、渡り廊下を渡り切った先に王の根城があり、王は現在そこにいる。
王が暮らす根城の外壁には、強力な結界が張られていて、この渡り廊下を通る以外に、根城に辿り着く手段はない。
そのためにまずは通路を突破する必要があるが、少女が扱う魔法であれば、気付かれる事なく突破する事も可能である。
(魔力はあまり消費したくないのだけれど、背に腹は替えられないわね。)
魔法を使うと魔力を消費する。
魔力を消耗し過ぎると、一時的に魔法は使えなくなってしまうため、なるべく魔力を温存しておきたいのが、ここで騒ぎを起こしてしまうと作戦の遂行が困難になってしまうので、やむを得ない。
少女は魔法を発動させる。
少女の使った魔法は、廃工場の地下施設でゼータと一戦交えた時に使用したものと同じだ。
先ほどまで彼女がいた、王宮の地下牢獄の中は、脱獄を防止するための、魔法を無効化させる結界が張られていたが、この場においては存分に魔法を発動させる事が出来る。
守衛の騎士たちは、王宮が襲撃を受けている事を当然知っている。
王宮内は厳戒態勢が敷かれていて、守衛である2人も襲撃に備えて用心していた。
―――にも関わらず、少女の発動した魔法に気付く事は無かった。
ほんの一瞬の出来事だった。
少女は既に渡り廊下の反対側の通路に移動していた。
彼女は後ろを振り返らない。
そして―――
王のいる根城に単身で乗り込んだ―――。