須田愛良に尋ねてみれば
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朝が来た。自転車をこいでいる。緩やかで気づかない下り坂、激しいあかんべえの上り坂、油断したら破滅のまさか。学校について教室へ入れば、須田愛良が澄らなる微笑みで声をかける。
(昨日いきなり流れたテレビ画面に、須田愛良そっくりの女の子がいた。尋ねてみようか)
「英子、どうしたの、怖い顔を浮かべて」
「愛良、
1 キラメキドーターズって知っている
2 今日、私は夢を見たんだ」
あなたはどちらを愛良に尋ねます?
下した決断は――
「英子、私は夢を見たんだ」
「どんな夢」
雲の隙間より漏れる影が、にこやかな顔を浮かべる愛良を照らす。
「部屋が凍っていた。私は弟と閉じ込められて、テレビ画面からあなたが出てきたの」
「私、どんなことをしていたの」
こわばるけしきもなく、前のめりに体を乗り出す友達。
「かわいい子に変身したの、確か、キラメキドーターズってやつ」
瞬きを行い、まっすぐ見つめる愛良。
「どうした、大和。なんで焦った表情を浮かべているんだ」
「い、いや、なんでもないよ、広」
隣の席に座る明日谷大和、一瞬だけ目を合わせるが、すぐに友達の風間広へ戻しぬ。
「英子、今、なんていったの」
「キラメキドーターズ」
「ごめん、聞こえない」
「キラメキドーターズ」
「ごめん、本当に聞こえない、英子が見たものだけは」
紙を用意して文字を書けど、ひらりぃと消えてしまう。もう一度『キラメキドーターズ』書けば、やはり言葉は消えぬ。
「英子、どうしたの。シャープペンシルの芯はきちんと出ているの」
「出ている、でも、書いたらすぐに消える」
張井は考えた。自分は今、小野田英子であり、張井英子ではない。ここは張井英子が存在しない世界。何かが違うもの。地球であって漫画の中にある地球の世界。この言葉は今、出てきていない。もしかして、須田愛良には知らせてはならない世界なのか。武彦よ、と同じように。
「英子、英子」
愛良が肩をゆらすと、目を閉じた。
「ごめん、愛良。私が見た夢は愛良そっくりの女の子が出てきた。魔法を使った。愛良はかわいかった」
「大和、気のせいか」
「どうしたんだよ、広、俺の目をじっと見て」
隣に目をやると、広が青ざめた表情を浮かべる。
「いや、お前の目がすごくキラキラ光って」
「光っているって、僕は泣いてないよ」
大和が広から顔を背けて目を合わせると、影はないが顔色が白に染まる。
「そういう意味じゃなくて、ダイヤモンドのように輝いていた」
「ダイヤって、そ、そうなのか」
大和と愛良が目を合わせぬ、二人の間に広がる温かき間、桜の花より一段こいけしきに染まる。
「愛良、ちょっと聞いていい。あの子が好みなの」
愛良の口元が少し微笑み、瞳はちらちろ縦に揺れる。
「青春か、いいねえ」
「英子、おばさんみたい」
チャイムがなると、すぐに国語教師がいらっしゃる。
<語句説明>
朝が来た……NHK連続ドラマ「あさが来た」。昭和を生きた女、あさの人生を描く。
影……光の意味もある。光線が物体を遮ったときできる、黒い像。
けしき……景色と気色を掛け合わせている。
景色:自然の風景や様子 気色:人の素振りや様子
こいけしき……濃い景色と恋気色をかけている