次の日曜日まで、どうやって暇をつぶそうか
おはようございます
翌日、学校が終わってすぐさま教室から出る。
(図書館に行けば、大二郎が本を読んでいる。だから、だ、大二郎がグラウンドへ向かう。今日じゃないのかな)
ごくりとつばを飲み、大二郎に声をかければ、
「どうしたの、小野田さん」
「大二郎君、今日、市立図書館に行かないの」
口を開け、目を大きく開けば、
(変な質問をしてしまった)
「今週の日曜日、午後から暇だから図書館に行くんだ」
「大二郎君はいつも、野球部が休みの日に図書館へ行くの」
「うん、俺、本を読むのが好きだからさ。最近はチーム管理をこなすテクニックってのを読んでいる」
彼の頭は丸い。
「ずいぶん、年齢にそぐわない本を読むのね」
「たまたま本屋で立ち読みをしたら、気になってさ」
男は野心を抱き、場を荒らす。女は場を整え、男に道を作る生き物。
かつて読んだエッセイ、『ごめんなさい、これでもダメ夫なのです』にあった発言なり。
「日曜日ね。ごめんね、変なことを訪ねて」
「あ、うん、いいよ、別に」
彼に手を振れば、ドキドキ高まる心臓の音、雲の切れ間より広がる青空を見て微笑む。
「広だと、心は動かないのに、私も女ね。夫がいたのに」
夫の顔を思い出しぬれど、ひげ、輪郭、髪の毛が少しずつおぼろ気になりつつあり。
(日曜日まであと6日、その間まで何もできないのか)
空を見上げれば、
「英子、どうしたの。何かあったの」
愛良が後ろに腕を組んで尋ねれば、
「いや、早く日曜日が訪れてほしいなって」
「英子、さっきみたよ、大二郎と話をしていたところを」
窓からぬるい風が入りぬ。
「もしかして、英子、デートでもするの」
「しないよ。ただ、日曜日に会う約束をしている」
「じゃあ、デートじゃん」
後ろに腕を組み、微笑む友達。
「愛良はどうなの。大和とうまくいっているの」
え、すっ飛んだ声を出せば、
「まだ付き合ってないの。ま、付き合わなくていいけれど」
「ひどい、英子。わ、私ね、勇気がないのかな。こ、今週の日曜日、広君と大和君の三人で美術館に行くんだ」
美術館、なんと学生のデートスポット似合わなそうな場所。
「どうしたの、英子」
「いや、あんた、芸術に興味あるんだ」
「い、いや、私に似ている絵があるから見たほうがいいって」
ちらりと広を見れば、大和といやらしい話をしている。
「そこで告白するのね」
「い、いや、告白はま、まだ」
「ま、仕方ないか、告白は覚悟がいるもんね」
愛良の肩を叩けば、
「英子って、誰かと付き合っていたの」
「いや、私は付き合っていない」
己の胸を軽く叩く。チャイムが鳴り授業が始まり、数時間たってすべて終われば、
「広、ちょっと話がある」
「英ちゃん、昨日のあれかい」
「いや、今週、美術館に行くんでしょ」
彼がうなずくと、
「愛良から聞いたんだけど、見せたい絵があるらしいんだってね」
「ああ、愛良ちゃんにそっくりな女の子がいるんだ。英ちゃんも見たと思うけれど、なんというか、愛良ちゃんで会って、愛良ちゃんにそっくりな別人の絵を見たというか」
頭をぽりぽりかく彼。
「なんか、愛良ちゃんに大和と無関係でないような気がしてさ」
「なるほど、それで連れていくの。うまくやりなさい」
彼の肩を叩けば、へへっと赤く頬を染める彼。
「英ちゃんは」
「私は図書館で用事があるの。小野田英子の立場でいうと、デートってやつ」
「デート、英ちゃん、誰に告白したの」
ふふっと微笑むと、
「秘密。広じゃないよ」
「わかってるよ。俺だったら告白、し、しているだろ」
「そうね。広にはいい人が現れるから、慌てなくていい」
ぱちぱちと瞬きをする少年。愛くるしい。
「張井さんは俺たちがいる未来の世界から来たわけじゃないよね」
「うん、でも広の性格なら誰かと結婚するよ。ま、気にしない。結婚までにたっぷり遊んでおきなさい。結婚は自由な時間よりも子供について考える時間が多くなるから」
事実か偽りかわからぬ。広と別れ、自転車に乗り、坂道を上る。きしめんのごとき道幅を経て、逆への字型の下り坂、象さんの鼻上り坂、トラックの発車と共に揺れる平坦な地盤を降りたのち、書店に着けば、
「進の姉ちゃん、いや、英子さん」
後ろを向けば、たらこ唇に海苔眉毛の石井徹、黒ピカランドセルを赤子のごとく抱きかかえ、
「石井君」
「英子さん、あの子は助かったの」
「あの子、武彦」
彼はうなずく。
(あれ、石井君に武彦の存在を伝えたっけ。確か彼には伝えていないような気がする)
「その子、気を付けたほうがいいよ、英子」
「呼び捨て」
彼は瞳の奥に潜む真実を引っ張り出すようにらめば、
「ごめん。ついつい、英子さんと呼ばなければならないのだけど」
「あなたは何者なの」
「俺もあんたと同じ生き物だ」
次はどうなることやら