大和と一緒に歩いてびっくりした事実
おはようございます
――また大和が倒れている。
英子は彼を揺さぶった。
「あ、あれ、む、紫の影?」
「小野田英子だけど」
「なんだって? なんて言ったんだ?」
英子は名乗るのをやめた。
「紫でいいわ」
「う、うん、紫さん。俺はいったい」
「わからない、お前は倒れていた、だから起こした。ここはお化け屋敷」
大和はあたりを見渡す。懐中電灯を彼の目に当てる。
「まぶしい」
「あら、ごめん。ほら、須田愛良がお前を探しにここに入った」
「愛良ちゃんが!」
声が大きい。ふう、ふう。何かが近づいてくる。
「何かが来る、逃げるよ」
英子は大和の肩を叩き、走り出す。
ドタドタドタ。後ろから何者かが追いかける。少なくとも須田愛良ではない。愛良なら、声をかけるはずだ。走ると、扉があった。部屋は古びたロッカールームだった。人がちょうど隠れる大きさがずらりと並んでいる。
「紫さん、明かりを消して」
「何か策でもあるの?」
彼はうなずく。10秒後、怪物がのそりと入ってきた。一つ、また一つ、さらに一つとロッカールームを開ける。
はあ、はあ。
ご飯が目の前にあるのに食べられない子供のごとく、怪物はロッカーを開ける。最後の一つを開けた。人間がいなかった。
「見直したよ。ほんのちょっとだけど」
「カナセみたいだな」
ぼそっと大和はつぶやく。堂々と廊下を歩く英子と大和。
「ロッカーに隠れるふりして、実はドアのすぐそばに隠れ、奴がロッカーを開ける隙に堂々と退出するなんて」
「なんとなく、それがいいと思ったんだ」
大和は震えている。でも、しっかり懐中電灯を握っている。
「お前は怖くないの?」
「俺はお化け屋敷が好きだから、怖いというより面白い。これもお化け屋敷なんでしょ?」
英子は自分の手が震えていない事実に気づいた。もし夫が生きていたら怖がるふりをしていたのかもしれない。子供のころはお化け屋敷という単語を聞くと、泣いてしまい、入ることができなかった。
お化け屋敷に楽々入れるようになったのは、武彦が生まれ、まだ生きていた夫と三人で化け物屋敷に入ったときだ。子供のころはただ幽霊が怖かったが、大人になるといろいろ見る。中でも幽霊より、生きている人間の陰湿が怖いと思った。
幽霊よりも怖い基準ができると、化け物の動きが面白いとさえ感じる。
「なんだろう、どうしてだろう」
「どうしたの、大和?」
大和は英子よりも前に歩いている。
「あなたに言ってわからないと思うけれど、きらめきの力が降りている気がするんだ」
「きらめきの力? なに、その少女漫画みたいなものは」
英子はからかう。
「い、言わなければよかった」
「いえ、力を感じているなら姿を変えなさい。大和よりも安心できる」
ちらりと大和は英子を見る。
「耳をふさぐから変身しなさい」
彼はうなずき、変身した。
「かわいいわね」
「ありがとう」
キラナデシコは大和と違う。直接話をして、英子は悟った。ドアにぶつかった。看板がある。
『地獄への入り口、この扉を開けたければ、わが王の名前を述べよ。
粘り気のある液体に満たされ、エイとして蛇のようにゆっくり動く。
獲物をつかむときは丸め、時折上下についている牙で自分を傷つけてしまう。
そうならぬよう、彼はいつも牙に己の体を守ってもらい、
空間を常に粘液で満たしむ。私の名前は□(漢字一文字)
』
「これは……(答えは後日発表)だ」
英子が扉に向けて声を出すと、彼が開いた。そこに黒いマントを羽織り、スーツを着た真っ黒な影がいた。人間を解剖している。6歳の男の子の肉体だった。内臓が飛び出ている。隣には紫色の型をふちどった象がいて、女の子をつるしている。
「士鶴ちゃん、あなた、どうしてこんなことを」
ナデシコがつるされた少女へ向かうと、黒い影が言う。
「クスミ、そいつらを殺せ、特に紫色の奴はこの先、とても厄介だ」
ナデシコは象に向かって、魔法を唱える。英子は周りに武器がないか見ながら、黒い影に尋ねる。
「あんた、なんで男の子を解剖しているの?」
英子はゆっくりと指をさす。
「楽しいからだよ。男じゃだめ、女でもダメ。少年や少女がいいのだ」
変態か、こいつは。英子は思った。周りにあるろうそくがちらちら明かりをともす。
「ただ一人例外はいる。須田愛良。こいつは解剖でなく消さなければならない」
「な、なんで」
「そいつを消せば、向こうの世界でも私の思い通りになれるからだ」
紫色にかたどった象が何かをつかみ、投げた。危うく英子に当たるところだった。
「何を言っているの。向こうの世界ってま、まさか」
「……そうか、お前も向こうの世界から来たのか。この世界では私の欲望も正当化される。お前のような一般常識を持った人間に、少年や少女を解剖する楽しみ、殺す楽しみなどわからないだろうよ。須田愛良を殺せば、向こうの世界でも俺は解剖し放題だ。罰されることもない」
じり、じりと黒い影はナイフを握り、近づいてくる。ごとり、解剖された少年が英子に顔を向けた。少年が武彦に変わった。さっきまで別人だったのに。
「英ちゃん」
いつの間にか英子が持っている手鏡から、広の声が響き渡る。
「大和たちに何かあったの? また変な世界に連れていかれた。蛇女がうろついている。こっちの世界にノートがあるのだけど、汚れすぎて読めない」
英子があたりを見回すと、すぐ隣に文字があった。
「広、今から読むわ……わかった」
「やめろ、その言葉を言うな」
黒い影はナイフを英子に向けて放った。しかし、ナデシコが刃を持っている扇ではじき返した。
「ありがとう、ナデシコ」
「う、うん。どうして私、跳ね返せたのかしら」
「愛良を守りたい想いが現れているのよ」
ナデシコが象に炎を当てると、奴から白い刃が零れ落ちた。英子が拾うと、
「貴様、どうして平気な顔でクスミの骨を持てる、何者だ」
英子は奴が何を言っているかわからなかった。
「私に言わないで」
奴がひるんだすきを狙い、英子は奴の胸をめがけ、刃を突き刺した。ナデシコは象と一緒に踊っている。英子は何も思わなかった。
「く、くそう……いいことを教えてやろう。この空間は共有している」
「だから何? わけ、わからない」
英子は何度も息を吸ってはいている。
「お前の中にも少年を解剖したい気持ちがある、ぐほ」
奴は消えた。武彦に見えた死体も消えた。
「士鶴ちゃん、起きて」
つるされた鎖がなくなり、とてもかわいいお姫様が目を開ける。
「その子、大丈夫?」
「あ、ありがとうございます」
彼女は頭を下げる。
「英子、英子」
スマホよりロロナの声が聞こえる。
「ロロナ」
「愛良ちゃんを見つけたよ。光の道が見えたの」
光の道、英子には意味が分からない。
「ロロナ、ナツリ、愛良と由良を安全なところへ逃がして。その、光の道が示す方向へ」
英子があたりを見ると、死体は消えていた。解剖されたものすらない。ただ、ろうそくがあるだけだった。
(広は大丈夫だろうか。連絡できない。後でスマホを使って)
「青い影さん、あなたは誰。先ほど、由良と愛良を安全なところへとおっしゃいましたが」
青い? 紫ではなくて? 英子はふと思った。
「私は小野田英子」
「今、なんと?」
やはり、この少女にも名前だけは聞かせられない仕組みになっている。
「なんでもない」
ぐらぐらと、部屋が揺れ出した。
「いったいこれは」
「崩れると思います、逃げましょう」
英子たちは逃げ出した。鏡をちらっと手に取ると、愛良とお姉さんであろう人がロロナ・ナツリの後を追いかけて逃げる。
粘り気のある液体に満たされ、エイとして蛇のようにゆっくり動く。
獲物をつかむときは丸め、時折上下についている牙で自分を傷つけてしまう。
そうならぬよう、彼はいつも牙に己の体を守ってもらい、
空間を常に粘液で満たしむ。私の名前は□(漢字一文字)
答えは後日発表。