ヤナミの様子が少しおかしいような気がする
おはようございます
ヤナミの「心の中」にいる英子は、ある部屋に入った。かわいい雑貨物――リボン、ペン、ケーキや動物のぬいぐるみ、に満たされている。
「英子、あなたに聞きたいのだけど、どうしてあなたはこの世界にやってきたの?」
「息子がこの世界に来たから、探しに来ている」
息子ねえ……ヤナミはつぶやいた。
「私は子育ての経験などないし、子供を産んでもいないから、母親の気持ちなんてわからない。武彦君がこの世界にいるとしたら、彼が私と同じクスミの属性を持っているなら、相当危ないよ」
英子は尋ねる。
「どういうことって、この世界にはキラメキ、普通、クスミと大きく分けて3つに分かれているの。クスミの仕事はキラメキの力を持つ連中に仕事を与える。キラメキの仕事は人の心から生じるくすんだ心を浄化し、望みある生き方を影から支えること。英子、あなたは頭が良いと思うから、私が何を言いたいかわかる?」
英子はうなずいた。
「クスミはそれぞれの人が抱く、その人にとって『負』の心が夢の世界にたまり、悪さをもたらす。私は気が付いたら生まれていた。気が付いたらキラメキの連中にくすんだ魂をぶつけ、彼らに浄化してもらった。私はこの世界において、生まれながらの悪。決してヒーローにはなれない。でもね、まれにくすんでいる人が直接、いや、肉体をも通してこっちの世界にやってくるの。それがあなたであり、武彦君」
英子は頭を軽く叩いた。理解が少しできないからだ。
「普通の人間が『夢』の世界にやってくると、ここは悪夢でしかない。私は今、サングラスをかけているの。こいつを外したら私のいる世界はすべてが悪夢。英子はサングラスをかけていないから、この世界が悪夢に見えると思う。キラメキの心を持っている子なら、サングラスがなくても悪夢にならない。そう、明日谷大和のように」
突然、英子から見て右斜めにあるテレビのスイッチが入った。カフェで赤ん坊を抱きかかえる須田愛良と、赤ん坊の頭をなでる明日谷大和が映っている。
「明日谷大和と英子に武彦君が見ている対象物は同じ。でも受け取り方が違う。武彦君が見ている世界は、武彦君にとっての悪夢であり、英子、お前が武彦に近づくと、お前……じゃなかった、あなたの悪夢も一緒に見ることになる」
ヤナミは紙を取り出し、図を描いた。
「英子、これはベン図。高校数学の場合の数で習う分野。AとBがあって、重なる部分が共通している。Aは英子、Bは武彦君の悪夢だとすると、あなたと武彦君の距離が近づいたとき、二人の悪夢が重なる。英子は武彦君が見ている世界を知るし、武彦君も同じ。武彦君を助けに行くとき、あなたが悪夢を見たまま、いや、克服できないままでいると、武彦君を助けられない確率が高くなる。武彦君を助けるなら、英子の悪夢を限りなく小さくしなければならない」
英子は思った。ヤナミはこんなに頭が良いクスミなのか。別の誰かが話をしている気がする。何しろ話し方が授業だ。
「おや、あの子は英子と同じように、こちらの世界へ迷い込んでしまったようだ」
「あの子って赤ちゃん?」
「そうだ、あの世界がキラメキの力を得ているならともかく、今はそうでない。ほら、助けに行くぞ」
ヤナミはテレビ画面に触れた。ヤナミの肉体に入っている英子は、自分の体が他人に動かされる感じがして、不快感を抱いた。
空は淡い青色、法則のごとく、同じ歩数で歩く人、話は聞こえど、抑揚、メリハリがなし。
「ヤナミ、あら、服装がハレンチでない。あ、あなた、サングラスは」
服装は上半身が淡い桃色の長袖、薄いレモン色のカーディガン、白いズボンだった。瞳は細く、輝きがあり。
「私は基本、サングラスを外さない。なくなったというより取られたというべきか。大和に愛良よ」
隠れる。
「どうして隠れるの」
「大和たちには、私が化け物として映っているから」
「え、普通の服装じゃない」
二人がカフェ『シャルロック』に入れば、
「英子、あなたの目から見ると私は普通。でもあの二人が同じモノを見ているとは限らない。むしろ怪物とみられてもおかしくない」
「私にはわからないわ」
走り、喫茶店のあたりを見ると、
「ガラスが真っ暗で何も見えない」
ドアを開けようとしても開かぬ。
「他のところから入ってみよう」
あたりを探せば、喫茶店の隣にペットショップあり。ドアを開ける。ペットはなし。かごのみ、中にフィギュアあり。
「すべて人間」
「この世界から見ると、人がかごに入っている理由がわかるわ」
二階に上がれば、人の気配を感じる。ドアを開けると、真っ黒な物体ありき。
自分でもどうなっていくのだろう……武彦をいつ、どうやって助けるのだろう……