英子が見た「怪物」
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「ナツリたちに声が響かないの」
鏡の向こうより、息子を守る青年、睨む猫。こちらでは武器として握る木製バッド、タンスの中にあり。振って、怪物を数匹追い払う。
「どうしよう、このままじゃ武彦が、武彦が」
「ナツリに広君もいるよ、英子。怪物が後ろに」
犬に謝りつつ、後ろを向けば、5メートル先に奴がおり、ひたひた歩く。
「こっちに来ないで」
「何これ」
か弱き声を聞こゆ。
「愛良の声だ」
「英子、こっちに扉があるよ」
勢い良く開ければ、天井より友の声ぞ聞こゆ。パジャマを着た女が氷につけられている。周りにうろつく赤紫の綿ども、蠢いて壁を食いぬ。
「愛良の声が天井から大きく響く、一体どうなっているの、この部屋、この空間は」
「英子、何かがまとわりついているの、あっちいけっての、アンアンイヤーン」
体を横に揺らすロロナ、腰に脚に胸に首に髪の毛にまとわりつく、じゅめりと伝わる何か。
「英子、あの子がどんどん見えなくなるの」
「くう、広やナツリもどうなっているかわからないし、こいつは気持ち悪いし」
手を振ればドアノブに触れた。
「ロロナ、いる、ドアを開けるよ」
扉を開けて、湿気を含む部屋に入れば、
「わーん、こっちはこっちで不快なの」
椅子があり、蠢く生き物もいないので座る。
「座ってはいけない」
立ち上がるが、また座る。
「英子、落ち着くの」
「わかっている。広もナツリも、武彦を考えると落ち着いていられなくて」
また立ち上がる。
「ナツリが死んだらロロナも死ぬの。だからナツリは無事。おそらく男の子も」
座り、左手で右手を覆い、息を手に吹きかける。
「ロロナ、これは夢だと思う、現実だと思う」
「夢だと思う」
前足を上げたので、犬をつかみ抱きしめる。
「現実ならロロナは英子と話ができない」
思わず笑みがこぼれ、立ち上がる。
「これは夢だよね」
天井より響く友達の声。
「この世界も夢、夢なら怖くない」
犬を強く抱きしめつつ、あたりを探せばテレビあり。スイッチを押せば、
「大丈夫か、ナツリ、武彦君」
「うん、お兄ちゃんは」
武彦という言葉に身を揺らせば、部屋の湿気が空の彼方に吹っ飛び、乾いた熱気がやってくる。
「何かが来る。英子とにおいが同じ」
「私と。それって小野田英子ちゃんかしら」
ドアが勝手に開く。目は右のみ、赤黒く、顔は辞書、表紙に「張井英子」の文字、右手には包丁、青色の長袖とロングスカート、背丈は小野田英子の顔1つ分高く、脚から紫色のウジ虫が湧き出る。
「英子、怖いよ、英子」
「く、来るな」
バットを強く握り、構えると、奴も同じく包丁を構え、じりじりと間合いを詰める。包丁を振り上げた。思わずかがんでしまった。左腕に切っ先があたり、血が流れる。
「英子」
「ロロナ、逃げ道を探して、早く」
バットで奴の胸を軽くつけば、よろける。さびたにおい、数息吐く息白い息、何も考えられぬ。
「ハッピーきらりん♪ なるりんロード、イエイ!」
キラメキドーターズの明るき声が天井より響くと、のしのし歩き逃げる怪物、包丁を床に突き刺すと、強い風が吹いて、みごと吹っ飛ばされぬ。
次回はどうなることやら……