広が見ていた化け物
おはようございます
えいこ、英こ、英子、英子。
「た、武彦」
目を開けねば、顔をぺろぺろなめるロロナ、ほーっと息をおろすナツリ、ふうっと大きく息をはく進らがおり。
「姉ちゃん、急に顔が青くなったから死ぬかと思ったよ。ロロナとナツリがすっごく心配していたんだよ。まるで人間のように、ひたすら吠えていたんだよ、二匹とも。つうか、あの怪物は何だったんだ」
ロロナを抱きしめる進。
「えいこ、私たちは恐ろしいものを見た。武彦君を抱きしめている時、後ろからおっかない奴が現れて、英子を背後から切り裂いたの」
「切り裂いた、痛みはなかったわ。いきなり眠くなって」
ナツリは少し下がり、あぐらをかく進に近づきて、
「武彦君はあいつを見ていたのだと思う」
「武彦は、どうなったの。まさか」
「わからない、いきなり画面が真っ黒に染まった」
空を見れば、夕日が沈み、反対側に青黒い景色が訪れる。画面の向こうより、雪だるまが口から雪をはき、ドーターズがお声を上げて歌いなされば、雪は光にあたりて消えぬ。画面は真っ黒なり。
「姉ちゃん、ナツリと普通に話ができるのか。い、今気づいたんだけど」
「そうだけど」
「だよなあ。普通に考えたらおかしいことが、ここだと、特に大したことがなくなってしまう」
悲鳴を上げる電話、受話器ボタンを押せば、
「英ちゃん、俺、広だけど」
「広、どうしたの」
「さっきまで、英ちゃんが画面の向こう側にいて、俺まで画面の向こう側まで引っ張られて、得体のしれないものに刺されたから、電話をかけたんだよ。生きていてよかった」
ぎしりと床のきしむ音。
「広、あなたは私たちを見ていたの」
「英ちゃん、早く救急車を呼んだ方がいいよ。英ちゃん、黒い球が顔面に向かって飛んできて、鼻血が出ていたでしょ」
鼻を抑えれば血はなく、頭もすっきり。
「あと数秒、遅れていたら、英ちゃんが殺されるところだった。あいつを縛るものがこっちにあってさ」
「広、あなたが何をいっているかよくわからないけれど、助けてくれたのね」
彼がうなずけば、頭を下げる。
「広、た、武彦は」
「わからない、英ちゃんが子供を抱きかかえている後ろから、得体のしれない怪物が近づいた。はっきりと覚えていないのだけど、へそから煙を出して、顔は万年筆のようなペン先だった気がする」
考えてみるが、絵が浮かばぬ。
「英ちゃん、普通に話ができるってことは、切られていないんだよね」
「うん、弟にたたき起こされて気づいた」
よかっと述べ、電話を切れば、
「武彦にふれた。私は取り戻す。息子を取り戻す」
パラパラとめくれる本の音。母親が「ごはんだから下に降りてきなさい」と、大声を出しぬ
「姉ちゃん、読むよ。
英子は確信した。あ、ごめん。英子って言って」
首を横にふると、彼はうなずき、
「英子は確信を抱いた。私は息子を助けられると。あちらの世界に行くまで、私は待たなければならない。でも必ず助け出してやる。英子は固く心に誓った。
翌日、明日谷大和の表情を見ると、暗さはなかった。彼もよいことがあったのだろう。ナツリから、大和の気分は英子の気分にもうつるから、時と場合によって、英子が励ましてあげないといけない。
愛良が言った。ぽえぽえ7ライブ、とってもよかった。今度、英子も一緒に行こうと。英子は言った。彼氏と行けばいいじゃない。すると、愛良はくすりと笑みを漏らし、慌てて首を横に振る。隣の席に座る大和も顔を赤く染めた。青春だね。愛良と大和がお互いを意識し始めたのか、二人は――」
「アンアン、英子がこいのキューピッドになるの」
「やめてよ。なんで私が他人の恋愛に付き合ってやらなければならないの」
窓を見れば、きらきらな北斗七星、うしかい座のアルクトゥルス、おとめ座のスピカと続く春の大曲線が見えぬ。