張井と小野田、二人の英子
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一滴の雨が落ち、俺も私も続けと地面へ向かいぬ。避難のためにドラッグストアに雨宿りし、受話器ボタンを押せば、
「もしもし」
「も、もしもし」
少しばかり高く、曇った声が聞こえる。
「あなたは誰」
「私は、小野田英子、紫の言うとおりだ、私の携帯電話にかければ、本当につくんだ。あなたが私の体をとった人でしょ。早く返して」
雨は激しく地に落ちぬ。
「私もあなたに肉体を返したい。あなたはどこにいるの」
「わからない。私は古い家にいる。一人の男性に助けられ、化け物から逃げている。私は早く帰りたい。あなた、名前は。年は」
あたふたする心、己の名と年齢を小声で言えば、
「あなたがこの世界に来る方法を紫が言っていた。夜、部屋に着いたらテレビの画面を見ろ。そしたら自然と入り口が開かれるって。私はそれで戻れる」
「本当にそれで戻れるの」
尋ねれば、向こうは高く叫びぬ。
「戻れるかどうかわからないよ、でも、私は早く体を戻したいの。こんな世界じゃなく、現実の世界で友達と話をしたい。好きな人をそばで想っていたい、お母さんのご飯をおいしくいただきたい、お父さんとくだらない話で盛り上がりたいの。あなたにわかる。私の体を乗っ取って、私として暮らしているあなたに。あなたにわかる。私がどれだけ」
「落ち着けよ。お前の甲高い声を聴くと、イライラしてくんだよ」
低い声で言えば、向こうは声を閉じる。
「ご、ごめん。月が現れる、夜になってから自室に行けば、あなたに出会えるのね」
電話を切れば雨がやみ、前髪をいじりけり。
「はあ、やってしまった。焦っている子にきつく言うなんて」
「ね、姉ちゃん、さっきの電話は誰だったの」
「小野田英子、あなたの本当のお姉さん」
店内から明るい音楽が流れ、日が石井を照らす。
「英子さん、そっちの世界に行くときは、あなたを狙うやつがいるから、時と場合によって相手を殺す覚悟でいたほうがいい。奴らは黒い影に染まっているが、一か所だけ紅い部分がある。そこを狙え」
指をさす石井。
「石井君、あなたは何者」
「俺は進の友達だよ」
次回、アルム御世界へ向かいます。