恋愛ものの書き出しの練習した。
春に桜が散った頃、学校の帰りに図書館に寄っていた僕は、
適当に小説をむさぼり読み、毎日定刻、17分の電車に乗る。
そんな習慣が出来て二週間頃だっただろうか、斜め向かいに、
いつも同じ女の子が座っていたことに気付いた。
とは言ってもそこからなにが始まるでもなく、意識もしない。
ただ彼女はいつも同じ席にいて、同じような表情を浮かべる。
どこか疲れているようで、安らかさもあったと思う。
そんな姿を見ていると、段々と眠気が襲ってきた事もあった。
図書館が隣接する駅は上原で、降車駅は実家の佳美ヶ崎。
もしアラームをセットするような慎重な性格でなければ、
彼女の影響を受けて何度かは寝過ごしたかもしれない。
夜の車窓というものは意外と刺激的で、むしろ目が覚める。
星のまたたきは明るい蛍光灯の様なものだし、
飛行機の閃光にいたってはジョークみたいなものだ。
だから今日みたいな夕日は、夜型の自分にひどくこたえる。
ぽかぽかとした陽気が車内に充満して、肌と空気の境目が、
描かれた絵画の色が抜けていくように、消えて無くなった。
そこから、長い、ながい夢を見ていた気がする。
夏の海岸線に誰かと二人で歩いたり、
数人で夏祭りに行ったあと、二人で抜け出したり。
そんな甘い、わたあめみたいに甘い恋の物語を見ていた。
現実に引き戻したのは、だれかが自分を起こしたから。
「あの、降りるんですよね。私もそうなので」
まだはっきりとしない意識の中で、
僕は彼女に手を引かれて、プラットフォームを飛び越えた。