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顕現

  「そうですか、それが貴女の隠し玉、真なる実力ですか…しかし、上位竜グレーター・ドラゴンが中位冒険者如きに倒されるハズは有りませんが…?」


  「そうね。確かに私はパーティの力が影響を及ぼす、冒険者としては(・・・・)中位でしかないわ。」


  「!!。なるほど、傭兵ギルドですか。」


  「そう。私は個の力が最重要視される、傭兵ギルドではSSツイン高炭素鋼ダマスカスクラスよ。」


  「SSツイン…英雄と呼ばれるクラスですか…」

 

  「さて、実力を知って戴いたところで、今の内に逃げ出してくれるなら、見逃してあげるわよ。」


  「逃げ出す?何故?ギャグとしてもつまらないですね。アエーシュマの実体ナチュラル・ボディを傷付けた位で何を言い出すのやら…」


  実体ナチュラル・ボディという聞きなれない言葉を問い詰めようと、イミナは口を開きかけたが、遮る様に、あくまでも余裕の態度を崩さないアスモデウスは不気味な程静かな声で、


  「アエーシュマ、退がれ。私がやる。」


 と告げた。アエーシュマはイミナに昏く澱んだ視線を向けながら、静かにアスモデウスの後方に跳びすさる。


  「さて…イミナ=ヴァルキュリス、出来うる限りの準備をしておきなさい、後で言い訳などしない様に、貴女の持てる全てをかけるのです。」


  イミナは言われるまでもなく、強化付与魔術を使える限り、自らにかける…

 

  (こんな時にパーティだったら、もっと戦いようも変わるのだけど…言っても仕方のない事ね…)


  そう、イミナは望んで今こうなったのだ。自らの帰結がどうなろうとも、自ら選んだ事に後悔や悔悟は一切ない――

  しかし、自らの人生の目的ゆめを果たさないまま、倒れる事は絶対にイヤだ。


  (恐らく、アスモデウスの性格上、一気呵成には攻めてこない。手数にして2〜3合打ち合えれば、召喚サモンが完了する。『太陽の欠片(ソレイユ)が有れば、私の竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の力と合わせ、何とかこの場を切り抜けられるはず…)


  「ツフフッ。ソロソロ、私も準備をしますよ。」


  そう言うと、アスモデウスは右手を何もない空間に差し出したが、手首から先が、闇で見えなくなる――


  (収縮袋コントラクション・ザックを使わず、直接、異空間にアクセス出来るの!?)


  (ふふっ、いちいちこの魔王(アスモデウス)は、私の常識を打ち破ってくれる――)


  イミナは思わず、心で笑った。異空間に直接、触れられる事もだが、取り出した武器は、漆黒の鞭だった。


  異質な雰囲気はあるが、外見は普通の鞭に見える。

  人間族ヒューマンやリザードマン等の獣人族ビーストマン亜人族デミ・ヒューマンなど武器を使用する種族は多くいるが、鞭を武器にする者はいない。


  (そういえば、以前冒険者として一緒になった修道僧のおっさん(ハゲオヤジ)に、形状は違ったけど、たくさん鞭先がついた物で、攻撃してくれ頼まれた事があったけど、こんな相手が来た時の訓練の意味だったのね…)


  (なんかハァハァ言って、気持ち悪かったから、魔法をぶち込んじゃったけど、悪い事しちゃったなぁ…ちゃんと訓練に付き合ってあげれば、私にもヒントになったかも知れないのに…)


  と、イミナは恐らく違う目的であっただろう、以前あったことを思い出していたが、再度気を取り直して、集中力を高める。

  魔王アスモデウスが使うからには、ただの鞭とは思えない。


  「ほう、わたしの武器を見ても、油断しませんか…その感覚は大切にされた方が良いですね。どの様な相手でも軽く捉える事は、場合によっては、死に直結しますからね。」


  「それでは、始めましょうか。唸れ!悪意の鞭ウィップ・オブ・マリス!!」


  アスモデウスの芝居がかった言葉と同時に、イミナの背後の壁が切り裂かれながら影が向かって来る!

  慌てて、イミナは横っ跳びしながら、剣を身体を守るように立てる――


  竜殺しの剣ドラゴンスレイヤー・ソードに触れたというのに、鞭は切り裂かれる事などなく、たおやかに曲がり、イミナ太腿を浅く切り裂いた。


  「クッ…」

  イミナは傷の深さ以上に走る痛みに顔をしかめつつ、着地するが、切り裂くついた足に力が入らない。


  ズザザザザーーーッ!


  攻撃の勢いを殺せず、膝をつきながら、地面を滑る。


  想定以上に闘い辛い武器に辟易するが、偶然とはいえ、都合の良い事に、召喚円形魔法陣サモン・ラウンド・マジックの直ぐ近くに動く事ができた。


  (後一歩、後一歩で準備完了ね。)


  何とか立ち上がり、体勢を整える。と、同時にアスモデウスから声が掛かる。


  「ツフフッ。ツフフフフッ。もう少し、もう少しですねぇ。」


  「なに!?」


  「先ほどから、その魔法陣に魔力を注いでいる所を見ると諦めず、召喚を続けているようですね…だが、させませんよ。次で決めてあげましょう。」


  (気づいていたの!?マズイわね。何とか耐えなければっっ―!)


  瞬間、イミナの片目から、光が喪われた――




  「アグゥッッ!」


  咄嗟に、激烈な痛みの走った右眼を押さえたが、ヌルッという生温かい感触と、真っ赤に染まる自らの手が左眼に映る。


  (全く気付けなかった…最初に声に出して鞭にチカラを込めたのは、こちらの不意を突くための、はったり《ブラフ》か――)


  イミナは痛みを堪えながら、無事な左眼で円形召喚魔法陣を確認するが、見えたのは、自らの血で汚れてしまった魔法陣だった。


  (クッ、これでは魔法陣はもう…)


  「ツフフッ、顔を潰してやろうかと思いましたが、反射的に避けた様ですね…流石は勇者。」

  アスモデウスはワザとらしく、拍手しながら近づいてくる。


  「ですが、目的は達成されました。魔法陣は血で汚れ、術式は崩れた。それも、術者自らの血によって…ツフフフッ。」


  アスモデウスの言葉の通り、召喚魔法陣はこれで無意味になってしまった。

  イミナは、半分血に染まった、美しい顔を顰める。


  (すべてが、すべてがゼロになってしまった――。これまでの研究は残るが、私は恐らくここで死ぬだろう…そうなれば、この研究も、結果も知るものは誰も居ない。)


  「そんな事を認めるわけにはいかない。」とイミナは思った。この世界に1人だと思っていたイミナに遺された、この世界とイミナを繋ぐ唯一の、細い一本の糸なのだ。その糸があったからこそ、今まで生きて来た、死なずに来たのだと思う…

  ともすれば、自らの生に対する興味の薄さから、生き急ごうとするイミナを繋ぎ止める糸だ。


  (私は、死なない。死ねないんだ!まだ私は何事も成していないのだから!!)


  イミナは、上位竜の爪から創り出した剣『竜のドラゴン・ファングを強く握りしめ、ありったけの魔力を込める――


  「ハアアアァァァァァァッ!」


  竜の爪の輝きが、一層、高まる。眩しく輝かんばかりだ。

  恐らく、イミナの全力の一撃は神話竜ゴッズ・ドラゴンと言われる、古代聖竜エンシェント・ホーリー・ドラゴンにも届くだろう。


  その一撃の力を、目の前の魔人アスモデウスに向けて一点に集約する。


  「喰らいなさい!極聖なる竜爪ホリエスト・ドラゴン・ファング―― 生贄サクリファイス!!」


  極限にまで練られた聖なる力が、竜爪となり、生贄アスモデウスを求めてはしる。


  ギャキィィーーーーンッ!!


  痺れる様な激しい感触が、柄を握る手から腕、肩まで走る。


  激しすぎる光の明滅で、視力は一時的に失われているが、確かに手ごたえはあった――


  やがて、闇に再び慣れてきたイミナの左目に、アスモデウスの姿が映る。


  正確には、左肩から袈裟懸けにされた、アスモデウスの半身が立っており、残りの頭部から上半身にかけては、仰向けに倒れている。


  「ッハァ、ハァ、ハァ。どうやら、何とか、なった様ね…。」


  力を使い切ってしまった為か、身体を支えきれず、膝をつきながら嘆息する。


  「ハァ、でも、またイチからやり直しか…とにかく、召喚魔法陣を確認して、何とか目を何とかしないと…」


  再び、痛み出した右眼があった部分の痛みを堪えながら、身体を引き摺る様に立ち上がり、魔法陣に近づく――


  魔法陣はまだ、青白い光を放っているが、それだけではなく、この世の黄金全てを集めた様な金色と、宇宙そらの彼方の様な漆黒とが明滅して争っている様にも見える。


  (もしかして、まだ、召喚は生きてる…?最後の呪文スペルを詠唱すれば、『太陽の欠片(ソレイユ)』の召喚は失敗に終わったかも知れないが、何か違った結果が出るかも知れない。)


  そう思い、イミナはゆっくりと魔法陣に手を伸ばす――。




  ドスッ ―――



  大きくは無いのに、自らの身体を震わせる様な衝撃を受け、イミナはゆっくりと自分を見下ろした。


  胸の下あたりから、黒い鞭先が飛び出している…

  あまりに非現実的な光景に、イミナはかえって冷静になりつつ、何か言葉を発しようとしたが、血を吐き出してしまい、言葉がでない。


  (クッ、どうやら、肺を傷付けられたようね…)


  鞭が抜けると同時に、イミナが崩れ落ちる。

  そのままうつ伏せに倒れそうになるが、何とか手をつき、アスモデウスの方に向き直る。


  アスモデウスの状態は先ほどと変わらない様だったー

  しかし、鞭は自らの意思がある様に持ち主の元に戻っている。


  「ツッフフフフ…。だから貴女は分かっていないと言うのです。」


  上半身が袈裟懸けにされ、仰向けに崩れ落ちた事で、倒したと思っていたアスモデウスがその姿のまま、こちらに話しかけてくるー


  確かに魔物の中でも、不死アンデッド属性を持つ者は居るし、上位竜などは不死かと思える程の回復力を持つ。


  しかし、アスモデウスは魔王といえども魔属性である限り、神聖魔法現存する最高位、第四位魔法の「極聖光マキシマム・ホリー・ライトを込めた竜珠を装備した、神聖剣技の最高位、生贄サクリファイスからは逃れられる筈は無い。


  ――――今までは……


  アスモデウスの上半身は、黒いオーラに包まれながらゆっくりと、浮かび上がる。

  そして、何事も無かったかの様に半身と結合する。


  「フゥ…いやぁ、久方振りに実体ナチュラル・ボディとはいえ、身体を切断されましたよ。なかなか心地よい痛みでした。ツフフッ。」


  「ケフッ、私の技は神話竜ゴッズ・ドラゴンにも届くものだったはず…」


  イミナは言葉を絞り出す――


  「ツフフフッ、これから死にゆく者には必要の無い知識ですが、私に久方振りの快楽を与えてくれた御礼に教えて差し上げましょうか。」


  「我々、悪魔の中でも、魔王と呼ばれる存在はこの世のに顕現する肉体としての、実体ナチュラル・ボディの他に、本体とも云うべき、精霊体スピリチュアル・ボディと呼ばれるモノを持っています。この精霊体を攻撃出来ない限り、我々は消滅しません。」


  「精霊体に触れる事すら出来ない貴女には、元より、何も出来なかったのですよ。」


  イミナにとって初めて知る事であり、研究対象として非常に興味深かったが、もはや、目の前の魔王アスモデウスを止める術は無い。


  アスモデウスはゆっくりと近付きながら、鞭を構え、言葉を発する。


  「さて、私の興味も尽きたので、死んでもらいましょう。」


  アスモデウスの右手の動きが速すぎてブレる様に見えた瞬間、力を振り絞り、前方に剣を構えた途端に、鞭が触れ、剣が砕けたー


  恐らく、この国の聖剣の一つに数えられても良い程の強度を誇る剣、「竜爪ドラゴン・ファングがいとも簡単に砕かれた。折ったなどという生易しいものでは無い。砕いたのだ。だった一撃で…


  イミナは、衝撃で後方の召喚魔法陣の中まで吹き飛ばされてしまった。


  (ここまで…か……。本当にここで終わってしまう。本当にこれで良いの?イミナ?貴女の覚悟はこんなモノ?でも、もう打つ手も無い。)


  「ツフフフッ。さて、終幕エピローグです。」


  アスモデウスの右手が芝居掛かった動きで振り上げられる。


  (やはり、死ね無い‼︎絶対死にたく無い!!私には為すべき事がある‼︎‼︎。)



 

  ―――その意思、確かに聞き届けた。




  イミナの心に直接語りかける様な声だった。


  (誰!?)



  魔法陣の明滅が一際激しくなる。

 

  アスモデウスが慌た様子で、鞭を振るう。


  バチィッ――!


  音が弾けるのみで、鞭は弾かれる。


  (チィッ、何だ!?今のは全力で魔力を込めたぞ⁉︎それを簡単に――グォ!!)


  一際輝いた魔法陣から、強力な圧力プレッシャーが襲いかかり、アスモデウスを吹っ飛ばす!!


  眩しい程に輝いた魔法陣は、光を収縮させて行く…


  やがて、それは人の形をとる――



  イミナは、茫然とそれを眺めていた。


  その姿は、13〜4歳だろうか、少年の様にも、ボーイッシュな少女の様にも見えるほど、中性的な顔をしている。神々しさを感じる程の、絶世の美貌…

  髪は何物にも染める事が出来ない漆黒で、綺麗に通った鼻筋。肌も唇も艶やかだ。

  身体は、少年らしく、華奢な印象を感じるが、しなやかで、均整のとれた身体つきー


  そして、楚々と閉じられていた眼が開かれるー


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




  イミナはその美くしさに、心を奪われ、身体や目の痛みも、奪われた様に感じた。


  少年の開かれた眼は、青バラの様に、晴れ渡った夜空――、空と宇宙の境界の色をしており、この世の全てを惹きつけてやまない。


  その焦点を合わさず、ボヤッとした瞳をこちらに向けていたが、だんだんと焦点が合い、人形の様な印象から、命あるものへと変化していく様に感じる。


  そして、少年が話しかけてくる。



  「なんだ、キンパツ女。じっとコッチを見てきて、新手のストーカーか?気持ち悪いから、諦めてお家へ帰って、血に汚れたブサイクな顔を洗って来な。」





  とんでも無いヤツだった――

やっと、やっと主人公が出てきました。


大変お待たせしました。

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